元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
大本営での会議まであと数日に迫ったある日。この日は遠征の予定が入っておらず、所属する艦娘達は非番か自主練かの二択であった。前の提督ーー亜道が着任していた頃は休みなどまずあり得なかったが、箒が着任して以降は少しずつだが休みがあるというのが『当たり前』になり始めていた。また箒が街に出て様々なおもちゃや雑誌等を鎮守府に自費で仕入れた事もあり、艦娘達は自室でボードゲームして遊んだり、雑誌を読んで人間の文化等について色々話したりしていた。
そんな中、鎮守府の演習場では派手に動く三つの影があった。
「ほらほら!対応しないと叩かれるぞ!」
「ぴゃあぁぁぁぁ!?」
「ひぇぇぇぇ!?」
凄まじい勢いで海面を走るのは、朧と文月、そして箒だ。朧と文月は模擬弾と模擬魚雷を詰めたいつもの艤装で全力疾走しており、それを箒が超スピードで追い掛けている。そんな彼女が手に持っているのは、
「はい二発目だ!朧もあと一発で退場だぞ!」
「んぎぎ……!そう簡単には朧は退場しませんよ!」
「むぅ~!文月だって負けないんだからーーごめんなさいやっぱり箒さん怖いぃぃぃぃ!」
「こら文月、演習場から逃げようとするな!叩いてもそんなに痛くない武器を使ってるんだから、怖がるな!」
「そうだよ文月ちゃん!あれはただのハリセンなんだから!」
そう、何故かハリセンである。箒はハリセンを二つ武器代わりに持って、鋭い眼光を放ちながら鬼ごっこのように二人を追い掛け回していた。
「今日こそは十分間逃げ切ってみせます!」
朧は魚雷管から模擬魚雷を引っこ抜くと、箒が振ってきたハリセンをそれでガードし、反対に至近距離から模擬弾を放つ。しかし放った弾は至近距離にも関わらず箒に避けられてしまった。そこへ二本目のハリセンが襲い掛かってきた。
「させません!」
と、朧は主砲でそのハリセンを打ち払い、そこからバックステップで後ろに下がろうとした。しかし箒がそれを簡単に許す筈もなく、朧を追撃しようとする。が、何故か箒は追撃をしなかった。箒の目線の先に、模擬魚雷があったからだ。それをハリセンで弾き落とし、箒はもう一度ハリセンを構え直す。
「これでもくらえ~!」
と、後方から気の抜けそうな声が聞こえてくると、箒は後方にハリセンを振るった。それにより模擬弾が叩き落とされる。
「むぅ、当たらな~い」
「声出して撃ってるんだからバレて当然だろうにーーあいたっ!?」
突如左足に衝撃を受けて怯む箒。見ると箒の左足にいつの間にか模擬魚雷が直撃していた。
「やった~、大当たり~!」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ文月。その手には模擬魚雷が握られていた。どうやら砲撃した際に投げつけていたようだ。
「やるな……数日前と比べて、二人とも動きが見違えるようになったな」
「提督や神通さんの指導のおかげですよ。以前は単調な訓練ばかりでしたから、どうにも自分が成長した実感を感じられなくて……」
「まぁあんな形式的なのが訓練と言われたらなぁ……」
朧は嬉しそうにはにかみ、文月も微笑ましい笑顔で喜んでいた。
亜道が提督だった頃の訓練の内容を龍田に頼んで見せてもらった事があったが、あまりにも形式的・機械的で、箒にとっては手抜きにしか思えなかった。が、今は違う。
「さぁ、続きをやりましょう!まだ時間はたっぷりありますからね!」
「しれいかんに沢山おやつやゲーム買ってもらうんだから~!」
「はっはっは、そう簡単には負けんぞ……さぁ残り三分!逃げ切れるかな!?」
再び鬼ごっこが始まった。
さて、ここで箒が行っている訓練について説明しよう。
現在箒が行っているのは、前述した通りやや変則的な鬼ごっこのようなものである。そのルールは、
・プレーヤーは追い掛ける側と逃げる側に分かれ、交代しながら十分間ずつ行う
・追い掛ける側は模擬弾や模擬魚雷で攻撃をしながら逃げる側を追い掛ける。制限時間内に逃げる側のプレーヤーに三回攻撃を当てて全滅させるか、終了時に生き残った数が逃げる側より多ければ勝ち
