モルモットとふしぎな目覚まし時計 作:✿▽✿
有馬記念はそのまま表記しますのでご了承ください。
あれ?以前有マ表記だったような……?
いや……ウマ娘でも漢字表記なのが悪いんですよ……(面倒でした申し訳ありませんm(__)m)
〜side ダイワスカーレット〜
タキオンさんが海外に行って早一週間が経った。彼はいつもターフで走るウマ娘を眺めては帰るという生活を繰り返している。
タキオンさんが旅立ったのは2月の後半、現在は3月の一週目の週末である。
(声……掛けられるような状態じゃ無いわよね……)
タキオンさんからは少しでいいから彼が立ち直れるように手助けをしてやってくれないか───と頼まれた。だからこそアタシとカフェさんとシャカールさんの3人はそことなく彼の様子を見ているのだが、端的に言えば彼は別人のように変わってしまった。
彼に話し掛けた時は何でもないように見せようとしているのが分かるくらいに端々から元気がないのが感じ取れる。トレーナーであるからいずれは他のウマ娘も担当しなければいけないが……今の彼の様子では無理だろう。
ダイワスカーレットは何も思いつかないまま流れ行く日々にもどかしさを感じながら過ごしていた。
若し、ダイワスカーレットがここで行動を起こしていたならば未来は違ったのかもしれない。
そうして数日後
アグネスタキオンのトレーナーがいなくなったことを知った。
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〜side マンハッタンカフェ〜
───”友達”が消えた。
マンハッタンカフェは過去にない異常を感じ取っていた。いつ何処でも一緒にいた”友達”が急に消えてしまったのである。これはおかしいと思い、”友達”に様子を見てほしいと頼んでいた対象であるアグネスタキオンのトレーナーに何かがあったのだと急いでいた。
(家じゃなくてトレーナー寮だってタキオンさんは言ってたから……部屋は誰かに聞いてみよう。)
ウマ娘寮からトレーナー寮まではヒトの足でもほんの数分足らずで到着する場所にある。マンハッタンカフェは確か2階ということを覚えていたので駆け上がる様に登っていく。
(……上島、〇〇、木戸……タキオンさんのトレーナーさんはここ……───?)
?
刹那感じた……
マンハッタンカフェはこの世のものでない異常を感じると冷や汗が止まらなくなってしまう。やがて制服の襟元に脂汗が流れ落ちるほど大量に汗が吹き出るようになる。
マンハッタンカフェが思考を再開することができたのは階段を登ってきた女性のトレーナーに声を掛けられてからであった。
(………………?)
マンハッタンカフェを襲った異常は至極簡単なものである。数度であれこそ聞いたことがある人の名前を忘れるというアレであるのだ。
(お、おかしい……何かが……!)
だがただ
扉の真ん中に書かれているモノが文字だということは理解できる。それがアグネスタキオンのトレーナーのものであるということも同様にだ。
しかし、何故か名前はいつまで経ってもわからない。名前として認識できないのだ。確かにそこに書かれているのに覚えられないし、分からない。
(文字だってわかる。なのに……どうして……?)
