木々を彩る赤や黄色などの鮮やかな葉は茶色くなって地面に落ち、夏の暑さは忘れ去られて冷たい北風が吹くようになった。 登校する学園生徒の制服も、1月前までは大半が長袖を着るなかで中にはいまだに半袖のままなど、まちまちであったが、今では皆揃って長袖を着用している。
「はぁ… 」
と口から漏れたため息も、白い煙のように浮かんでいく。
私は憂鬱な気分の中、「おはようございます 」と笑顔で生徒たちに挨拶をしているたづなさんに、小さく返事をして学園の校門を通りすぎた。
この憂鬱は、最近目に見えて増してきたこの寒さのせいではないと先にことわっておく。 私は低い気温には滅法強いので、12℃やそこらでは別段気にはならない。 この憂鬱の原因は私自身にあるのだ。
あれは今日から数日前のことだ。
私はトレセン学園に転校してから3度目となるレース、ステイヤーズステークスに出走していた。
このレースは中山レース場の芝コースで行われる長距離レースなのだが、その距離は3600mとGⅡレースでありながら、国内最長距離を誇るというステイヤーズステークスの名に恥じない長距離リースだ。
ただ、私にとって3600mの距離など、不安要素にはなり得なかった。 当時の私はGⅡ初勝利から人生初出場のGⅠ、菊花賞で接戦の末2着と健闘。 そのため気分とコンディション共にノリにノっていた。 もう少し付け加えれば、やや興奮気味でもあった。
レース直前のゲート入りとなると私の興奮状態は更に激しくなり、今思えば結構まずい行動を繰り返してしまったと思う。
興奮していた私は、今までなんとも思っていなかったゲートを、『狭苦しい嫌な場所 』と認識してしまい、なかなかゲートインしなかった。 そのため、整バ係の方に肩を持たれてゲートへと誘導されたのだが、それでも当時の私はゲート入りを嫌がり、結局整バ係の方に背中をさすられ、「大丈夫ですよ 」と優しく声をかけられながらゲートに入ったのだ。
これだけでも悶絶するレベルの黒歴史になり得る事象だが、その日の私は更にやらかしを積み重ねてしまった。
ゲートに入っても興奮が冷めていなかった私は、無意識の内に尻尾を大きく左右に振り回し、ゲートの両側にバシバシとぶつけていたのだ。
無論、私の両隣に入ったウマ娘に影響を及ぼしてしまい、左側に入っていた気の弱そうなウマ娘は怯えてしまっていたし、右側に入っていた気の強そうなウマ娘は怒りをあらわにして私に怒号を浴びせた。
こんなの、全面的に私が悪いに決まっている。 私が落ち着いていればなんのトラブルもない事案なのだが、当時の興奮していた私はそんな冷静な判断をできるはずもなく、あろうことか怒り心頭な右側のウマ娘に対して逆ギレをしてしまった。
そして、私と気の強そうなウマ娘はレース直前だというにも関わらず、正面を向かずに向かい合って口論し、お互いゲートをよじ登って殴りかかろうかといったタイミングで、ゲートが開かれてしまったのだ。
瞬間、先ほどまでの興奮は一気にどこかへ飛んでいき、冷や汗のようなものが体中から溢れてきた。
先ほどまでの自分の愚かな行動が、瞬く間にフラッシュバックしてきて、恥ずかしさのあまりプルプルと体を震わせながらスタートと同時に飛び出していったウマ娘達を追いかけた。
死に物狂いで走り、なんとか4着に滑り込んだのだが、観客席の方を怖くて見れなかった。 見なくても、マックイーンが激怒しているのがわかったからだ。
模擬レースや、スタートの練習でゴールドシップがふざけると逐一彼女を正座させて説教をしていたマックイーンだ。 私が犯した失態の数々を許すはずがない。
レース場を出て、彼女が口にしたのは
「帰ったら…わかっていますね? 」
という一言。
私の予想は的中していて、トレセン学園に帰ってから数時間に及ぶ説教とゲート試験までやらされることになった。
ライスシャワーには私と、となりに入っていたウマ娘の口論が怖かったらしく、しばらく口をきいてもらえず、遠ざけられてしまった。
ゴールドシップにだけは
「オメー、意外と喧嘩っ早いんだな。 今度、ナカヤマも呼んでゴルシちゃんと相撲しような! 約束だぞ! 」
となぜか好印象を持たれた。
とはいえ、やらかしたのは事実だ。 後日、私の両隣のゲートに入っていたウマ娘に謝罪をしに行き、なんとか許してもらったのだか、やはりそれなりに労力を使った。
怯えさせてしまったウマ娘には、顔を見るなり逃げられてしまい、その娘のトレーナーにまで話を通してやっとはなしを聞いてもらえた。 気の強そうな娘の方は、私を見ただけで戦闘体制に入ろうとしたため、有無を言わさず殴りかかろうとする彼女をなだめて何とか謝罪を通してもらった。
悔悟憤発して何とか事をおさめたが、いまだにマックイーンは立腹したままだ。 今日のトレーニングには何か甘いものを持参して行くことにしよう。