白石競走記   作:華燈始

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51.対ナリタブライアン

さあ、久しぶりのレースだ。

十二月のステイヤーズステークス以来、ずっとトレーニング漬けだったので、一対一の特殊ルールのレースでも充分胸が高鳴る。

 

「あら? 笑っているなんて、ずいぶん余裕そうですわね 」

 

レースの直前、マックイーンからそんなことを言われた。

無意識の内に私は笑っていたらしい。

 

「楽しみ……なのかな? 」

 

いつ頃からだろう? 菊花賞の後くらいだったか? 私がレースを楽しみだと思うようになったのは。

緊迫した空気と、私より何倍も何倍も多くの才能を持ったウマ娘達との勝負は、私を更なる高みへと押し上げてくれる。 そう確信したのは。

ナリタブライアンもきっと、私をもっと強くしてくれる。

そう意識したら、余計に笑いが込み上げてきた。

 

「じゃあ、行ってくるね 」

 

「ええ、応援していますわ 」

 

スタートラインでは、ナリタブライアンがすでに待っている。

私は駆け足で彼女のもとへと向かった。

 

 

※※※

 

「……来たか 」

 

駆け寄る私を見て、彼女はそう呟いた。

 

「待たせちゃったね 」

 

「いや、私が早く来ただけだ。 それより、スターターは今日も姉貴がやる。 文句は無いな? 」

 

「もちろん 」

 

そう返すと、彼女は何も言わず私に背を向け、スタート位置に付いたので、私も彼女に並ぶようにラインの手前に立つ。

 

「二人とも準備はいいな? 」

 

ビワハヤヒデの確認に対し、私達は無言の頷きを返すと!それを受け取った彼女は

 

「……よーい 」

「スタート!! 」

 

レース開始の合図を出した。

 

 

※※※

 

スタートの合図と同時に私は勢いよく飛び出す。

作戦としては、菊花賞の時と同じようなレース中盤からの追い上げを狙う算段だが、京都レース場とは違い学園のコースは急なアップダウンが少なく、比較的平坦となっているためあの時ほど上手くいくかはわからない。

対するナリタブライアンは私の後ろについている。 チケットの時と同様、スタートから徐々に徐々にスピードを上げていき、ラストの直線、最高速でいっきに差しきる目論見だろうか。

彼女の加速力は昨日のレースでしっかりと分析できた。 他の誰をも寄せ付けないほどスピードと、全てをねじ伏せるような力強さを彼女は併せ持っている。

セーフティリードは、いつもより大きめに取っておいた方が安心できるだろう。

 

地面についた右足にグッと力を込め、歯を食い縛り、腕の振りを大きくして、体全身で集めた力を集約してターフを削るくらいの勢いで蹴る。

体が風を切って進んでいる。

菊花賞、ステイヤーズステークスの時よりもスピードに乗っている感じがする。

私は着実に強くなっている!

どこまでも行ける! 何バ身でも離せる!

不意に心の中でうまれた自信から、私の頬は自然と緩む。

今、私を占める感情は“楽しい”という三文字だけである。

この三文字に支配された脳みそは、私の腕に、脚に、体全てに、もっと速くと命令を下すのだ。

 

小さな子供の無邪気さとは、また違う何か。

走っても走っても、追い付けない背中を追い求めいた私ではない。 どれだけ頑張っても、あの人と比べられていた私はもういない。

これが私だ。私の走りだ! これこそ私のレースだ!!

 

ゴールが近づいてきた。

後ろから聞こえる足音も、少しずつ大きくなってきている。

これで終わりだ。 あとほんの数秒で、このレースは終わってしまう。

しかし、思い残すことは何も無い。 今日も充分楽しめた。

これで、ここまで積み上げてきたモノを確認できたし、まだ高く登っていける自信もついた。

今日のレースも、ナリタブライアンも私をきっちり押し上げてくれた。

 

いい気分だ。

 

 

※※※

 

 

ゴール地点を駆け抜けると、レースの時の集中力がぷっつりと切れ、さっきまで感じなかった疲労感がドッと雪崩のように押し寄せてくる。

ぐっしょりと、体操服を濡らした汗をどうでもいいと感じるほどに私の頭は今、思考能力を失ってしまっている。

 

ゆっくり後ろを振り向けば、私と同じくらいぜぇはぁと肩で息をするナリタブライアンが見えた。

今すぐこの場で大の字に倒れて、意識を手放して眠りにつきたいところだが、私にはまだ、やることが残っている。

 

「お疲れ様 」

 

ふらつく足を無理矢理動かして、私はナリタブライアンのところへと向かった。

「……負けたな 」

 

彼女は膝に手をつき、じっと自身の両足を見つめたままそう呟いた。

十秒ほど、その姿勢のまま黙って息を整えた彼女は、スッと体を起こして

 

「約束は約束だ。 仕方ない、姉貴の言う通り来年度デビューすることにしよう 」

 

と不満半分、納得半分といった様子で彼女は話した。

これでようやく、私の肩の荷が降りるというものだ。

しかし、彼女と走れて本当によかった。

突発的に降ってきた話だったし、チケットが勝って話が終わる可能性もあったので、今日彼女と走れたのは奇跡と言っても過言ではないだろう。

今日のレースで、菊花賞の時のスタイルを再現できて、いい感じの出来映えで走ることもできた。 中盤からのロングスパートを私のスタイルとして定着させるのもありかもしれない。

 

そうと決まれば、トレーニングでさらに最高速度とスタミナを上げ、何があっても勝てるような状態を作り上げるようにしよう。

もっと強く、もっと圧倒的に勝てるように。

 

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