元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
箒と川内達横須賀鎮守府の艦娘との諍いから一夜明け、大本営での会議最終日。
「ふぅ…会議も終わりか。何と言うかあっという間だったな」
と言っても最終日は軽い連絡事項のみで終わり、後は各々の鎮守府へ帰るだけとなっていた。誰もいなくなった会議室で箒は大きく伸びをする。時刻は1100。お昼までまだ多少時間があるし、宿毛湾に帰るにも時間がある。何せ初日に迎えに来てくれた龍瀬がまだ仕事のため昼下がり頃まで帰れないのだ。
「さて、龍瀬准将の仕事が終わるまでは文月と何かするか」
「ややや!?そこにいらっしゃるのは!」
独り言を呟いている所に会議室の出入り口から聴こえた声。箒が目をやると、立っていたのは白基調に青の襟袖のセーラー服、そしてキュロットという組み合わせの服を着た艦娘。手にはメモ帳とボールペン、そして首にはかなり使い込まれたのか年季の入ったカメラが目を引く。
「もしや貴女が噂の新人提督さんですね!?是非取材させて下さい!」
その艦娘は箒と目が合うや否や、ズカズカと近寄ってきて早口でそう聞いてきた。心なしか瞳が眩く輝いて見える。
「話を聞くのなら、まずはそちらから名乗るのが常識ではないか?」
「あっ…と、失礼しました。私、大本営部隊所属、兼広報部所属の『青葉』と言います!という事で、何か一言下さい!」
青葉は依然としてキラキラ輝く瞳で箒を見てくる。対して箒は一言。
「私への取材は禁じられているだろう」
冷めた目で睨む箒。初日の演習が中止になった後、定藤は箒と文月へ他の提督や艦娘が接触するのを原則禁止していた。だが、青葉はそれを知ってか知らずか気にする様子もなし。何なら首に下げたカメラで写真まで撮り始めた。
「いやー、そうなんですけどね~。どうにも記者魂が疼くというか…単純に個人的興味というやつです!」
「尚更駄目だろう。元帥閣下が怒髪天と化すぞ?」
「バレなければ大丈夫です!」
「もうバレてるさね」
突如聴こえた別の声に青葉の表情が一瞬で真っ青になる。震えながら振り向くと、仁王立ちした定藤ともう一人、青葉と同じ色合いのセーラー服にスカートを履いた艦娘が。
「げ、元帥閣下…それにき、衣笠まで…」
「もー、青葉ったら!篠ノ之少佐に接触するのは原則禁止ってお達しあったでしょ!悪いけど元帥閣下にチクったからね!」
衣笠と呼ばれた艦娘は腰に手を当ててプンスカ文句を垂れている。その隣に立つ定藤はまさに鬼という表現が似合っていた。これには箒もそっと青葉から距離を取る。
「このバカタレが…お尻ペンペンじゃ済まないからね、覚悟しとくんだね!」
「ちょおおおお!?衣笠、裏切ったの!?」
「最初から衣笠さんは接触を止めました!それを聞かなかった青葉が悪いんでしょ、少しは反省しなさい!」
「うわぁぁぁぁん!」
断末魔にも似た泣き声を上げながら、青葉は何処かへ引き摺られていった。残された箒は(お仕置きがお尻ペンペンとはこれ如何に…)なんてくだらない事を思いながら呆然とそれを見送るしかなかったが、同じく残された衣笠が頭を下げて謝ってくる。
「うちの姉がご迷惑おかけしました…本当にすみません」
「…あれがお前の姉なのか。大変だな」
「そりゃ大変ですよ!事ある毎に取材と称して変な事に首突っ込むんですから!巻き込まれる衣笠さんの身にもなって欲しいくらいです!」
プンスカ怒りながら衣笠がボヤく。普段から青葉の暴走に巻き込まれているのだろうと思うと、何となく衣笠が不憫に思えた。
