ちなみに、今回は基本的に一人称視点ですぞ。
──マックイーンが幼児退行した。
いつもふざけまくってるゴルシが、必死の形相で言っていたのでまさかと思ったが……まさかだった。
保健室のベッドの上に座っていたマックイーンは、キャッキャと楽しげに子ども用オモチャで遊んでいた。かわいいかよ。
「主治医です」
──という謎の自己紹介をした彼曰く、原因はゴルシがふざけてやった催眠術であるらしい。なにやってんの。
横目でゴルシのほうを見ると、『誰でも出来る催眠術:解除編』などという本を必死に読んでいた。反省はしてるようだし、叱るのはやめとこう。
「放っておけば治りますのでご心配なく。その間はメジロ家で療養ということになりますが……」
主治医が歯切れの悪い言い方をしたその時、オモチャで遊んでいたマックイーンが、レース時もかくやといった鋭い視線でこちらを刺した。
「やだ! とれーなーさんといる!」
「と……この通りでございまして。こういった精神疾患にストレスは毒となります。本家からの許可は出ていますので、トレーナーさんのお側に置いていただけないかと」
「え、えぇ……?」
困惑していると「とれーなーさん、わたくしのこと、きらいなの……?」と、マックイーンが目を潤ませ始めた。
主治医とゴルシが責めるような目でこちらを見る。
え、なに? 俺が悪いの?
というか、ゴルシ。お前にだけは責められる謂れはないぞ。
しかし、逃げ場がないのも事実だ。
なによりもマックイーンにあんな目で見られては、トレーナーとして拒むことなどできようはずもない。
「分かりましたよ……。俺が“責任”をもって預かります」
結局、なし崩し的に俺はマックイーンを預かることになったのだった。
***
「んじゃ、マックイーンのことは任せたぜー。ヘンなことすんなよ~」
「しねぇよ!」
「しないんですの?」
「しません!」
風呂に独りで入りたがらなかったマックイーン。
そんなハプニングをゴルシ召喚により、なんとか乗り切ることができた。
元凶の責任もあるのだろうが、なんだかんだでゴルシは面倒見がいい。
最後には「なんなら今日は泊まってやろうか?」と言ってくれたが、実はゴルシはレースを来週に控えているのだ。トレーナーとしては、今は自分のことに集中して欲しかったので彼女の申し出は断った。
「あとは、さっきみたいな事故がなければ大丈夫だな……」
事故、とは脱衣所から素っ裸のマックイーンが飛び出してきたこと。曰く、「とれーなーさんも入りましょ!」とのこと。
やめてください、マチカネタンホイザのごとく鼻血ブーしちゃいます。
幼児退行したマックイーンには、羞恥心というものがない。しかし、身体は立派に女の子しているのだ。いくらひと回り年下であるとはいえ、ウマ娘の中でもひときわ美麗な少女の裸体に、リビドーを感じるなって方が殺生だろう。
二人が風呂に入ってる間に、俺はそのリビドーを発散するので手一杯だった。
フィニッシュの瞬間、マックイーンの顔がチラついたことについては大変申し訳なく思っています。
余談だが、風呂から上がったゴルシは、風呂の間に俺が何をしていたに一瞬で気がついていた。
煽るでも茶化すでもなく、生あたたかい目で微笑んできたゴルシ。ぶっちゃけあの時ばかりは消えてしまいたくなった。
「絵本を読んでほしいですわ!」
「あいよ」
ちなみに、子ども用のオモチャや絵本などは、マックイーンの荷物とともにじいやさんが持ってきてくれたものだ。実に気がきいている。
「んじゃ、読むぞ……ってどうした?」
なかなか隣に座らないマックイーンに、俺は声をかける。二人がけのソファなんだが、お嬢様には小さいってことだろうか?
怪訝に思っていると、マックイーンが悪戯な笑みを浮かべた。
「おひざのうえで読み聞かせて欲しいです!」
「えぇ……」
「泣きますわよ?」
「ゴメンナサイ」
大丈夫? こいつ、元に戻ってない?
