元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編)   作:神羅の霊廟

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慢心って知ってる?

 

 張り詰めた空気の中、箒は右手に打刀を、左手に鞘を持って構える。夕立と江風は砲塔を箒に向け、川内もクナイを取り出して戦闘態勢に入る。

 

 「本気でやって良いの?さっきあんな大言カマしておいて、いざとなったらヘタれるなんてのは無しだよ?」

 

 冷静を保ちながら川内が聞く。背中を伝う冷や汗を誤魔化しながら、あくまでも平静で話をする。

 

 「構わん。最近体が鈍っていてな、ちょうど良い相手が欲しかったのだ。うちの艦娘はまだ練度が低く発展途上でな、私とまともに戦える者がいない。まぁ着任して日は経ってないから仕方のない事だが」

 「何それ?ただの人間のくせに、『私とまともに戦える艦娘がいない』って何の冗談?強がりも程々にしたらどーなのさ?」

 

 江風がそう言って笑うが、その表情に落ち着きは無い。夕立はというと、こちらは江風と同じく落ち着きの無い表情のまま砲塔を構えて静止している。

 

 (ふむ…夕立と江風はメンタル面に難あり、か。せめて表情に出さないように出来れば及第点なのだがな。川内は辛うじて隠せてはいる…が、いつ表情に出てもおかしくはないな)

 

 こんな状況でも、箒は三人を分析する事を忘れない。

 『考え、知り、そして理解する事。それが勝利を掴む為の一歩である』とは牙也の言である。その言を忠実に守り、箒は様々な思考を止めない。

 

 「…江風、二人で同時に攻めるっぽい。所詮は人間、夕立達艦娘には勝てないっぽい」

 「そだね…一気にやっつけちゃうか。川内さンには悪いけど、江風達で終わらせちゃう?」

 

 そんな彼女を観察しながら小声でそんなやり取りをする二人。そして互いに頷き合うと、体を屈めて両足に力を込める。そして

 

 「ぽいっ!」

 「はっ!」

 

 込めた足を思い切り踏み込み、短距離走者がよくやるロケットスタートが如くーーいや、それすらも生温い程の初速で一気に箒との距離を詰める。そして夕立は左、江風は右で握った拳を箒の顔面に叩き込んだ。

 

 

 ドゴッ

 

 

 という鈍い音が響く。夕立の拳は箒の右頬を、江風の拳は左目を正確に捉えていた。次いでミシリ…という音。

 

 (入った!的確に!)

 

 傍観していた川内は内心ガッツポーズしていた。常人なら反応すら出来ないスピードからの一撃。これを食らえばいくら頑丈な人間でも一溜まりもないだろう。確実に大怪我になってしまうのは上司である斎藤の立場的にあまりいただけないが、そこは上手く誤魔化せば良い。脅して言う事を聞かせるなり何なりすれば、この提督も自身の愚かさを思い知り自分達の事など何も言わないだろう。そう決め付けて安心していた。

 

 それは勿論夕立達二人も同じ。確かに最初箒が発した殺気には一瞬慄いた。しかしそれはあくまで殺気だけの話てあり、実力に関しても先程の打刀の一振りのみだがあれで大体の強さは把握出来た。やはり人間では艦娘には勝てない。最初油断して一筋程度の傷を受けはしたが、あの程度ならば先程のように油断さえしなければ余裕で回避可能だ。恐らくあれが彼女の全力だろう。この程度ならば本気を出さずとも数分後には向こうから音を上げる。そう確信していた。

 

 

 自分達が相手したのがどれ程に強大で恐ろしい存在だったのかを一寸たりとも理解していなかったが故に。

 

 

 「…まぁ所詮この程度か」

 

