中華。
ちょっと西の大陸からやってきた、食ジャンルの一強。
人(私)は語る。食は本当に大雑把に分ければ大体3つのジャンルに分けられるんじゃないかな、と。
東国の、質素で辺境的な魅力に包まれた和食。
西国の、優美で普遍的な価値の座に鎮座する洋食。
そしてちょうどその2つの中央に挟まれるように存在する国の、華美であり、また質素であるとも言える中華。
中華の中は別に中間の中ではない。
しかし、どうにも私はこの中華の中の字から、洋と和の均整のような物を感じざるを得ないのだ。
って思ったけど、よく考えてみたら大半の中華料理は殆ど日本舌に合わせた日本発祥だった事を思い出してしまった。
うーん、知りたくなかったね。せっかく中華のお店特有の、どことなく赤基調な雰囲気に気分が上がってきたのに途端に冷めてきてしまった。悲しいね。
どうしてこう、気分というのは大した事ない筈の知識一つに簡単に左右されてしまうんだろう。
あぁもう、メニュー見ようメニュー。
何か美味しそうな物を見て、失った熱を取り戻さなきゃ。
うーん…何が良いかな。かなり適当な理由で中華を選んだから本当に何でもいい。
やっぱり、こういう何も考えてない時は王道を選ぶのが一番だろう。脳死の頼れる味方だ。
となると、中華そば……あ、いや、却下だね。
多分ここ数日はお昼に外食の割合が増える事になる。
ここら一帯なら…、チェーン店、食堂、蕎麦屋さん、というかラーメン屋さんそのもので食べれる。
ラーメン系統はメジャーすぎてエンカウント率が高い。初日からその枠を消費するのは短絡的な判断だ。
となると…炒飯だね。
中華店なら麺より炒飯の方が本格派な物を味わえる期待値が高い。
麺の本格派はラーメン屋といいそれ専門のお店をどうとでも探せるが、心なしか炒飯専門というのはあまり見かけない。
こうして考えてみると、麺系の派閥って食べる方も経営する方も多すぎる。
パワーバランスどうなってるんだろう。マンションの近所にある新設のラーメン屋さんとか、その内行こうとか悠長にしてると次見たらもう違うラーメン屋さんに変わっている。
潰れてはまた新たに湧き出てくるなんて輪廻転生、実はラーメンは悪魔だった?
なんて大発見だ。これはノーベル賞ものだね。
うん。まぁそれはともかく。話をラーメンから炒飯に戻そう。どんな種類あるかな。
普通の炒飯でもいいんだけど普通の味付けなら冷凍でも食べれる事を考えちゃうとどうせなら違うバリエーションの物の方がどことなく得した気分になれる。
高菜……うーん、なんか勇気がいるから却下。今日は脳死の日。
海鮮…シーフード?ピラフと大差なさそう。でも気になるからいつか食べにこよう。保留。
怒籠嚴…。ど…?え、何だこれ。中国語?当て字?振り仮名は…、無いね…。読めないや。却下…
……。
あ、でも写真見た感じだと美味しそう。
ライスがオレンジに近い赤をしてる。[怒]とか付いてたし、辛い系だね。
うん…、うん。これにしよう。名前は読めなかったけど、この炒飯にはパッと見ただけでお店の創意意欲を感じる。期待値が高いね。
「ドラゴン炒飯と、餃子になりまーす。ごゆっくりどうぞー。」
読み方はドラゴンのあて字だった。多分ここの店主さん、中国語分からないけど中国感は出しかったんだろう。当人なりの中華風を目指す創意を感じる。
そう、創意だ。この炒飯からはこの店のオリジナルメニューという雰囲気をヒシヒシと感じる。
それはつまり、もしかしたらこの先一生他の料理店では出会うことのない味かもしれないという事だ。だから選んだ。
外食をするという事は、誰かのオリジナリティを探求する事でもある。
その探求を前に、美味しいとか口に合わない、とかを気にする理性は判断を鈍らせる、さながら雑音みたいな物だ。
だって、人は一生の内に一体どれだけの料理店を訪れる事ができるだろう?
