元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
あけましておめでとうございます。
ようやく新年一本目が出来ましたので投稿します
「…うゅ?」
文月が目覚めると、辺りは真っ白い空間。見渡しても何もない。ぽや〜と考えを巡らし、『あぁ、夢かなぁ』とすぐ気付く。だって少し前、会議に行くために迎えに来てくれたおじちゃんと合流して帰り始めたとこだったから。多分あたしは車が動き始めてすぐ眠ってしまったのかなぁ。なんて考えながら文月は起き上がる。
「あ、起きたぁ」
そんな声がした。後ろを見ると、文月によく似た見た目の女の子が一人。服装は今の文月と違い改装前の黒セーラーに白のパーカー。ただ艤装は明らかに深海棲艦の特徴たる漆黒の艤装。全身を覆う鎧のような艤装を付けている。
「んぅ?だぁれ?」
「あれぇ…覚えてないのぉ?あの時…あたしを受け入れてくれたでしょ?」
そう言われ文月はうんうん唸って考える。で、
「あ!」
やっと目の前にいるのが、あの単独演習の際に改二の文月と共に現れた女の子であると気付いた。
「わぁぁ!あの時のあたしだぁ!」
「思い出してくれた!わーい!」
二人揃って手を取り合って大喜び。そしてギューッと抱き合い再会の喜びを分かち合った。一通り喜び合った後、
「今日はどぉしたのぉ?」
と何気なく聴いてみる。すると
「えへへ…ありがとうって言いたくて呼んだの」
「ふえ?どうしてありがとう?」
「だって、あたしを受け入れてくれたんだもん!あたしはお礼もちゃんと言えるんだよぉ」
文月は「そっかぁ」と言ってまた抱き合う。お互い笑顔でハグし、幸せな時間が流れる。と、二人の体がゆっくりと透明になり始めた。
「あれぇ、もう時間だぁ」
「時間?もう話せないのぉ?」
文月が聞くとその娘は「ううん」と首を横に振って答えた。
「大丈夫だよぉ、あたしを呼んでくれれば、いつでもお話出来るから!またお話しようね!」
「うん!」
そしてお互いに手を振り合う間に、互いの体は透明になりその空間から消えたーー。
「ーーき…文月?」
聞き覚えのある声に瞼をゆっくり開けると、箒と神通が心配そうに顔を覗き込んできていた。車は何処かで止まっているのか、エンジン音は聴こえない。
「…しれー、かん?おはよぉ」
「おはよう。この三日間お疲れ様、文月。随分とぐっすり眠っていたな」
「会議中色々ありましたし仕方ありません。さ、宿毛湾に到着しましたよ。荷物を降ろして泊地に帰りましょうね」
二人が優しく文月の頭を撫でてあげると、文月は猫みたく気持ち良さそうな表情をして顔を箒の腕に擦り付けてきた。そんな文月に箒は微笑み、「さ、降りよう」と促して軍用車から降ろす。車から出ると少し冷たい風が頬を撫でた。起きるまでに荷物は箒達の手で車から降ろしたようで、近くのベンチに三人の荷物が置かれている。荷物の隣には龍瀬が立ち、煙草を吸いながら文月が起きるのを待っていてくれたようだ。三人に気付くとすぐに煙草を消し近寄ってくる。
「やぁ、よく眠れたようだね。三日間の日程お疲れ様。今日はしっかり休むんだよ」
「はぁい」
「篠ノ之少佐も神通もお疲れ様。初めての大本営だったけどどうだったかな…と聞くのは野暮かな?」
ハッハッハと笑いながら聞いてくる。対して二人共「やれやれ」といった表情を返す。と、ふと箒は気になっていた事を聞いてみる事にした。
「そういえば今回の会議、龍瀬准将は艦娘を連れて来ていませんでしたね。どうしてですか?」