「まぁとにかく助かった。パパラッチは苦手な類なのでな、助けてくれて感謝する」
「いえ、こちらこそ馬鹿姉がご迷惑おかけして…本当にごめんなさい」
そう謝ると、「それじゃ青葉にヤキ入れてくるのでこれで!」と言って衣笠は足早に会議室を出ていった。一人残された箒は、
「…部屋に戻るか」
取り敢えず処分は二人に任せる事にして、机に広げた資料を纏めると会議室を出た。
「しれいか〜ん」
文月を迎えに艦娘の待機室に顔を出すと、文月が満面の笑みで飛び付いてきた。箒の豊満な胸に顔を埋めグリグリ押し付けてくる。
「偉いな、ちゃんと大人しく待っていたな。お昼ご飯は好きな物頼んでいいぞ」
「やぁったぁ!」
文月はバンザイして喜んでいる。その姿に箒が微笑ましく思っていると、
「ありゃ、その人が宿毛湾に来た新しい提督さんなんかなぁ、文月?」
部屋の奥からテコテコと近付いてくる艦娘が一人。袖を捲ったセーラー服とスカート、それに水兵帽を被ったその艦娘は興味深そうに箒を見つめてくる。背丈は改二になった文月と同じくらいか、気持ち高めだろうか。
「文月、彼女は?」
「浦風ちゃんだよぉ。今浦風ちゃんはねぇ、呉にしゅっこー?してるのぉ」
それを聞いて思い出すのは、宿毛湾から横須賀以外の四大鎮守府へ出向していた艦娘達の事。そして目の前にいる浦風という艦娘がその一人という事だ。
「うち、浦風じゃ。新しい提督さん、よろしくね!」
浦風はにこやかに挨拶して握手を求めてきたので、箒も自己紹介して握手する。握手しながらも、浦風は箒の顔を興味深くジーッと覗き込んでくる。
「やぁ〜、えらい別嬪さんじゃねぇ」
「ははは、それを言うなら浦風もそうだろう」
「やぁん、照れるわぁ~」
なんて言いながらも満更でもない表情の浦風。
「今回は瀬尾大将のお付きか?」
「そうじゃねぇ。ほんまなら単独演習出る筈じゃったけどねぇ、誰かさんのお陰でのぅなったし」
「む…それはすまなかったな」
「ええよええよ、別に怒っとらんけぇ。提督さんも予想しとらんかったんじゃろ?しゃあないよ」
そう言って浦風はクスクス笑う。
「やぁ〜、にしても宿毛湾に戻るんが楽しみじゃねぇ。けどうちはまだ戻れんしなぁ…」
「浦風ちゃぁん、まだ帰って来ないのぉ?」
「ごめんなぁ、まだ出向期間が残っとるんよ。もうちっと待ってぇな」
小さな子を諭すように優しく話す浦風。何となく母親に似たものを思い出させるその姿が、箒には懐かしく見えた。
実を言うと箒の父母は、箒が牙也と共に元の世界から去る以前に立て続けに病に倒れ、最善の治療も虚しく旅立ってしまった。そして牙也もまた早くに父も母も失っており、互いに親と呼べる存在がもういない。家族は何度でも作り直せるが、親は一度失えばそれっきり。だからこそ、今は亡き親を思い起こすような浦風の姿が箒にはありがたくも思えた。
浦風と文月は仲良さそうに色々話している。箒が泊地に着任してからどう変わったのか、皆は元気でやってるか等々。姉妹艦ではないが、その光景は仲良し姉妹にも見える。他にもいる出向組にも会ってみたいものだーーそう考えていると、
「失礼しますよ。浦風はここにーーおや」
そう言いながら瀬尾が入ってきた。慌てて三人揃って敬礼するのを「あぁ、大丈夫だよ」と言って制す。
「浦風、そろそろ呉に戻るよ。こちらでの仕事は先程片付けたからね」
「了解じゃ。ほんじゃ文月、またの」
「ばいばぁい」
手を小さく振りながら浦風は瀬尾を追い掛け部屋を出ていった。文月は部屋から顔を出しながら、浦風達が見えなくなるまで手をブンブン振っていた。やがて二人を見送ると改めて箒に抱き付き、背中をよじよじと上って肩車状態に。
