元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編)   作:神羅の霊廟

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 第十三話、箒side




元帥と大将

 「元帥、即刻あの無礼な女を解任して下さい!」

 

 定藤元帥が普段使用している執務室に金切り声が響く。定藤は「やれやれ」といった表情でその金切り声を受け流してはいるが、目の前の女ーー腰まである黒髪が特徴の提督『中川秋穂(なかがわあきほ)』の表情はまさに鬼のようで、今にも定藤に噛み付かん勢いだ。

 

 「あの女は私の甥に大怪我をさせたんですよ!?いずれは私の跡を継ぐ事になる私の甥を!私が手塩にかけて育ててきた後継者を!あんな野蛮な女に提督業など任せられる筈がありません!」

 「まぁまぁ落ち着きたまえ、中川君」

 

 怒りが治まらず未だ吠えたてる中川を、隣に座る角刈り白髪の男ーー『瀬尾春隆(せおはるたか)』が諫める。

 

 「これが落ち着いていられますか!?本来私の甥が着任する筈だった宿毛湾に、一般上がりの素人が着任した事もそうですが、あろうことかその素人に私の甥が大怪我を負わされたんですよ!?黙ってられる訳がないでしょう!」

 「だからこそ落ち着くんだ。血気に逸ればそれこそ敵の思う壺……そうだろう?」

 「っ……分かりました」

 

 瀬尾に窘められ、中川は取り敢えず表面上は心を落ち着かせた。喧しい喚声がようやく止まり、定藤は小さくホッと一息つく。

 大本営の演習場で行われる『鎮守府対抗単独演習』の開会式に参加し、形式的な挨拶をして帰ってきた定藤を待っていたのは、鬼のような形相の中川と、彼女をなんとか落ち着かせようとしている瀬尾、そしてもう一人。

 

 「全く……怪我した程度の事でそんな金切り声を上げるとは、恥ずかしくないのかね?『舞鶴の荒鷲』の異名が泣くぞ、中川大将」

 「後継者が未だにいない貴方には分からないでしょうね、『横須賀の軍神』。さっさと後継者決めて一線を退いたらどうなんですか、齋藤大将?」

 

 中川の返しにイラッとした表情を露にする、無精髭の男『齋藤史龍(さいとうふみたつ)』。齋藤は忌々しそうに胸ポケットから煙草を取り出して吸う。本当は執務室は禁煙なのだがお構い無しの状態だ。てんで纏まりのない三人に、定藤の口からは思わずため息が零れる。

 この三人はそれぞれ、中川は舞鶴、瀬尾は呉、そして齋藤は横須賀と、日本を代表する四大鎮守府を指揮する提督達だ。もう一つ佐世保がこの四大鎮守府に含まれるが、現在佐世保の提督は単独演習の運営委員として動いておりこの場にはいない。

 

 「それよりも元帥、龍瀬君から聞きましたよ。そこの神通をかの宿毛湾に移籍させたとか……何の思惑あっての事ですか?」

 「思惑なんざたかが知れてるさね、瀬尾。あたしゃあの娘に期待を寄せてるのさ。だからこそあたしは神通をあそこに送った。それだけさ」

 「本当にそれだけなのかしら?私には別の思惑が見えてならないわ……例えば、緊急の避難場所の確保とか」

 

 中川が冗談めいた口調で話すと、定藤はケラケラと笑い始めた。

 

 「今さら避難場所なんざ作って何になるのさね?だったらもっとしっかりした場所にでもこっそり作っておくさ」

 「でしょうな。それに元帥はそう簡単にくたばる柔な方ではありますまい」

 「齋藤、それはあたしに対する僻みかい?」

 「まさか」

 

 そんな軽口を叩き合う四人。その様子を神通はやや緊張した面持ちで見つめていた。見てくれでは腐れ縁の如く仲が良さそうに見えなくもないが、実際は互いに牽制し合っている状況なのである。一歩間違えればそこから一気に転落するスレスレの状態。そこには素人では分からない空気の流れがあった。

 

