元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
談話室は静寂に包まれていた。
無理もないだろう、あの映像を観てしまった後では何か言葉を発するのも難しい。いつもは酒を飲んで「ヒャッハー!」と叫んでる隼鷹も、つまらない事でよく五十鈴と口喧嘩している阿武隈も、文月の事を語らせると延々と止まらない松風も。誰もが口を閉ざし、呆然とした顔で何も映っていないスクリーンに目を向けている。
「…これがあの日、文月の身に起きた出来事の全てだ」
プレーヤーを片付けた箒が口を開く。それに対して口を開く者は誰も居ない。ただただ静寂が場を支配する。
「で、だ。今回の件を大本営は重く受け止め、周辺住民の安全を優先する為、この宿毛湾泊地の人員を一新する事が決定した」
「一新…って具体的には?」
「簡単に言えば…私達全員纏めて異動だ。異動先は二つ。一つは大本営直属部隊への編入、もう一つは…私と共にとある新設泊地への異動だ」
俄にザワつく艦娘達。大本営直属部隊への編入ーーそれは艦娘達にとって一番の名誉。横須賀、舞鶴、呉、佐世保。四つの鎮守府を凌ぐ実力を持ち合わせた艦娘が集う名実共に最強の部隊への配属は、艦娘ならば誰もが目指す目標だ。
しかし今回は事情が違う。文月の深海棲艦化ーーそれは海軍どころか臣民にも悪影響を及ぼす事象であり、そしてその元凶と言える娘がすぐ近くにいるーーそれを踏まえてこの異動辞令が示すのは、即ち海軍の監視化に置かれるという事。勿論今までもそうなのだが、今までよりも一層厳格な監視が付くだろう。
「つまり提督…あたし達にどっちか選べって言いたいの?」
「あぁ。まぁすぐにとは言わん、泊地建設予定の場所を深海棲艦から解放し、その後諸々の手続きをするのに少々時間を要するらしいからな、取り敢えず三週間の猶予を貰った」
「三週間で本部行くか提督についてくか決めろって事ね。じゃああたしはもう決めた。提督についてくよ」
隼鷹があっさりと箒に付いて行く事を決めてしまったので、他の艦娘達は驚いた表情で彼女を見る。
「酒か?」
しかし彼女の真意を既に箒は見透かしていた。
「あ、バレた?」
「お前の脳内は基本酒盛り一色だからな、何となく予想はつく。さしずめ私と離れると大っぴらに酒盛りが出来なくなるからだろう、違うか?」
「あはは〜、やっぱお見通しか〜。だって提督さ、あんな旨い酒の味知ったら我慢なんて出来る訳無いでしょ?」
もう酔っ払ってるんじゃないかと思う程のテンションでケラケラ笑いながら話す隼鷹。彼女の性格をよく知る者達は頭を抱えてため息一つ。
「酒に釣られたか…ま、それも良いだろうな。お前にはここの事を色々話して貰った恩もある…酒の力でだがな」
宿毛湾泊地の提督に就任した後、箒は龍田や隼鷹といった泊地の内情をよく知る者を呼んで話を聴き今後の運営方法を決めていた。その内隼鷹を呼んだ際は、初顔合わせの際に酒を飲んでいた事もあって箒が保管しているビールや日本酒等々の酒を放出する事で隼鷹の機嫌を取り、色々内情を放出させたのである。お陰でそれに味を占めて彼女がちょくちょく酒をたかりに執務室に顔を出すようになったのは別の話。ちなみにここの隼鷹の酒の好みは種類に限らず辛口系。
「隼鷹、あんたって奴は…」
「硬い事言うなよ五十鈴ぅ。少なくとも、提督は信頼に足る人さね、あたしが言うんだから間違いはないよ」
「あんたの言葉は酒のせいで一言一句が説得力に欠けるのよ…酒浸りにならないで普段から真面目にしてれば良いのに…」