「あぁ、実は会議中の三日間が、僕が担当しているとある作戦の真っ最中だったものでね。作戦に支障をきたす訳にはいかず、秘書艦にその間の運営を任せて僕一人でくる事になったというわけ。作戦の内容は話せないけど、今度の北方海域攻略作戦に関する事、と言っておくかな」
なる程そういう事かと箒は納得し、それ以上は聞かない事にする。
「それにしても良かったのかい、門の所まで送っても良かったんだけど」
「いえ、ここまでで大丈夫です。時間が時間ですし、もう皆就寝する頃でしょうから、あまり騒がしいといけないと思いまして」
時刻は既に2300になろうとしていた。休憩やガソリン補給、更に思わぬ渋滞で行きよりも時間を食ってしまった為に帰りがこの時間になってしまった。
「そっか、それなら仕方ないね。それじゃ僕はこれで」
「ここまでありがとうございました」
「道中お気をつけて」
「ばいばぁい」
龍瀬は三人に挨拶して車に乗り込み、元来た道を引き返していった。彼を見送り、三人は顔を見合わせる。
「さ、帰ろう。神通、文月、忘れ物のないようにな」
三人はそれぞれの荷物を持ち、泊地への道を急ぐ事にした。
歩く事幾ばく。正面口が見えてきた辺りで、
「お帰り。だいぶ時間が掛かったのね」
厚着をした五十鈴が出迎えた。
「渋滞に捕まってな。遅くまでご苦労様、五十鈴」
「良いわよこれくらい。さ、早く部屋に戻って暖まりましょ」
五十鈴に連れられ箒達は執務室へ向かう。屋外や廊下は少し肌寒かったが、執務室に入ると五十鈴が暖房を入れておいたのか暖かった。荷物を乱雑に床に置き、箒はソファにどかっと座り込む。
「ぁ゙〜…疲れた」
「もう、提督ったら変な声出して…だらしないですよ」
「出したくもなるさ…あんな事があったのだから尚更な」
ふと周りを見回すと五十鈴がいない。何処に行ったかと思っていると、
「三人共お疲れ様。提督と神通にはホットコーヒーね。文月はホットミルクよ」
流し場から出てきた五十鈴は自分も含めた四人分のカップを持ってきた。それぞれにカップを渡し、自分もソファに座ってコーヒーを一口。箒達も倣って一口飲む。
「ふぅ…ようやく落ち着ける」
思わず呟きリラックスした表情の箒に対し、五十鈴の表情は鋭かった。その眼光は、何気なくそれが目に入った神通を一瞬だけ怯ませる程に鋭い。文月は相変わらずぽや〜んとした表情。
「さて…約束よ、会議中の事を全部話してちょうだい」
カップを机に置いてそう切り出した。箒もカップを置き「さて、何から話すか…」とブツブツ。すると五十鈴は痺れを切らしたのか、
「三行で説明しなさい。早く」
ドスの効いた声でそう言った。神通がまた一瞬だけ怯み、文月は今まで感じた事のない五十鈴の圧に「ぴっ…!?」と怯えている。今更隠すのも難しいようで、箒は五十鈴を一旦落ち着かせてから話し始めた。
「文月、単独演習で横須賀鎮守府の時雨を撃破。その際文月に深海棲艦化の兆候が見られる。その影響か分からんが文月の練度がどういう訳か250というおかしな数字に到達。以上だ」
きっちり三行で説明した箒。聴いた五十鈴はクソデカいため息を吐いた。
「うん…練度に関してはもう何もツッコまないわ。だって一週間で文月と朧の練度カンストさせた貴女だもの…なってもおかしくないわよ。けど聞き捨てならないのは、文月に深海棲艦化の兆候ってとこ。何があってそうなったの?」
「恐らく時雨との演習中に何か起きたのだろうな。私も神通も他の事をしていて演習を観戦してないから詳しい事は分からん」
「帰り際に元帥に頼んで、今回の文月ちゃんの演習をDVDに焼いてもらってきました。後で確認してみましょう」
「それも良いけど文月本人に聴くのが一番早いんじゃ…あら、文月?」