 発された声に二人は素早く飛び退いて箒から距離を取る。そして改めて箒を見て、その表情は驚愕に満ちた。駆逐艦とはいえあれだけ強烈で、尚且つ骨に罅が入ったと確信出来る音が鳴るレベルのパンチを食らってなお、箒は平然としていた。しかも拳が入った筈の右頬と左目には痣も傷もないーーいや青痣はあるにはあるが、そこまで酷いものでもない。三人が困惑を隠せずにいる中、箒は持っていた打刀を鞘に収めると、クラック内に収納。改めて三人に向き直る。

 

 「何のつもり?折角使ってた武器を仕舞っちゃって、降参でもするの?」

 

 川内が煽るように聞くが、箒はそれを意に介さず。なおも鋭い目線を三人に向けている。

 

 「…必要なくなったからしまっただけだ。お前達程度を相手にするのにあれを使えば、オーバーキルになりかねん」

 「は?何それ…つまり私達じゃあんたには勝てないって?」

 「勝てないな。何せーー」

 

 そこまで箒が言った途端、その場から箒の姿が消え失せた。

 

 「ぽぐっ!?」

 「ぐえっ!?」

 

 否、いつの間にか夕立と江風の目の前まで接近し、二人の首を掴んで押し倒していた。反応すら出来なかった二人は情けない声を上げてもがき苦しむ。何とか引き剥がそうとするが、箒の方が力が強い為か、それとも首を締めるように抑えられて上手く呼吸が出来ない為か、二人がもがいてもびくともしない。

 

 「これしきの攻撃すら見切れないのではな。まだうちの艦娘達の方が良い動きをする」

 

 唖然とする川内をよそに、箒はそのまま二人を持ち上げると川内の足元へ投げ捨てた。乱雑に投げ捨てられた事で派手に頭を地面にぶつける二人だったが、すぐに立ち上がって主砲を箒に向ける。

 

 「油断したっぽい…今度は捕まらないっぽい!」

 「夕立姉、攻めようぜ!こいつ、何か嫌な予感がする!さっさ終わらせないと!」

 「あ、ちょっと!?」

 

 川内が引き止めるのも聞かず、夕立も江風も攻めに掛かる。砲を持っているとはいえ流石に陸上で人間相手に派手にブッパなす事はまずいので、二人共格闘戦で箒に挑む。駆逐艦であるが故の小柄な身体を駆使し、息も付かせぬ連続攻撃と姉妹故の息の合った連携プレーで箒に立ち向かう。ストレート、フック、裏拳、ラリアット。ローキック、ハイキック、膝蹴り、踵落とし。使える技の数々を迷う事なく行使。

 勿論箒もただただやられっぱなしという訳ではなく、攻撃を払い、いなし、受け流す。

 

 (時雨の仇、夕立達が取るっぽい…!一分一秒でも早く、こいつを仕留めるっぽい!)

 (絶対に倒す!江風達横須賀の駆逐艦の力、思い知らせてやるンだ!)

 

 とにかく二人は、早々に箒を仕留めるつもりでいた。その為にはとにかく技を出し惜しみせず、更に箒に反撃の暇を一切与えない事。その点のみを胸に、二人は休む間もなく攻撃を続ける。これまで数多の戦場に立ち、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた二人。その長年の研鑽で培った実力をもって、箒を叩き潰しにかかる。

 

 横須賀鎮守府の建造炉にて顕現した二人は、姉妹との再会を喜ぶ間もなく戦地へ出撃を余儀なくされた。その当時、世界の海はそのほとんどを深海棲艦に抑えられており、とにかく早急な海域開放が必要な時期だった。故にろくに訓練や演習も行えぬまま戦場へ放り出される艦娘がほとんどだった。夕立や江風、それに時雨はこれの類に含まれている。

 

 彼女達はそんな状況を生き残る為、とにかく様々な方法で戦場を切り抜けてきた。今なら非人道的とまて言われるような事まで平気でやってのけた。生き残る為なら味方を犠牲にし、更に味方たった残骸を用いて敵を撹乱して勝利をもぎ取ったり。もう何でもありだった。どんな手段を使ってでも生き残り、勝利をもぎ取った者だけが今の横須賀鎮守府の艦娘という地位にいた。