「今更何言ってんのさ、酒が入ってようがなかろうが、あたしゃいつでも大真面目さぁ」
「阿武隈ぁ、呼気検査するから機械持ってきてくれない?」
「信用されてないの!?」
「はーい」
「律儀に取りに行くなよぉ!?」
何やらコントが始まってしまったが、取り敢えず隼鷹は確定。
「あ、あの…」
と、怖ず怖ずと手を上げて聴いてくる別の艦娘が。改二になる前の文月と同じ制服を着た黒髪ロングの艦娘『三日月』だ。
「その…文月姉さんは今、どうなんでしょうか?またさっきみたいに体が…」
「文月は今医務室に寝かせている。体は元に戻っているから取り敢えずは心配ないだろうが…今後も経過観察だな」
「そう、ですか…」
三日月の表情は晴れない。大事な姉妹が敵である深海棲艦に変貌しようとしている事実を聴いて良い気分になる者はまずいないだろう…余程嫌われてたりしなければの話になるが。
「文月姉さんは、元に戻るのでしょうか…深海棲艦になるのではなく、本来の艦娘に戻るのは可能なのでしょうか…?」
「…分からん。私個人としては文月を元に戻したいが、その方法が分からん。海軍としても今回の件は前代未聞らしく対応に苦慮していてな、今回の異動は苦肉の策だ」
「厄介払い…なんでしょうか、私達は…」
「…ではないと私も信じたいがな。状況が状況だからはっきりとは言えん、それにもしかしたら…今回の件は私に原因があるとも取れるからな」
ボソリと零れた箒の言葉に全員の目が釘付けになる。
「どういう事でしょうか…?」
「思い出せ神通。文月の育成を担当したのは私だろう?その時はまだ文月の練度は30くらいだったのを、最低限戦えるまでにしようと一週間という短い期間でかなり詰め込んだ育成をした。その結果が練度99。不正やら何やら疑われても文句は言えないぞ」
「確かにそうですが、提督のせいと決め付けるのは時期尚早では…まだ提督の育成と今回の深海棲艦化が関連があるのかすら分かっていないのに」
「事情を知る元帥閣下達やお前達からすればそうだろうが…それ以外の者達からすればそうとしか思えんのだ。あまりに突拍子で、どう考えても有り得ない事象。それに対して根も葉も…まして茎すらない噂が立つのは至極当然の事。新参提督の私が渦中にいるなら尚更な」
「そうかもしれませんが…でも」
「でもも鴨も紐もない。今ここにあるのは、『文月に深海棲艦化の危険性が出た』という結果だけだ。私達が今すべきは…その結果を踏まえて、これからどんな決断をするかだ」
まだ何か言いたげな神通だったが、箒の並々ならぬ覚悟を感じてかもうそれ以上は言わなかった。そして箒は皆に向き直るとまた話し始めた。
「あぁそうだ。どちらか選べ、とさっき言った手前申し訳ないのだが…朧。すまんがお前は私と共に新天地行きが確定だ」
「え゙っ…なんでですか!?」
「さっきも話したが、文月の育成をしたのは私だ。そして朧…お前も文月と共に私の育成を受けた。後は分かるな?」
これも定藤達と話し合って決めた事だ。
文月は箒直々に育成されて練度99に到達し、その上で深海棲艦化の疑いがある。定藤と四大将以外の将官達の間では箒の育成が原因で文月が深海棲艦化したのではないかという噂・憶測も飛び交っており、二人を危険視する声もかなり挙がっている。朧もまた文月と共に箒の育成を受けていたのでそれらを考慮して今回の決定が成されたという訳だ。
