元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編)   作:神羅の霊廟

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 第十四話、箒side




演習(前)

 

 遡る事30分前ーー

 

 

 

 「えー、ではこれより、鎮守府対抗単独演習・駆逐艦部門を開催致します!!」

 

 大本営に作られた他の鎮守府よりも広大な演習場。海上に作られたスタジアムのようなそれは、連合艦隊を三つ四つも入れられるであろう広さはあった。その演習場に、放送席からの実況の声が響き渡る。そこに観客席からの歓声も混じり、熱狂の渦となっていた。

 

 「さぁ毎度お馴染みとなったこの単独演習!今回はどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!?」

 「いやー楽しみですねぇ。去年の戦艦や空母、重巡に軽巡、そして潜水艦に駆逐艦の演習はどれも凄まじかったですし、今年も期待大ですよ」

 「はい!さぁそして今回実況席には去年各艦種での演習で優勝した艦娘の皆さんにお越し頂いております!まずは戦艦部門より、横須賀鎮守府が誇る栄光のビッグ7、戦艦『長門』!」

 「よろしく頼むぞ。駆逐艦部門は毎回この私の胸を熱くさせてくれる。皆期待しているぞ」

 

 観客に向けてそう言い一礼する長門。観客席のボルテージが更に高まる。

 

 「お言葉ありがとうございます!続きまして空母からは、舞鶴鎮守府最強の空母!一航戦『赤城』です!」

 「皆さん、本日はよろしくお願いします……それにしてもお腹空きました~」

 

 こちらもお淑やかに挨拶をする赤城。しかし最後の言葉とマイクが拾ってしまった彼女のお腹の音に思わず笑い声が観客席から響く。

 

 「実況よりご飯ですか……いつも通りで何よりです。続いて重巡・航巡!強者集う重巡と航巡の中から前回頂点に立ったのは、横須賀鎮守府より重巡『摩耶』!」

 「へっへーん!あたしの実力なら当然さ!どんな奴でも、あたしにかかればくしゃくしゃにしてポイさ!」

 

 腰に手をやり誇らしそうにする摩耶。しかし横から何か視線を感じたのか、すぐに大人しくなって椅子に座った。

 

 「力強いお言葉ありがとうございます!長門さんの目線が気になるところですが……続きまして軽巡・雷巡!軽巡洋艦最強格の神通が不在の中、去年の単独演習を制したのは、呉鎮守府より、雷巡『北上』!」

 「あ~めんどくさーい……まーよろしく~」

 

 先に呼ばれた三人とは異なり、実況席に置かれたテーブルに上半身を投げ出しながら挨拶するのは北上だ。今にも寝てしまいそうな勢いである。

 

 「こちらもいつも通りですね~……最後に潜水艦!魚雷飛び交う海中戦を制したのは、佐世保鎮守府の潜水艦『伊19』だ!」

 「みんな~、よろしくなのー!」

 

 勢いよく立ち上がって観客席に向けてブンブン両手を振る伊19。演習か終わってすぐにここに来たのか、普段着のスク水はビショビショのままだ。スタッフが急いで周りを拭いたり伊19にタオルを渡したりしている。

 

 「解説の皆さんのご紹介も終わりましたので、早速始めて行きましょう!まずは一回戦!駆逐艦部門の先陣を切るのは、横須賀鎮守府が誇る駆逐艦!その高い戦闘力で数多の深海棲艦を屠った武勲艦!名を『時雨』!去年は惜しくも同じ横須賀の夕立に優勝を譲り渡しましたが、今年こそ優勝を飾れるのか!?」

 

 実況の紹介と同時に演習場のゲートの一つが開き、そこから黒髪の駆逐艦娘『時雨』が颯爽とした動きで演習場に現れた。途端に再び観客席から歓声が沸き起こる。

 

 「時雨ー!頑張れよー!」

 

 実況席からの摩耶の応援に、時雨は笑顔で手を振って応えた。更に観客席から聞こえる応援の声にも手を振って応え、そして自身の目の前のもう一つのゲートに鋭い目を向ける。

 

 「さぁそして彼女の相手となるのは、今回唯一四大鎮守府以外から参戦しました、宿毛湾泊地出身の艦娘『文月』です!」

 

 実況の声と同時に、今度は時雨が出てきたゲートとは反対にあるゲートが開き、そこから文月がゆっくりと出てきた。辺りをキョロキョロ見回しながら現れ、その広さに驚いているのか「ほぇ~」なんて声を漏らしていた。それを見た観客席の反応はと言うと、

 

 「引っ込め雑魚がー!」

 「四大鎮守府の艦娘に挑むとか、頭おかしいんじゃねぇのかー!?」

 「態々倒されに来るなんてお疲れ様だなー!」

 

