ネイチャへの愛が深いゆえですな。
アタシのトレーナーをひと言で表現するとするなら──人間のクズ。が、妥当なところだろう。
小学生にも泣かされる(精神力豆腐並み)。
お金の管理ができない(課金厨なのだ)。
家事が何一つできない(生活力皆無)。
………………
…………
……
トレーナーの名誉のために全ては言わないが、それでもやっぱりトレーナーはクズだ。
とはいえ、トレーナーとしては優秀も優秀。アタシみたいなキラキラしてないウマ娘を、年度代表ウマ娘にしてしまうくらいに優秀なのだ。
それに、トレセン学園の素行調査に引っかからない程度には外ヅラもいい。
トレーナーのクズさを知っているのは、トレセン学園においてはアタシくらいのものだろう。
それがたまらなく…………そそるのだ。
「ネイチャー、ガチャ爆死しちゃいましたー」
いまもほら、台所に立つアタシに石をたかりに来ている。
トレーナーの財布の紐を握っているのはアタシなので、トレーナーが課金する時にはアタシの許可が必要なのである。
「かわいそうにかわいそうに。でも、今月の課金はもうしちゃダメって約束したよね?」
「ぴえんです」
大の大人がしてもキショいだけなんだけどなー。
「……あと10連だけだよ?」
まあ、それで許しちゃうアタシも大概キショい。
「いえい、ありがとうネイチャ。めちゃ好き大好きです」
「はいはい、アタシも好き好き大好き。いい子だから居間でご飯待ってなさい」
財布の紐握って、ご飯も毎日作ってあげて、なんなら家事全般をやってあげて。まるで夫婦みたいだ。
こんな関係のトレーナーとウマ娘は他にはいないだろう。というか、いてたまるかよ。
でも、本当にこの人がアタシのトレーナーになってくれて良かったと思う。
アタシは自分で言うのもなんだが、自己肯定感が低い。アタシはアタシの“素晴らしい素質”を信じることができない。たぶんそれがアタシの伸び悩んでた理由。
けれどトレーナーはアタシの“素晴らしい素質”を──ナイスネイチャを信じてくれた。そして、アタシはそんなトレーナーを信じることにしたのだ。
共依存ともいうべき、この関係。
本当に依存しているのは、アタシのほうなのかもしれない。
***
「今日は外泊許可もらってるし、いっしょに寝たげる」
「やった!」
食事も終え、シャワーも浴びたのであとは寝るだけ。
そんな時にお泊まり宣言をしてみせると、トレーナーは無邪気に喜んだ。
まあ、ふつーなら門限とっくに過ぎてる時間だし、それを元に推理すればすぐにわかることなのだけど、こうも喜んでくれるとアタシも嬉しくなってしまう。
アタシたちは当然のように同じ寝台についた。
別にやましいことなんてない。
ここには来客用の布団がないから、だから仕方なくいっしょに寝てるだけ。
最初はアタシはどぎまぎしてたけど、気持ちよさそうに眠るトレーナーの顔を見てると、そういう毒気は自然と抜かれていっちゃうものだ。
(顔、整ってるなー。そりゃモテるわ)
トレーナーは顔がいい。
外ヅラも外聞もいいので、言いよるウマ娘も多い。
コミュ障だからあまりそういうのを相手にしてないけど、それがかえって「硬派だー」とか、「寡黙だー」とかでウケているようだ。
(アタシよりもキラキラな子たち……か)
バ生のなかで、ウマ娘がレースの大舞台に立てる時間は長くない。レースは良くも悪くも過酷で、ウマ娘の脚を消耗品のように使うものだ。
全盛期だけを切り取るなら、5~6年が精々だろう。
それはつまり、アタシとトレーナーの関係の寿命を意味する。アタシが引退すれば、トレーナーはちょっと親しいだけの他人になってしまうのだ。
そして、その時にはトレーナーのとなりにはアタシよりキラキラしたウマ娘がいて……。
「ネイチャ……?」
