白石競走記   作:華燈始

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53.返答

『ねぇ、あなたはどんなウマ娘になりたいの? 』

 

私の耳元で囁かれた声に、私は混乱を隠せずにいる。

とても優しい口調だ。 小さな子供に語りかけるような、そんな甘い声。

私は、この声に聞き覚えがある。 しかし、この声の主が私に語りかけるはず無いのだ。 だってあの人はもう……。

 

周囲を見渡しても、私の他に誰もいない。 水面を覗いても、そこに写るのはひどく焦った様子でこちらを凝視する私の顔だけだ。

なんとも気持ち悪い感覚がする。 自分の周りの景色が歪んでいるような、乗り物酔いに似たような気持ち悪さだ。

 

冷えた体を冷や汗がつたっていく。 手足も震え、自分では制御できないところまできているのがわかる。

 

『あなたはどんなウマ娘になりたいの? 』

 

また、さっきと同じ声が聞こえる。

もう会えない、話すことのできないはずのあの人と同じ声で、もう一度繰り返された。

 

答えるべきなのだろうか? 姿が見えない何かに対して、返答を行うべきなのだろうか?

答えたところで何になると━━━━━

 

そこで、先程までの私の考えはピタリと止まった。

思い出したのだ。 これと同じ質問を、私は過去にあの人からされているということに。

そしてその時、私ははっきりとした答えを出せなかったということも。

あの時のことは、ほとんど思い出した。

十年近く前、あの人の部屋に遊びに行った時に、私があの人のコレクションを眺めていた時に投げ掛けられた質問だ。

当時の私は、質問の内容にいまいちピンとこなくて、あの人にそのまま聞き返したのだ。

保留していた答えを、今ここで出せということと、私は受け取った。

過去を乗り越えなければ、ここから先には進めないということなのだろう。

 

グッと両手の拳を握る。

覚悟は決めた。 どうにでもなれと、半ばやけくそ気味ではあるが、やってやるという気持ちにくもりはない。

 

『あなたはどんなウマ娘になりたいの? 』

 

「私は……強いウマ娘になりたい。 誰より速く、全てを魅了するなんて大層なことは求めない。 けど、自分に妥協しないで、磨き続けた先に見える景色を堪能できる。 そんなウマ娘になりたい 」

 

微かに風が流れ、ザァザァと木々が揺れる音と水の流れる音だけがこだまする。

『そっか…… 』

 

風の中でも、あの人の声はしっかりと聞こえた。

 

『いいと思う。 応援してるよ 』

 

弾む声色。 少しずつ風も強くなってきて、よろけながらも私はあの人の声を聞き逃さないように、耳を澄ませた。

 

『その景色、私も楽しみにしてるね 』

 

そこまで聞こえると、いっきに風は激しくなり、私の目の前は真っ暗になった。

 

 

※※※

 

 

 

 

ゆっくり、ゆっくりと目が開いていく。

視界に飛び込んでくるのは、見慣れない真っ白な天井だ。

上体を起こして、他にもいろいろ確認してみると、私はベッドに寝かされていて、服装も水色の病衣に変わっていることから、ここが病院だということがわかった。

私の右側にある窓の外を見てみると、真っ赤な夕日が沈み始めており、ベッドサイドテーブルの上にある置時計は、五時三分をさしている。

左側に目をやると、椅子に腰かけたゴールドシップが、顎を手にのせたまま眠っていた。

 

私は栃木の山の中にいたはず。 病院にいることも謎だが、ここにゴールドシップがいることはもっと謎だ。

 

わけがわからず、一人混乱していると、ハッと突然ゴールドシップが目を覚まし、私と彼女の目が合った。

 

「えーっと、おはよう? 」

 

とりあえず挨拶をしてみると、一瞬ゴルシはピタリと石像のように固まったが、すぐに動きだし

 

「お前心配させやがってこの野郎!! 」

 

と私に向かって飛び込んできた。

そのまま私の体に手をまわして、抱きつくような姿勢になるゴルシ。 冬とはいえ暑苦しいから離れるように言おうとして、彼女の顔を見ると、彼女は両目からドバッと大粒の涙を流していることに気がついた。

 

「皆……心配してたんだからな 」

 

彼女は、言葉を詰まらせながらもそう話す。

とりあえず、嗚咽する彼女を落ち着かせて詳しい話を聞いてみることにした。

 

 

「なるほどね…… 」

 

ゴルシの背中を擦りながら、事の経緯を話してもらった。

要約すると、まず三日前の夜中に山の麓の民家の前で、私は倒れているところを発見され、病院に搬送されたらしい。

その時、私は軽い低体温症状態にあったらしいが、軽症なため特になんともなかった。

発見された私の格好が、スクール水着だったので、不審に思った病院関係者が警察に周囲の捜索を依頼。 結果、私がいた滝壺で私の荷物が発見され、その中にあった学生証からトレセン学園に連絡がいったらしい。

私に滝行を勧めたゴルシは責任を感じたため、皆より先に病院までやって来たという。

 

もちろん、今回の件は彼女の責任ではない。 最終的な決定権は私にあったわけだから、責任は私にある。

それに、ここへ来なかったらあの経験をできなかったかもしれないのだがら、ゴルシを責めたりはできない。

 

その後、やって来た看護師さんからの説明を受け、 心身ともに異常がみられないことから、私は翌日到着したマックイーン達に引き取られる形で退院となった。

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