逆行メスガキ直哉ちゃん(♀)   作:宿儺の左手薬指

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第2話

 禪院の女達にとって、カナオは期待の星だった。

 圧倒的な呪力、高い知性とセンスを持ち合わせた『当主の娘』ーー

 

 禪院では力が全てであり、その双方の象徴たる当主は絶対だ。

 そして、今代の当主は禪院としては、少しばかり柔らかい頭をしていた。

 たとえ前例がなくとも、『女』というただ一点だけで判断するような男ではない。

 『五条の神童』の域までは行かずとも、当主に相応しい実力さえあれば、直毘人はカナオを次期当主として指名するだろう。

 一度そうなれば、もはや外野がいくら騒ごうが『女性当主』の誕生を阻止するのは不可能になる。

 

 カナオは我儘娘とはいえ、同じ女なら、私達と同じ『女』なら、このような不平等を、理不尽を見捨てては置かないはず。

 禪院カナオの当主任命を期に……禪院は、女の檻から生まれ変わるのだ。

 皆がそんな希望を抱いていた。

 

 ーーそう、その日までは。

 それが願望から生まれた、ありもしない幻想だと知らずに。

 

 

 

『俺は禪院直哉や』

 

 

 

 ある時を境に、カナオは男のような名前を名乗り、長かった髪を短く切って、男物の着物を好んで着るようになった。

 男のような格好をしたカナオは、他の禪院の男達のように振る舞うようになり、まるで甚爾や『五条家の神童』……いや、その先にすら辿り着こうとするように、ますます激しく鍛錬に打ち込んだ。

 

 直毘人に事情を聞こうとも、首を横に振ってしたいようにさせてやれ、どうせ一過性だ、すぐに飽きるだろう……そう返すばかり。

 楽観的な男衆も概ね似た考えなのか、呆れ半分、興味半分で受け入れているようだった。

 才能のあるガキの気まぐれ。

 女の当主など、禪院では聞いたこともない。

 だから、いくらカナオが抜きん出た才覚を発揮しても、直毘人を含むごく少数をのぞけば、本気で彼女が当主になるとは思いもしていないようだった。

 

 しかし、もはや一種の天与呪縛を疑うほどにカナオの呪力は多く、戦いの才能も抜きん出ていた。

 そもそもの扱いが難しく、歴史の浅さゆえにノウハウすら少ない投射呪法をコントロールして、加速を途切れさせずに格闘戦までやってのける天才。

 俺だってそこまで使いこなすのに二十年はかかったぞ、と豪快に笑う直毘人の言葉に、人々は畏れすら抱くようになっていた。

 

 これはもしや、あの五条悟にすら匹敵する神童なのでは?

 そこまでは行かずとも、このまま成長してしまえば、誰がこの女から当主の席を奪えるのだろうか?

 禪院家に広がるその焦りは、日が経つほどに募っていく。

 

 そしてとうとうある日、先走った者が呪詛師を雇ってカナオの暗殺を計った。

 依頼したのは躯倶留隊の中でも落ちこぼれの男。

 『女』を見下すことで、辛うじて自分を保っていた弱さーーそれが、次期当主が女になるかもしれない、という現実を許せなかったのだろうか。

 性格も小物なら積めた金も端金で、雇った呪詛師も三流……とはいえ、腐っても殺しのプロだった。

 

 だがしかし、結果は返り討ち。

 カナオは呪詛師の不意打ちをあっさり凌ぐと、術式で加速した手刀でその首を刎ねて殺した。

 初めての実戦とはとても思えない落ち着き様、リスクのある術式を恐れず使う度胸、そして呪詛師とはいえ、人を殺すことへの躊躇いのなさ。

 その場に居合わせた者達は揃って震え上がった。

 

 このガキは化け物だ、と。

 

 次期当主という言葉が現実味を帯びるにつれ、男達からは余裕が無くなり始めた。

 だが、それは女達も同じだった。

 男のように振る舞うカナオの姿。

 

 これがもし、一時の気の迷いではなかったら?

 このまま本当に、『男』になってしまったら?

 

 女中の幾人かは、カナオが自らへ向ける目は……本質的に、禪院の男達が『女』に向けるものと近しいと感じていた。

 

 度重なる不穏と不安。

 そして、悪い予感は得てして当たるものだった。

 

 

 

 ーーなんで、うちは男やないん?