「取り敢えず現状新天地行きが確定したのは、私と文月、神通、隼鷹、朧、五十鈴。それ以外の面々は三週間以内でじっくり考えて今後の身の振り方を決めて欲しい。勿論私は無理強いはしないし、最終的にはお前達一人一人の意志を尊重するつもりだ」
「何だよ、五十鈴も付いて来るのかよ」
「あら、悪い?提督やあんたが何しでかすか心配なのよ、こっちは」
バチバチ火花を散らして睨み合う二人を諫め、箒はコホンと咳払い。
「まぁそういう事で、色々騒ぎはあったが私からの連絡事項は以上だ。それでは時間が無いから今日の任務について簡潔に説明するぞ、猶予を貰ったとはいえ任務は休めないからな」
そう言い無理矢理話を終わらせいつもの仕事の話に変える。役割を振り分けて指示を出し、艦娘達はワラワラと談話室を出ていく。任務に向かう彼女達を見送り箒はため息一つ。
「お疲れ様、お茶でも飲む?」
「頼む。言うべき事は全て話した、後は皆の判断次第だが…」
いつの間に用意したのか五十鈴が差し出してきたお茶を啜り、徐ろに箒は外を見た。箒の不安を表現しているかのように、今日の天気は曇天。後々雷雨でも来そうな空模様だ。
「…嵐が来るか、それとも…」
お茶を啜りながら窓辺に近付き空を見上げる箒。曇天のせいか外は薄暗く、草木もいつもより派手に揺れている。恐らく外は風がかなり強いのだろう。
「一雨来れば、視界不良は避けられんだろうな…五十鈴、哨戒班にいつも以上に索敵を行うよう通達しといてくれ」
「了解。そのまま五十鈴は執務室に行くから、貴女も早く来るようにね」
「あぁ、分かった」
談話室を飛び出す五十鈴を後眼に見送り、再び箒は外に目を向けつつお茶を啜る。と、箒の影が一瞬揺らいだかと思うと、そこには片膝を付いて頭を垂れるエファジェがいた。
「エファジェか。文月の様子は?」
「変わりありません。まだ目覚めていませんが、少なくとも精神は安定しています。再びの暴走の危険は無いでしょう」
報告を聴き安堵する。文月の身体にいる存在は、取り敢えずこちらの話が分かるようだし、抵抗無く話し合いに応じてくれそうだ。また夜にでも様子を見に行く事にしよう。
「しかし、何と申せば良いか…あの少女は似ていますね」
「似ている?文月が誰に?」
「我が君ーー神王様です。あのお方は、その身体に光と闇を宿しておいでです。人間の『善意』という光と、人間の『悪意』という闇を…それも、常人ならば発狂し精神を目茶苦茶に破壊する程に濃密な、光と闇を。あの少女もまた、艦娘という善と深海棲艦という悪の二面を持っています」
「なるほど、一理あるな」
顎に手を当て考え込む。
篠ノ之(旧姓雷)牙也ーーそれはヘルヘイムの森に現れた『黄金の果実』と呼ばれる木の実を核とし、それを限りなく人間に近い形に練り上げた存在である。人間と同じように成長し、世界を知り、己の思うままに生き、なれどその命は尽きる事はない。そんな存在である。
ただその成長初期、牙也は生まれ落ちた世界の影響を受けた。箒の姉が作り上げた『モノ』の影響により女性が社会的に立場が上となったその世界で、牙也は濃密な悪意をその身に受け続けた。後に箒達との出会いにより多少なりとも善意を知る事が出来たとはいえ、長年蓄積した悪意の結晶がその程度でどうにかなる訳でもなく、溜め込んだ悪意は今なお牙也本人を苦しめ続けている。
その一方で、牙也達はその悪意と共存する為の手段も手に入れた。牙也本人とその他の人々との『絆』を形にしたそれは、溜め込んだ悪意を善意に置き換え更にその善意を活動エネルギーへと変換、爆発的なパワーを生み出す。これの存在により不安定だった牙也の体は常に安定するようになり、更に邪悪なるモノを容易く討滅する『鍵』となったのだ。