 罵声と侮蔑のオンパレードであった。観客席にいた他の鎮守府の提督や大本営の事務員、果ては艦娘達からもヤジが飛ぶ。しかし文月は気にする様子もなく演習場を進み、時雨の前まてやって来た。

 

 「よろしくお願いしまぁす」

 

 そしてそう挨拶して文月は右手を時雨に向けて差し出す。が、時雨はその手をパシンと払い除けた。

 

 「ふぇ?」

 「……僕は忠告した筈だよ、君は棄権するべきだって。なんでここに出てきてしまったんだい?」

 

 そう言って時雨は鋭い目線を文月に向ける。

 

 「分かってたんじゃないのかい、君は僕には勝てないって。なのに君は、ここに出てきた……いや、出てきてしまった。何故かな?君の提督に意地でも出ろと命令されたのかい?」

 「ほぇ?箒お姉ちゃんはそんな事言ってないよぉ?ただ全部出し切って来なさいって言われただけだよぉ」

 

 キョトンとしながら文月はそう答える。すると時雨は頭を抱えてため息をついた。

 

 「そっか……君の提督は相当馬鹿なのかな、僕を相手にそんな悠長な事が君に言えるなんて。それともただの世間知らずなのかな?まぁ僕にとってはそんなのどうでも良い事だけどね」

 「?」

 「あぁ、君は分からなくて良い事だよ。いやーー」

 

 時雨がそこまで言ったその時、キョトンとした表情の文月の額に強烈な衝撃が襲った。そのまま文月はもんどりうって海面に倒れる。見ると時雨が右手に持った主砲から細々と煙が出ていた。

 

 「……君は何も分からないまま終わるんだよ。この演習も、艦娘としての生もね」

 

 そう言って時雨が両足の魚雷発射管から次々と魚雷を放つ。発射管から放たれた計十本の魚雷は、次々と海面を滑るように進んで未だ倒れている文月へと襲い掛かった。そして演習場に、十本の魚雷直撃による大きな揺れと巨大な水柱が上がった。揺れと爆発が治まると、魚雷の威力を物語っているのか、辺りは煙と水蒸気が入り交じって立ち込めている。

 

 「決まったーー!!横須賀鎮守府の時雨、必殺の瞬殺コンボ!主砲の弾で敵の額を正確に撃ち、怯んだ所へオーバーキルレベルの魚雷を撃ち込む、まさに必殺の攻撃!これを受けて立っていられた敵は指で数えられる程しかいません!」

 「終わったな。いつもながら見事な腕前だな、時雨は」

 「そーですね、長門さん!あたし達レベルでも回避に苦労する時雨の必殺技、深海棲艦共はおろかあんなチビにかわせる訳がないぜ!」

 

 実況に続けて長門と摩耶が得意げに解説する。観客席からも時雨の鮮やかな攻撃に拍手や歓声が沸き起こった。その歓声を聞きながら、時雨は得意げに主砲を降ろしてクルッと背を向け、歓声を背にゲートに向かって歩き始めた。

 

 「さぁ時雨は勝者の余裕を見せつけています!さぁ演習相手の文月はどうなっているのか?あの強烈な攻撃を受けて、無傷でいられる訳がーーあれ?」

 

 突然何に気づいたのか、実況者の表情と口調が変わった。その目線は、先程の魚雷による煙と水蒸気に向けられている。観客達も、実況席にいた長門達も、そしてゲートに戻ろうとしていた時雨も異変に気付き振り向いて、皆が一様にその煙を見た。と、煙の中に小さな影が見え隠れしているのを艦娘達は見た。

 

 「何やら煙の中に影が見えますが……何でしょうか?」

 「さっきの駆逐艦とかー?」

 「いやいやそんな訳ないだろ北上よぉ。魚雷直撃だぜ、立っていられる訳がーー」

 

 そうこう会話している間に煙が徐々に晴れてきた。そしてそこには、

 

 「もぉ~危ないなぁ」

 

 魚雷が直撃した筈の文月が平然と立って制服の煤を一生懸命に払っていた。見ると制服も艤装も軽く焦げた程度で、損傷らしい損傷は一つも見当たらない。あるとすれば、先程額に受けた砲撃の傷くらいだ。

 

 「馬鹿な、ほぼ無傷だと!?魚雷が直撃した筈ではないのか!?」

 

 長門の驚きの声と共ににわかに演習場がざわつき出す。

 

 「どういう事だ!?あの強烈な攻撃を受けて立っていられるなどおかしいぞ!」

 「何か不正でもしたんじゃないのか!?」

 

 様々な声が飛び交う中、最初にそれに気づいたのは他ならぬ時雨本人だった。

 

