モルモットとふしぎな目覚まし時計 作:✿▽✿
GⅠ未勝利のアグネスタキオンが秋の天皇賞を制した。
誰も追い付かせない逃げ……まさに超光速と相応しい逃げだと言われた。
そんな思い出深い栄冠を手にしたのは一年前の出来事であった。
「アグネスタキオンか……
「うーん……予想は外すかなぁ……」
アグネスタキオンは期待されていなかった。
確かに強い。強いのだが―――どうしても「おしい」ところで負けているからだ。
直近のレースである宝塚記念も2着ということも受けてアグネスタキオンが大真面目に勝つと思う人はそう多くなかった。
だが、ここに一人。いや二人―――アグネスタキオンが勝つと考えている者たちがいる。
一人はアグネスタキオン、もう一人はそのトレーナーだ。
秘策か、それとも一度勝った地だからの過信か。その確かな自信を目にしたウマ娘やトレーナーたちは当然警戒した。トレーナー目線でも、そして何度かレースを共にしたウマ娘はその身をもって知っているのだ。アグネスタキオンは格上……少なくとも凡才ではないと。
その筈、タキオンを後から追い越したことのあるウマ娘は片手で数えれるほどなのだ。大半が固いブロックに囲まれた状態であるために本領を発揮出来ていない状態が多い。2着だったとはいえ宝塚では背中が小さいままレースが終わった。つまるところ、背中を捕らえたことは一度もない。
だが……アグネスタキオンが勝つとは思っていない。少なくともGⅠ出走ウマ娘なのだ。この日勝つために最良の努力を積んできた。
各々が自分の勝利を疑わない中、ゲートインの号令が下された。
(天晴な秋晴れだ。バ場はとても良い……雨で不良や稍重であればあの作戦が無駄になっていた。)
タキオンの歩法を変えるのは困難を極めた。結局のところ天候に恵まれなかったこともあり、それは良バ場でしか使えない限定的なものになってしまったが今日のバ場は問題ないだろう。
「いける……勝てるぞ……」
『各ウマ娘───スタートしました!』
今日ここに、秋の盾を得る戦いの火蓋が切り落とされた。
『アグネスタキオン前に躍り出た!続いて3番───』
横一線のウマ娘達の誰よりも前に出たのはタキオンだった。
(……3番は今年の春の天皇賞で逃げていた娘だ。だが、復調出来ていないようだな……)
春の天皇賞に出たのは4人の内の一人───タキオンの逃げにも追い付くポテンシャルはある娘だが……春の天皇賞からあまり調子が良くないみたいであった。幸運なことだ。
完璧に近い状況だ。タキオンが前、追走するも競り合いを仕掛けない逃げだけ……まだまだ序盤だがこれ以上ない好機だ。
『アグネスタキオン───彼女は掛かっているのでしょうか?』
『少々ペースが速い気もしますね。後続をバテさせる作戦かもしれません。』
速い───そうだ。タキオンは速い。
あの走法がそうさせているのだ。実際問題今のタキオンの速度は序盤とは言えないほどだった。
(掛かっていると思え……ッッッ!)