「今の神王様は、善意と悪意が限りなくバランスよく共存しております。あの少女も然り…どういう理屈かは分かりませぬが、善意と悪意が限りなくバランスよく共存しておりますね」
「あぁ。今の文月は極めて特異な存在だ…艦娘と深海棲艦という、普通は相容れないモノ同士が一つの体で共存している。これを特異と呼ばずして何と呼ぶか」
「人間らしく呼ぶのであれば『怪物』『化け物』という表現が正しいのでしょうが…唐突に産まれし特異に興味を持つのが人間ですが、同時にそれを忌避し嫌悪するのもまた人間。人間とは摩訶不思議な生物ですね」
「元人間の私の前でそれを言うか?」
思わず溢れた箒の言で自身の失言に気づき「も、申し訳ございません!」と慌てて謝罪するエファジェ。とはいえ箒本人は既に人間を卒業している身ゆえそこまで気にしている風でもない。空気を穏やかにする為にやった悪戯のようなものだ。
「まぁ良い。とにかくエファジェ、お前は引き続き各鎮守府及び泊地の監視と牙也達との連絡の安定化を頼む。艦娘の問題は余程の事が無ければ私の方で対処する」
「はっ」
エファジェは再び箒の影に潜って消えた。箒も談話室を出て鍵を掛け、閉まったのを確認してから執務室へと歩き出す。その道中、箒は窓の外を見つめながらぼんやり考え事をしていた。
(…今までにも同じように艦娘が存在する世界に降り立った事はあったが、今回の文月の件は初めての事だ。艦娘と深海棲艦が一つの体で共存するなどと…私の育成の影響なのか、それともそれ以外の要因なのか…)
尽きぬ疑問を脳内に並べながら執務室へ歩を進める。と、制服の左袖がくいっと引っ張られる感覚が。横目に見ると、
「なんだ松風か。どうかしたのか?」
松風は心配そうな表情で見てきている。いつもの美少年らしい凛とした態度は鳴りを潜め、少女然とした少々の可愛さを秘めたような表情。
「えっと、その…ふみちゃんの事で…」
「文月の?…あぁ、今日の夜の事か」
「うん。それなんだけど…僕も行って良いかな?」
松風に聞かれ箒は考え込む。エファジェの報告では現状文月に深海棲艦化の予兆等は無い。ただ『無い』だけで完全に無くなった訳では無いからまだ危険性はある。だから他の艦娘達を危険に晒さぬよう出来る限り箒一人で話し合いをしたい。箒ならばたとえ文月に万一の事があっても対応出来るし、何ならエファジェも控えているから事態が深刻化する事はないだろう。
が、松風が入ってくるとなると話は変わってくる。いくら友達とはいえど、危険な状況の文月に安易に松風や他の艦娘達を近付かせる訳にはいかない。それで彼女達に何かあればたまったもんじゃない。しかし松風の気持ちを無下にする訳にもいかない…暫し思考を巡らせた後、
「…何か文月に異常があれば即刻面会を中止する。面会中は松風は出来るだけ会話には加わらない。文月の『中』にいる奴は、あくまで私との会話を望んでいるからな…それを守れるなら、同行を許可しよう」
「ふみちゃんとお話したいしそれくらいなら…でも『中』って何?」
「またその時に話すさ。ところで松風、私はこれから執務室に籠って書類整理だが…お前はこれからどうする?」
「僕は今日は非番だし、部屋でゆっくりしようかなって思ってたけど…司令官の手伝いでもしようかな。良いよね?」
箒は「構わんぞ」と承諾し、松風を連れて執務室へ。執務室に入ると既に五十鈴が大量の書類を前ににらめっこしていた。五十鈴が座る秘書艦用の机と箒が座る司令官用の机には山盛りの書類が鎮座。しかし慣れているのか五十鈴がそれらの書類に手を付けていくだけで書類の量ははみるみる減っていく。