 「ところで神通や。新しい職場はどうだい?慣れてきたかい?」

 「は、はい。育て甲斐のある娘が多く、忙しい日々です」

 「ふん、果たしてどうかな?神通の行う訓練はそれこそ地獄だ、表面上はついて行けていても、影では悪口の一つや二つはでているのではないかね?」

 「いえ、そのような事は……」

 

 この時神通は一つ嘘をついた。実際は宿毛湾泊地に移ってからほとんど仕事ができていない。何故なら着任して数日と立たぬうちに箒との演習で瞬殺され、この大本営での会議の前々日まで怪我の治療に追われていたからだ。

 神通は何とかそれを悟られまいと表情をあくまで冷静にするが、定藤は近況を尋ねた際に神通の表情が少し強ばったのを見逃さなかったが、ここでは口に出さないでおく事にした。

 

 「ふぅん……まぁ神通がそう言うのならそうなんだろうね。少佐はどうだい?」

 「篠ノ之少佐は覚えは良いのですが、書類仕事は不慣れのようで、それでよく私に色々尋ねてきますね。とは言え時間をかけて育てれば、立派な提督に成長するかと思います」

 「そうかい、それは良かった。瀬尾、あんた近場なんたから今後彼女を気にかけておくれよ」

 「はっ」

 

 瀬尾は軽く頭を下げて応える。瀬尾は定藤とは先輩後輩の関係で、初期の海軍では共に作戦を指揮した程の仲であり、定藤は彼にかなりの信頼を寄せていた。しかしここ最近は艦娘の運用法を巡っての対立もあってか、両者の仲は芳しくなかった。定藤は艦娘の減少を憂いて、防衛戦中心の運用法を挙げたが、一方の瀬尾は侵攻戦中心の運用法を挙げた。これが二人の仲に亀裂を生んだのだ。

 

 それに拍車をかけたのが、齋藤や中川と言った艦娘積極運用を推し進める一派、名付けて『征伐派』の台頭だ。簡単に言えばこの一派は、艦娘を次々建造したり、ドロップという海域を攻略した際に稀に艦娘が現れる現象を利用して艦娘を増やし、ガンガン攻めていこう、という考え方の提督が集まって形成されている。といっても、実際は建造・ドロップした艦娘をろくに育てず次々と海域に出撃させては轟沈させるのを繰り返してばかりの為、定藤は彼らの考えを否定的に捉えており、一方の瀬尾は形は違えどこれに肯定的だった。故に瀬尾の意思は、段々と齋藤達征伐派へと傾き始めていたのである。

 

 ちなみに定藤元帥のように艦娘達をできる限り温存し、なおかつ勝てる運用を進めようとしている一派を『雌伏派』と呼ぶのだが、征伐派の台頭により現在当初の勢いは鳴りを潜めている。この状況に定藤は頭を痛めていた。

 

 「それはそうと元帥!あの野蛮な女に対する処罰をどうするおつもりですか!?貴女が推薦なさった者でしょう!?然るべき処罰をお願いしますわ!」

 「何度も言わせないでくれるかねぇ……さっきも言ったが、今回は関係者全員に厳重注意で済ませるさね。確かに怪我を負わせた責任が篠ノ之少佐にはあるが、元を辿れば若提督のセクハラが原因なのは明白。そればかりか回りにいた者達は誰一人として止めようともしなかっただろう?そもそも誰かが止めさえすれば起こらなかった事さね」

 「まぁ当然だろうな。以前から彼のセクハラは目に余るものがあったと聞く……これを機に少しは自重をしてほしいものだ、まして中川大将の後継者だと言うのなら尚更な」

 「う……ぐ……」

 

 定藤と齋藤の前に言葉もでない中川。正論故に反論も出来ず、中川は大人しく引き下がるしかなかった。歯軋りしながら中川は来客用ソファに座り込む。と、ここで執務室のドアがノックされた。

 

 「龍瀬宗次郎、定藤元帥の出頭命令により参上しました」

 「おう、来たかぇ。入りなさい」

 

 「失礼します」と言って入ってきたのは龍瀬だ。左手に何やらファイルを抱えた龍瀬は執務室に入るなり、齋藤達大将が揃い踏みしているのを見て素早く敬礼した。

 

