元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
明けましておめでとうございます。今年も当作品をよろしくお願いします
血塗れのステッキを担いだまま立ち上がり残骸を滑るように降りてきた、ガワだけ朧にそっくりな『何か』。右手を左肩に添えステッキを握った左手を数回グルグル回して関節を解すと、徐ろにステッキを箒に向けてきた。
「で、ちょいと質問なんだけどさぁ…こん中であんたが一番強いのか?」
ステッキで箒を差しながら訊ねる。怯えて箒の背中に隠れる島風、箒を守らんと対艦性能を持たせた自衛用小太刀を抜いて戦闘態勢を取る神通。そしてそれを片手で制す箒。
「私が強いと…そう言ったらどうする?」
「知れた事ーーアタシと勝負だぁぁぁぁ!!」
叫んでステッキを振りかぶり突進してくる。その速度は箒が鍛えた朧よりも速く、まるで獲物を視認した肉食獣のように瞳は大きく見開かれ、明確な殺意を込めた一撃が箒の頭上へ振り下ろされーー
「お前程度で勝負になるか、馬鹿め」
瞬間、その体は錐揉み回転しながら吹き飛んでいき、頭から深海棲艦の残骸に突き刺さって止まった。その光景を間近で見た島風は呆然、神通はと言うと「いらない節介でしたね」と言い小太刀を納刀していた。
「猪が如く突っ込んでくるだけの脳筋に私を倒せる訳がないだろうに…まだ朧の方がまともな動きをする」
「それは、まぁ…彼女は提督が直々にお育てになりましたからね」
「てーとく強ーい…今何したの?」
「普通にビンタだが」
ちょっとだけ赤くなった掌を見せながら言う箒は、そのまま残骸に突き刺さった彼女へ近付いていく。そして両足を掴むと、思い切り引っこ抜いた。気絶しているのかぐったりして動かない彼女を神通に投げ渡し、
「二人は五十鈴達と合流して泊地へ戻れ。私は少しやる事があるからな」
残骸をチラ見しながら指示を出す。何を考えているかは解らなかったが、神通は「解りました」と返し気絶した朧を担いで戻っていく。島風も「島風が一番に帰るんだから!」なんて言って神通を追い掛けていった。二人を見送った箒はというと、二人が視認出来なくなったあたりで残骸の山に向き直ったかと思うと、
「フン!」
思い切り残骸を蹴飛ばした。ガラガラと大きな音を立てて崩れていく残骸。やがて全て崩れ切ると、残骸の中に何やら動く影がチラホラ。
「イテテ…酷イ目ニ遭ッタ。オーイ、オ前ラ大丈夫カ?」
「ヲッ」
崩された残骸からノソノソ這い出てきたのは戦艦ル級や空母ヲ級。それに軽巡ト級や雷巡チ級等もいた。先程の戦闘で大破したようで、艤装も含めてボロボロな有り様だ。
「ッタク…姫様ヲ迎エニ来タダケナノニナンデコンナ目ニ…」
「ヲッ、ヲッ」
「場所ガ場所ダカラ仕方ナイ?解ッテルヨソンナ事!」
「ほう、興味深い内容だな」
ぶつくさ文句を垂れるル級の背後から聴こえた声にル級が反応するより早く、その後頭部が箒によって鷲掴みにされた。そのままル級は残骸に叩きつけられ、背中に乗っかられ、首筋に刀を突き付けられる。
「!?」
突然現れた存在に慌て、他の深海棲艦達が砲を向けてル級を助けようとする。こいつが一体何なのか、どうやって自分達に気づかれる事なく背後を取ったのか。そんな事を考える余裕もなく、ただそいつが敵だと認識して砲を構えた。が、
「止メロオ前達、手ヲ出スナ!コイツハ今ノオ前達ガ敵ウ相手ジャナイ!」
抑え付けられた状態からル級が必死に叫んで制止。その叫びは勿論、箒の実力をきちんと把握した上でのものかつ、旗艦として他の僚艦への被害を抑えんとしたもの。その判断が瞬時に出来るあたり、このル級もなかなかのやり手のようだ。僚艦達もその言葉で把握したのか、砲を構えこそすれ撃ってくる事もなく、ただ人質のようにされているル級を見つめて歯噛みするばかり。
