逆行メスガキ直哉ちゃん(♀)   作:宿儺の左手薬指

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直哉の失われた記憶。

今後の整合性や双子との因縁を強調するために、設定・描写を大幅に改変しています。
ご注意くださいませ。


『決戦』の顛末

 ……どうなったんや、俺は?

 

 今ひとつ煮え切らん頭で、直前のことを思い返す。

 あの後術式まで使って死んだフリして、逃げ延びたんはええ。

 その先でドブに刺されて……俺は……

 

 刺された腹を見下ろした。

 どす黒い液体を垂れ流すそこは、ぽっかり空いた真円の空洞になっとった。

 ぶらりと宙に浮いて、足元には俺と俺を刺したドブカスの死体が転がっとる。

 

「そうか、俺はーー」

 

 ーー呪霊になったんか。

 にぃ、と口の端が歪む。

 この女……最期の最期で、マトモに呪力も練れんかったか。

 呪力を込めて殺せ、呪術に関わる人間やったらガキでもわかる常識や。

 これやからカスは……親子揃ってツメが甘いんじゃ!

 

 

 ギィ……ギィ……

 

 

「チッ……次はなんやねん」

 

 ……廊下からまた来とるな。

 今度は何や?

 生きとる人間なら呪い殺して餌にすればええけど……明らかに音が違いよるな。

 やたら重いもんが移動しとるような感じや。

 もしかして、俺と一緒で呪霊になった……やつ……

 

 

 

 …………は?

 

 

 

 

 

 罵言を吐き散らかしながら、俺は廊下を全力で走る。

 それも無理あらへん、何故なら……

 

「ざけんなやゲロカスが!なんで……

 

 

 

 なんでこんな所に特級呪霊が湧いとるんじゃ!」

 

 

 

『あ゛ぁ゛殺゛さ゛あ゛ぁ゛な゛ぃ゛い゛て゛え゛ぇ゛! !』

 

『マ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛! ! ! !』

 

 

 

 莫大な呪力の奔流、その中心に居るんは下半身をどっかに失くした、ドブ色の巨大呪霊。

 頭と胴が膨れて肉団子のようになったそれが、縦に裂けた大口でその辺の死体を喰い散らかしながら俺に追いかけ回す。

 

「見た目も全部キショいんじゃ、水死体かなんかかオマエは!?」

 

『う゛、 ぁ゛……』

 

『待゛あ゛え゛ぁ゛あ゛! !』

 

 飛んでくる拳の嵐。

 流石に見間違えることはあれへん、この術式は甚壱君のや。

 アイツは呪物で首斬られて死んでたはず……

 生首が池に放り込まれるとこまで見てたはずや。

 

 いや、コイツが喰った死体の術式やら呪力やらを取り込んどるんか?

 よくよく見ると、呪いの表面に甚壱君っぽい顔が浮かびあがっとるわ。

 ……うわ、キッショ。

 

 やっぱ、咄嗟に自分の死体を背負っといて正解やったな。

 ただ……

 

『あ゛ぁ゛せ゛え゛ん゛い゛ぃ゛ん゛ん゛』

 

 ……死体を追っかけよる性質上、自分の亡骸背負っとる俺もめちゃくちゃ追われとるけど。

 

 

 

「ーーチッ、ツメが甘かったか……」

 

 今度は廊下の角の向こうから、聞き覚えのある声がしよった。

 あーあ、もう絶望やわ。

 後ろからは巨大呪霊、前からは真希ちゃん。

 これ詰んでへんか?

 

 不意打ち気味に飛んできた斬撃をとっさに躱して……死体を囮にする余裕もあれへん。

 

 そのまま俺は、後ろから来た呪霊に喰われた。

 

 

 

 

 

 圧倒的な体躯と腐臭。

 瓦礫と死体を取り込んで膨れ上がったそれは、もはや頭と体の区別すらつかない。

 巨大な口と這いずるための腕を除けば、歪とはいえ殆ど球体のようだった。

 

「塊魂か?懐かしいなオイ」

 

 私の軽口にも、化け物は答えない。

 意味不明な呪詛を吐き散らかしながら、踵を返して死体を探しているだけだった。

 

「待てよ」

 

 私はちゃんと呪物で殺したはずだが……この騒ぎに乗じて、誰か内輪揉めでもしたか。

 新鮮な呪術師の死体が山ほどあるからか、生まれたてとは思えない呪力量だ。

 放置するわけにもいかないし……とっとと祓ってやるよ。

 

『き゛ゃ゛あ゛ぁ゛! ! い゛た゛っ゛あ゛っ゛あ゛ぁ゛! !』

 