「ふむ、時間も丁度良い。文月、お昼ご飯に行くか」
「れっつごぉ〜♪」
と勇んで食堂へやって来たは良いのだが…
「食材切れ!?」
食堂の出入り口に置かれた看板には、
『担当の注文ミスにより、現在食材のストックが不足している状況です。ご利用されるお客様には大変申し訳ございませんが、本日のランチタイム及び酒保は臨時休業とさせて頂きます。ディナータイムは通常通り営業致します』
と言う張り紙が。せっかく仲良くお昼ご飯を食べようとしていたのに、当てが外れてしまった。箒の肩から降りた文月も看板の張り紙を読んで残念な表情に。
「しれーかん、お店閉まってるよぉ」
「だな。弱ったな、酒保も使えないのか。となるとお昼はどうするか…」
どうしたものかと箒は考え込む。このご時世な事もあり大本営周辺は関連施設以外は何もなく、街までは車でも三十分以上は掛かる。生憎箒達は移動手段が龍瀬の運転しかないので、街へ繰り出してのお昼ご飯は出来ない。
ならばクラックに残しておいたご飯のストックを出そうかと考えたが、ストックは残りが少なかった事もあり全て宿毛湾泊地に残った艦娘達のお昼ご飯として置いて来てしまっていたのを思い出した。
「ご飯、我慢するぅ?」
「私はそれでも大丈夫だが、文月は平気か?」
「うん!文月、ちゃんと我慢出来るよぉ!」
腰に手を当てて得意げに言う。しかし次に聴こえたのは『グゥゥゥゥ〜』という元気なお腹の音。箒が思わずクスクス笑ってしまい、文月は顔を真っ赤にして「聴かないでよぉ〜!」とポカポカ叩いてくる。
「あ、あの…」
と、不意に二人の後ろから話し掛けられた。振り返ると、割烹着を着た女性が一人。その手にはラップを掛けられたお皿が。
「今聞いたところ、お二人共空腹のようで…宜しければ、こちらお食べになりますか?」
そう言って女性はラップを取りおずおずとお皿を差し出してきた。お皿には沢山のお握りが並ぶ。
「良いのか?」
「はい、お二人が良ければどうぞ。私や伊良湖ちゃんだけでは食べ切れませんので」
そう言って半ば強引にお皿を渡してくる。断るのも悪いと思い、「ならばありがたく頂こう」と受け取った。
「間宮さーん!食材がもうすぐ届くって連絡がきましたよ!」
今度は同じように割烹着を着た別の女性が食堂から顔を出す。
「分かったわ、すぐに受け入れの準備をしなきゃね。それでは私はこれで…あ、お皿は食堂へご返却お願いしますね?私『間宮』の名前を出せば大丈夫ですよ」
そう言い間宮は「伊良湖ちゃん、コックさん達にも連絡入れてね」と言いながら食堂へ戻っていった。残された二人は思わず顔を見合わせる。
「良かったな、空腹の我慢は避けられそうだ」
「やったぁ〜、お握りお握り〜♪」
飛び上がって喜ぶ文月と共に、箒は部屋に戻った。
「あ、お邪魔してまーす」
部屋に戻ると、そんな声が聴こえた。見ると部屋中央の机でお茶を飲みながら待っていたらしい二人の姿が。
「神通と明石か。今日は何の用だ?」
「いえ、単に文月ちゃんの様子が気になっただけですよ。その後はどうですか?」
「あたしぃ?あたしはきょーも元気だよぉ」
先程みたいに腰に手を当てて「えっへん」という仕草。しかし「グゥゥゥゥ〜」というお腹の音も同時に響き、文月は顔を真っ赤にして箒の背中に隠れてしまった。
「あはは…まぁなんとも元気なお腹の音で」
「あまり誂わないでくれよ。そうだ、食堂の間宮という艦娘からお握りを頂いたが二人とも食べるか?」
「間宮さんからですか?是非とも!」
「私も頂きます」