よく見ると文月はスヤスヤ眠ってしまっていた。ホットミルクの入ったカップは空の状態で机に置かれている。飲んでいる最中に寝落ちしないで良かったが、これ以上文月をここに縛り付けるのもまずい。
「時間が時間ですからね…私が部屋へ運んでいきます」
神通は先程言っていたDVDを荷物から出して机に置いておくと、文月をおんぶして執務室を出て行った。箒は彼女の帰りを待つ事なくDVDを箱から取り出しプレイヤーにセットして再生を始める。
「先に始めちゃって大丈夫なの?」
「途中で戻ってきたなら、そこまでの事は私が説明するから大丈夫だ」
そう言い箒は再生を続ける。最初に映し出されたのは文月と時雨が演習場に入場する場面。そこは飛ばし、演習が始まったところで再開。暫くの間文月が時雨相手に必死に善戦する様子が映し出される。
「こうやって見ると本当に凄いわね…一週間であの横須賀の時雨とほぼ対等に戦えるまでに育ったのよね」
「文月や三日月に限らず睦月型は容姿が幼い娘が多いらしいからな、そこを上手く活用出来れば…と思っていたが、予想以上だな」
話をしながら映像を見る二人。映像は遂に拮抗状態が崩れ、時雨が文月に猛攻を仕掛けるところに。壁際まで追い詰められた文月は主砲と魚雷の連撃を受け、遂に膝を付いてしまった。その凄惨な姿に五十鈴が思わず目を背け、対して箒は齧り付くように映像を見続けている。そして時雨が文月に何かを耳打ちしてその場を去ろうとしたその時、
「…ッ!五十鈴、これだ!」
急に箒が声を上げた。目を背けていた五十鈴が映像に目を向けると、そこには文月の背中から黒と白の翼が生えて空中に浮き上がるという信じられない光景が。そして翼は文月の全身を包み、少しして翼が消えるとそこには改二の姿となった文月が。
「何これ…!?」
「分からん。私にも何が起きたのか…」
箒も動揺してその光景を見ている。映像のその後は言うまでもなく、改二となった文月が時雨を圧倒して倒す、というもの。そしてもう一つ二人が驚かされたのが、文月優勢になってからだが彼女の容姿が段々と深海棲艦のそれへ変化している様子であった。そして時雨が倒された頃になると体の八割程が深海棲艦へと様変わりしており、海面に倒れ伏す時雨を冷たい目で見下ろした後は救護班に運ばれていく彼女を気にする事もなく演習場を出て行った。その時には容姿は元の改二の姿に戻っていた。
映像を止め、二人は顔を見合わせる。
「…説明出来る?」
「無理難題を言うな…私にも分からん。多分神通も同じ反応をするだろうな」
頬杖ついて考え込む箒。あまりにも説明の難しい映像に二人揃って渋い顔。そこへ神通が戻ってきた。
「戻りました、同室の松風ちゃんが偶々起きていたのでお任せしてーーどうかしたのですか?」
神通は渋い顔の二人を見てキョトン。そんな彼女に五十鈴が「これ見れば分かるわよ」と先程の映像を見せた。初めはキョトンとしていた神通も、映像が進むにつれて同じように渋い顔に。
「これは…何と説明すれば良いか。私は勝敗が決した所しか観れていないので実際の映像を観るのは少佐達同様初めてですが…」
「やっぱり神通も無理よねぇ、これの説明。で、これの後からの文月の容態はどうなの?」
「別にいつもと変わりなかった。改二になりこそしたが、あれから深海棲艦の姿には一度もなっていない。大本営の明石にも診てもらったが何も分からず、彼女もお手上げ状態だ」
箒は「だが…」と続ける。
「文月の症状について、元帥に思い当たる節があると言っていた。なんでもまだ元帥が中将として艦隊運営していた頃、当時元帥の下にいた艦娘の一人に同じ症状が出たらしい」
「そうなの?で、その艦娘は?」
「深海棲艦との戦闘中に発症した為、彼女は自身の最期を悟り敵艦隊に特攻…そのまま生死不明、のち轟沈判定を受けました」
