ゴールドシップ、メジロマックイーンの二人と海水浴に行った翌日から、私のトレーニングメニューはより過酷に、よりハードなものに変更された。
マックイーンが代弁したトレーナーの意向によると、来月に迫る札幌記念に向けて、追い込みをかけていくためらしい。
スタミナメニューはいつもの倍以上の距離を走り、パワートレーニングでは腹筋、スクワット、ボクシング、はては瓦割りまでこなし、徹底的に体を追い込んだ。
今思えば、《シリウス》に入ったばっかりで、通常メニューに着いていくのがやっとだった私が、数ヵ月でその何倍も厳しいトレーニングを順調に行えているというのは、なんだか感慨深いような気がする。
ゴールドシップとマックイーンにも併走や模擬レースの協力をしてもらい、チーム一丸となって札幌記念へと挑むのだった。
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レース当日、はじめて入った札幌レース場のベンチで控え室で一人、私は心臓を高鳴らせていた。
久しぶりの公式レース、久しぶりのGⅡ。 心では平穏を装っているつもりだが、バクバク、ドクドクと大きな音で跳ね続ける心臓は正直だ。
でも私は、今までのような私じゃない。
ベンチから立ち上がり、制服や私物をしまいこんだロッカーを開ける。 中から取り出したのは母から送られた、フタバアオイのヘアピンだ。
この時になって、私はこのヘアピンを着けてレースに出ようという気になった。 これがあれば、あの人の力を借りて私の目標の第一歩を踏み出せる気がしたのだ。
スー、ハーと行きを整えてから、洗面台に備え付けられた鏡と向き合う。 何年もヘアピンを着けていなかったが、着け方は感覚で覚えていた。
頭を何度か左右に振って、ちゃんと着けられたのを確認すると、なぜだか心の奥底から自信のようなものが湧いてきた。
なんだかいける気がする。
うん。 と一回うなずいてから、控え室のドアを開けた。
胸の高鳴りはいつの間にか、気にならなくなっていた。
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各ウマ娘達が順々にゲートインするなか、私がゲートに入ったのは一番最後、16番のゲートだった。
観客席を見てみると、満員と言っていいほどのたくさんの人々が声を上げるなかで、私の方に手を振るゴールドシップとマックイーンの姿が目に入った。
「ふふっ 」
と思わず笑みがこぼれる。 そして、こんなにたくさんの人に見られているのに、笑えるとはずいぶん余裕があるんだなと安心もする。
緊張はしていない。 やるべきことはやってきた。 後は天命を待つだけだ。
そして、ズラリと並んだ16のゲートは一斉に開かれた。
私はこのレースを、ただ勝つのではなく、楽しんで勝とうと考えていた。 勝利だけにいっぱいいっぱいにならず、勝負のその先を目指すためにだ。
だから私は、スタートと同時に一気に前へと躍り出た。
逃げではないが、他のウマ娘達が皆、差しや追い込みを狙っているためか、私が先頭に立っている。 レース序盤に先頭にいるなんて何年ぶりだろうか。
私は従来取ってきた、差しではなく先行を選択した。
無論、今日の思いつきで先行に変えたわけではない。 そんな一朝一夕でマスターできたら、私はとっくにGⅠウマ娘になれていたであろう。
レースに向けて地道に、毎日、先行の練習を行ってきたのだ。
幸い、あの人の先行策を私は何度も見てきて、彼女のレースを目に焼き付けていた。 脳内イメージはほとんど完璧だった。 先行策が得意なマックイーンと、トウカイテイオーとの併走経験も充分にいかして、今日まで整えてきたのだ。
レースの半分、1000mを経過した時点で依然、先頭は私のままだ。 しかしこの辺りから後方集団のウマ娘達は、徐々にスピードをのせて来るだろう。
他のウマ娘達に大差をつけて先頭にいるが、少しでも気を抜けば追い抜かされる可能性だってある。
私のストロングポイントであるスタミナは、まだまだ余裕がある。 こうしている内にも残り900m程まで進んだ。
「イケる!! 」
そう確信した私は、その足を緩めずにゴールを目指すことを選択した。
※※※
いよいよラストの直線だ。
余力はある。 スパートをかけてきたウマ娘達との差も、まだセーフティリード圏内だ。
一瞬後ろを振り向くと、6人くらいのウマ娘達が団子状態で競り合っていた。 かわし、かわされを繰り返しながら私へと迫ろうとしている。 誰か一人が抜け出すのは時間がかかるだろう。
後が膠着している隙に、私はもうゴール目前だ。
グッと力強く噛み締めていた口元が緩み、意図せず口角が上がった。 右の拳を高々と掲げて自らの興奮を爆発させる。
2着以降に大差をつけて、私はGⅡ初勝利をもぎ取った。