 

 故に横須賀鎮守府の艦娘達のほとんどは多少の荒事ならば斎藤達提督や大本営に黙認される事が多く、艦娘達もそれを傘にやりたい放題であった。今回もまぁ斎藤には多少怒られはすれど黙認はされるだろう。夕立も江風も、そして傍観している川内もそう思っていた。そういう心の余裕があった。

 

 「…?」

 

 しかし最初に違和感に気づき始めたのは、端から傍観している川内だった。確かに現状、攻め続けている夕立と江風が優勢のようにも見える。が、何か違和感があった。優勢にしては、何かおかしい…拭えぬ違和感に疑問を持ちつつ、川内は傍観を続ける。と、ある事に気づいた。

 

 「(…あの人、その場から一歩も動いてなくない?寧ろ夕立達がめっちゃ動き回ってる風に見える…まさか!?)夕立、江風、早く決着を付けて!そいつ長期戦仕掛けて消耗した隙を突くつもりだよ!」

 「っ!江風、ギア上げるっぽい!」

 「りょーかい!」

 

 川内の忠告に、二人の攻撃スピードが更に増す。常人ならば二人がその場から消えては別の場所から現れてを繰り返しているようにも見える程のスピードだ。互いに身体中の筋肉が悲鳴を上げる程に酷使し、常人どころか並の艦娘ですら視認出来ない速度で攻撃をする二人。改二となり今まで以上に動けるようになった二人は、その驚異的なスペックの真髄を余す事なく解放する。

 

 横須賀鎮守府に在籍する艦娘の中でも特に優秀な駆逐艦娘として知られるのが、時雨、夕立、江風といった『白露型駆逐艦』に該当する艦娘達である。彼女達は駆逐艦娘の中でも軒並み素のスペックの高い娘が多く、また改二に到達した娘も多い。特に先述した時雨や夕立、江風は駆逐艦らしからぬ火力や雷撃の数値を叩き出した事もあり、高難度の海域に常にお呼びが掛かる娘としても各地の鎮守府や泊地に知られている。

 

 故に彼女達にはプライドがあった。全鎮守府及び泊地における最強の駆逐艦としてのプライドが。だからこそ負けてはならない。最強の駆逐艦ーーいや最強と呼ばれる艦娘には『敗北』は許されない。その自負と誇り故に、勝たなくてはならない。たとえ目の前の敵が、『ただの』人間だったとしても。

 

 夕立の渾身のパンチが箒の頬を掠める。江風のハイキックが箒の背中を掠める。致命傷を辛うじて避けられているのは感心だが、それがいつまでも続く訳がない。このまま攻撃の手を緩めるな。一気にゴリ押しして倒してしまえ。そんな声が脳内に響く。

 

 「いい加減くたばれっぽい!」

 

 夕立の蹴りが、ゴオッと音を立てて箒を襲う。箒は顔を軽く動かすだけで躱す。

 

 「こンなろっ!」

 

 江風の拳が箒の顔面に飛んでくる。箒はまたも顔を軽く動かすだけで躱す。

 

 (大丈夫、始まってからずっとこっちが優勢なんだ…このまま行けば向こうが限界を迎える筈!)

 

 傍観中の川内もそう確信して戦いを見守る。戦いが始まってから既に五分が経過しようとしていた。

 

 

 

 

 「…中川、瀬尾、薙。お前達、篠ノ之少佐をどう思う?」

 

 外はすっかり暗くなり、人通りも無くなった大本営の廊下を歩く四人の大将達。僅かな明かりが灯る廊下に走る無言の空気を変えたのは、先頭を歩く斎藤のこの問い掛けだった。不意の問い掛けに三人は思わず斎藤を見る。

 

 「どう…とは?」

 「そのままの意味だ、瀬尾。篠ノ之少佐…彼女を見て、率直に何を思ったか聞きたい」

 

