白石競走記   作:華燈始

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52.メンタルトレーニング

ナリタブライアンとの一対一の模擬レースに勝利した私は、更なる強さを手に入れるためより一層過酷なトレーニングに身を投じていた。

練習量、時間、体への負荷、この全てを大幅に増やした新メニューは、導入から数日間続けている今でもなかなか辛いものとなっている。

メニューの合間に、小まめな休憩をとっているが、力を抜いてリラックスした時に感じる疲労感は段違いだ。

 

「ふぅ…… 」

 

水分補給を行い、脱力して一息つくと、私の体はバタリと芝生に横たわってしまった。

自分でも、いきなりキツくしすぎだという自覚はあるのだが、無意識の内にもっともっとと自分を追い込んでしまっている。

「……何焦ってるんだろ? 」

 

私は私のペースで、一歩ずつ着実に成長しているとわかっているのに、心のどこかで「まだ足りない 」「これじゃあ才能のある皆には追い付けない 」という気持ちがあるのだろうか?

「メンタル……。 こんな考えを捨てきれるほどのメンタルが必要だな 」

 

今まで体ばかり鍛えてきたが、トップレベルでの競い合いでは何事にも左右されない強靭な精神が必要だ。

周りとの比較を気にして、自分の成長に目を向けられない今の私では、その域での勝負をすることはできないだろう。

健全な身体に健全な精神を宿してこそ、真の強者と言えよう。

 

善は急げ。 私はさっそくマックイーンに相談してみることにした。

 

 

※※※

 

耳を澄ませば、激しく打ち付ける水の音のみが延々とこだまし、腕や足などの露出した部分には、雨粒のような水の飛沫と体を突き刺すような冷たい風が絶えずこの身を冷やし続ける。

私は、精神修行のためにトレセン学園から一人、日光のとある山にある滝壺までやって来たのだ。

この地獄のような精神トレーニングを提案したのは、私でもマックイーンでもなく話を聞き挟んだゴールドシップで、彼女曰く

 

『滝行してみろよ、己の精神に打ち勝つならもってこいだぜ 』

 

とのこと。

正直、なかなかぶっ飛んでいる発言だと思うし、もっと他にトレーニング方法があるだろとも思うのだが、私とマックイーンの二人はこれの代替案を提示できなかったので、疑問を抱きつつも仕方なく滝行を行うことになった。

ちなみに、日光という場所を選んだのもゴールドシップで、その理由は

『なんかお前にシンパシー感じる場所だから 』

 

らしい。

私は日光はおろか、栃木にすら行ったことがないのだが、一体私のどこにシンパシーを感じたというのだろうか。

それにしても

 

「うぅ……寒い…… 」

 

寒さに強い私だが、それでも思わず声が漏れてしまうほどの寒さだ。

まあ、季節は冬、服装は学園統一の水着、場所は山奥の滝壺と寒いのは当たり前の条件なのだから当然と言えば当然だ。

その上、今からあの見るからに冷たそうな水を頭から被りに行くと考えたら気分はもう憂鬱だ。

 

「はぁ…… 」

 

ため息を吐くと白い息が出る。

このまま、うじうじと滝の前で突っ立っていても何も起こらない。 それに覚悟を決めて飛び込んでしまえば案外どうってこと無いかもしれない。

 

私はすぅっと息を吸うと、それを吐き出さずに歯を食い縛り、大きな音を立てて流れる滝の真下へと足を運んだ。

 

「うっ━━!!? 」

 

滝の下へ入った直後、思わずそのように声が出てしまう。

数メートル上から落ちてくる滝は、見た目以上に体を痛め付け、その水も私の想像より何倍も冷たかった。

 

我慢だ。 まだ始まったばかり。 慣れれば痛いのも冷たいのも感じなくなる。 心頭滅却すれば火が涼しくなるように、冷水だって心地よく感じるはずだ。

 

心に何度もそう言い聞かせ、両足にグッと力を込めて、足が動いてしまわないようにする。

目を瞑ってしまおう。 滝なんて気にせず、考えにふけってしまえばいい。 それがいい。

 

 

 

※※※

 

『ねぇ 』

 

右手で掴んでいる、キラキラと金色に輝く髪飾りに見とれていた私だったが、彼女の声ではっと現実に引き戻された。

 

『あなたはどんなウマ娘になりたいの? 』

 

彼女は私に質問をする時、いつも目を細める癖があるのだが、今回も彼女は優しそうな目で私に尋ねた。

 

「……わかんない 」

 

うーん、とうなり声を上げて考えてみたが、そんな先のことまだわからない。 その気持ちを素直にそのまま彼女に伝えた。

 

『フフッ 』

 

彼女は小さく笑うと

 

『そうだよね。 まだまだ、ずっと先の事だもんね 』

 

天井を見上げながらそう続けた。

 

「◆◆◆はどんなウマ娘になりたいの? 」

 

試しに自分より年上の彼女は、どんな風に考えているのか気になって、すかさず私は聞き返す。

 

『私? 私はね…… 』

 

上を向いたまま、少しの間考え込む。

微笑んだまま、目を閉じて。

それから、ゆっくりと正面を向きながら彼女は目を開くと

 

『━━━━━━━━━ 』

 

睡蓮の花のような、優しくて、淑やかな笑顔を浮かべてそう答えた。

 

 

※※※

 

 

 

ゆっくりと、意識が覚醒していく。

私は確か……滝行に来ていたはず。 ついさっきまでの記憶では、滝にうたれながらいろいろ考え事をしていたと思うのだが、いつの間にか滝下から離れた岩場で横たわっていた。

下手したら溺死してたんじゃないかと思うと、背筋がゾッとする。

 

それにしても全身の疲労感がすごい。

少し動かすだけでしんどい程だ。 頭もボーッとしているし、早いところ予約しておいた宿に向かった方がいいかもしれない。

 

そのように判断した私が、重たい体をなんとか起こして立ち上がったその時

 

『ねぇ、あなたはどんなウマ娘になりたいの? 』

 

私の耳元で、そう尋ねる声がうっすらと聞こえた。




日光は夏に行くと涼しくて快適です。
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