 後ろから斬りつけると、耳障りな悲鳴を上げながら呪いの体が崩れる。

 出血のようにタールのような汚物を撒き散らしながら、飛び散ったそれが『何か』を形作った。

 

「……へぇ、第二ラウンドってわけか?」

 

 それは、私の殺した、無数の禪院の人間達の成れの果てだった。

 物言わぬ死体に成り下がって尚、私への呪いと死体にこびり付いた呪力で立ち上がって、私に武器を、術式を向ける。

 その中には、頭を輪切りにして殺したはずの親父の姿もあった。

 

「いいぜ、それなら……」

 

 今度こそ、全部壊してやる。

 

 

 

 

 

 ……それでいいんだよね、真依。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無数の死体を斬り伏せ、散らせて。

 あれだけ巨大だった黒い肉塊はすっかり小さく痩せて、呪力も弱々しくなっていた。

 近くに死体が無くなったからか、はたまた逃げる元気も無いのか、その場で縮こまった本体。

 それを守るように立ちはだかっていた最後の兵隊を斬り殺して、やっとトドメを刺そうかという瞬間。

 

 

 

 ぞ ぞ  ぞ

 

 

 

 嫌な予感に飛び退ると、目の前を拳が掠めた。

 真依が死んでから、一度も感じていなかった怖気が背中を伝う。

 この感覚には覚えがあった。

 ありえない、これは、この気配は……

 

 渋谷の領域で見た、あの……『暴君』と同じだ!

 

 そこまで考えて、コイツが呪力を、術式を持った死体を吐き出していた『意図』にも気づいてしまった。

 あれは兵隊を作っていたんじゃない。

 ただ、不要なものを捨てていただけだ。

 私と同じ……後天的な天与の暴君。

 それを作り出すために。

 

 朧げだった形が五体を保った人型となり、私の前に立ち塞がる。

 それは、本能のままに戦い続ける殺戮人形。

 紛い物の暴君。

 

 だが……それなら尚更気に食わないな。

 まるで塵のように、重りのように、私にとっての『真依』を捨てる行為。

 それも、先に取り込んでおいてのマッチポンプだ。

 過程を表面だけなぞって、形だけ踏襲した出来損ない。

 そもそも本質は、天与呪縛への恐怖から生まれた仮想怨霊といったところか?

 どれだけ似せた所で、呪霊が呪力を捨て切るなんて出来るはずもない。

 

「お粗末にも程があるな」

 

 呟く私の頬を蹴りが掠める。

 そう、掠めるだけ。

 所詮は『仮想』怨霊だ。

 本物を碌に知らない妄想が寄せ集まって出来ただけの偽物に、天与を生かせるだけの戦闘技術なんて存在しない。

 禪院すべての術式と殆どの呪力を捨てた天与呪縛で、いくら力が増そうが『力だけ』で今の私は殺せない。

 

「そら、まずは片腕だ!」

 

 大振りな一撃の隙をぬって左腕を斬り裂く。

 斬り落とすまではいかなかったものの、骨と筋肉を切断された左腕がだらりと垂れ、呪いの顔には明らかな狼狽が見て取れた。

 

 

 

  ーー違う

 

  オマエら雑魚は何もわかってへん

 

  甚爾君はそんな……

 

 

 

  そんな情け無い顔はせえへん

 

 

 

『 あ゛ ぁ゛ あ゛ あ゛ !  !  !』

 

 どろり、と呪いの顔が崩れ落ちた。

 

「……!?」

 

『ち゛か゛っ゛……』

 

 隆々とした筋骨がわずかに腐り落ちて、少し体が小さくなる。

 足を止めた隙にぶった斬ろうとするが……

 

「くっ……速い!?」

 

 先程の素人じみた動きとはまるで違う。

 一瞬の隙に私を蹴り飛ばし……瓦礫に埋もれた私へと歩み寄ってくるソレ。

 

 ……ああ、そういえばそうか。

 コイツの本質は禪院の呪いから生まれた仮想怨霊。

 共通認識のある『畏怖』のイメージは、強力な呪いとして顕現しやすい。

 そして今、奴らにとって最も強く、鮮明に共有している『畏怖』とは……

 

 

 

 

 

「ーーチッ、私かよ!」

 

 

 

 隻眼の暴君。

 私と瓜二つのそれが、虚な目で私を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 奴らに刻まれた畏怖から、怨嗟から生まれた私の仮想怨霊。

 この戦いの中で、たった一度でも見せた技は余すことなく全て、ソレの中に刻まれていた。

 『得物』の差で辛うじて打ち合えているが、余力の多かった頃の私と、力に慣れてきた私。

 双方の長所だけをトレースしたそれは、今の私よりも速く、そして強い。

 

「手の内全部、読まれてんのはやりづれぇな。だが……」

 

 逆に、そこまでタネが割れてるなら、それなりのやり方がある。

 ……ああ、そうだ。

 私だって呪術師だからな。

 

 さあ、声を張り上げろ!