文字が読めないのではない。ど忘れした訳でもない。ただ認識できないことに戸惑っている。たかだか二文字程度であろう名前が記憶にも言葉にもできない。
「あの……大丈夫ですか?」
「───ッ!」
女性トレーナーに覗き込まれ表札が視界から消えると、やっと冷静さを取り戻せた。ある程度落ち着いたと感じると夜の帳のような短髪のトレーナーにここは誰の部屋なのかと聞いてみた。
女性のトレーナーは初めは疑問に埋め尽くされた顔をしてやがて瞳孔が開き、呼吸が速くなり、頭を抱え始めた。明らかな異常を見せた彼女にアグネスタキオンのトレーナーの部屋かと聞くとただひたすらに下を向いたまま顔を上下に振っていた。
(お、
ここは『アグネスタキオンのトレーナー』の部屋なのは間違いがない。この事象が何なのか探すべくドアノブをひめるも開かない。鍵が掛かった状態であり、この部屋に入ることは叶わなかった。
この女性のトレーナーは桐生院葵というらしく、タキオンさんのトレーナーとは面識があったようだ。とりあえずこの部屋に入る為には鍵が必要でありマスターキーや合鍵は警備の関係上トレセン学園の職員室で管理されているという。桐生院トレーナーは鍵を取りに行くと言い、トレセン学園へと向かった。私も手持無沙汰なのでついでにこの寮の人から情報を集めることにした。
しかし……
(……誰も"あの人"の名前を覚えていなかったし、隣人でさえも姿や会話すら覚えていなかった。……明らかに異常すぎる……)
スカーレットさんと昨日話した時の会話の話題に上がったし、シャカールさんとは先日話し合った。
(あれ……?私とスカーレットさんはどうやって"あの人"を呼んだんだろう?……思い出せない……)
確かに記憶では名前を呼んだ覚えはあるのだが一体どう呼んだのかが
早速携帯を使って彼女に電話を掛ける───1コール、2コール……そうする内に「もしもし」と聞き慣れた声が聞こえてきた。
『誰かと思えばカフェじゃないか。珍しい、どうしたのかな?』
「タキオンさん……貴女のトレーナーさんを覚えていますか……?」
『……何を───いや……カフェ……まさかトレーナー君は……?』
「名前を言ってみてください。"あの人"の"名前"を……」
『…………』
案の定、というべきか。タキオンさんが"あの人"の名前を答えることはなかった。事情を説明する内に誰かが凄い勢いで近づいてくる足音がする。階段を駆け上がってきたのはこの学園の理事長の秘書である駿川たずなさんであった。手には多くの鍵が収納されている所謂キーオーガナイザーを持っており、どうやらこの部屋の鍵もあるようだった。
「───鍵を持ってきました。……これは……」
彼女もまた、表札を見て困惑の表情を見せたのだった。私は通話をテレビ通話にしカメラをドアへと向けるとタキオンさんは消え入りそうな声で疑問を呈した。
『カフェ……これは……なんなんだ……?どうしてトレーナー君の名前を思い出せないんだ……?』
「わかりません……ただ、誰も覚えていないということだけしか……」
そう答えると階段をドタドタと駆け上がる音が聞こえたのでそちらへ注意を向けると、息が切れ切れの桐生院トレーナーであった。……学園まで少し距離があるし、私が呼びに行った方が良かったのだろうか。
「……とにかく、ここを開けてみないことにはわかりません。」
たずなさんが鍵を開け、ドアを開けるとドアチェーンがあるらしく引っかかった。しかし、どこからかペンチを取り出してチェーンを切り、無理やり開けたのだった。
部屋の中は特に何もない。少しだけ異性の匂いというものに驚きつつもたずなさんを先頭に廊下を抜ける。多少の生活感はあったものの窓は締め切られており、風呂やトイレの中にも誰もいない───まるで出かけた後のような無人の密室であった。
『冷蔵庫……カフェ、冷蔵庫の中を見てくれ。』
タキオンさんの指示に従って冷蔵庫の中を見てみると、生鮮食品は卵が1パックほど、他にあったものは味噌のような調味料といくつかのスポーツドリンクが中にあるだけだ。冷蔵庫周りも色々探してみたが、レトルト食品や即席麺はなく常温保存されている調味料や茶葉、缶コーヒーなんかもあった。
「……随分と量が少ないですね。」
『量が少ない……?カフェ、写真を送ってくれ。』
矢継ぎ早に指示が飛んできて文句を言いたいが、今はタキオンさんが何かを知っているかもしれない。私は写真を撮るとタキオンさんに送信する。
『……やはり、か。』
「やはり……?」