 「なるほどね。ただの世間知らずかと思ってたら……案外やるんだね、君」

 「ほぇ?」

 「惚けなくても良いよ。君が何をしたのか、僕には分かったんだ」

 

 時雨は文月の立つ水面に浮かぶ魚雷の破片を指差しながら、鋭かった目を更に鋭くさせた。

 

 「まさか僕の撃った魚雷に自分の魚雷を当てて相殺させるなんてね。しかもその時の爆発で他の魚雷も誘爆させる。なかなかやるじゃないか」

 「えへへ~、凄いでしょ~?」

 

 手を腰に当ててどや顔しながら答える文月。それが腹立たしいのか、時雨の表情は益々鋭くなった。

 

 「でも……それが何回も通用するとは思わない事だね」

 

 と、突然時雨の姿がその場から消える。そして次の瞬間、文月の体がふわりと浮かんだーー否、いつの間にか懐に潜り込んだ時雨の拳によって体が浮き上がったのだ。不意を突かれた強烈な一撃により文月は吐血してしまう。

 更に空中に浮かされ身動きも儘ならない文月の顔と全身に砲弾が数発直撃して爆発。文月は海面をバウンドして演習場の壁に激突して止まった。

 一方の時雨はバックステップしながらの砲撃で自身へのダメージを軽減した後、そのまま文月へ砲撃を続ける。残した魚雷は敢えて使わず、砲撃のみで文月を攻撃し続ける。

 

 「んー?時雨の奴、攻め時だってのに魚雷を使わねぇのか?」

 「恐らくあの駆逐艦のさっきの芸当を気にしているのだろうな。確実に仕留める為に敢えて使わず残しているのだろう」

 「めんどくさ~。あたしなら魚雷ばら蒔いてすぐおしまいだけどね~」

 「そりゃ北上ならそうだろ。けどまぁこれで終わるだろ、あのボディブローが効いたな」

 

 長門が指摘した通り、時雨は先程文月が使った魚雷による相殺を警戒しており、その為に敢えて魚雷を使わず砲撃で着実にダメージを与え続けていた。確実に魚雷で止めを差すその時の為に。

 一方の文月も壁に寄り掛かりながら負けじと砲撃を行うが、時雨の弾幕に遮られて精々挟射弾が数発程度。魚雷を放とうにも弾幕に邪魔され撃つのも儘ならない。しかも先程のボディブローが深く入った影響もあってかそもそもまともに立つ事すら危うい状況。文月の劣勢は誰が見ても明らかだった。

 

 「行けー時雨ー!そんな雑魚さっさと倒しちまえー!」

 「さっさと止め差しちゃえよー!」

 

 観客達の応援も更にボルテージが上がっていく。演習場は更なる歓声が響き渡り、応援も熱を帯びていく。

 

 (まだだ……まだその時じゃない。確実に倒せるその時は、まだ……!)

 

 未だ確実な一撃を与える機会を探り続けている時雨。文月が未だ抵抗している事もあり、簡単には止めを差せないのをよく理解していた。故に止めを急く気持ちを抑えつつ、時雨は確実に仕留めるタイミングを見計らっていた。そしてその時は訪れる。

 

 「ぴゃっ!?」

 

 砲撃戦がしばらく続いていたが、時雨が放った弾が文月の左目付近に当たると戦況は一気に動き始めた。砲撃の痛みに思わず文月が目を背けるのを時雨は見逃さず、残していた魚雷を全て発射した。そしてそれを追い掛けるように文月へ接近を始める。

 

 (止めを差すなら……今しかない!)

 

 接近しながらも時雨は文月を狙った砲撃と自身へ飛んでくる弾の回避は止めない。ここで止めを差す為、一発一発を狙い済まして撃ち、文月にダメージを与えていった。更に予め放った魚雷が次々と文月に命中していく。

 

 「あぎいっ!?」

 

 脚部に強烈な衝撃を何度も受け、文月はその場に崩れ落ちてしまう。それを見た時雨は一気に文月に接近し、その首を左手で鷲掴みにすると、演習場の壁に叩き付けた。そして右手の砲を文月の顔に向けて構える。

 

 「君はよく頑張ったよ。だけどここまでだ」

 

 瞳に光のない笑みを見せながら、時雨は砲身を文月の顔に押し付ける。砲撃の影響で熱くなっている砲身が文月の顔をジュウジュウと音を立てて焼いていく。

 

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 「確かに君も君の提督も才能はあるんだろうね。けど、君達に無くて僕達四大鎮守府の皆だけが持っている物がある。何だと思う?」

 

 熱さによる痛みに苦しむ文月に時雨はそう問い掛ける。そしてこう答えた。

 