お握りのお皿を机に置き、全員で食前の挨拶をしてから食べ始める。三人が各々お握りを手に取り食べ始めてから、箒もお握りを一つ取り食べる。米の甘味と程良い塩味が口の中に広がる。塩むすびらしく具材はないが、これだけでも充分美味しい。
ふと見るとお握りを食べた各々の反応が微妙に違う。文月は口元を黒く汚しながら笑顔でお握りを頬張っている。恐らく具材は海苔の佃煮あたりだろうか。明石も笑顔でお握りを頬張っているのは同じだが、口元にはマヨネーズが付いている。ツナマヨだろうか。そして神通はというと、「〜〜〜!?」と声にならない叫びを上げながらお握りを食べている。これは具材が梅干しだとすぐにわかった。
「…フッ」
思わず笑みが零れる。
「提督?どうかしましたか?」
「ん?いや、やはり『食育』程に個人の感情をありありと曝け出してくれる物は無いな、と思ってな」
三人は何の事か分からず頭に?マーク。箒はそれを気にする事なく「さ、どんどん食え食え」とお握りを推めていった。
「お腹一杯…ご馳走様ぁ」
「ご馳走様でした」
やがてお皿に盛られたお握りは綺麗さっぱり片付き、後にはお皿が一枚。米粒一つさえ綺麗に無くなった。
「ふぅ…間宮には礼を言わなくてはな。ところで神通、お前も私に用事があったのではないのか?」
すると神通は「いえ」と首を振って答えた。
「用事というより言伝です。龍瀬准将のお仕事があと少しで終わるという事でした。大本営出発は1430になります」
「そうか…今が1330だからあと一時間だな。神通と文月は先に荷物整理を始めておいてくれ。私は間宮に皿を返しに行く」
そう言い箒は皿を持って立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。洗ってないが、部屋には皿を洗える洗剤やスポンジ等が無かったので仕方ない。後ろ姿に「お早めにお戻り下さいね」と神通の声が掛かるので、後手を振って答えておいた。
「で、ご用件は?」
そして食堂に着き間宮に皿を返してさぁ戻ろうと思い食堂を出たら、そこには蛭間と霧島、そして箒が知らない二人の艦娘の姿が。その二人の服装は似ているが微妙に違う。一人は白地に青縁の儀礼軍服に灰色のタイトスカート、そして銀縁眼鏡をかけている。もう一人は同じく白地に青縁の儀礼軍服にプリーツスカートで、軍服の一部にフリルが使用されている。前者がエリートOLを思わせるのに対し、後者は大学生くらいの若者を思わせる。
「わぁ…この人があの娘を育てたんですねぇ」
「蛭間少将、こちらの方が…」
「そうだ、件の篠ノ之少佐だ。彼女を見てどう思う?」
箒の問い掛けに答えず蛭間はその二人と会話中。代わりに霧島が答えを返した。
「失礼しました…こちらのお二人は大本営所属の練習巡洋艦『香取』『鹿島』姉妹です。なんでも今回の件を聴いて是非とも少佐にお会いしたいと言っていたので連れて来ました」
「私や文月には接触するなとお達しがあっただろう?」
「今更かと。現に私達が演習で接触していますし」
霧島の返しに納得した箒は蛭間と話す二人を見た。ふと鹿島と目が合う。鹿島は目が合うや否や箒に向け笑顔を返し、小さく手を振る。次いで香取も箒の目線に気付き挨拶してくる。
「ご紹介に預りました、練習巡洋艦香取、そして妹の鹿島です。貴女の噂はかねがね…」
「あぁ、よろしく。ところで練習巡洋艦とは何だ?聴くあたり演習に関連する艦種とみるが…」
「あら、まだ私達の事はご存知ではないのですね。鹿島、簡単で良いからご説明してあげなさいな」
姉に促され鹿島が「はい!」と元気良く返事して説明を始める。