オウム返しに聞いてみると、タキオンさんは最悪の事態を考えた方が良いだろう。と言った。考えうる最悪の事態とは……
『たづなさん、トレーナー寮には監視カメラはあるかな?あればそれを確認してほしい。』
「……分かりました。」
たづなさんは駆け出していった。私と桐生院トレーナーには部屋をもう少し調べてみてほしいと言われ何か痕跡が無いか探してみる。こういう時、いつもならあの子が何かを見つけてくれたりするのだけど……
十分ほど部屋を組まなく探すも痕跡らしい痕跡は見られない。何かおかしい点も無かった。
「皆さん!寮の外にある学園の監視カメラのデータが見れるそうです!」
その言葉に私達は最悪の事態ではないことを願いながら、学園の守衛室に向かうのだった。
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「こちらが2月末から今日までの監視カメラの映像になっております。」
警備員は引退したウマ娘であったり、警備専門のウマ娘が付きやすい仕事であるという。監視カメラの映像を用意してくれた人物もまた、ウマ娘であった。
『……まずは3月5日、いやそっちでは6日か。昨日の映像から順に確認しよう。』
タキオンさんの言葉に皆が賛成し、暗い夜からどんどん巻き戻されていく。18時……17時……15時……12時……8時……3月3日……3月2日───3月1日───ついには2月28日にまで巻き戻ったが、何もなかった。
巻き戻るにつれどんどんと異様な雰囲気になっていく。タキオンさんのトレーナーは一週間家から出ていないことが証明されたのだ。奥のドアは出入りされ、多くのヒトが門から出ていっているのに対して、"あの人"のドアは全く動きを見せないまま移され続ける廊下がひどく不気味だった。
「次が……2月27日。」
23時───真っ暗闇に蛍光灯が光っている様子。
22時───奥の部屋のトレーナーが袋を持って出ていった。
21時───奥の部屋のトレーナーが手ぶらで中に入っていく。
20時───桐生院トレーナーがドアの前を行ったり来たりウロウロしている。
19時───何もない。
18時───手前の部屋のトレーナーが入っていった。
17時───桐生院トレーナーが再び訪れた。なんとアグネスタキオンのトレーナーと話している。
映像は一旦止められ桐生院トレーナーへ質問が投げかけられる。一体何を話したのかというと、かなり落ち込んでいたので何か励ませないかと訪れたは良いものの出走できなかったURAファイナルズにて優勝した為に励ますつもりが心無い言葉を送っただけであると思えてアタフタしただけらしい。しかし彼女の言う話では"あの人"は落ち込んでいるように見えたものの対応はいつも通りであったという。現状桐生院トレーナーが最後に"あの人"を見た人物である為この情報は大き過ぎる収穫だろう。
話を終えて再び何か手がかりはないのかと映像を戻し始める。桐生院トレーナーが話す寸前にドアを開けて周りをキョロキョロと見渡した"あの人"が映っていた。そして何か箱のようなものをドアの前へ置いている。どうやらこの箱を受け取ったらしいが一体なんなのかはわからなかった。
「これは……!」
肝心なのはその更に前、撮影された映像越しに伝わる程の霊的存在が箱を置いているように思えた。どうして「思えた」なのかは全く"みえない"からである。"お友達"を含め私はそういった"よくないもの"や"みえないもの"が見えるのだが、全くみえないにも拘らずこの存在感。もはや霊的存在ではなく───そう、神と呼ばれる存在でなければこれ程の存在感は感じない。そして全く害を与えようとしているように感じないのはどうしてなのか。
("お友達"に頼んでから数日以上経っている……まさか、"お友達"ごと魅入られて神隠しにでも……)
そういった空間に迷い込んだか、それとも攫われたか。いずれにせよあの箱が何かの手掛かりになるかもしれない。
そして……あの箱は普通の人に触らせてはいけない。
あの箱は恐らくだが"あの人"への恩寵、我々からすれば呪いのようなものだと考えられる。もしも無造作に扱い怒りを買えば大変なことになるだろう。私も今"お友達"がいないこの状況であれば抵抗すらできない……かもしれない。その存在が温和であることを願うだけだ。
とりあえずはあの箱を探すのが大前提。たづなさんや桐生院トレーナーには捜索してもらうのがありがたい。
『2月27日は私が旅立った日だ。これ以前は、もう見る必要はないだろう。』
タキオンさんの声に巻き戻しが停止される。
