白石競走記   作:華燈始

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35.憑いてる

雲が無く、一面真っ青な空からツンと刺すような冷たい風が吹き付ける。

カレンダーも12月に入ってからしばらく経ち、ゴールドシップとマックイーンが出走するホープフルステークスまでの日数も残り2週間ほどとなった。

今日は、2人のレース前最後のオフだ。 ゴールドシップとマックイーンは自主トレーニングも行わず、体を休めている。

うちのチームはメンバーが4人しかいないため、半分の2人がオフとなるとトレーニング参加人数の多いチームに優先的にトレーニング場所を譲らなければならず、残された2人だけだと大したトレーニングも行えないので、私とライスシャワーも今日はトレーニングを休んでそれぞれ過ごすことにした。

 

とは言え、特に暇を潰すあてのない私は、校内をぷらぷら歩きまわっていた。

何も考えず、気の向くままに足を進めていると、ある教室の前で私の足はぴたっと止まった。

 

「理科室か… 」

 

この教室と言えば、何度か会話したことのあるアグネスタキオンの顔が思い浮かぶ。

そういえば最近彼女に会っていない。 もしかしたら今日もここにいるのでは。

と思い、私は理科室のドアを開けた。

 

「おや? 珍しいね。 誰かが自主的にここへ来るのは 」

 

案の定、アグネスタキオンは室内で実験器具を広げ、何かを行っていた。

 

「ああ、君か。 私に何か用かな? 」

 

彼女はくるくると回していた試験管を置き、私の方へと向き直した。

 

「いや別に、暇だったから来てみただけ 」

 

「暇だったからね……君とカフェくらいだよ、そんな理由でここに来たのは。 特に何かしてやれるわけでもないが、ゆっくりしていってくれたまえ 」

 

アグネスタキオンはそう言うと、テーブルの角に置いてあったマグカップ、その中一杯に注がれたミルクを1口飲むと、さっきとは別の試験管をいじりはじめた。

そうやって、いろいろな実験器具を操っている彼女は、尻尾を控えめに振り、おもちゃで遊ぶ子供のような楽しそうな表情を浮かべていた。

 

何の実験をしているのか。 適当に思い付いた質問を彼女へと投げ掛けようとした時

 

「あなた…見えてます? 」

 

とどこからともなく低い声でそう問いかけられ、ビクッと肩を揺らす。

声がした方を振り返ってみると、黒い長髪のウマ娘、確かアグネスタキオンがカフェと呼ぶ彼女が私のすぐ後ろに立っていた。

 

「…見えるって、何が? 」

 

まだ少し、ばくばくと音を立てる心臓をなだめながら彼女に質問を返した。

すると

 

「……知りたいですか? 」

 

彼女は表情を一切変えずさらに聞き返してきた。

「あーーっと……まぁ、一応? 」

 

なんだか怪しい雰囲気の漂う話は聞かないに越したことはないという気持ちと、そんな風にもったいぶられると速く知りたくなってしまうという気持ちがせめぎ合った結果、とりあえず話を聞いてみることで決着した。

私の返答を聞いた彼女は、「わかりました… 」と呟くとスッと軽く息を吸い

 

「さっき…あなたがタキオンさんと話していた時…そこの隅からあなたのことを見ていた女の人を…見えていますか? 」

「もう、どこかへ行ってしまったみたいですけど…かのじょを見たことがありますか? 」

 

話の内容と、大きく見開いた目でじっと見つめてくる彼女に思わず肩がすくんでしまう。

ヤバそうな雰囲気してたからまさかとは思っていたが、やっぱり心霊系かぁ。

 

「いやぁ……見たこと無いなぁ… 」

 

平静を保とうとするも、口から出た私の声はしっかりとうわずっていた。

何か霊に憑かれるようなことしたかな。 と思い当たることがないか考えていると

 

「ハッハッハッ! 気にすることは無いよ。 カフェは君の他にも同じような話をしていたが、見えると答えた人も、見えない者に何かされたという人もいなかったからね 」

 

アグネスタキオンが高笑いしながらそう話した。

 

「…みんな悪い子じゃないので…変なことはしません。 …たまにイタズラ好きな子がいるだけで… 」

「…タキオンさんの言ったとおり、あなたの近くにいた子も何かしようとはしていませんでした。 ただあなたを見ていただけで…。 ずっとあなたに付きまとっているわけでもなさそうですし。…もし見えたらいつも通りにしていれば、イタズラ好きな子だとしてもなにもしてきませんよ 」

 

マンハッタンカフェはさっきまでピクリとも動かさなかった口元を、少しだけ緩めて話す。 とりあえず、一安心ということでいいのだろうか。

ほっと胸を撫で下ろしていると、アグネスタキオンがマンハッタンカフェに向かって

 

「そういえば…カフェはいつここに来たんだい? 」

 

と聞いた。

彼女の返答は

 

「?…シライシさんが来る前からいましたよ 」

 

「ほら、幽霊やらなんやらよりもカフェの方が恐ろしいだろ?」

 

「私はそんな怖いものじゃありません 」

 

私が来る前からいたと言うのには流石にゾッとしたが、その後からかってきたタキオンに対して少し、頬を膨らませて抗議するマンハッタンカフェとそれを笑い飛ばすタキオンを見て和やかな気分へと変わった。

 

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