「ツインドライヴ?」「ツインターボ!」 作:GN新人トレーナーR
いろいろ許してほしい…………
レースへの出走を前に、控室で向かい合うのはウマ耳と尻尾を携えた少女と中年男性。
「ターボ、今日はまだ本調子じゃないんだ。迂闊な急加速は体に悪いぞ」
「そんなことは十も承知! ターボがぶっちぎり一番とっちゃうから!」
「…………桁が違うぞ、桁が。いけるんだな?」
「もちろん!」
「わかった。走ってこい、ターボ!」
「おー!」
男は、少女がゲートへ入るのを見送る。
少しして、少女以外も準備が整った会場はスタートへのコールを切ろうとしていた。
『東京競バ場第11競走です。テレビ東京杯 青葉賞 グレードⅡ ダービートライアルです。芝2400、今年は18人での出走となりました。バ場の発表は良バ場です。天気は快晴』
『ゲート入りが終わったようです――――スタートしました!』
『先頭は6番アカイショウ、2番手は10番サウスブリッジ。3番手は…………おおっと!? 16番ツインターボ上がってきた! まだ3ハロンを過ぎたばかりだがスタミナは大丈夫か?』
『次々とごぼう抜きで先頭に躍り出たツインターボ! まだまだ突き放す! どこまで加速するんだツインターボ! そのおよそ5バ身後ろで中団が形成されています。外から登るのは4番デルタカイ、一方内側はサウスブリッジ、カタロンフラッグが続きます』
トレセン学園。
それはウマ娘たちが己の未来を切り拓くため、限界へと挑み続ける場所。夢へ翔けるウマ娘は千を超える。
そんな施設に所属する1人のウマ娘がいた。
名をツインターボ。いつかの世界線で「最後の個性派」と呼ばれた逃げウマである。
彼女は今日も、加速し続ける。
『誰も追いつけず、ツインターボ独走状態! 最終コーナーに入ります。このウマ娘に敵う相手はいないのか!?』
「1番はぁぁぁぁ、もらったぁぁぁぁぁぁぁぁ――――あ゛っ!?」
『ああっと! ツインターボ急減速! やはりスタミナが足りなかったか、後続のウマ娘に追い抜かれていきます。差したのはレオパルド! そのまま他を寄せ付けずにゴール! 1着はレオパルド!』
後ろで叫ぶトレーナーを置き去りにして。
「いき、息がぁ…………」
「言わんこっちゃない。ほら、酸素」
「ありが……」
レース後、渡された酸素吸引機で呼吸を整えたツインターボ。彼女はトレーナーの顔を一度見た後、顔をくしゃっとゆがめる。
「やっと走れたのに、どうして止まっちゃうのー!?」
「そりゃ…………無理して最高速を出そうとしたからだろ?」
どう答えるか頭を掻いて悩んだ結果、トレーナーの口からはそんな言葉が出た。
走り切れたのは成長してるってことだが、と続けて。
「でも出さなきゃ速くならないじゃん!」
「だから最高速と言ったろうよ。もうちょっと加減をだな」
「やだやだ、ターボはもっと速く走るんだ!」
「ワシだってそうさせてあげたいのは山々だとも。だからな――――」
「でしょ~!? ならいいじゃん、もっと速く! もっと先へ!」
「ちっとも聞いとらん」
駄々をコネて飛び跳ねるツインターボに、トレーナーが上げたのは白旗。この暴走特急バは並大抵の人間が制御できるウマ娘ではない。
しかし、と彼は。
この速さへの執着がツインターボなのだ。ツインターボはこれでいいのだ。
それにレースは1人で走るものでもない。競合相手と走るのはもちろん、そもそもレースに至るまでとレース後はウマ娘とトレーナー、2人が人バ一体となって取り組むことなのだ。そうでなければ勝利など望めない。
そして前提には2人の信頼関係が求められる。構築方法はトレーナーによるものの、彼はできるだけツインターボの希望に沿って行きたいと思っていた。
もっとも、当の本人の要求値が高すぎるところはあるが。
何より、彼はどこまでも速く走りたいという彼女の夢を美しいと感じた者のひとり。
たとえトレーナーらしくない経歴だろうが今は彼女、ツインターボのトレーナーなのだ。だからこそ、やるべきことはしっかりやらなければならない。今日のレースも見直すことは多く、まだまだ精進が足りないと反省した。
「よーし! 帰ったらトレーニングしよー、トレーナー!」
「いや、今日は様子見だぞ」