・逃げる側は模擬弾や模擬魚雷で攻撃しつつ、追い掛ける側からひたすら逃げる。制限時間内に追い掛ける側に三回攻撃を当てて全滅させるか、終了時に生き残った数が追い掛ける側より多ければ勝ち
・被弾は追い掛ける側と逃げる側共に二回までは良し、三回目で退場となる
・使用可能な模擬弾と模擬魚雷の数は、追い掛ける側が最大十ずつ、逃げる側が最大三ずつ
といった風である。ただ今回箒が追い掛ける側という事で、箒の武器も危なくないようハリセンに変わり、ハンデとして被弾回数が二回になっている。
他にもいくつか訓練を箒は用意しており、艦娘の基本中の基本である砲撃・雷撃・対空等の訓練や、敵に接近された際の対処訓練(近接戦)等がある。
「ははははは、逃げろ逃げろ!最後まで必死に足掻いてみせろ!」
「ひゃ~!」
「わわわっ!」
再び鬼ごっこが再開され、朧と文月は必死になって箒かろ逃げ回る。箒は常に二人の逃げ道を塞ぐような立ち回りを披露し、反対に朧と文月は箒の隙を狙って逃げ道を作りつつ箒の攻撃を防いでいる。
「朧ちゃ~ん、弾と魚雷はあといくつ~!?」
「ごめんなさい、もう魚雷が一本しかないです!文月ちゃんはどう!?」
「あたしは弾が一個と魚雷が一本~!ど~する~、攻撃する、それとも逃げる!?」
「朧は『逃げる』で!文月ちゃんは!?」
「もっちろん『攻撃する』だよぉ~!」
二人の意見は見事に正反対となり、朧は箒から距離を取る動きを続け、逆に文月は箒に向かって攻め込んでいく。
「来るか!」
文月が迫ってくるのに対し、箒は横凪ぎにハリセンを振るった。それを文月は、なんと箒の腕を踏み台にして頭上を飛び越えて回避してきた。腕を踏み台にされた事で箒はバランスを崩し前のめりになる。そして文月は頭から海面に着水しながら最後の弾を箒に放った。
「こなくそっ!」
これを箒は、バランスを崩した状態から片足だけで海面を蹴って跳躍し、前転して見事に弾を避けて見せた。なんとか弾を避けて、箒は得意満面の表情をびしょ濡れ状態で素早く立ち上がった文月に見せる。しかしその表情は、すぐに鋭くなった。
「ふふん♪」
文月が笑っていたのだ。まるでこうなる事が分かっていたかのように。箒はハッと気づいた。今自分は前転の態勢になっている。それはつまり、
「ここしかないです!!」
朧が自身の死角に入るには充分過ぎたのだ。最後の魚雷を朧は思い切り箒目掛けて投げつけた。それに呼応するように文月も最後の魚雷を投げつけた。
(間に合えっ!!)
箒がハリセンを一つ文月が投げつけた魚雷に向かって投げつけ、同時にもう一つのハリセンで朧が投げつけた魚雷を防ぎに行く。文月の魚雷とハリセンはぶつかって互いに落とされた。そして朧の魚雷が箒に着弾ーー
ビーーーーーーーッ!!
「終了!そこまでです!」
したと同時に、鬼ごっこ終了のアラームと海風の声が響いた。箒は背中からバシャンと海面に着水し、すぐに起き上がった。
「ふぅ……文月の方は防げたが、朧の方がどうだったかが問題だな」
「ですね。カメラ見て判断しましょう」
「海風ちゃ~ん、カメラ見せて~」
「はーい、ちょっと待って下さいね」
三人は濡れた服を絞りながら陸に上がる。そして三人の様子を録っていた海風は、後ろにくっついている山風と共にビデオカメラの映像をスロー再生出来るように準備した。
「はい、これで視れますよ」
「よし。どれどれ……」
三人がビデオカメラの映像を覗き込む。そこに映っていたのはーー
「えっと……当たってませんね、これ」
ーーハリセンにガードされた魚雷が、箒の背中スレスレで通り過ぎていく光景だった。
「うわぁぁぁ!?ギリギリ当たってないぃぃぃぃ!!」
「う~ん、ざんね~ん」
「あ、危なかった……あと少しガードが遅れていたら負けていたか……」
朧はショックのあまり『orz』の態勢になって悔しがり、文月は苦笑いを見せ、箒はもしもの事を考え戦々恐々していた。ちなみに二人の鬼ごっこの成績は、追い掛ける側と逃げる側をそれぞれ約二十戦行い、いずれも箒に圧勝を許している。今でこそ時間制限ギリギリまで追い掛けたり逃げたりが普通に出来るようになったが、最初の頃は一分掛からず全滅、ないしは体力切れでギブアップしていたのだから、大きな成長が窺える。