幼児退行らしからぬ腹黒っぷりだが、元のマックイーンなら恥ずかしくてこんなことできないだろう。
仕方ないな、と思いつつ膝をあけると、マックイーンは嬉しそうに腰を下ろした。
「う……」
俺は思わずうめき声にも似た音を漏らした。
重くは、ない。むしろ、ヒトとは比べ物にはならない力を持つウマ娘は、こんなにも軽いのかと驚いた。(健康管理も仕事なので、数値上では知っているが、こうして重さを感じるのは初めてだ。)
うめき声の正体は、あまりに近すぎるマックイーンとの顔の距離だった。
俺とマックイーンは頭一つ分ほど身長が違うが、今の体勢ではその差も無いに等しい。
「俺はトレーナー俺はトレーナー。うまぴょいは敵うまぴょいは敵……!」
「どうしましたの?」
「魔物よけのオマジナイを唱えてただけだよ」
「まもの!?」
気を取り直して本読みを始める。と言っても、デフォルトの体勢だとマックイーンのウマ耳と後頭部しか見えない。
必然的に、俺はマックイーンの肩に顎を載せるような体勢となった。なぜかいい匂いがする……俺と同じソープ使ったはずなのに。
さらに近くなった顔同士の距離にドギマギしつつ、俺は読み聞かせに集中することにした。
「えー、『かっとばせ、ユタカ! 作:黄金船 絵:成田無頼庵』……?」
さっそくツッコミどころ満載だったが、今の俺は読み聞かせのスペシャリスト。この程度で動揺してなどいられない。
一意専心の覚悟で読み聞かせを始めた。
「ふぅ……寝たか」
絵本を読み終わるころ、マックイーンはうとうととし始め、俺が本を閉じると同時に眠りに落ちたようだった。
寝顔は安からで、呼吸は規則正しく、ウマ耳たまにぴこぴこと動く。
そんなマックイーンを見ていると、チラチラと顔を覗かせていた魔物さんはどこかへと行ってしまっていた。
体に移ったマックイーンの体温を名残惜しく思いつつも、その体を抱えてベッドへと運んだ。
自分のベッドに他の誰かが寝ているというのは、なんだか不思議な感覚だ。
「さてと、滞った仕事を片付けますか……」
育成データの整理に、ゴルシの対抗バとなりそうなウマ娘の分析。自室に戻ったあとも、トレーナーの仕事は存外多い。
今日のノルマを終える頃には日付も変わり、俺はマックイーンの寝るベッドのとなりに来客用の布団を敷いて眠るのだった。
途中、「おしっこ」というマックイーンのトイレについて行ったり、マックイーンが俺の布団に入ってくるなどの事故が起こったが……疲れた俺と魔物さんは、眠気に負けてそのまま眠るのだった。
「ふぁ……」
朝、マックイーンは目を覚ます。
そして、いつものようにベッドから降りようとしたが、そこはベッドでなく敷布団。床で寝てしまったのかしらと疑問に思っていると、隣で寝ている誰かに気がついた。
「トレーナー、さん?」
隣にいるはずのないその人物の存在に、寝ぼけていたはずの意識は一気に覚醒していく。
ちなみに、マックイーンは幼児退行から回復していた。が、その間の記憶は──なくなっていた。
「え? え? え? え? ──えぇっ!?」
「ん……おはようマックイーン」
のそりと起きるトレーナー。
慌てふためきながらも、様々な憶測を巡らせるマックイーン。
そりゃそうだ、朝起きたら“意中”の相手と同衾していたなど、思春期乙女のマックイーンにとっては摩訶不思議のできごとである。
マックイーンは赤面しながらも、恥ずかしげに、蚊の鳴くような声でトレーナーの袖を摘んで──
「──赤ちゃんの名前、どうしましょう……?」
「…………
…………は?」
トレーナーがメジロの一員になる日は……近い!