白石競走記   作:華燈始

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25.マンハッタンカフェ

照りつける太陽に、ゆったりと流れる風がコースの芝の香りをここまで運んでくる。

私は一人、ゴールドシップとマックイーンのトレーニングをぼんやり、コースの外に座って眺めていた。

札幌記念を勝利した私は、レース中の無茶が原因でしばらくの間体を動かすことができないほど消耗してしまった。 今は問題なく走ることも出きるのだが、マックイーン曰く

「体を動かせるようになっても、三日間はトレーニングを行わず、安静にしているようトレーナーから指示がありましたわ 」

 

とのことで、いまだにトレーニングを再開できていない私は、二人のトレーニングに同伴しつつ、暇になった時間を自分の趣味に費やしていた。

私が暇を潰している趣味、それは生薬である。

生薬とは、簡単に言えば自然界に存在する薬になる成分をもったものを、粉砕や発酵などのさまざまな加工方法で加工し、保存できるようにすることである。

この趣味は私がまだ小さい頃、祖母の影響ではじめたところ今でも続けている。

私自身、薬草や漢方に関して詳しい知識を持ち合わせていないし、特段健康志向というわけでもないのだが、幼い頃に祖母から教えてもらった簡単な薬を、ひたすら無心で作っている時間を楽しんでいるのだ。

もちろん、こうやって作り上げた薬品はきちんと部屋で保存しておいて、然るべき時に取り出して消費している。

今、混ざり終えたこの薬は胃腸の調子が悪いときに飲むものだ。

 

このように薬を作っては、二人のトレーニングを眺めるというのを繰り返していると、私のとなりに腰を下ろしたウマ娘が一人現れた。

 

「やあ、久しぶりだねぇ 」

 

彼女の名前はアグネスタキオン。 ゴールドシップの紹介で知り合ったウマ娘だ。

「君の研究協力のお陰で、私もここのところ調子が良くてねぇ。 礼を言わせてもらうよ 」

 

そう言って軽く頭を下げる彼女だったが、はて? 私のお陰とはなんの話だろう? 彼女を手伝った記憶なんて特に無い。 強いて言うなら私の脚を見せたくらいだ。

頭の上で ?マークを浮かべる私を尻目に彼女はさらに続ける。

 

「見たところ薬を作っているみたいだね。 実は私も“ある目的”のために薬品を扱ったりと日々、研究を重ねているのだが、少し困ったことが起こってね 」

「今まで私は試作段階の薬品をモル…トレーナー君とカフェに飲ませていたのだが、ついこの前カフェが私の薬を飲んでくれなくなってしまってね 」

「仕方なく、カフェに飲ませる予定だった薬をトレーナー君に飲ませたのだが…副作用で発熱を起こしてしまってね。 カフェは相当怒っているのか、メールも見てくれないし困っているのだよ 」

「という訳で、カフェのことを説得してきてくれないかい? 君は理科室に来る前、彼女に会っているはずだ。 この通り頼むよ」

 

とアグネスタキオンは、自身の胸の前で手を合わせた。

…ツッコミどころ多すぎないか?

薬品を扱うとか、研究とか…ゴールドシップが前に言っていたマッドでサイエンスとはこの事だったのか。

そして、連絡を返されないほど怒られらって彼女は一体カフェさんに何をやらかしたのだろうか。

と言うか、彼女に一つ聞きたいことがある。

「なんで私に頼むの? 自分で言うのもなんだけど、私カフェさんとそんなに関わりないよ? 」

 

「それなんだがね…私もこの頼みを引き受けてくれそうな人に声をかけてまわったのだが…誰も応じてくれなくてね。 後はもう君以外にいないんだよ 」

 

まあ、他の人を使っていわゆる実験を行っているというのだから、応じる人がいないのは納得だろう。

ただ、個人的にはアグネスタキオンに昔の話を聞いてもらったりと借りがあるので、今回の一件を引き受けることにした。

どうせ暇だし。

 

そんなこんなで、私はカフェさんのもとへと向かった。

タキオンが言うには、彼女は基本食堂か中庭のベンチ辺りにいるらしいのでまずは中庭へと行ってみることにした。

 

中庭のベンチには長い黒髪のウマ娘が一人、マグカップを片手に座っていた。

真夜中で塗りつぶした洋梨真っ黒な髪と、夜空の月のような黄色い瞳。

間違いない。 彼女は私が理科室へと向かう途中に外を眺めていたウマ娘。 タキオンの言うカフェだろう。

 

「…何か用ですか? 」

 

彼女は私に気づいたのか、音もなくスッと私の方に首を動かすと、小さな声で低くそう話した。

 

「久しぶり。 あなたのことをタキオンが探してたよ 」

 

単刀直入に彼女へ用件を話す。

すると彼女はマグカップを口元へと運び、一口中の液体をすすると「はぁ 」とため息をついてから話し始めた。

 

「あの人…私のコーヒーに変な薬を入れたんです。 …許せません。 コーヒーへの冒涜です 」

 

彼女の声のトーンは依然低いままだったが、そこには先程までとは違う強い感情が含まれており、彼女が本気でタキオンに怒っているのがわかった。

 

「全く…あの人は私がどんなにコーヒーのために時間を費やしているのか知らないからあんなことが出きるんです。 …豆の挽き方、お湯の温度、少しでもズレればコーヒーの味は如何様にも変化してしまうと言うのに…あの人は━━━ 」

 

十分、二十分と彼女はコーヒー話を続けると、スクッとベンチから立ち上がり、ため息をつきながらどこかへ向かおうとした。

どこへ行くのかと私が聞く前に彼女は

 

「タキオンさんのところに戻ります 」

 

と一言呟いた。

彼女自らタキオンのところへ行く気になったらしい。 これでひとまず一件落着だ。

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