「……と、とにかく今回も私の勝ちだな。しかし二人とも、この一週間で随分成長したな……最初は私の動きにまともについて来れなかったというのに」
「それは提督が化け物みたいな動きばかりするからでしょ!?朧達と一緒にしないで下さい!」
「それに一週間でしっかりついて行けるようになった朧さん達も大概だと海風は思いますが……」
朧が悔しそうに箒に噛みつき、海風は超人的動きをする箒と、それについて行けている二人を見ながらボソリと呟いた。
「カメラ役やってくれてありがとう、海風。お陰で助かった」
「い、いえ……海風は当然の事をしただけで……」
「……」
手伝いのお礼を言う箒に、海風はあわあわしながら返答する。箒は「それが嬉しいのだ」と言って海風の頭を撫でてあげる。少し照れくさそうに微笑む海風に箒も癒されていた。そして今度は海風の後ろに隠れたままの山風の頭を撫で始めた。
「山風もありがとうな。お姉ちゃんのお手伝いをしてくれて」
「べ、別に良いのに……海風姉に頼まれて、手伝った、だけだし……」
「それでもお礼を言わせてくれ。ありがとう、山風」
優しく慈しむように箒は山風の頭を撫でる。山風はまだ恥ずかしいのか、海風に引っ付いたままで顔を真っ赤にしている。
「さて、今日はもう終わりにしよう。明日からは訓練内容を緩くする、当日万全な態勢で挑む為にな」
「はい!」
「は~い」
「ところで提督、一つお聞きしたいのですが……当日の会議は誰を連れて行くのか決めているのですか?」
ここで海風が気になっていた事を箒に尋ねた。
「ん?そうだな、会議には神通について来てもらう。五十鈴や龍田、それと阿武隈は私がいない間鎮守府を任せる予定だ」
「トーナメントはどうしますか?」
「前日に二人の練度を測って、それで判断する。それまでは秘密だな」
「じゃあ、当日まで分からない、の?」
「ああ……皆も、私もな」
含み笑いを浮かべながら、箒は得意げに語る。
「さぁ、夕食の準備だ。今日は何が食べたい?」
「朧は生姜焼きが食べたいです!」
「文月はねぇ、ハンバーグ食べたい!」
「ハヤシライスも良いですね~」
「えっと……か、唐揚げ……」
「ははは、見事にバラバラだな!作り甲斐があるというものだ!」
ワイワイ大騒ぎになる箒達。すると山風がふと箒を見てある事に気づいた。
「てーとく……?あの、薬指の……それって……?」
山風が指差したのは、箒の左薬指に光る指輪だった。それが気になったのか、他の三人もその指輪に目が釘付けになる。
「うわぁ~、きれ~い」
「指輪、ですか?もしかして提督はご結婚をされているのですか?」
「これか?ああ、その通りだ。ここにやって来たのも、元々は私の旦那を探す為だったのだが……なんやかんやあって、ここの提督に落ち着いたという訳だ」
「それで海上にいるのもおかしな話ですけどね」
「まぁ確かに……」
「提督の旦那さんはどんな方なんですか?」
「ん、聞きたいか?話せば長くなるぞ、何せ沢山あるからな、自慢話が」
鎮守府に戻る間、箒は話せる限りで牙也の話をした。皆興味津々で話を聞いてくれて、箒も思わず話が弾んでいき、夕食の間も話が止まらなかったので、龍田と五十鈴に揃って怒られてしまった。
なおその際に牙也の実力についても話をしたのだが、「本気の私でも今まで一度たりとて勝てた事がない」という話を聞いた神通が、まだ見ぬ箒の旦那に対して静かに闘志を燃やしていたのは余談である。
そして会議前日ーー
「はいこれ」
一通りの仕事を終えて一息ついていた箒に、五十鈴が二つに折った紙を手渡す。
「お、練度測定が終わったのか」
「ええ。ついでだから他の皆の練度も測定したわ。五十鈴もまだ中を見てないから、一緒に見ましょ」
「待て待て、当事者の二人も呼ばなければ駄目だろう」
箒はそう言って放送機を使って朧と文月を執務室に呼び出した。
「失礼します」
「お邪魔しま~す」
数分後にやって来た二人は、いつも通りを装いながらも結果がどうなっているのか緊張した面持ちで箒の手元にある紙を見ていた。
「よし、では発表するぞ。明日の会議について来るのはーー」