「練習巡洋艦は分かりやすく言えば、艦隊に編成して演習する事で艦娘の皆さんの練度向上を促進する事が出来るんですよ。演習に特化した分、戦闘はあんまり得意じゃないですけど…でも、だからといって皆さんの足を引っ張るつもりはありませんよ!」
鹿島の説明に「はい、良く出来ました」と褒める香取。鹿島はまだ練習巡洋艦として未熟なのだろうか、と箒が考えていると、
「私達練習巡洋艦は、提督の皆さんのお呼びが掛かれば余程の事情がない限りは何処へでもご指導に向かいますよ。少佐も如何ですか?」
と尋ねられた。
「ふむ…うちは艦娘の練度が軒並み低いからな。二人の指導というのを是非とも受けてみたいものだ」
「あら、断るかと思ったのですが…例の文月ちゃんも貴女が育成したと聴いていますよ?」
「それはつまり私一人で泊地の艦娘全員を育成しろと?だとしたら提督業と合わせて過労死まっしぐらだな」
「香取姉、少佐さんは一応提督さんなんだから…無理難題押し付けちゃ駄目ですよ」
「一応は余計だ、鹿島」
箒に睨まれ「ご、ごめんなさい…」と縮こまる鹿島。香取はそれを見ても相変わらず「ウフフ」と笑っている。
「用件は以上ですか?それなら私はこれで」
「いや、もう一つある」
帰ろうとする箒を蛭間が呼び止めた。
「篠ノ之少佐、最後に一つ質問に答えて欲しい。うちの霧島達と演習をした際、君は『霧島達の砲撃は対策しなくて良い。ほぼ確実に当たらないから』と望月達に言ったそうだな。その根拠を教えてくれないか」
蛭間の質問に箒の足が止まる。次いで霧島も
「私からもお願いします。何故私達戦艦の砲撃を対策しなかったのか…何故対空にのみ重きを置いたのか…」
質問を重ねてくる。振り返って蛭間達を見ると、香取や鹿島も興味津々のようでこちらを見てきている。仕方ないので答える事にした。
「霧島。お前達戦艦四人は、今回の演習で46cm三連装砲を使ったな?」
「はい」
「その砲は普段から使っていたのか?それとも今回の演習にあたり蛭間少将に命じられて装備したのか?」
「いえ、普段から使っている訳ではありません。普段は私や比叡お姉様は主に35.6cm砲を、日向や陸奥は主に41cm砲を使用しています」
「霧島の言う通り、今回46cm砲を彼女達に使用させたのは私の指示だ。砲というのは口径が大きい分威力も段違いになる、私は君との演習を圧倒的火力で捩じ伏せる為に46cm砲を彼女達に装備させた」
蛭間の補足を聴き、箒は「やはりな」と呟く。何の事か分からず蛭間達は頭上に?マーク。すると箒はその真意を話し出した。
「大鳳が演習艦隊全員編成と装備を記した書類を持ってきた際に、私は戦艦の砲撃の対策不要を9割確信していました」
「9割?」
「はい。そして実際に演習場での霧島達の動きを見て、それが10割の確信になりました」
「どういう…」
箒は話を続ける。
「霧島。46cm砲は本来誰が使用する装備だ?」
「本来、ですか?本来なら大本営所属の大和型のお二人が使用するような装備ですね」
「だな。それを考慮して尋ねようーー
ーーいつもより艤装が重くなかったか?」
蛭間や香取達はまだ理解出来ていなかったが、霧島はハッとした表情に。
「いつもより動き辛いな、いつもより取り回しに苦労するな、いつもよりリロードに時間が掛かるな、と思わなかったか?」
「…思いました。確かに少佐の仰る通り、普段なら素早く出来る取り回しやリロードが、あの時はだいぶもたついていました。それに距離を詰める際も、いつもよりスピードが出ないと感じていました」