最高効率で進んでいるだけなのだ。当然ただスピードを出すだけよりスタミナの消費は驚くほど少ない。こうしている間にもあっと言う間に4バ身差だ。
『後ろを突き放して5バ身のアグネスタキオン。今だペースを落としませんが……これは……』
『掛かっていたのではないのでしょうか……?ですがこのままスタミナが持つか心配ですね。去年の盾を授かったウマ娘ですからペース配分を間違えることは少ないと思いますが……』
「……いける。いけるぞ……!」
タキオンは最後のコーナーをそのままの速度で目指している。じっくりと差す後続集団が慌て始めているのが伝わった。だが最早射程圏内ではない。あの皇帝ほどの切れ味の差しを持っているウマ娘はここにはいない。後ろが一気に上がってきて、速度を上げてタキオンを追おうとした3番を追い抜いていく。
『後続が一気に動いた!まだ最終コーナー前ですが一人旅のアグネスタキオンに迫っていく!』
『アグネスタキオンもスピードを上げて前へ……もしやスタミナを付けてきたのかもしれませんね。まだまだリードと余力を残しているように見えます。』
『アグネスタキオン最終コーナーに入った!後続との距離が近づいてくるがアグネスタキオン逃げ切れるか!?』
『非常に綺麗なコーナーでの走りですね。減速どころかどんどん加速しているようにも見えます。』
『続いて4番もコーナーに入った!コーナーとは思えない加速で先頭との距離2バ身―――アグネスタキオンの影を踏んだ!』
『コーナーを抜けて最終直線!4番はアグネスタキオンの影を踏んだままだ!』
『美しいコーナーワークでしたが、このまま直線に進むことアグネスタキオンにブロックされてしまう形になっていますね……』
『位置取りが有利なアグネスタキオンか!?それともこの坂で後続が追い抜いてしまうのか!?いや、追い抜かない!アグネスタキオンが更に加速している!』
『あれ程のハイペースで坂で加速できる余力があるとは……』
呆然とした解説が歓声と悲鳴に割って入る。
(砂浜での練習が活きている……坂での走行の調整が素晴らしい。)
あれがもし、最後尾にて坂を上ったならば、踏みしめられた馬場にうまく力を加えられずあそこまでの加速できなかったであろう。
先頭であるからこそタキオンは輝けた。そのポテンシャルを持っていたのだ。
―――そして、俺は偶然にもそれを引き出すことができた。正直に言えば、逃げを取ることすら最初は想定外だったが……こうして結果を出している。こうして今、彼女は誰よりも早くゴールしている。
盤石にして万端。偶然ながらも本人ですら知りえなかったタキオンの強さを引き出せたと言えるだろう。
然として前を走っている。
『アグネスタキオンが独走!アグネスタキオンが独走!只今4バ身差、突き放した!』
理論値は出せないかもしれない。
だが───お前は速い。最速の証明には十分だ。
『アグネスタキオンゴールイン───!』
一年前とは訳が違う───走法が知られても尚、勝利は盤石の如し。
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〜side タキオン〜
掲示板に表示されたタイムを見て呟いた。
「ハハ───上出来だ。」
いつものように漏れ出してしまう笑いとは違い、口を開けて笑ってしまう。
かつて、彼と会ったとき。
効率を極めた練習法に───
バランスは勿論、心身を充実させる食事に───
最高のパフォーマンスを出せるモチベーション管理に───
万が一が起きた際のプランニングに───
私は思わず舌を巻いた。
客観的に見てみた場合、これ程までにウマ娘を育てることが得意なトレーナーがいるのか!?と驚愕したものだ。
客観視は大切だ。私はその性格上客観視というものをしがちだ。まあ、あくまで主観こそが第一だが。
そして私は一時期低迷した。それは───彼の知識や技術が不足した訳ではない。私のごく個人的な感情のせいである。
勿論、個人の感情というのは他人が推し量れるものではない。彼を責めるつもりはさらさらない。
感情とは不思議なものだ。
もう、変わることはない肉体だと思っていた。
あの時───
計算も、法則も、予想も全て些細なことだと気付いた。
走り終わって鼓動が落ち着いた筈の今でも───強く、確かに、身体中に脈動している。
この
───私の物語は二篇あったのだ。
速さを求めるそんな章はもう終わった。
これから始まる新しい物語は私でさえどうなるのかわからない白紙のページばかりだが、それでも確信持って希望に満ち溢れているものだと思っている。
この小説、一年経ってまだ全然進展してないってマジ?
この物語を進めていく上でトレーナーの名前を出した方が自然なシーンが出来たのですが皆さん的にはどう思いますか?
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出してもいいよ
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出したらダメ
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自分で決めてくれ┐(´д`)┌ヤレヤレ