のんびり食べ歩きの旅をしてる人間はカウントしきれないのだろうけど、一般的な雇用形態で生きる人間には生活範囲に限界という物がある。
世界中に有りあふれる様々な個性を持った飲食店。
だが人々は人生の制約に、そのほんの僅かな小さな一片にしか訪れる事が出来ないのだ。
ましてや大手チェーン店のような、毎日同じ様な、好きな物だけを安定して選ぶ事も昨今の社会では出来る。
ふと定まった日常の中でオリジナリティに出会い、それに興味を向け、そこに自分の嗜好の探求に挑む、そんな新しい物を味わう機会が目の前に現れるというのは、思っている何倍も貴重な事なんだ。
さっき失った熱を取り戻してきたので、眼前の赤みがかった香辛の香りを感じ取りながら、冷めないうちに果敢と好奇心に満ちたレンゲの一投を早速入れる。
うん、辛い。ピリ辛とかじゃなかった。普通に…いやかなり辛い。激辛の類に入る。
でも、その舌の痛みの中に炒飯の香ばしい風味はキチンとする。いいね、美味しい。しっかり辛味と炒飯の味を両立させている。
この相当な辛さでありながら、素の味も十分にかきたてるなんて…やはり創意工夫を重ねてるね。
無味の米や麺…、まさしくこのあいだ食べたカレーうどんとは違って、既に素地に味を持つ物に辛味を付け加えるというのにはまた別の工夫が必要になってくる。
案外スパイシーな料理を作ると言うのは難しい事なんだ。
一見、どれだけ辛ければいいか。というようなおおらかな雑さを愛するようなジャンルに見えるが、実際に求められてくるのは、如何に元の味を辛味で殺さないか。の繊細さ。
そう、激辛料理というのは時折とにかく辛さだけを売りにすればいい。みたいなハズレがあるんだ。辛味だけをメインに、申し訳程度に調理をしてるだけ。
ただ辛いだけでいいのなら、そんなのは香辛料をそのまま口に突っ込めばいいのと大差ない。
辛味と元の味をどれだけバランス良く共生させられるか、それこそが激辛料理の需要なんだ。
それを炒飯で為せる技量と、マイナーな激辛化に挑もうと思える創意。称賛に値するね。
「ごちそうさまでした。」
少し赤みがかった口元と、額に滲んだ汗を拭い、手を合わせると、コップ一杯の水を飲む。
ふぅ。辛い物を食べ終わった後にこうやって急冷すると、口の中の熱と共に不安感もスッキリしていく。サウナみたいな気分だ。
なんだか頭もスッキリ冴えてきた。今のうちに駆足部長からのお誘いを断る言い訳のバリエーションを考えておこう。
「今日は友人と映画を見に行く予定が」
「今日はもう既に美容院に予約を」
「今日は田舎に畑を持つ友人がお野菜を持って久々に遊びに来てまして」
「今日は猟友会に出張を」
「今日は小紅ちゃんに指導の約束を」
「えっ?」
「でしたよね?」
「えっ…?」
「今日は」
ガッ
椅子から立とうとした所を、背後から両肩を押さえられてストンと再び座らされる。
「間木。」
「はい。」
さっきまでデスク越しに立っていた筈なのにいつの間にか背後に回り込んでいた駆足部長は、いつものように静かな声色だったが、それでもその声への返答に一瞬遅れそうになった。
「……なぁ、間木。私の事避けてないか?」
「いえ、まさか。」
耳元で囁くようかの問いへの返事に、声色はきっと保てている筈なのに不安感が募っていく。
そのせいかな。合わせられない、顔を。
なのにすぐ顔の横で、こっちを見てる視線があるのが分かる。
「…。」
「…間木。本社のほうからお前の今後についてとても大切で重要な話があるんだ。」
「今夜は職場に残っていてくれるか?」
「えっと」
「間木?」
「ハイ。」
かろうじて均一に保った声量の返事を最後に、フッと隣の存在感が消え去る。
目の前に映るモニター右下の時計を、見る。
8時36分。
退社時間は、9時15分。
基本皆残業は、しない。
ホワイトが、徹底。
助けて。
間木さん達のお仕事についてちょっとした説明。
様々な事業を取り扱う大手株式企業ダゥクコーポレーションの食品部支店、経営部門に所属。
まぁ、そこについて特に本筋で触れる予定は無いです。