「あ、トレーナーだ!」
たまの休養日。
街に出て羽を伸ばしていたテイオーは、偶然見慣れた背中を認めて顔をほころばせた。
度重なるケガ、それによる周囲の落胆と、それでも褪せない天才への期待。そのふたつに板挟みにされて、潰れそうになったテイオーに、トレーナーは何も言わず寄り添ってくれた。
その時からだろう。テイオーの中に信頼以上の何かが、トレーナーに対して芽生えたのは。
もちろん、トレーナーとウマ娘という関係上、テイオーはトレーナーに指導者以上のものは求めないようにしている。
それがトレーナーへの誠意であり、ファンに対する責任であるから。だから、テイオーはその線引きを忘れることは無い。
──とはいえ、テイオーも女の子のひとり。
トレーナーとの関係を利用して、少しでも──今日のようなオフの日でも、そばにいたいと思うのは仕方の無いことだろう。
テイオーは突発的なデートの予感に胸を躍らせながら、トレーナーのほうへと駆け始めた……その時だった。
「ん、遅かったな。マヤノ」
テイオーの足取りは、トレーナーのその言葉によりピタリと止まった。
──え、どうして?
──いやいや、そんなわけ……。
ウマ娘の聴力は、人間のそれよりはるかに優れている。意識さえすれば、雑踏の中で多少離れていようと、特定の人間の声くらい拾える。
そのうえ、テイオーが大好きなその人物の声を聞き間違えるわけが無い。絶対に。
だがそれでも、テイオーは自分の耳を疑わずにいられなかった。
「もー! そこは「荷物持つよ」くらい言わないとだよっ、トレーナーちゃん!」
しかし、ついにニンジン色の髪を持つ少女が──マヤノが現れたことにより、テイオーの疑問は確信へと変わった。
店から出てきたのを見るに、トレーナーと買い物をしているようだ。
テイオーは信じ難い光景にしばしフリーズしていたが、頭をぶんぶんと横に振って、脳裏を過ったイヤなもやもやを払う。
「は、はは……いやいや、買い物行くくらいはふつーだよ! ふつーふつー! あー、何してんだろボク。そんなわけないのにさ!
あはは!」
テイオーは自分に言い聞かせるようにそう言った。
……が、その直後──マヤノはあろう事か、荷物を持ってないほうの腕を、トレーナーの腕に搦めた。背丈がずいぶんと違うので不格好であったが、それは間違いなく恋人同士がやるものだった。
トレーナーは顔こそ嫌そうにしていたが、マヤノの腕を振り払う様子はない。
「あは、ははは……ぇ?」
テイオーは胸の底に、なにか冷たいものを感じた。
それは、復帰が絶望的と医者に言われたときに感じたものよりも、鋭い冷たさをもってテイオーを苛む。
テイオーの知らない、トレーナーの優しくほころんだ顔。
それが、テイオーにはとても恐ろしく思え、遠くに感じれた。
その時、テイオーの中にあったトレーナーとウマ娘の線引きが、崩れる音がした。
──マヤノがいいなら、ボクもいいよね……?
「アハハ、カンタンじゃん……。ボクが一番になればいいんだ……!」
テイオーはすぐに笑顔になって、そのまま帰路に着いた。
その足取りは軽く、楽しげなものだった。
***
「ん、どしたのトレーナーちゃん?」
「いや、なにか恐ろしい気配を感じた気が……。まあいいや、今日はありがとなマヤノ。テイオーへのプレゼントに何がいいか、全く思いつかなくってさ」
来週に控えたテイオーの誕生日。今日はそのためのプレゼントを、マヤノと選びに来ていたのだ。
毎度、トレーニング用品をプレゼントしていては芸がない。そう思って、同室でテイオーと仲のいいマヤノをアドバイザーに選んだのだった。
「……にしても、恋人繋ぎはさすがに恥ずかしいんだが?」
その上、マヤノの子供っぽさも相まって犯罪臭も凄まじい。
恋人繋ぎがアドバイザーの報酬だからあまり文句は言えないが、通報されないかだとか、知り合いに見つからないかだとかでトレーナーの胃はキリキリとしていた。
「帰るまではこのまま! 今日はオトナのデートを満喫するんだもん。ユーコピー?」
「はいはい、アイコピアイコピアイポピ-」
その夜、ウマ娘の膂力の強さを“分からせ”られることになることは、トレーナーが知る由もないことであった。