 「楽にしたまえ、龍瀬准将。別に咎める気がある訳ではない」

 「はっ」

 「龍瀬、頼んでおいた物は揃えたかい?」

 「はい、こちらに」

 

 龍瀬は持っていたファイルを定藤に手渡す。定藤がその中身を取り出すと、テーブルに綺麗に並べていった。

 

 「さてと、どう振り分けたものかねぇ」

 

 テーブルに並べられたそれは、大本営で建造された艦娘達のリストだった。彼女達はまだ着任先が決まっておらず、現在も元帥預りとなっていた。そのリストの艦娘はほとんどが駆逐艦で、たまに軽巡洋艦や重巡洋艦がいるくらいだ。

 

 「まったく、今回も駆逐艦ばかりか……たまには戦艦とか空母が来てほしいものだな」

 「文句を言っても仕方ないでしょう。建造で邂逅する艦娘はランダムなのですから、私達の一存では決められませんし」

 「そうは言っても言いたくなるものなのだ、これに関してはな……最近うちは空母が足りなくなっていてな」

 「あら、横須賀も?こっちも空母が足りないのよ、困ったわね……」

 

 三人の大将はぶつぶつ文句を垂れながら艦娘のリストを一枚一枚手に取って読み、渋い表情をしながら次のリストを手に取る。

 

 「選りすぐりするもんじゃないよ。きちんと育てれば皆充分な戦力になるんだ、文句ばかり言ってないでささっと選びな」

 「仰せのままに、っと……」

 

 定藤に対してもこの態度の三人に、定藤はまたため息を溢し、龍瀬もまた苦笑いを浮かべた。

 

 「ああ、そうだ。元帥、こちら今年の単独演習のトーナメント表になります」

 

 龍瀬が軍服の胸ポケットからA4サイズの折り畳まれた紙を取り出して広げ、定藤に手渡す。それを広げてみると、各艦種別にトーナメントが組まれ、広く名の知れた艦娘の名前が多く入っていた。更に龍瀬は同じ物を大将達にも手渡す。

 

 「なるほど、今年はこうなったか。では今年も優勝は我が横須賀が独占するとしようか」

 「いいえ、今年は舞鶴が制すわよ。去年の雪辱を果たして見せるわ!」

 「おっと、呉や佐世保もお忘れなきよう……簡単には負けませんよ」

 

 互いに火花を散らす大将達。それを横目に、定藤はトーナメント表をつまらなさそうに見ていた。

 

 「やれやれ、今年も四大鎮守府の独断場か……何とも色が無くなってきたねぇ」

 「四大鎮守府の艦娘達は他とは比べ物にならない実力を持っています、あまりこうは言いたくありませんが、当然ではないかと……」

 「馬鹿だね、当然になってはいけないんだよこういうのはさ……あたしとしては他の鎮守府からももっと出場してほしいんだけどねぇ」

 「なかなか難しいかと思います。彼女達の強さを理解しているならば尚更……」

 「だねぇ……何か新しい風でも吹いてくれれば楽しめそうなんだがね……おや?」

 

 そんな会話をしながら全艦種のトーナメント表を見ていた定藤は、駆逐艦のトーナメント表を見ている途中で目を止めた。定藤の表情は、本人も無意識に笑顔になっていた。

 

 「元帥、何か……?」

 「……ヒッヒッヒッ。篠ノ之少佐め、自ら新しい風を起こそうってのかねぇ?」

 

 定藤のその発言に、大将達や龍瀬はトーナメント表を覗き込む。そこには四大鎮守府以外で唯一出場している宿毛湾の文月の名前があった。

 

 「おや?確か宿毛湾は神通が移籍した鎮守府では?ならば神通を出場させれば良かったのでは……」

 「瀬尾、忘れたか。着任一年以内の提督は、鎮守府内で一番練度の高い駆逐艦しか出場させられんのだぞ」

 「あっ……そう言えばそういう規定でしたな、忘れていました。しかし運がありませんでしたな、この娘は」

 「そうね、まさか初戦が横須賀の時雨なんて、ついてないわぁ」

 「まあ時雨にしてみれば、次戦の準備運動にはなるだろう。消化試合という事だな」

 