「そう…あら?神通、その海戦ってもしかして『トラック諸島』で起きたやつ?」
思い当たる節があるのか五十鈴が尋ねると神通も頷く。すると五十鈴は「やっぱり…じゃあ間違いないわね」とボソリ。
「知っているのか?」
「知っているって言うより、五十鈴も話を聞いただけよ。一年前に艤装限界で退役した五十鈴の姉ーー長良って言うんだけど、長良が元々トラック諸島の鎮守府にいた事があって。その時長良は海域攻略艦隊に編成されて鎮守府を離れてたみたい。で、帰ってきたらそこの提督と空母一人以外全滅してたって…」
話を聴いて箒と神通は顔を見合わせる。五十鈴の情報は確かに定藤が話していた事と一致している。
「その長良という娘と話は…流石に無理か」
「退役した後の事は五十鈴も分からないわ。連絡も取ってないし、何をしてるかはさっぱり」
「そうか…何か手掛かりの一つでも手に入るかと思ったが」
「仕方ありません。地道に見つけるしかないでしょう」
敢え無く振り出しに戻ってしまった。
「で、だ。問題はこれをどう皆に説明するのかという事だ」
「これを皆に見せるつもり?」
「見せなくては説明すら出来んからなぁ…私個人の考えとしては秘密にするべきと思うが」
「どちらにしても話さなくてはなりません。これを理解して貰った上での今後の進退決めですから」
神通の言葉に箒は頭を抱える。会議の後、箒は定藤に呼ばれ今後について話し合っていた。その時、
・箒及び彼女について行く艦娘は、斎藤達横須賀鎮守府による硫黄島攻略作戦が完了、かつ泊地建設が終了し次第硫黄島へ異動(なお箒が自ら育成した艦娘である文月及び朧はこの括りに入れられる)
・箒について行かない艦娘に関しては大本営直属部隊として再着任させる
・他鎮守府へ出向中の艦娘の進退は彼女達の意見及びその鎮守府や泊地の提督の意見を聴いた後判断する
・今回の件は他鎮守府及び他泊地の提督達へ口外しない
・今後の他鎮守府及び他泊地との接触や艦娘達の異動は、元帥である定藤か斎藤達大将を通して行う(定藤や斎藤達が箒に直接接触する場合、その逆の場合はこの限りではない)
という事が決められた。他の提督達が箒達へ何かしらの探りを入れないようにする為の措置だが、どこまで効力があるかは実際にやってみないと分からない。箒達の行動や定藤達の手腕次第だ。
この内容を話すと五十鈴は何とも言えない表情に。
「…分かってはいたけど、だいぶ行動が制限されるわね」
「あぁ。ただその分私達の要望は叶えられる範囲で叶えるという事だし、運営に関しても今までと同じで問題ないとの事だ」
箒の艦隊運営に関してはたとえ何処へ行こうとも変わる事はない。自分が試してみたい事は積極的に試し、尚且つ艦娘達と友好的に。そして戦果は十二分に挙げる。それを基盤にしており、艦娘達もそれに納得してついてきてくれている。
だからこそある程度の制限こそあれど、他の鎮守府及び泊地のようにまともに運営が出来るのは箒にとってありがたかった。だがそれよりも先に、まずは泊地の艦娘達に事の仔細を説明しなくては。
「…取り敢えず明日ね。明日これを全部説明して皆の反応を見る…ってところかしら」
「あぁ。だが納得する娘がどれだけいるやら…」
「無理に納得させなくてもいいわよ。一応大本営直属って逃げ道もあるんだから」
「…そうだな」
もう夜も遅いという事で話はそこで切り上げられ、五十鈴と神通はそれぞれの部屋へ戻っていった。一人だけになった執務室で箒はふぅとため息一つ。すると徐ろに立ち上がり執務机に近寄ると、置いてあった円柱ペン立てを引っくり返した。沢山のペンや万年筆に混じって、丸っこい物がコロリ。それを拾い上げ、