───手掛かり、無し。その状況に沈黙が続くかと思われたが、なんと口火を切ったのはタキオンさんであった。
『……トレーナー君は何らかの方法で私達の記憶を消去し、寮を脱出してどこかへ失踪した……考えたくないが……ね。』
「───そんなこと!」
「そんなことって……」
重苦しく事実を事実のまま述べたタキオンさんの言葉に桐生院トレーナーが反論しようとするも続かない。もしも、自分が失踪した原因であったならば───と桐生院トレーナーは自責の念を押されているのか目には涙が貯まっていた。
『元々、担当が怪我をして走れなくなっただけで業務に影響が出るような人だったんだ。トレーナーとしては失格と言っても良いだろう。』
「タキオンさん……」
それは無いんじゃないかと言いたかった。今まで"あの人"がどれだけ貴女を支えたのか、それを思えばそんな言葉は出る訳がない。
しかし、タキオンさんはさらに続けた。少しばかり呼吸が荒くなり、声が震えていながらも話を続ける。
『そんな……人だったから……少しでも爪痕を残したくないから……彼の前からいなくなったのに……これじゃ……!これじゃあ……!』
「タキオンさん……落ち着いてください」
『…………』
皆いっぱいいっぱいだ。これ以上続けるのは不味いだろう。
「とりあえずです……いなくなったとは限りません。"あの人"を探すのが先ではないでしょうか?」
話の方向性を変えて今やれることをやるしかない。そう、いなくなったとは限らないのだ。たかだか5日程度見ていないだけで、どこかでヤケ酒でもなんでもしているのかもしれない。実家にでも帰っているのかもしれない。
そんな私の考えとは裏腹に、とある疑問が投げ込まれた。
「あの……先ほどから言っているアグネスタキオンのトレーナーなんですけど……B棟の202号室ですよね?」
「変な話なんですけど……本当に住んでました?」
傍観していた警備員さんから投げられた言葉は、事の重大さを私達に知らせるのには十分すぎた。
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警備員さんから言われたその言葉に質問を何度か繰り返すと───
・202号室は空き部屋だったという記憶がある。
・映像を見るに確かに住んでいたみたいだが、顔はやはり見覚えがない。
・元競争バであるのでトレーナーがいないとデビューはできないことは知っているが、あの皇帝シンボリルドルフに勝ったアグネスタキオンにトレーナーがいたのかすら疑問に思ってしまう。
ということらしい。
全くの意味不明であるが、私達も名前を言えないので共通点はある。要するにどの程度忘れているのかだ。
(これって……まるで存在が消えてしまったかのような……)
この考えを浮かべた途端ゾクリと嫌な予感がして背中を震わせる。"あの人"の記憶がゆっくりと
そうだ。違和感もなく、最初からなかったように───一夜では駄目なのだ。有名な話だがコーヒーの銘柄には動物の体内で発酵させて作られるものもあるという。ゆっくりと、ゆっくりと胃の中でコーヒー豆が熟成するように記憶が溶けていき、そうして溶け切った時"あの人"の記憶が初めからなかったことになるのではないだろうか?
馬鹿げた話だがあり得なくはない。タキオンさんはさておき、たづなさん、桐生院トレーナー、私……この三人に共通することは"あの人"と関わりが深かったことだろう。記憶では確か……他の人とあまり喋らないタイプに見えたと思う。というか、大体光っていて話しかけられないという方が正しいだろうか。
(……スカーレットさん、シャカールさん……あとは……)
仮説が的中しないように願いながら私はまずはスカーレットさんの所へ向かうのだった。
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(いた……)
スカーレットさんは少しぼーっとしているようで、声を掛けるとハッと驚いたようにこっちを向いた。とりあえず諸々の話を伝えてみると確かに覚えていたものの先程まで忘れかけていたらしい。
タキオンさんとかなり親しかったスカーレットさんがこうなのだ。シャカールさんは忘れているのではないだろうかと考えながらもタキオンさんのトレーナーが居なくなったことを伝える。
「え……いなくなったって……それって大丈夫なんですか!?」
「全然大丈夫じゃないです。むしろ……」