 

 前兆はあったのかもしれない。

 記憶が戻らずとも、いずれはこうなり得たのかもしれない。

 

 だが、決定的な変化はあの日……禪院甚爾と出会った日だった。

 自らの原点と出会い、朧げだった『前回』の記憶、その全てを取り戻したカナオは……『禪院直哉』として、とっくに完成していた。

 

 

 

 

 

「今は自分の身体やからか、存外興奮せんもんやなぁ」

 

 風呂場の鏡に映る『女』の裸に、しみじみ呟く。

 今ひとつ実感はあらへんけど、七年この体で過ごしとったみたいやし。

 そもそも、いくら俺でも流石に七歳そこらのガキには欲情せんわな。

 相棒もどっかに雲隠れしてもうたから、性欲とかあるんかも怪しいけど。

 

 下に伸ばした手が空を切る。

 ……やっぱり、股間に何もないんは違和感すごいわ。

 この体になって一番屈辱なんは、立ってションベン出来へんことかもしれんな。

 小するだけでいちいち座らなあかんの、地味にしんどいんや。

 

 ……いや、他になんかあるやろって?

 女やから舐められる?

 当主になられへんかもしれん?

 アホらし。

 

 そんなん、どうでもええわ。

 周りの評価なんか知らん。

 どうせ『前』も、禪院で仲ええやつなんかおらんかったし。

 甚爾君を理解できへん雑魚が、いくら蔑もうが知ったこっちゃないからな。

 『アッチ側』まで行けば、性別なんか関係あらへん。

 それでも当主になれんかったら、最悪家立ち上げてもええしな。

 悟君のやりたい放題っぷり見てたら、力さえあればなんとでもなるやろって思えるわ。

 

 桶に掬った湯を頭から被る。

 それにしても、貧相な体やな。

 ガキで、しかも女や。

 どこまで鍛えたところで『前』ほどのフィジカルは手に入らんやろうけど……

 

 体の中で張り詰める呪力。

 こっちは、明らかに『前』より多いんよな。

 女になったからか?

 才能はそこまで変わらんはずや。

 もしかすると、『性のズレ』が天与呪縛として機能してるんかもしれへん。

 仮にそうやとしても、男に戻れる方法あるんやったら躊躇いなく戻ったるけど。

 

 かけ湯も終わったことやし、湯船に浸かろか。

 

 

 

 ……はあ。

 

 やっぱ鍛錬の後はこれやな。

 疲れがぐって取れる感じするわあ。

 

 

 

「んー……まあでも、女どもの反応は傑作やったなあ」

 

 たしか一番面白かったんは、初めて『禪院直哉』を名乗った時やったか?

 そん時の愉悦を思い出して、くつくつ声が溢れた。

 おお、目の前のガキも悪どく笑っとるわ。

 俺やけど。

 

「同じ『女』やったら、味方して貰えるとか思っとったんやろな」

 

 俺は男や。

 たとえそうやなくても、『イジメる側』なんは変わらんやろ?

 虐げられるだけのカスが、勝手に俺のこと同類や思って、勝手に裏切られて。

 いやあ、滑稽やなあ。

 

「ま、雑魚なんかどうでもええか!そんなしょーもないことより、どうやったら甚爾君と悟君に……」

 

 一瞬、偽物の姿が脳裏に過ぎった。

 甚爾君の紛い物。

 でも、俺は手負いのそれにすら勝てんかった。

 だからまだ、真希ちゃんは俺の中で。

 女の分際で、三歩後ろどころか俺の前を歩いとる。

 

「……まあでも、アッチ側には当分いけんやろうし。当面の目標やったら、むしろコッチの方がええかもな」

 

 『強さ』は『正義』や。

 アッチ側の二人は言わずもがな、乙骨君も、会うたことない恵君も、真希ちゃんですら。

 

 

 

 せやから、気に食わん『正義』は

   力で叩き潰さなあかん

 

 

 

 湯船から上がって、また鏡の前に立つ。

 鏡に映る自分の短い黒髪が、なんとなくあの偽物を思い起こさせて、それが無性にムカついた。

 

 ……ええわ、認めたる。

 オマエは俺より強いんやって。

 

 でもーー

 

 

 

 目の前に亀裂が走る。

 呪力が乱れたせいか、突き立てた拳に破片が刺さって、血がつうって垂れよった。

 

 

 

 でも俺、やっぱオマエのこと嫌いやわ。




直哉「男に戻る方法あったら〜」

ないです。
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