「…誰かは知らんが、私の事をこれ以上探るのなら…命を捨てる覚悟をしておけ」
そう呟きそれを親指と人差し指で潰した。粉々になったそれをゴミ箱へ捨てペン立てを元に戻すと、荷物の片付けを始めた。
「あー…大将、やられました」
「やはり気づかれましたか。まぁ彼女なら当然だね」
時を同じくして、ここは呉鎮守府。箒達と別れ足早に鎮守府に戻った瀬尾は、念のためもう一度盗聴器の設置を試みた。しかし結果はこの通り、速攻で見抜かれ破壊されてしまった。
「一度全部破壊したからまた仕掛ける事は無いだろうと思ってくれてたら良かったんだけどねぇ、ハッハッハ」
「笑い事じゃないですよ大将…これじゃ我々諜報班の面目丸潰れですよ」
ハッハッハと呑気に笑う瀬尾に、諜報班長の仁科薫(にしなかおる)がヘッドホンを外しながらボヤく。アプリ制作会社出身という異色の経歴を持つ彼女、実はその裏で盗聴マニアという変わり過ぎた趣味を持つが故に、その趣味を瀬尾に見出され鎮守府職員へ転職した。現在彼女は数十人程度の諜報班を統率する班長として瀬尾を支えている。
「まぁまぁ仁科、これも良い刺激になっただろう。我々の諜報力もまだまだレベルアップ出来るんだ、それを知れただけでも収穫さ」
「他の人が聴いたら今回の失敗をメッチャ誤魔化してるように聞こえる不思議…」
「仁科っち、それは言いっこなしだよ〜」
仁科の隣に座り同じようにヘッドホンを付けていた北上がケラケラ笑って諭す。そして彼女の後ろには姉妹艦の『大井』が「まったく…」といった表情で瀬尾達を見ている。
「それで提督?彼女をどうするつもりですか?まさか放っておくつもりは無いですよね?」
「そんな事はしないよ、大井。既に斎藤や中川、薙と相談して今後は決めてる。浦風」
扉へ声を掛けると、扉の近くの壁に寄り掛かっていた浦風がテコテコ寄ってきた。
「うちの出番じゃね」
「近い内に浦風を篠ノ之少佐の所へ戻す。今後の諜報は浦風に頼む事にしたよ。勿論斎藤達の所からも同じ任務を受けた艦娘達が合流するから、彼女達と協力してね」
「任しとき!」
胸を叩いてふんぞり返る浦風に「油断しちゃ駄目よ?」と声を掛ける大井はやや心配そうだ。
元々浦風がいた宿毛湾泊地は、箒が来る三ヶ月前に前々任の提督が経費の横領や虚偽報告、高速建造剤や修復剤の闇取引が発覚して更迭され、新しい提督が着任するまでの間亜道が仮着任していた。この亜道という男は提督達の中では評判が悪く、とにかく何の考えも無しに艦娘達を運用し轟沈させ続けてきたらしい。そのせいで着任から僅か数ヶ月で提督の座を追われ大本営で飼い殺し状態にされていた。
前々任の更迭により人員不足の影響もあって已む無く宿毛湾泊地に仮着任されたが変わらず評判は悪く、今回箒が着任した事で亜道は瀬尾の管理下に置かれる事に。本人は栄転だ何だと喜んでいたが、実際はただの厄介払いな事に気付くのはそう遅くなかった。
現在こそ窓際業務で大人しくしているものの、また次に何をしでかすか分かったものではなく、監視を付けて動向を見張らせている状況。
(あいつが消えて宿毛湾も良くなるかと思ってたら、まさかの今回の出来事なのよね…)
今回箒が育てた艦娘に深海棲艦化の兆候が現れた事で、宿毛湾泊地にいる艦娘達は他の提督達から軒並み危険視され始めた。当然出向中の身である浦風も例外ではなく、職員達からは心配の声が上がっている。そんな大変な時に今回の諜報任務。浦風からすれば気持ちは複雑だろう。
「大丈夫ですよ、大井」
そんな彼女の心情を察してか、瀬尾が声を掛ける。