 斎藤の表情は真剣そのものだった。定藤が何処からともなく連れて来た新任提督、箒。斎藤から見たその第一印象は生粋の武人というものだった。とにかく実力こそ全て、『Power is Justice』という印象。

 だが蓋を開けてみれば、単に武人という訳ではなく、多少感情に波はあれど物事を至って冷静に行使出来る知略も持ち合わせた優等生であった。加えて上司である自分達に対しても物怖じせず意見する胆力。あれ程の能力を若くして得ている箒に斎藤は興味津々であったのだ。

 

 「…はっきり言えば、あの胆力は恐ろしいわね」

 

 最初に口を開いたのは中川だ。

 

 「単に恐れ知らずなのか、もしくはそういう性分なのか…分からないけど、とにかく胆力がダイヤ並に強いわね。私達だけでなくて、プライドが高いので有名なうちの蛭間に対しても堂々と言い返すくらいよ。しかも理に適った返答で。鳥肌が立ったわね」

 「ほう、蛭間に対して…あのプライドの塊に物怖じせず意見するとは中々だな」

 

 演習後の一騒動の事を思い出しながら中川はぼやく。

 

 「私としては…艦娘達の育成方法について色々聞きたいと思いましたね」

 「ほぅ、やはり薙はそこに目を付けたか。確かに彼女が育てた艦娘は異常な練度だったからな」

 

 薙は箒の艦娘育成方法に興味津々である。

 

 元々薙が提督を務めている佐世保鎮守府は戦果こそ横須賀や舞鶴、呉には及ばないものの、薙が時間を掛けて武・知・勇を満遍なく育てた艦娘達が多く、堅実な戦略で登り詰めた生え抜き叩き上げの鎮守府だ。特に薙の秘書艦を務める駆逐艦『不知火』は抜群の戦闘センスと状況判断能力を持ち合わせており、幾度となく艦隊の危機を救ってきた歴戦の艦娘として知られる。

 

 「不知火も最初こそ無関心でしたが、今では随分とあの娘に興味を示してます。横須賀の時雨を倒したその能力を直に感じてみたい、なんて言ってましたよ」

 「ふん、さり気なく嫌味を混ぜてきおったか…らしい、と言えばらしいが」

 

 斎藤はそこまで言って、今度は瀬尾に目を向ける。瀬尾はまだ考えているのか、顎に手を当てて考え込んでいた。

 

 「瀬尾。篠ノ之少佐についての情報は何か仕入れたか?」

 

 斎藤が聞くや否や、瀬尾は静かに首を横に振る。その顔は何やら不穏さがあった。

 

 「これは珍しいな、諜報に長けた者達を多く抱え込んでいるお前の所に情報が入らぬとは。諜報員達に衰えでも出てきたか?」

 「それだけならば良かったのですがね…」

 

 ため息混じりにそう呟く瀬尾を見て三人は怪訝そうな表情を見せる。

 瀬尾が運営する呉鎮守府は、表向きこそ多くの歴戦の艦娘を抱え込む鎮守府であるが、裏では日本各地へ人員を送り込みその地の鎮守府や泊地を監視したり、危険性のある人物や艦娘を秘密裏に始末する役目も担っている。

 今回も瀬尾は箒の宿毛湾泊地着任を聞くや否や、直ぐ様複数の諜報員を泊地へ送り込んだ。勿論定藤の許可を得た上である。

 

 「今回念のためベテランを四人宿毛湾に送りました。が…全員送り返されて来ました。ご丁寧に着任の挨拶文を記した手紙を添えて、鎮守府の前に気絶状態で放置されていました。それも、彼女が着任して二日も経たぬ内に」

 

 瀬尾の報告に三人は表情が鋭くなる。とりわけ斎藤は一段と表情が鋭かった。

 

 「馬鹿な!あの娘は諜報員の侵入を看破し制圧しただけに留まらず、裏にお前が通じている事すら見抜いたというのか!」

 「そのようです。後日人数を増やして送りましたが、これも二日経たぬ内に返却されてきました。元帥は真に末恐ろしい人材を海軍に招き入れてしまったようですな」

 