 

「私の"天与呪縛"は!呪力が全くねぇのを"縛り"に、身体能力と五感を跳ね上げる!」

 

 そこまで言い切った瞬間、そう、たった一瞬だけ。

 私と奴の力の差が逆転する。

 術式の開示。

 呪力を持たない天与呪縛だって、呪いには違いない。

 手の内を晒すという"縛り"による一瞬きりの超強化。

 正直賭けだったが……

 

 その一瞬で、呪いの剣を叩き折り……そこまでしてやっと、オマエは致命的な隙を晒した!

 

 

 

『ーーーーーーーー〜〜〜ッ!!!?』

 

 

 

 縦にぶった斬る。

 姿が変わってから、一度も言葉を発しなかった呪いの、唯一の断末魔が響いた。

 

「……やっぱ、全然似てねぇな」

 

 真っ二つになったそれを斬り刻んで確実に祓うと、背後からパチパチ、と拍手の音が聞こえた。

 

「なんや、意外とやるやん」

 

「死んだならとっとと成仏しろよ。

 

 

 

             ……直哉」

 

 

 

 呪霊……と呼ぶにはあまりにも気配が薄い。

 そういえば、乱戦の中にもコイツの死体はなかったな。

 どうりであっさり片付いたわけだ。

 

 先に呪霊化していた?

 奴に『消化』されるのをきらって、自ら呪力を捨てたのか。

 それで逃げ延びられたあたり、存外にしぶとい奴だな。

 だが、それより……

 

「一つ質問いいか?……何だよオマエ、その格好は。女装か?」

 

「……呪霊の腹ん中で攪拌されて、色々混ざったんや。触れたらぶち殺すぞ」

 

 不謹慎な笑いを噛み殺している私へ、不機嫌そうに答える直哉ちゃん。

 そう、気になっていたのはコイツの格好だった。

 ……なんでコイツ、女になってんだ?

 

 首から上は、若干女々しくなっている程度でそこまで劇的な変化はない。

 だが、首から下は完全に女体になっており……しかも全裸。

 因果応報というか……何があってここまで愉快なことになってんだか。

 こんな場じゃなけりゃ、腹抱えて笑ってるところだぞ。

 ……なんというか、アイツがもし女に生まれていたらこんな感じなんだろうな、という印象だった。

 

「随分らしい姿になったじゃねえか。最初っから、私じゃなくて『甚爾君』に抱かれたかったのかよ?」

 

「……殺すぞカス」

 

「悪ぃな、最期の軽口ってやつだ」

 

 折角の奇跡だ、もう少しぐらい揶揄ってやりたいところだが……時間もねぇし疲れたし、とっとと祓うか。

 

 ブン、と横薙ぎに刃を振るって首を斬り落とす。

 

 一応、避けられない速度で振るったとはいえ、直哉はそれを驚くほどすんなり受け入れた。

 僅かな違和感。

 そして……

 

「か゛っ゛……クックッ……か、掛かったな、クソ女がぁ!!」

 

 ニィ、と直哉が笑った。

 首を斬りつけた傷口、そこから溢れる呪力。

 骨の半ばまで切断したところで、血のように湧き出たタールのような呪力が刀身と私の腕に纏わりついて動きを止めてしまう。

 こいつ、これだけの呪力をどこに隠してやがったんだ……!?

 

「チッ、どんなカラクリ使いやがった……!」

 

「俺の腹ん中に、俺の死体から作った分体隠してたんや。透明人間は、腹ん中まで透明やろ?さっきまでの俺は甚爾君と、オマエと同じ……呪力ゼロやったからな」

 

 呪術的な透明人間。

 噂には聞いていたが、私でも内側すら感知出来ないとはな……!

 腹の中に残った分体を取り込んだのか、限りなくゼロだった直哉の呪力が天井知らずに上がっていく。

 何かしらの縛りによるブーストを差し引いても、明らかに生前の直哉より多い呪力だ。

 『呪術的に透明人間』な『呪霊』は、私でも感知は難しい。

 その隠密性を生かして、『天与の暴君』の仮想怨霊になる際に捨てられた分体、それを何体か取り込んでやがったな。

 

 ここまで攻勢に出なかったのは、無事な分体、それもこれだけ呪力を溜め込んだ奴が現れれば本体の天与呪縛が弱まるからだろう。

 少しでも腹の中から出せば、そいつはもう透明じゃねえからな。

 逃げなかったのは、分体は本体から離れられねえ縛りでもあったか?