ぼんやりとしていると、アタシの名前を呼ぶ声があった。
当然、トレーナーだった。その顔は困り顔といったかんじ。アタシは慌ててごまかす。何をごまかそうとしているのかは、アタシにも分からなかった。
「あ、あれ、寝てなかったんだ? あはは~、ごめんネ。トレーナーさんの寝顔見てると落ち着くからさ、ついつい眺めちゃってた」
「いえ、そうではなく……。どうして泣いてるんですか?」
「え、泣いてなんか……」
泣いてるつもりなんて、なかった。が、トレーナーの指摘通り、気がつくとアタシの視界は涙でぼやけてた。
「ネイチャ……」
「し、心配しなくていいって! これはー、あれだ! 目にゴミが入った的なサムシングだから! ねよねよ、明日も早いんだしさ!」
そう言って取り繕っていると、トレーナーは何も言わずに唐突に──アタシの頭を胸に抱き寄せた。そして、優しい手つきでアタシの頭を撫でる。
鼻腔にトレーナーのにおいが広がるのを感じた。
「いい子いい子」
このトレーナーは、平気でこういうことをする。
こっちの気持ちとかお構い無しに、こういうことをする。
勝手に卑屈になって、勝手に弱っていたアタシは……もう我慢ならなかった。
自分でも何を思ったか──無言のままトレーナーを突き放し、そのままマウンティングをとってベッドに押さえつける。
アタシのただならぬ気勢から何かを察したのか、トレーナーはアタシの腕から逃れようと身動ぎをするが、所詮はヒトの膂力だ。
「ヒトって……こんなに弱いんだ」
蔑んだつもりはなかった。でも、ポツリと漏れた自分の声の冷たさに、アタシ自身がひどく驚いた。
しかし、ひとたび沸き立った衝動は止まらない。自分のやってる事の恐ろしさよりも、目の前のヒトを自由にできてしまうという超越感がアタシを衝き動かしていた。
目の前のこの人間を、自分のモノにしたい──そう思った。
アタシは片手でトレーナーを押さえ込んだまま、トレーナーのパジャマのボタンをひとつひとつ丁寧に外していく。
そして、最後のひとつに手をかけた──その時だった。
「やめなさい、ネイチャ!」
「ひっ」
トレーナーの怒声が、大人の威厳がこもった声がアタシを叱りつけた。
思わず悲鳴が漏れ、トレーナーを押さえつけていた手を離してしまう。けれど、トレーナーは逃げようとはせずそのままの体勢でアタシの手を取る。
「その……個人としては、ネイチャとそういうことをするのは一向に構わないのですが……。
その行為自体は、ウマ娘の走力への影響を懸念する研究もあります。だから、トレーナーとしては容認できません。
こういうことは、ネイチャが引退するその日まで我慢する……ってことにしませんか?」
「と、トレーナーさん、それって……?」
「いつも言ってるじゃないですか……好きって。そういうことですよ」
照れた顔を見せたくないのか、トレーナーはぷいっとそっぽを向いてしまったが、アタシのほうは気が気じゃなくなっていた。
なんてことをしてしまったんだ、っていう罪悪感。それと、それを塗りつぶしてしまうほどの幸福感。
火がついたように熱くなる顔。
ニヤける口元は、手で押さえても緩んじゃう。
アタシは耐えきれなくなって、枕に顔を思い切りうずめて「うにゃああああああ!!」と脚をバタバタさせながら悶えた。
「逃げても差し切るから……覚悟しといてよ?」
「逃げませんって」
その日から、ナイスネイチャのデバフが強くなったのは言うまでもない。
何見せられてんだ……(オマイウ?)
ちなみに、うちのネイチャは
『独占力』
『束縛』
『八方睨み』
『鋭い眼光』
『逃げけん制』
『差しのコツ◎』
によって、どんな逃げウマも逃がしません。つまり、トレーナーも逃げられません。真のしっとりウマ娘はネイチャなのだよ!