「ええっ、なんでなんで!」
「こればかりは譲れん。あの減速で足を痛めてないとも限らんし、医者にも見せるからな」
「ね~ぇ~! お医者やだよー! トレーニングしたい~!」
「いいや、安静にしておかないとまた息切れするだろうに」
「しないしない、ターボは息切れしな……い……!」
「してるじゃないか、まったく……」
肩で息をするターボに呼吸器を当てて、2人は会場を後にした。
トレセン学園に通うウマ娘たちはおおよそ学生寮で生活しており、ツインターボも例外ではない。そして学生寮は栗東寮と美浦寮のふたつ。ツインターボが生活しているのは後者で、学生寮は他のウマ娘との相部屋でもある。
朝の走り込みに向かわんと起床したサクラバクシンオーは、準備を進めている間にも一向に起きようとしない友人の様子をいぶかしんで声をかけた。
「どうしたんですかターボさんッ! 今日は元気がないようですが……ッ」
「うー、サクラぁ。トレーナーが走っちゃダメって虐めるんだ~」
「な、なんとッ。わたしたちに対してなんたる罰則! 学級委員長のわたしでもそんなことは言わないというのにッ!」
「どうしよどうしよ、走りたいけど走っちゃダメで……もー! 走りたいよー!」
病院で問題なしと診断をもらったその翌日、トレーナーはターボにできる限りの安静を言い渡していた。そう、できる限りの安静であり誰も走ってはいけないとは言っていない。
同室のサクラバクシンオーも含めてこの2人、人の話をよく聞いていないのである。
とはいえ、ターボは加減という言葉を虹の彼方に置いてきたウマ娘。適度なランニングができるほど器用じゃないため、トレーナーは少々強い言葉を使っていたのも事実。認識の違いが現れるのもおかしくなかった。
しかしそれでも言いつけは守ろうとするあたり、トレーナーへの信頼はあるのだろう。
「ターボさん、トレーナーさんのところに行きましょう! ジカダンパンするのですッ!」
「じかだんぱん……? それをすれば走れるの!?」
「ええ、この学級委員長にお任せくださいッ! 学年は違えど同室のよしみ。わたしは困っている生徒を見捨てたりしませんッ!」
「サクラぁ~!」
感極まった表情でサクラバクシンオーを見つめるツインターボ。オッドアイの瞳にはこれから走れるのだという喜びと、自分じゃよくわからないことに対処する先輩に対して尊敬の眼差しがあった。
そして、そんな表情を受けたサクラバクシンオーもまた学級委員長”らしい”ことができてまんざらでもない表情を浮かべている。
「いざ行きましょうッ、わたしたちが大バクシンするためにッ!」
「お~!」
暴走特急は誰にも止められない。
信頼とは…………。
「えっ、走っていいの!?」
意気揚々、トレーナー控室へやってきたツインターボたちは拍子抜けした声を出した。
彼は散らかった本を机の端に寄せ、彼女たちに向き合う。
「柔軟程度なら構わんぞ。元々そのつもりだったしな」
「やったやった~!」
「おい、だから柔軟程度だって……どこに行くつもりだターボ!?」
回れ右しようとしたターボをトレーナーは慌てて引き留め、話を続けようとする。しかし無常、そうは問屋が卸さない。
「そんな……ッ、ターボさんの足をぐるぐる巻きにしてビーダマンを作ろうというのでは!?」
「誰がそんなことをするか!?」
どこのゴルシじゃあるまいに。突っ込んできたサクラバクシンオーにトレーナーはそう思った。
「違うんですか!?」
「違うだろ、普通に!」
「むむむ……これはいったいどういうことなのでしょうかッ!?」
「どうしたもこうしたもないが!?」
「放してよトレーナー! ターボは走るんだ~!」
「枕詞に”全力で”が入るだろ、それじゃあ。ワシも行くから待てといっとるに!」
「よーし、それじゃあトレーナーと競争だー!」
「それならッ、学級委員長としてわたしもご一緒致しましょうッ!」
「お前さんらは話を聞け!?」
どこまでもにぎやかな2人にさすがのトレーナーもツッコミが追い付かない。
ところで、トレーナー控室はチームを持っているならば
つまりどういうことかといえば。
「まったく、ひと様の前で騒がんでくれ……すみません、毎度毎度」