 

 そして本来、他人の呪力をそのまま取り込むなんて不可能だ。

 あの呪霊がそれを可能にしていたのは、生まれたてで形がまだ定まっていなかったのと、死体の大半が『同じ仮想怨霊』を生み出すポテンシャルを持ってやがったせいで起きたイレギュラー。

 

 つまり、分体と呪力のやりくりが出来る時点でこいつ自身も分体だ。

 死体食いから運良く逃げ延びたと思っていたが……違った。

 コイツは取り込まれた上で、自我を保っていただけ。

 なら、本体が祓われればコイツもいずれ消えて……

 

 いや、そうか。

 コイツの狙いは……!

 

 

 

「テメエ、私ごと自爆する気か!」

 

 

 

「く……クックックッ……御名答、言うたらええんか?どの道消えるんやったら、このままオマエを巻き添えに死んだるわボケェ……!!」

 

 破滅的な呪力の高まり。

 剣を手放せば振り解けるが、それじゃダメだ。

 これは真依との……

 

 

 

『……何やってんの、アンタが死んだら意味ないじゃない』

 

 違う。

 違うんだよ、真依。

 私は……

 

 

 

『ホント、しょうがない姉だわ』

 

 

 

「……っ、真依……!?」

 

 幻覚じゃない!

 今確かに、呪霊の泥から懐かしい気配がしていた。

 そうか、親父が食われていたなら、アイツもきっと取り込まれて……

 

「!?か゛っ゛、 クソ女がぁ……!!オマエ、ごときがっ……!!」

 

 直哉の顔が苦痛に歪む。

 もしかして、真依が何かしたのか……?

 困惑する私と苦しむ直哉、双方の力が僅かに緩んだその瞬間、

 

「つっ……!?」

 

 バチン、と握った柄が弾け、思わず指が剥がれ……

 

 

 

 泥から伸びた小さな手が、私を突き飛ばした。

 

 

 

「ま、待って……っ!」

 

「く、そ……死゛ね゛や、ボゲェ……!!」

 

 直哉の捨て台詞を最後に、世界が爆ぜて……

 

 

 

 その瞬間、僅かに残っていた真依との繋がりが……今度こそ、完全に絶たれた気がした。

 

 

 

 

 

「げほっ、真依、真依っ……!」

 

 土埃が晴れると、誰もいなくなっていた。

 瓦礫の中を掻き分けても、掻き分けても、『真依』は見つからない。

 

「真依がいなくなったら、私、私は……」

 

 

 

 きっともう二度と、立ち上がれない。

 

 だから、お願い。

 帰ってきて、真依……




仮想過呪怨霊「 蠱陋(ころう)

 小さな呪いが大量の死体に遺された怨念や呪力、術式などを取り込んで生まれた特級相当の呪霊。
 『弱点を晒す』という縛りによって体表に死体の相を浮かび上がらせることで、その術式の使用が可能になる。
 また自らの呪力を注いだ死体を分体として切り離し、傀儡として操ることも出来る。
 だが、その本領と本質は……



仮想怨霊「禪院甚爾/禪院真希」

 数多の呪いを取り込んで変質した蠱陋、その仮想怨霊としての本質。
 呪力を失うほど『天与呪縛』によって力が増すが、あまりに呪力を失いすぎると呪霊の枠組みから外れて弱体化し、完全に失った時点で消滅する。
 この性質は、蠱陋の術式で生み出した分身たちも同じ。
 ただし、直哉は自らの中に呪力を持った分体を取り込んでいたため、呪力0になっても即座に消滅せずに済んでいる。
 肉体の変容は仮想怨霊としての性質であり、取り込んだ負の念がベースとなっているため「禪院甚爾」よりも「禪院真希」の方が仮想怨霊として強大で、その分『強大な仮想呪霊』としての呪力を捨てた対価として『天与呪縛』で得られる力も大きくなる。

 余談だが、直哉が女になっていたのは、自らの魂と半分ほど吸収されて虫食いになった自身の肉体情報を、真依の遺体に上書きすることで復活していたから。
 真希に託した呪物を作る際に真依は呪力を完全に消費しており、遺体に呪力が残っておらず、そのせいで終盤まで捨てられずに呪霊の中で残っていた。
 『禪院甚爾』から『禪院真希』に変化した際に、しぶとく生き残っていた直哉の残骸や『禪院甚爾』の残り滓とともに削ぎ落とされ、それらが集まって最後の痴女直哉になった。
 呪物を介して真依が分体の制御を一時的に奪えたのもそのため。
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