 「……それはね、実力だよ。才能があっても、それが実力に反映されなければいけないんだ。僕達は必死になって実力を付けてきた……何年も。それこそ深海棲艦が現れてから、ずっとね」

 

 時雨は文月の首を掴む手を離し、ゆっくりと後ろへ下がっていく。時雨が手を離した事で文月は再び壁に寄り掛かる形となった。

 

 「今この国がこうして国家の形を保っていられるのは何故?簡単だよ、僕達のような長年研鑽を積んだ艦娘がいるからさ。その僕達さえいれば、君達なんていようがいまいが何の問題もない。もし君達に役目があるとしたら……それは精々『囮』じゃないかな?」

 

 そう言ってクスクス笑う時雨は、止めを差さんと砲を文月に向けた。

 

 「僕達の研鑽を、たった数日の努力で越えられると思わない事だね。それじゃ……お別れだ」

 

 そして残っていた砲弾・魚雷を全て発射した。砲弾と魚雷は既に大破寸前で動けない文月向かって一直線に突き進んでいく。そして、文月がいた場所に大きな水柱が上がった。

 

 

 

 

 

 

 「ふう……」

 

 砲弾と魚雷の爆発による水柱が完全に収まるのを確認して、時雨は一息ついた。演習による疲れもあったが、何よりこの演習では珍しく中々骨のある娘とぶつかり合えた事もあって、妙な重圧もあったのだ。

 さっきまで水柱が上がっていた場所をふとチラッと見ると、大破した文月が両膝をついた態勢でぐったりとしていた。両腕は垂れ下がり、頭は首が折れた人形のようにぐったりしており、髪は髪ゴムが切れたのか、綺麗に纏められていたポニーテールがほどけて見るも無惨な光景となっている。演習開始直前のあの可愛らしい姿は最早見る影もなかった。

 

 「ギャハハハハハ、無様だなぁ!」

 「とっとと諦めて帰れよ、弱虫が!」

 「横須賀の時雨に喧嘩売るなんざ五万年早いんだよ!」

 

 観客席からの心ない声が響く。誰もが文月に対して罵声や侮蔑の言葉を投げ掛けてくる。そしてそれを止めようとする者は誰一人としていない。さもそれが当然であるかのように観客達は騒ぎたてる。実況席の艦娘もまた然りで、観客の罵声を止めようとすらしない。寧ろ時雨の勝利が当然であるかのように振る舞っている。

 そんな罵声飛び交う中、時雨は文月にゆっくりと近寄っていく。そして意識のないと思われる文月に顔を近づけてこう囁いた。

 

 「君の提督にこう伝えなよ。『艦娘の扱いも知らない愚か者』ってね?」

 

 時雨は笑顔でそう告げると、もう文月には目も暮れずゲートへと向かっていく。観客からの声援に手を振って応えながら、そしてこの演習の勝利を確信しながら。と、

 

 「お、おい……何だよあれ?」

 

 急に観客席がざわつき出す。観客席で応援していた誰もが演習場の一角ーー文月がいる場所を指差して騒ぎ始める。いや、観客だけではなく、よく見ると実況席にいる長門達も釘付けになっている。何が起こったのかと時雨は振り向いた。

 そこにはあり得ない光景が広がっていた。文月の全身がゆっくりと浮き上がったかと思うと、その全身を光と闇が包み込み始めたのだ。更に彼女の背中には何やら巨大な白の翼と黒の翼が生えており、彼女を包むように守っている。

 

 「……応急修理妖精?」

 

 その時時雨だけははっきりと見た。文月の全身を包む光と闇の中に、大工のような格好をした妖精がいて、大急ぎで文月の艤装を修理している光景を。そしてみるみる内に文月の艤装や制服は今までの未改装時の物とはうって変わり、制服は黒セーラーから白セーラーへ、更にその上から紺のパーカーが羽織られた。艤装も拳銃型の単装砲から連装砲となり、他にも機銃や電探等が追加された。

 やがて全ての作業が終わったのか妖精がふぅと一息つくと、文月を守っていた二対の翼は掻き消え、それらが幾百もの羽根となって時雨に襲い掛かってきた。時雨は咄嗟に防御態勢を取るが、幾百もの羽根は防御を貫通して時雨に細かくだがダメージを与えて消えた。時雨の全身と艤装は、大破中破までは行かずとも羽根によってボロボロになってしまった。

 

 「何が……!?」

 

 見た事もない光景に時雨だけでなく観客席や実況席の面々が驚く中、新たな装いとなった文月はゆっくりと演習場の海面に降り立った。そして時雨を見るなり、満面の笑みでこう言った。

 

 

 

 

 

 「ねェ……貴女、ヤッちゃってい~イ?」

 

 

 

 

 

 

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