「あら、待ってたわよ…って松風もいるのね。書類整理手伝ってくれるのかしら?」
「出来る範囲でだけどね。早く終わらせよう」
言うが早いか松風は秘書艦の机の書類をいくらか持つとソファの前に置かれた机にドカッと乗せ、一番上から順に手を付けていく。五十鈴には及ばずながら、その書類は時間を追う毎にみるみる減っていき、一時間と経たない内に終わってしまった。
ちなみに五十鈴は前提督の亜道の時からずっと書類整理を担当してきた事もあり、これらの書類にだいたい三〜四十分くらい。箒はまだ慣れてないので同じ量を一時間弱といったところで終える。
「これで最後の書類だな…よし、終わった」
最後の書類を対応済の書類束に重ね、箒は体を伸ばして一息つく。チラッと時計を見るともう1100になろうとしていた。そろそろ昼食の準備に入らなくてはならない。
「お疲れ様。お昼は何を作るの?」
「ふむ、粕汁でも作るかな…外は予想通り雨のようだしな、体を暖める料理が良いと見た」
かねてから予想していた通り、書類整理の間に雨が降り始めていた。哨戒班はかなり雨に濡れて帰ってくる事だろうから、体が暖まる料理を用意すべきだろう。
「粕汁?」
「日本酒を作る過程でできた酒粕を溶かし込んだ汁物だ。こんな冷える日にはうってつけだぞ、美容にも良い」
「へー、そんな料理もあるんだ。楽しみだね」
「それ隼鷹に出して大丈夫なの?お酒の類が入ってるのよね、あいつこの後任務あるんだけど?」
「アルコール分は普通の酒よりは少ないから飲み過ぎなければ大丈夫だ。ヤバそうならお子様用のかき玉汁に取り替えるさ」
高笑いしながら話していると、不意に通信機がけたたましい音を立てて鳴り始めた。会話を中断し箒が対応する。
「こちら宿毛湾泊地」
『提督聴こえますか!?哨戒班旗艦神通です!』
通信機から聴こえた神通の声はかなり焦りを含んでいた。
「どうした神通?援軍が必要にでもなったか?」
『は、はい!至急援軍をお願い致します!深海棲艦が大挙して泊地へ向かっています!』
神通の報告に執務室がピリ付く。
「…敵の大体の戦力は分かるか?」
『火力の高いル級や制空の高いヲ級が主戦力のようです!数体私が仕留めましたが、既に海風が大破のち意識不明、朧が中破!このままでは保ちません!』
「分かった、すぐに援軍を向かわせる。敵と付かず離れずの距離を保ちつつ後方へ下がれ。瑞鳳は撤退ルートの索敵を。それからーー」
『あ、ちょっと待ちなさい!』
神通が誰かを止める声が響く。何事かと三人が通信機の前に集まった。
「どうした、何があった!?」
『それが、朧ちゃんが静止も聴かずに駆け出して…!もしかして囮になるつもりでは…!』
「なっ…五十鈴、今動ける者は誰がいる!?」
「五十鈴と松風しかいないわよ!他は皆遠征に行ったから、今から戻っても間に合わない!」
「ちっ、近々移籍するから建造はしない予定だったが…仕方ない、私が出る!五十鈴、高速建造剤を使って重巡が出やすいレシピを三つくらい大至急試してくれ!松風は艤装を準備して出撃準備を!」
「分かったわ!」
「了解!」
「神通、お前一人でどのくらい保つ!?」
『良くて数刻と言ったところですが…それよりも朧ちゃんを止めに行かなくては』
「分かった、急ぎ向かう!海風を瑞鳳に任せて下がらせろ!朧を捕まえ次第お前も下がれ!」