 頭を抱えながら瀬尾がぼやき、次いで言葉を紡ぐ。

 

 「ですが、ああいう人材はいずれ軍規を乱しかねません。今のうちに手綱を握っておくに越した事はないでしょう」

 「硫黄島に鎮守府置く予定なんでしょ?なら斎藤大将、一番近場の貴方が手綱握る役目を担う事になるわよ」

 「はぁ…勘弁してほしいものだ。艦娘達が好き勝手暴れて大変だと言うのに、これに更に面倒な新任提督の手綱まて握らされるとは…」

 「御自分の発言の結果なのですから、責任はキチンと取って頂かなくては困ります」

 

 薙の指摘にあからさまに不機嫌になる斎藤。と、

 

 ガチャン!!

 

 突如ガラスの割れる音が廊下に響いた。直ぐ様四人は固まり、何処のガラスが割れたのか注意深く目を凝らしつつ抜き足て前進。と、先頭を歩いていた斎藤の足にガラスとは違う何かを蹴った感触があった。それを手に取ると、

 

 「これは…川内の愛用するクナイ?」

 

 拾い上げたそれは、自身の鎮守府の艦娘である川内が普段から愛用しているクナイだった。目印に持ち手部分に柿色のリボンを巻いてあるので間違いない。クナイが飛んできたと思しき方向には、クナイによって割れてしまったらしきガラスがある。何故川内のクナイが…そう考えていた次の瞬間、砲撃音が辺りに響いた。斎藤はそれを聴くや否や顔色を変えて直ぐ様走り出した。

 

 「ちょっと斎藤大将!?」

 「急にどちらへ!?」

 「追い掛けましょう」

 

 急な事で置いて行かれた三人も慌てて彼を追い掛ける。

 

 

 

 

 

 斎藤達が何処かへ走り出した時から遡る事一分前。

 

 「ハァ…ハァ…ゴホッゴホッ!」

 「フー…フー…ゲホゲホ!」

 

 戦闘開始から既に十分経過していた。箒を危険視し全開で挑み掛かってきていた夕立と江風だったが、肉体の限界が近付いているのか息切れを起こし始めていた。呼吸もままならなくなり、全身の筋肉は金切り声で悲鳴を上げている。

 

 「なんで…!この人なんで平然としてられるのさ…!?」

 

 傍観を決め込んでいた川内も二人がペースダウンし始めたのに危機感を感じ途中から参戦したが、僅か数分間で疲労困憊に至るまて追い詰められた。二人を上回る圧倒的スピードからの徒手空拳に加えクナイ投擲で二人を援護していた川内。投擲されたクナイは箒の服を破り、肌を裂き、身体に刺さり…それでもなお箒は倒れない。そればかりかそんな状態でありながら三人の近接攻撃を回避し続けている。

 

 「いい加減諦めてよ…!そんな痩せ我慢なんてしなくて良いから…!」

 

 川内の悲痛な声が虚しく響く。しかしそんな声も箒には聞こえていないのか、はたまた無視しているのか、箒の動きは一向に止まらない。

 

 「だあっ!」

 

 江風の大振りのパンチが顔を掠める。その勢いで江風の体がふらつく。疲労困憊は明らかに進んでいた。しかしすぐに持ち直し裏拳を放つが、これも顔を掠めるだけ。

 

 「ぽいっ!」

 

 その後ろから夕立が拳を構えて突っ込んでくる。そして後頭部目掛けてパンチを放った。しかし箒は夕立に目線を向ける事なくそれを軽く避けた。勢い止まらず夕立は箒の頭上を飛び越え頭から地面へダイブしてしまう。すぐに態勢を整えるが、

 

 「ぐっ…!」

 