「篠ノ之少佐は艦娘の事を大事にする娘です。たとえどんな罵詈雑言が降り掛かろうと彼女は艦娘達を決して見捨てはしない。何なら自らが盾となって艦娘達を守ろうとする…そういう娘です」
「それが上っ面だけでなければ良いんですがね」
「なに、貴女もいずれ分かりますよ。彼女がどんな人物なのかが」
気さくに笑う瀬尾に対して大井はまだ半信半疑の様子。まぁ北上と違いまだ箒と会った事も見た事もないのだから仕方ない。
「気になるのなら大井、近い内に彼女に演習でも挑みますか?それなら彼女の人となりが分かるでしょう」
「良いですけど…北上さんとセットでお願いしますよ?」
「えぇ、勿論」
「も〜、大井っちは心配性だな~。ま、気持ちは分からないでもないけどさ」
北上がケラケラ笑って言うが、こういう彼女もまだ箒に対して半信半疑気味である事は瀬尾も気づいていた。がしかし口には出さない。と、何処からか通知音が鳴る。
「おっと、私だ。では引き続き頼んだよ、仁科」
そう言い瀬尾は足早に部屋を出ていく。そして届いたメールを開いて確認すると、送り主は大湊警備府から。内容は『警備府に出向している宿毛湾泊地の艦娘について』。中身を読むと、どうやら宿毛湾に戻すかこのまま大湊で運用するか決めかねており、瀬尾の意見を聴きたいとの事だった。取り敢えず適当に自分の意見を打って返信しスマホをポケットにしまい一息つく…
「…貴様がここのトップか」
濃密な殺気と共に背後から聴こえてきた声。思わず瀬尾はホルスターの拳銃を抜き背後へ構える。が、誰もいない。空耳かと辺りを見回していると、
「探したとて無駄だ…貴様如きに私は見つけられない。命が惜しければ抵抗しない事だ」
再び声が響く。瀬尾はまた拳銃を自身の背後へ構え…そして気づいた。抜いた拳銃がいつの間にか持ち手部分を残して綺麗にスライスされている事に。スライスされた拳銃がカランカランと音を立てて床に落ちる。
「銃が…!」
「抵抗するなと言った筈だが?貴様の耳は飾り物とでも言いたいのか?」
その声と同時に全身に刃物の如き殺気が刺さる。瀬尾の全身から冷や汗が吹き出す。顔は蒼白し、呼吸が荒くなる。体の震えが止まらず、その場から一歩たりとも動けない。声の主はそんな瀬尾を気にする素振りもなく言葉を続ける。
「まぁ抵抗したとてどうにかなる程の腕前もなし。王妃様どころか、私の足元にも及ばぬ。所詮は人間、何か誰かの助け無くば何も出来ぬ輩ばかりよ」
「…王妃様というのは、誰の事かな?」
冷や汗を流し唇を震わせながら聴く。
「分かっていてなお聴くのか?おかしな輩よ…まぁ良い。今の私は貴様等の悪足掻きのせいで機嫌が悪い…が、王妃様の命とあらば貴様等を滅す事も出来ぬ。良かったな、儚き命が繋がって。王妃様の恩情に感謝するが良いぞ」
「恩情だって?…冗談キツイな」
「けして冗談ではない。何なら私より王妃様の方が余程お怒りだ。この世から貴様等を消してしまいたい程にな。だがしかし貴様のような弱者に王妃様は価値を見出しておる。故に貴様に手を出さぬ。私にはその意味が分からぬがな」
声の主は続ける。
「さて、私がここに来た理由はもう理解しているだろう…これ以上王妃様の周りを嗅ぎ回るな。もし懲りずに同じ蛮行をするのなら…貴様だけではない、貴様の部下達や家族にも危害が行くと思え」
その声を最後に気配は消えた。圧迫されたような空気は消え去り、元の静かな廊下になる。蒼白した表情のまま瀬尾は壁に凭れ掛かり、乾いた笑いをこぼす。
「『知らぬが仏』とはよく言ったものだけど…まさにこれだね。全く…元帥は本当に恐ろしい人を引き入れたようだ」
弱々しく声を絞り出す。この日、瀬尾は仁科達諜報班に箒の諜報行為を止めるよう改めて厳命した。