 高笑いの響く執務室。と、外の廊下からバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。その足音は執務室の前で止まり、更にドンドンとドアを強く叩く音も響いた。

 

 「お話中のところ失礼致します!齋藤大将はいらっしゃいますか!?」

 「その声は武藤か。儂はここにいるぞ、入ってこい」

 

 齋藤の許可で執務室に飛び込むように入ってきたのは、『武藤敦輝(むとうあつてる)』。齋藤の部下として下田に置かれた鎮守府を運営する提督で、階級は少将。齋藤の指揮の下様々な作戦に参加してきたベテランである。

 

 「どうした武藤。今日は単独演習の委員として佐世保の薙と共に動いていた筈じゃないのか?」

 「あ、はい、そうなのですが……と、とにかく大変なんです!」

 「落ち着きなさい。演習で何かあったの?」

 「は、はい……先程から潜水艦と駆逐艦の単独演習が行われているのですが……問題は駆逐艦の演習でして……」

 「何か不手際でもあったのかい?」

 「い、いえ!演習は滞りなく進んでおります!ですが……」

 「ですがなんだ?はっきり言え、武藤」

 

 何やら言い澱んでいる武藤に、齋藤が問い掛ける。

 

 「は、はい……実は、時雨が……」

 「時雨が?時雨は今単独演習に参加中だろう?」

 「まさか、誰かに襲われたのかね!?」

 「ち、違います!時雨は怪我もなくきちんと演習に参加しました!したのですが……」

 

 必死に説明している武藤の表情は落ち着きがない。

 

 「ふむ、何故そこまで言い澱むのかね?何か信じられない事が起きた、とでも言いたげだが……」

 「まさか、うちの時雨に限ってそんな事はあるまいて。ましてや相手は一般上がりの新参者の提督の艦娘、そんな雑魚など一捻りだろう」

 「は、はい……私もそう思っていたのですが……と、とにかくこちらをご覧下さい!」

 

 武藤は執務室のテレビのスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 『何という事か!?こんな事が果たして起こって良いものか!?横須賀鎮守府で一、二を争う実力で知られる駆逐艦、時雨!満を持して一回戦に登場しましたがなんと!なんと!その時雨が!敗れました!!』

 

 「……は?」

 

 武藤が点けたテレビの映像に映ったのは、艤装も制服もボロボロであちこち傷だらけの状態で海面に倒れ伏した時雨と、そんな彼女をハイライトのない瞳で蔑むように見つめるのは、茶髪ポニーテールで白セーラーに紺のパーカーの駆逐艦。そして聞こえてきた、実況者の悲痛にも聞こえる叫び。齋藤と武藤は勿論、その場にいた瀬尾や中川、更に定藤や神通も開いた口が塞がらない。

 

 『この単独演習では同じ横須賀所属の夕立や佐世保所属の不知火、そして舞鶴所属の綾波と並んで優勝候補に位置付けられていた駆逐艦、時雨!ですがなんと、突如現れたダークホースに敗れ、一回戦で姿を消す事に!こんな結末を、一体誰が予測出来たでしょうか!?』

 

 実況の声が未だ響く会場もまた、絶対に起こり得ない結果を前にシーンと静まり返っている。応援に来ていた提督達も、職員達も、艦娘達も、誰一人として声が出てこない。

 

 『そして優勝候補とも言われた時雨を破ったのは!今演習で唯一、四大鎮守府以外からの参加となった駆逐艦、文月!!一体この小さな体のどこに、あれほどの実力を隠し持っていたのか!?そして演習開始時点で改二どころか改にすら至っていなかった彼女に、一体何が起こったのでしょうか!?』

 

 そんな実況の声にも耳を貸さず、テレビに映った文月は自身の足下に倒れている時雨をジッと見つめている。その瞳からは、漆黒の瘴気のようなものがチラリチラリと漏れ出ていた。

 

 

 

 

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