「いえ……お気になさらないでください。元気なのはいいことですから……」
「どうも……」
「トレーナー! 置いてっちゃうぞー!」
「おま、いつの間に!」
「わたしもバクシンです! バクシンバクシン~!」
「バクシーン!」
「廊下を走るんじゃない!?」
データと向かい合う年若い同僚に頭を下げた後、慌ててトレーナーはターボを追いかけた。
トレセン学園の敷地は広大で、いくつものレース場やトレーニング施設を備えている。とはいえ今日のところはそれらを使う予定はなく、近くの広場にやって来た3人。
ターボが柔軟を始めたころ、当たり前のように隣で後方母親面をするサクラバクシンオー。トレーナーにとっては見慣れた光景だが、彼女にいつもの質問を投げかけた。
「それで、お前さんのトレーナーは?」
「はいッ、未だわたしの慧眼に叶うトレーナーさんがおりません! なぜでしょう……? スピードもあってバクシンできて学級委員長なのに!」
「あぁ……。なぜだろうな……」
トレーナーの視線が遠くなる。
このウマ娘、短距離適性はとんでもなく高い。しかし、本人は全距離に出バすると公言している。中距離選手が全距離を目指すのはまだいい方で、スプリンターの全距離出バというのは前代未聞に近い。トレーナーたちもあの手この手で短距離のみに集中させようとしていたものの、その効果は実を結んでいないようだ。
中等部のときは口の回るトレーナーが付いていたが、そのトレーナーも地元に帰ってしまったために現在はフリーのウマ娘なのだ。
「トレーナー、柔軟終わったよ~。早く走らせて~!」
「もう一度言うが、今日は全力で走らせんからな?」
「わかってるわかってる~!」
いや、わかってないだろ。数年の付き合いであるトレーナーは内心で断言した。
寄る年波に勝てなくなってきた腰にムチを打って立ち上がる。
「よっ、と……ワシより速く走るんじゃないぞ」
「えっ、トレーナーも走るの?」
「人間の範疇で走ってくれってことだよ、ターボ」
「え~! あっ、サクラも一緒に走らない?」
「わたしですか?」
目線を向けられたサクラバクシンオーは伺うような表情でトレーナーを見る。
「……まあ、いつものことだからな。今更嫌とは言わんさ」
「ありがとうございますッ! 横っぱらですね」
「いや、それは違うんじゃないのか……?」
「えいっ」
「ああああああ!?」
広場に腰を突かれた男の悶絶が響いた。
それから1週間。練習制限も解除され、ツインターボは勘を取り戻すべく――というのは建前でレースしたいと叫ぶターボにトレーナーが負け――模擬レースに出バしていた。
9人のウマ娘がゲートに入り、開始の合図を今か今かと待っている。
「2000m、ターボにとっては少し長いが……」
「ターボさんならいけますとも……ッ!」
「うおっ、お前さんも来てたのか」
客席からレース場を眺めていたトレーナーの横に、ヌルっと現れたのはサクラバクシンオー。
「当然ですッ! 学級委員長ですから」
「その理由、ほんと便利だな」
いつもの圧縮言語に相槌を返す。
「確かに、長くはあるが勝てないわけでもない」
「はい、ターボさんは速いですからッ! ……あっ、もちろん最速を譲ったわけではありませんよッ!?」
「…………そうだな」
微塵もターボの勝利を疑っていない隣人に、トレーナーは頬を緩めて顎をさすった。
誰であれ、担当ウマ娘が1番だと思っているのだ。それを支持してくれるのは素直に嬉しい。
たとえ『上がり3ハロンまで最速』などと陰で呼ばれていたとしても。
「ワシらのターボはこんなところで止まったりせんよ」
バ場は良好、天気は曇り。走るのにはなんら問題ない環境だ。
ウマ娘たちは模擬レースと言っても手を抜いたりしない。それは本能からくる闘争心ゆえのものであり、トレーナーに自分の実力を見せつける機会でもあるからだ。
つまり。誰1人負ける気などない。全員が全員、勝つ気で挑むのだ。
しかし――そんな意思を凌駕するほどの速さが存在した。
レース開始直後のこと。
横並びで並走したウマ娘たちがそれぞれのポジションにつき始めたころ、そのウマ娘は動き出した。
否、初めから動きだしていた。
獰猛な、鋭い表情を浮かべながら八重歯をむき出しにして。
――――いけ、ターボ!