"あの人"が忘れられていくことを伝えるとスカーレットさんは信じられないといった表情であった。分かりやすく信じて貰えるようにそこにいたウマ娘にアグネスタキオンを知っているか?と聞いてみる。答えはYesだった。
続けてトレーナーが
「そんな……嘘ですよね……?冗談ですよね……?」
「……私はタキオンさんほど冗談は言いませんよ。」
そういえばタキオンさんは彼女に対してだけ何故か丁寧かつ礼儀正しかったか。なんて思いながらも、彼女は何とか納得できたみたいだった。
「何より今は"あの人"を
「……あ、シャカールさんならさっき会いましたよ。」
スカーレットさんはこっちですと誘導してくれる。階段を2フロア降りたところでシャカールさんは歩いていた。どうやら何か苛立っているらしく、向かいから歩いてきた子たちは関わりたくないのか少し離れていた。
「シャカールさん。」
「あン?……ンだよ、お前か……って珍しい面子だな。」
「あ、あの……シャカールさんはタキオンさんのトレーナーさんのことを覚えてますよね……?」
「……」
顎に手を当て考える様子をしてみせた。長い沈黙の後、何かに気付いたのか大きく目を見開いてこちらを見ている。
「なァ……オレはな……約束事とかそういうのは結構うるさいンだよ。進んで破ったこともねェ、どうしても仕方のねェ理由がなければやらなかったりしないって決めてンだ。」
「……知ってます。貴女は結構几帳面ですもの。」
「……ならよ……オレはよ、アイツ───タキオンのことは結構
怒りの表情を浮かべながら話し続けるシャカールさんだが、今は一刻を争う事態になっている。私だって"あの子"がいなくならなければ気付けなかった。誰が悪いのではなく私達全員に責任があるのだと思う。
「シャカールさん、残念ながら……」
───説明を受けてシャカールさんがどうなったのかは言うまでもない。
私が思い当たる節がある人物はこれで以上だ。他に誰か"あの人"を良く知っていそうな人物を知らないかと聞くと生徒会の会長と副会長はどうだと助言を受けた。その理由は本来はタキオンの実験の尻拭いとして生徒会室に赴いていたからだが、スカーレットさんにそのまま伝えるのもなんだと思い同じレースで走ったからだと言っておくことにした。
早速私達は生徒会室に向かうことにした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
コンコンコン
「今行く」
扉の中から顔を覗かせたのはナリタブライアンであった。少し眠そうな声で会長とエアグルーヴはいないぞと言うと要件はなんだと聞いてきた。私がその二人に用があると言うと、ついさっき理事長と秘書に連れられていったとだけ言い、後は自分で探してくれと言い残して扉を閉めようとした。閉める間際にタキオンさんのトレーナーについて聞いてみると短く知らんとだけ帰ってきた。
「……理事長室、でしょうか?」
「まァそうだろ。」
再び移動を始める。
理事長室へと入るとシンボリルドルフさん、エアグルーヴさん、たづなさん、秋川理事長の他に桐生院トレーナーもいた。話はまだしていないらしく、今から諸々の話をするらしい。理事長やたづなさんに断わって、私がその役を務めることにして貰うことができた。
「それではまず最初に一つ質問をしても構いませんか?」
「ああ。構わない」
「問題ない。」
「では……アグネスタキオンのトレーナーを知っていますか?」
二者の反応、特にシンボリルドルフさんの応答は今までにないものであった。
「
「……今なんと?」
「彼のことは知っている。って───」
「いえ、その前……貴女、名前を言いませんでした……?」
「〇〇トレーナー……だろう?エアグルーヴ。」
「……いえ、会長……その……なんと言っているのですか?」
シンボリルドルフさんの言う───形容しがたい音?のようなものがなんと言っているのか分からないのだ。恐らくこの場にいる全員が何と言っているのか分かっていないだろう。
「〇〇トレーナーと……こんな名前だったか。」
メモ帳に書かれた文字を全員が覗き込んだ───しかし分からない。文字であることは分かるのだが……
「会長さんよ……
「……もしや、皆分からないのか……?」
コクリと頷いた。シンボリルドルフさんは少し考えるように唇に手を当てた後、エアグルーヴさんにタキオンさんのトレーナーを知っているのかと聞いた。
「会長……私の記憶にはありません。更におかしな話ですが……タキオンにトレーナーがいなかったように思えるんです……」
バカな。と会長さんが言った。
(しかし、どうして会長さんだけ……?)