 足は既に限界を迎え、その場に膝を付いてしまう。足全体が痙攣を起こし、両腕も上がらなくなり、肩で息をしている有り様。江風も同様だ。川内も二人程ではないが疲労を溜めている。

 

 「終わりか?」

 

 そんな状態の三人へ箒は声を掛ける。

 

 「満足したか?満足したのなら帰ると良い。別に取って喰おうという訳ではないのだ、無理をせぬ方が身の為だぞ」

 「ッ…黙れ!」

 

 夕立が逆上して襲ってくるが、箒が右手で軽くいなすだけで倒れ込んでしまう。江風が駆け寄り夕立を抱き起こす。

 

 「このっ!」

 

 サポートの為川内がクナイを投げようとする…よりも早く、箒は自身に刺さったクナイを数本引き抜くと、それを川内目掛けて投げ付けた。クナイは川内の制服の袖とスカート、それにマフラーに当たり、更に川内を建物の壁に縫い付けてしまった。

 

 「川内さン!うわっ!?」

 「退いてろっぽい!」

 

 江風が川内を案じ声を張り上げる。だがその時江風に起こされた夕立があろうことか江風を突き飛ばして立ち上がり、そのまま箒へ襲いかかった。江風はバランスを崩し転倒してしまう。しかもどうやら転倒で頭を打ってしまったのか、そのまま気絶してしまったようだ。

 

 「くらえっ!」

 

 自ら突き飛ばし気絶させた妹に見向きもせず夕立は箒へ飛び掛かり、渾身のパンチを繰り出した。しかし、

 

 「な…!?」

 

 壁に縫い付けられた状態の川内は、その光景を見て唖然とした。夕立が繰り出した渾身のパンチは、

 

 

 

 「いい加減にしたらどうだ?」

 

 

 

 箒の人差し指に止められていた。拳に力を籠める夕立だが、人差し指はびくともしない。それどころか、握っている拳が痛い。痛みのあまり夕立はその場に崩れ落ちてしまう。思わず夕立はその拳を見、

 

 「…!?」

 

 そして唖然とした。拳を作っていた指が、本来曲がらぬ方向へ曲がっていた。一部は折れた骨が露出し、ザックリと皮膚を切っている。つまり…拳が砕けていた。驚愕し、そして思わず箒を見た。相変わらずの無表情である。

 

 「あ…あ…!?」

 

 あまりの無表情に、遂に夕立は腰を抜かしてしまった。表情は一瞬にして青くなり、口はパクパクと動けど声も発せず、全身はガクガク震えて動けない。呼吸は荒くなり過呼吸寸前、混乱と恐怖で思考も回らない。最早戦える状態ではなかった。

 そんな状態の夕立から目線を外す事なく、箒はゆっくりと夕立に近付いてきた。そんな箒に恐怖してか、夕立は腰を抜かしたまま後退りを始める。辛うじて動く右手で地面を這い、なんとか箒から距離を取ろうとする。

 

 「こ、来ないで…!来ないで…!」

 

 後退りしながらその辺の小石を投げて対抗するが、小石はあらぬ方向へ飛んでいく。そんな抵抗虚しく、やがて夕立は壁際まで追いやられてしまった。

 

 「夕立、早く逃げて!その人本気であんたを倒すつもりだよ!」

 「やだ…!やだ…!来ないで…!」

 

 磔状態の川内が必死に声を張り上げるが、夕立には最早そんな声も聞こえていない。身体も精神も恐怖に支配され、顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。やがて投げる小石も辺りに無くなり、夕立は必死に辺りを見回す。と、自身の無事な右手が目に入った。

 その手に装備されたのは、長年使い続けている12.7cm連装砲B型改二。夜の闇の中で怪しく黒光りを放つそれを見た時、夕立は考える事なくそれを箒に向けた。否、最早考える暇などなく、とにかく目の前の恐怖を消し去らなきゃーーそれしか考えられなかった。

 

 「駄目、夕立!」

 「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして大本営中に、砲撃音が響いたーー。

 

 

 

 

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