トレーナーは感じ取った。
それは予兆。
ツインターボがどこまでも速く走りたいと望んで得た、未だ発展途上のスキル。
(来る……っ!)
先頭を走っていたウマ娘は背後からの並々ならぬ気配に毛を逆立たせ。
(タネは割れてんだ、焦らない焦らない……)
中団に位置するウマ娘は掛からないように落ち着こうとし。
(足をためて後半に差す……っ!)
追い込みを狙うウマ娘は付き合うべきじゃないと判断を下した。
ツインターボの”ソレ”はトレセン学園で有名だ。
ジュニアの後半からするようになった、開始直後の爆発的超加速。
単純な速度だけならトレセン学園で3本の指に入り、あのシンボリルドルフにも条件付きで追いつくとさえ言われる。
その所以が今。
(ターボは速く走るんだ…………誰よりも、何よりもッ!)
息を吸って、吐く。
大地を蹴り、腕を振り、体を前に押し出した。
ツインターボはなぜ速さにこだわるのか。
それは、怖いからだ。
追いかけられるのが怖い。
――いつかの暗闇に捕まりそうだから。
追いかけるのは怖い。
――目指すべき場所が見えないから。
止まったままなのも怖い。
――誰も迎えに来てくれない気がするから。
だが、それでも。たとえ怖くても。
それ以上に誰にも――速さで負けたくない。
走り続ければ、進み続ければ!
ツインターボにとって、逃げは戦術ではない。
最速を目指した
ツインターボの双髪数本に朱が宿る。
圧縮されたバクシン粒子が形を伴いバクシン力として現れ始めたのだ。
バクシン力は心ひとつで無限の力を生み出す。折れない限り、立ち止まらない限り。
瞬間、ツインターボはすべてを置き去りにした。
(こんな速さ……!?)
あっという間に先頭を奪い取って。
(いつも通りならすぐバテちまいそうだが、こいつは!)
先行を後ろに着けさせることなく。
(距離が、遠くなっていく!)
追い込めない程の距離を稼いだ。
赤い軌跡を宙に描きつつ、ターボは最終コーナーに差し掛かる。
ジュニアだったころならここでバテていた。
逆噴射と呼ばれる急減速をしてしまって後続に追い抜かれるのだ。
だが今年は違う。
確かに疲れているし、足も重くなってきている。
最高速の
だとしても。
(これ以上のブザマはトレーナーにも、サクラにも見せたくないッ!)
ツインターボには
視界に映った客席。こちらを見る2人はどちらも勝利を疑っていない。
“ツインターボ”を育ててくれた2人が勝利を疑わないなら、自分が勝利を取らないわけにはいかない。
模擬レース? 負けても成績に影響しない? 逆噴射してもファンは喜んでくれる?
(ジョーダンじゃないよっ! 最速はいつだってターボなんだから!)
上体は空を仰ぎ、息も切れ切れ。手だって感覚が薄く、振れているのかわからない。
それでも諦めないターボはついに――――ぶっちぎりでゴールインした。
「へぇ~、ダブルドライヴ頑張ってるんだぁ」
「ツインターボさんですわよ、テイオー」
「えっ!?」
「僥倖ッ!! 一時はどうなるかと思ったが……無事に走れたようで何よりッ!」
「ツインターボちゃん、大事にならなくて良かったですね」
「高々速くなった程度でナメてもらっちゃ困るのよ……主役はこの私なんだから」
「お前の速さは……ウマ娘ではない」
ウマ娘。
彼女たちは走ることを楽しみとし、走ることを目標とする。
ある世界線には居なかった存在たち。
戦争根絶の必要がない世界で、彼は己のウマ娘とどこへ向かうのか。
☆加速しろ 誰よりも疾く!
レース序盤に前に行きやすくなるが、疲れやすくなる。
<作戦・逃げ>
置き換え:先駆け
ここまで見てくれてありが……
良ければ感想が欲しいっ!
どちらが好き?
-
ダブルターボ
-
ダブルジェット