ある程度こういうものへの"耐性"は付いていると自負しているが、それでも諦めるしかないものもある。恐らくだが世界中で"あの人"の名前が出ることは二度とないであろう。しかし会長さんは例外であった。
兎に角、この異様な事態を終わらせる為に"箱"とあの存在について言うことに決めた。
「仮説になるのですが……良いでしょうか?」
「ああ……構わない。十分に異常な事態だということは分かったからね。」
ここにいる人はいずれも皆神妙な面持ちでこちらを見ている。ふう、と一息吐いてからまずは私の体質について話すことにした。
「まず……胡散臭いかもしれませんが私は所謂霊媒体質というものなんです。視えてはいけないもの……端的に言えば幽霊などと言ったそういう"存在"が見れてしまうんです。」
思わぬ方向からのアプローチであったのかシャカールさんが声をあげる。その顔は彼女の嫌うロジカル的な話ではなかった為か苛立っているように思える。
「……ンだァ?ということはよォ……アイツのトレーナーは化かされたってのか?」
そういえばシャカールさんは幽霊とかは苦手だったか。なんて思いながらも毅然とした態度でその通りですと返す。彼女も理解はできないが私がそういったものと接しているということを知っている為か気分が悪そうな顔をしたまま黙り込んだ。
「監視カメラにあった玄関の前に置かれていた"箱"───そして直前に映り込んだ霊的存在。映像を確認して頂ければ"箱"は誰にでも視えると思います。」
「……あの、霊的存在って一体どの辺のシーンで映っていたんですか……?」
桐生院さんの疑問によって私は確信を得ることができた。あの極めて高い格を持った存在は私以外には見えていなかったのだろうということを───
「タキオンさんのトレーナーさんがドアから首を出して覗き込んだ寸前ですね。時刻は27日の午後4時43分だった筈です。」
「確かに何か小さい箱のようなものは拾ってましたが……それらが失踪と関係があるのでしょうか……」
たづなさんの疑問に一同が同調したように頷いた。私は更に説明を続ける。
「結論から言えば魅入られて神隠しにあったのだと思います。映り込んだ
知らない人には突飛な論かもしれない。だけどあの人を助けるにはこれしかないと直感で分かった。きっと、お友達も一緒にいるはずだ。
「兎も角、
「ウチのトレーナーだったンなら顔写真の一つや二つくらいは残ってンだろ?今時は至る所に監視カメラが無数にあるンだから探せねえ事はねェだろ。映ってなくとも警察犬か何かで臭いでも辿れば良いハナシだ。」
私に続いてシャカールさんが現実的な解決策を示した。確かに顔写真は残っていそうだし、臭いを辿るという考えも盲点であった。
「私はもう一度あの人の部屋を探してみます……もし、不自然な小箱を見つけたなら何もせずに私に連絡してください。」
もしも下手を打ってあの存在の琴線に触れてしまっては大変なので注意と共にチャットアプリのIDを伝えておいた。これでどうにかなるはず───いや、私しかできないのだ。必ずどうにかしてみせる。
決意と共に私は部屋へと向かうのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~side タキオン~
トレーナー君が失踪したというのは本当なのだろうか。
あの、お節介で進んで実験を受けるような奇人の彼が何も言わずに消えていくのだろうか?
(そんな筈はない……トレーナー君が、そんな。)
カフェの話によればトレーナー君が確認されたのは少なくとも6日以上は前が最後に確認された姿らしい。
(実家に帰った、なんてことはないだろう。トレーナー君は生真面目だから休職届でも出すはずだから……)
いくら考えても見つかるはずはない。そう確信できるのは彼の眼を思い出したからだ。あの濁った眼は夢しか追えない者のする眼だったからだ。少なくとも私がそうであったように。
プルルルルルル
「ん……カフェか。」
『タキ……ん……』
「ふむ、電波が悪いようだ。」
『タキオン……ごめ……さい……』
「……カフェ?」
僅かに聞こえる文字を繋ぎ合わせるとカフェが私に謝っているようだった。一体何があったのかと聞く前に、カフェの声が今度は鮮明に聞こえた。
『失敗しました……本当にごめんなさい。』
(しっ……ぱい……?)