「だろう?私も演習場でのお前達の動きを見ていたが、そもそもの速度が遅い部類の日向や陸奥はともかく、高速戦艦を謳うお前や比叡までもが速度が遅かった。それで確信したのだ」
ここに来て蛭間、香取、鹿島も真実に気付いた。
「まさか少佐が砲撃を対策しなかった理由というのは…!」
「装備のせいで、霧島さん達が鈍重になっているのを見抜いたから!」
箒は姉妹を指差し「正解」と言って続けた。
「しかも、だ。確かに蛭間少将が仰った通り砲は口径が大きい分威力も段違いに上がる。だがそれは同時に、砲撃時の反動やブレも段違いに上がるという事でもある」
「反動やブレが大きいと、それは命中率にも影響してきます。特にブレは影響が砲撃に顕著に現れる…」
「しかも少佐さんは望月ちゃん達に回避と対空砲火、それに後退だけを命じてた…距離が遠くなればなる程砲撃の命中率は更に下がります」
「それらが組み合わさり、私達の砲撃の命中率が著しく下がっていた…これが真相ですか」
霧島は真相を知りがっくりと項垂れる。全てを見抜かれ、対策され、自分達は演習場の中で箒の思うままに転がされていた。改めてその事実を直視させられ、目に涙を溜める。
蛭間も同様だ。たった数週間という短い期間しか提督業をやっていない素人に良いように盤面を動かされた。結果こそ勝利だが、エリートの蛭間にとっては屈辱以外の何者でもない。
「凄い…!少佐さん、凄いですよ!書類一枚でそこまで見抜くなんて!」
「えぇ、素晴らしい以外の言葉が出てきません…一体少佐は何処でその頭脳と技量を手にしたのか…」
鹿島が箒の手を取りピョンピョン跳ねながら箒を褒め、香取は銀縁眼鏡をクイッと上げて称賛の意を示す。そんな二人を意に介さず、
「ご理解して頂けましたか?では私は今度こそ失礼します」
そう言い箒は香取と鹿島に挨拶してその場を去ろうとした。
「篠ノ之箒!!」
と、響く大声。また振り返ると、蛭間が親の敵を見るが如き目で箒を睨んでいた。まだ何か言いたいのかと箒が呆れていると、
「…確かに私はあの演習で貴様に勝った。だが…あれを私は、私の勝利とは認めない。結果こそ私の勝利だが、中身をひっくり返せば貴様の勝利…私の負けだ」
蛭間のその言葉に箒以外の三人が驚く。蛭間は同期のエリートの中でも特にプライドが高く、敗北というのを認めようとしない性格だった。とにかく勝利に固執し、深海棲艦との戦いであっても味方との演習であっても、容赦せず勝利をもぎ取りに行く蛭間が、初めて負けを認めた。信じられない事である。
三人が驚く中、蛭間は箒を指差して言った。
「…だが次は勝つ!次に貴様と演習をする際は、貴様の艦隊を完膚なきまでに叩き潰してくれる!そして次こそ示してやる…私がーー私こそが、これからの海軍を率いるに相応しいのだという事を!」
高らかに宣言した蛭間。その目はもうあの他人を見下すような下衆な目ではなく、敗北を知り更に高みへ至ろうとする強き者の目だった。
(…もう大丈夫だな)
蛭間の目を見てそう感じた箒は、蛭間に向け恭しく一礼して言った。
「…いずれまた、今度は正真正銘私の率いる艦隊と演習をさせて頂きたく思います」
そう言い箒は踵を返して去っていった。
箒がいなくなると、蛭間は目に溜めた涙を拭う。
「霧島!私達の鎮守府に帰るぞ!今日から和歌山鎮守府は新たなスタートを切るのだ!」
「グスッ…はい!」
霧島も涙を拭い愛用の眼鏡をクイッと上げて応え、蛭間を追い掛けていった。食堂前の廊下には香取・鹿島姉妹が残される。
「…フフ。新しい風が吹きそうだわ。そう思わない、鹿島?」
「はい、香取姉!鹿島も楽しみです!」
会話する姉妹の表情は、いつも以上に晴れやかだった。