白石競走記   作:華燈始

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8.筋肉痛の週末

「うぅ…… 」

 

うめき声のような低い声が、狭い部屋のなかに響き渡る。

誰の声だと詮索する必要はない。なぜなら、他でもない私から発せられた声だからだ。

 

チーム方針が決まってから一週間、メジロマックイーンのもとで連日厳しいトレーニングを行った結果、私の体は全身筋肉痛となり週末休みにベッドから起き上がれない程の激痛に襲われることになってしまった。

 

地方にいた頃からは想像もできないような、厳しいトレーニングメニューはマックイーン曰く、いつも自分がやっている自主トレを少しキツくしたレベルのものらしい。それを聞いたときは驚きを通り越して、彼女に対する畏怖の念すら感じてしまった。

ただ、これが地方と中央の決定的な差だろう。 日頃からの追い込み量が桁違いなのだ。 トレーニングを嫌がっていたゴールドシップでさえ、トレーニング後の状態はもも裏の軽い筋肉痛だけだった。

 

「ぐぅ~」と腹の虫がなる。

現在時刻は午前9時30分頃、朝からこんな状態なため今日はまだ何も食べていないのだ。

トレセン学園の寮に居ればこんなことにはならないのだろうが、私が住んでいるのは学園の近場にある狭いアパートのワンルームだ。

本当なら、寮に入る予定だったのだが、学園の制服や上京のための資金などを計算した結果、寮の家賃が払えないことに気がついたため、トレセン学園近くでアパートの管理をしていた遠い知人に両親がお願いして安めの家賃で住まわせてもらっているのだ。

幸い、私は自炊できないわけではないためこれまで苦労はなかったのだが、今回のような緊急事態になると、知人が近くいないというのは些か問題である。

 

ズキズキと痛む両腕をどうにか伸ばして、ベッドサイドテーブルに置いてある携帯を取ろうとしたとき、「ピンポーン」とインターホンがなる音がした。

 

「シライシさん? 起きてる? 」

 

ドアの向こうから聞こえたのは、このアパートの管理人さんの声だ。登下校の時に、外で顔をあわせるので何度か挨拶をしたことがある。ふくよかな体型をした六十くらいの、優しそうなおばさんだ。

しかし、私の部屋に来るのは珍しい。記憶しているのは、入居してきた時に部屋を案内された日以来だったはずだ。

 

「はーい!おはようございます 」

 

ゆっくりと体を動かしながら、精一杯声を張り上げて返事する。この声も、管理人さんがギリギリ聞き取れる程度の声量しか出ていないだろう。

 

「よかった。なんかシライシさんの部屋に連れてってほしいって言うトレセン学園の子が来ててね、ドア開けちゃうわね 」

 

そう言うと、管理人さんは常備している合鍵で私の部屋のドアを開けると、中には入らず「はい、どうぞ 」と後ろにいたであろうトレセン学園の子を部屋へと入れた。

 

私はあまり気にしてないが、有無を言わさず部屋に人をいれるのはどうなんだろう。

そう考えながら、ゆっくりと寝そべっていた体を起こしてベッドの上に座ると私の部屋に入ってきたウマ娘の姿が目に映る。

 

「よう。ゴルシちゃんが遊びにきたぜ 」

 

言わずもがな、ゴールドシップである。

彼女は私の反応を待たずにさらに続ける。

 

「なぁ聞いてくれよ。今日はマックイーンと遊ぼうと思ってアイツの家に行ったら、アイツ走りに行ったとかでいなかったんだよ! という訳で、遊び行こーぜ! 」

 

ゴールドシップの子供のような言い草も気になるが、もっと大事なのはマックイーンの方だ。一週間あれ程のトレーニングをこなした後にまだ走るとは、末恐ろしい。

 

「他にも暇そうな奴ら誘ったんだよ! なぁ!行こうぜ! 」

 

グイグイと迫るゴールドシップに対して、わかったわかったと答えることしかできず、後に引けない状況になってしまった。

 

「そんじゃ! 外で待ってるからよ!はやく着替えてこいよ!」

 

そう言うと彼女は、ドタドタと退室して行ってしまう。 静止している時間があるのかと疑わしいくらい、忙しない彼女だが、彼女らしいと言えばらしいだろう。

私は歯を食い縛りながら着替えを行うのだった。

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