「カフェ、何が───」
『もう私では追えません……あの人は、貴女のトレーナーさんは残念ながら───』
───信じたくなかった可能性であった。
信じなければいけなかった。まるで、私の脚のように……脆く、先がない。
私が怪我をするのは実は分かり切っていたことだった。生来より私の脚は脆く今まで注意を払って生きていた。そして、自分の脚が長く持たないからこそ私は"最速"を目指した。例え一瞬の生となろうとも"最速"として刻めれば良い。かくして研究者気質も持ち合わせていた私は憑りつかれたように実験を繰り返す日々だった。
そんなある日彼と出会った。
騙されやすく、不用心なトレーナーだと初めは思った。模擬レースの時に見たあの瞳を見て、そしてあの行動を見て、本当にバカなトレーナーだと思った。実験を嫌がる者はいても、
ある日彼を見直した。私の食事についてうるさく言ってきたので色々と答えると弁当を作ってくるらしかった。
……美味しかった。
弁当箱を返した時、てっきり次の分があるかと思っていると何もなかったのでちょっと嫌味を言ったが彼は何も言わずに弁当を作ってきてくれた。効率的であったので色々彼に投げることにしたが、彼は余程のことでない限りは応えてくれた。
「なぁ、カフェ……」
『……なんでしょうか。』
「前に、まだ引退しないと言っていたね。」
『……はい。まだ走りたいと思ってます。』
「…………そうか。」
───私に起こった怪我は私の脚の脆さに起因したものではない。
運が悪かったで済まされるような、本当に誰にでも起こりうる怪我だったのだ。
あの有馬。シンボリルドルフを打ち倒したあのレースは、私の考えを真逆に向かせた。序盤中盤のハイペースな展開でスタミナが無くなったまま先頭を走る私を直線で迫る皇帝を抜かせまいと動かした脚は、私の限界を超えて動いていた。
2500を走り抜いた後、私の心の中の大部分を占めていたは"最速の証明"を果たせた達成感ではなく"勝てた喜び"だった。現在最強と名高い皇帝を打ち倒したのだ。最速のウマだと言ってもいい───だが、そんな思いは殆どなかった。
一体何故かと考える内に私はどうして勝てた喜びが勝ったのかが
当然だが、私にも勝ちたいという気持ちはヒト並み……いや、ウマ並みにはある。しかし、どちらかと言えば『勝ちたい』のではなく『追求したい』という側面が勝っていた。だが有馬で感じたのは"勝利への喜び"───どちらかと言えばそれは自分だけのモノではなく
それが解った途端、なんだかレースへの情熱だとか、そういうものが消えかけていた。
どうしようもない"やり切った感"に満ち満ちた私は復帰の道ではなく引退することを決意したのだった。
───あくまで自分に従った。そうだ、私は自分のやりたいことをしただけだ。走れなくとも速さの研究はできるのだ。本望であるはずなんだ。さっき電話で言ったことはあくまで本懐じゃないんだ。
だが、私の心はロックチーズのように穴だらけで、何とも言い難い想いしか浮かんでこない。
「……カフェ……電話を切るよ。」
『…………はい。』
スマホの通話終了ボタンを押すと、急に鼻の奥がツーンとした。
「……トレーナー君……ティッシュ……」
胸の内にある想いがなんだったのか───一般的に見て両親からの愛を満足に受けていない私が気付くには遅過ぎたのだった。
END_1
『遅すぎた気付き』
エンドの名前を付けるとするとこういった題でしょうか。
タキオンの発言や言動からして親からの愛というものを十全に受けていないのではないでしょうか。だからこそトレーナーに対して何でもかんでも投げるという形で甘えているのではないかと思っています。
本当はタキオンをもうちょっとひどいめに合わせようと思ったけどやめました。規約に触るかもしれませんし酷い目にあうのはトレーナーだけでいいと思うからです。
この物語を進めていく上でトレーナーの名前を出した方が自然なシーンが出来たのですが皆さん的にはどう思いますか?
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出してもいいよ
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出したらダメ
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自分で決めてくれ┐(´д`)┌ヤレヤレ