報告を聴いた箒の判断は早かった。二人に指示を出し、机に立て掛けていた愛用の打刀と小型通信機を持って執務室を飛び出す。通信機は神通達との連絡の為だ。
建物内を駆け抜け埠頭に出ると、ちょうど松風が艤装を背負って合流してきた。
「えらく早かったな」
「妖精さん達が事前に準備してくれてたみたいなんだよ、ありがたいね。建造もすぐに取り掛かってくれて、そろそろ出てくるんじゃないかな」
軽く話をしていると、工廠から五十鈴が艤装を背負って駆けてきた。後ろには建造で顕現したであろう艦娘が三人。背丈から見るに、どうやら運良く一人重巡が顕現したようだ。
「大急ぎで建造してきたわ!はい三人とも、簡潔に自己紹介して!」
「はじめまして。利根型重巡二番艦『筑摩』と申します」
「駆逐艦『若葉』だ」
「駆逐艦『島風』です!スピードなら誰にも負けません!疾き事島風の如し、です!」
三人それぞれ個性的な自己紹介を手早く済ませ、揃って敬礼。箒もそれに敬礼を返す。
「私がここの提督の篠ノ之箒だ。ようこそ宿毛湾泊地へ…と言いたいが、今はそんな暇もない。急がねばならんから状況を簡潔に説明するぞ」
そう前置きして箒は現状を説明した。
「なるほど…それで私達の力が必要になったと」
「そうなんだ…着任早々に本当にすまない。だがここで全滅しては元も子もない、力を貸して欲しい」
「はい、お任せ下さい。艦隊に勝利を齎しましょう」
筑摩が美しい敬礼で応える。何も言わないが若葉も倣って敬礼した。ふと見ると島風がいない…
「てーとくおっそーい!皆早く行こ!」
いつの間にか島風は艤装を展開して海面に立っていた。早く戦場で活躍したくてウズウズしていたのだろう。島風の艤装で特徴的な三体の『連装砲ちゃん』も皆を急かすように飛び跳ねてアピール。
「駄目ですよ島風ちゃん、ちゃんと提督に敬礼しなくちゃ」
「やー!島風は早く行きたいの!」
「分かった分かった…実際島風の言う通りだからな、長々談話するのもまずい」
箒も「しかしズボンだと動き辛いな…」とぶつくさ言いながら海面に降り立つ。
「おうっ!?てーとくが島風達みたいに立ってる!すっごーい!」
「え?どうして…え?」
「考えちゃ駄目よ。うちの提督はかーなーり、常識が欠落してるんだから」
呆然とする筑摩の肩を叩きながら言う五十鈴。若葉はというと、興味無さそうにその様子を見つめていた。
「島風、お前は最高速どれくらいだ?」
「41ノット!改装したら42だよ!私が一番速いんだから!」
「ほう、かなり速いな…よし、私と島風が先行して神通達と合流、海風と瑞鳳を回収し下がる。五十鈴達が追い付いた後二人を連れて五十鈴と若葉は一旦泊地へ撤退。筑摩と松風はそのまま進軍という流れで行く」
「二人だけで大丈夫?」
「私の実力を知らん訳ではないだろう。心配するな、もしもの時の策は考えてある」
「なら良いわ。とにかく出撃よ!」
「あぁ。篠ノ之緊急艦隊、抜錨!」
掛け声と共に箒と島風が駆け出し、全速力で突き進む。他の四人も先行する二人が視認出来る距離を保ちつつ進軍。
雨が降り頻るその道すがら、
「ねーねーてーとく、てーとくって私達みたいに艦娘だったの?」
「ん?や、違う。これは他の皆には話してないんだが、私はかなり特異な体質らしくてな。常人以上のパワーがあるし、思考能力も高い。それこそ今みたいに海面を走れたりする…と、まだ未知な事が多いんだ」
「ふーん…じゃあてーとくも強いんだ」
海面を走るように航行しながら話す二人。と、頭上から聞き慣れたエンジン音がした。見れば頭上を飛ぶのは偵察機『彩雲』。そして正面に目を向けると、大破した海風と彼女を肩に担いだ瑞鳳の姿が。
「てーとく!助けに来てくれたの!?」
「あぁ、二人とも無事で良かった」
「瑞鳳は被弾してないですから。それより隣の娘は?」
「急報を聴いて大至急建造した娘だ」
「島風です!」
しばっ!なんて擬音が聴こえてきそうな勢いで飛び出し挨拶する。
「あと駆逐と重巡を一人ずつ建造した。今五十鈴達と一緒にいる」
「連れて来てないの?」
「足の速い私と島風が先行しただけだ。このまま退けば五十鈴達と合流出来る、海風を五十鈴に預けたらその重巡と松風連れてトンボ帰りして来い」
「てーとく達だけで大丈夫?」
「心配いらん、それより早く海風を避難させるんだ。ここはまだ危険だ、早く行け」
「は、はい!」
瑞鳳は急ぎ下がって行く。それを横目に見送り、箒は小型通信機を取り出して神通へ繋いだ。
「神通、聴こえるか。こちら箒、瑞鳳と海風を回収した、これよりそちらに合流する」
しかし反応がない。数十秒待ったが反応なし。
「神通どうした、応答しろ」
それでも反応はない。通信自体はキチンと出来ているので通信機の故障は考えにくい。となると神通本人に何かあったと考えた方が良さそうだ。
「島風、哨戒班の残り二人に何かあったようだ。急ぎ合流するぞ、付いて来い」
「りょーかいですっ!島風、行きまーす!」
二人が急ぎ神通達の下へと走る。
神通は元定藤配下の部隊出身という事もあり、宿毛湾泊地の艦娘の中でも飛び抜けた実力の持ち主だ。その神通がてこずる相手が出てきたのか…それともそれ以外の何か不都合な事が起きたのか…事実はまだ解らないが、少なくとも神通達のいる場所で何かが起きている。一刻も早く合流し事の対処にあたらなければ…そんな事を考えながら走っていると、
「てーとく、前方に黒煙見ゆ!」
島風が指差した方向に確かに黒煙が上がっている。煙はかなり大きく、太い。それが何本も上がっている。
「かなり激戦になったようだな…ん?」
近付いてよく見てみると、黒煙が上がっていたのは全て深海棲艦の残骸。それも数ヶ所に山と積まれ、中には二人を見下ろす程に高く積まれたものもあった。そして一番高く積まれた残骸には主戦力と思しき空母ヲ級や戦艦ル級といった深海棲艦が。そしてその残骸の山の前に立つ神通の姿も見つけた。目の前の残骸の山を呆然と見上げている。近付いて声を掛けてみるが、神通は瞬き一つせずただ呆然と残骸の山を見上げるばかり。
「アァン?なんだ、こいつのお仲間か?」
不意に誰とも解らぬ声が響いた。身構えて辺りを見回すが姿はない。もしや…と残骸を見上げると、残骸のてっぺんに足を組んで鎮座する者が。何処か見覚えのある艤装を背負い、右手に破損した主砲を、左手にヲ級が普段持っているステッキを握り締めている。それは深海棲艦の血らしきものが多量にこびり付き、担いでいるせいかポタポタと制服に垂れて汚している。しかも雨が降り続いている影響もあってその染みは大きくなり、白い制服を紅く染め上げていく。
「てーとく何なのあの娘!?怖い、怖いよぉ!」
ビビった島風は半泣きで箒の背中に隠れてしまった。箒は島風を落ち着かせつつ残骸に鎮座する者を睨む。神通もまた警戒を強めて睨み付ける。しかしその表情には幾分か動揺も垣間見える。
「朧ーーいや、ガワだけだな…お前は誰だ!?」
残骸に鎮座する朧らしきその艦娘は、箒を目にしてニヤリと笑っていた。まるで獲物を見つけた肉食獣のような笑みを見せ、彼女は言う。
「名なんか無ェよ。アタシはアタシだ」