「随分頭が回る個体だな…あぁなるほど、flagship級だからか」
踏み付けているル級を見て納得の箒。そのル級の全身からは黄色いオーラのようなものが漏れ出ている。これは深海棲艦特有のもので、通常個体は特にオーラは出ないがelite個体だと赤色、そしてflagship個体だと黄色のオーラが出るという事が長年の調査で分かっている。
「まぁそんな事はこの際どうでも良い…それよりも、さっき話していた『姫様を迎えに来た』とはどういう事だ?知ってる事洗い浚い説明してもらおうか」
「…話ス気ハ無イト言ッタラ?」
「それならそれで別に構わん」
箒がそう言ったのでル級はホッと一息。が、
「その代わり…お前の脳に直接尋ねるだけだ」
その言葉と共に再度頭を鷲掴みにされる。何をするつもりなのか…ル級がそう考えるよりも早く、その頭を激痛が襲った。
「アァァァァァァァ!?」
今まで感じた事のない激痛が襲ってくる。頭を殴られたとか砲撃を受けたとか、そんなのが生温く思える程の激痛。何にも形容し難い激痛がル級を苦しめる。激痛に悶えながら箒を見ると、ル級の頭を掴む右手から黒い靄が溢れていた。
「オ前ェ…!私ニ一体何ヲ、アガガガ!?」
「話す気が無いらしいからな、お前の脳から直接情報を抜き取っている。副作用なら心配するな、お前の精神がパーになるだけだ」
「心配ドコロジャナイーーアダダダダ!?」
激痛に身を捩り逃れようとするが、箒の握力が上な故か逃げられない。ついでに体も踏み付けられているので捩ろうにも捩れないので手詰まりだった。
「ワ、解ッタ、解ッタ!話スカラモウ止メテクレ!」
「『止めて下さい』だろう?立場解ってるのか?」
「アババババ!?ゼ、全部、全部話スノデ止メテ下サイ!オ前達モ砲ヲ下ロセ!」
情けない叫び声をあげながら降参の意思を示すル級に箒もようやく右手の力を抜く。周りの深海棲艦も渋々砲を下ろした。
「先に忠告しておく…一つでも嘘を言えば、忽ちお前の頭と体が泣き別れするからな」
「ハイィ!」
「よし…ではさっきも尋ねたが、お前達の言う『姫』とは誰の事だ?」
「ソ、ソレガ…私達モ誰ナノカハ知ラナクテ…タダアノ人ガ話シテタンダ、『新タナ姫ハ、艦娘達ニ紛レテイル』ッテ」
「新しく産まれた姫が誰なのか知らずにここに攻め入ってきたというのか?」
「ソ、ソウダ。ケド姫級ノ深海棲艦ナラ私達ヲ指揮スル姫様達ト同一ノオーラヲ纏ッテル筈ダカラ、ソレヲ頼リニ捜セバイズレ新タナ姫ニ辿リ着クダロウ、ト…私達ノトップノ『南方棲戦姫』様ガ言ッテイタ」
そこまで聴いて箒は考え込む。ル級が白状した新たな姫級深海棲艦に、箒は心当たりしかなかった。
(こいつらの目的は十中八九文月だな、それ以外にありえない)
ついさっき文月の深海棲艦化が宿毛湾泊地の艦娘達の知るところとなったばかりな時にこの襲撃。最早深海棲艦達の狙いは明らかだろう。箒は続けて尋ねる。
「新しい姫の出現には最近気づいたのか?」
「最近…トイウカ大体三ヶ月前クライ?ソレヨリ以前カラ私達ハ日本近海ヲウロツク『逸レ』ッテソッチガ呼ンデル個体ヲ介シテ艦娘ヤ人間達ノ情報ヲ集メテタンダ」
「逸れの深海棲艦を使って、か…というか三ヶ月前だと?間違いないのか」
「アァ…新シイ姫様ノ反応ヲ逸レガ探知シタノガソノクライノ頃ダ。以来定期的ニコノ近辺ニ顔ヲ出シテ機会ヲ伺ッテイタ」
それを聞き箒は再び考え込む。箒が着任してそろそろ一ヶ月が経とうとしている。それよりも前から新しい姫級深海棲艦の誕生が深海棲艦側で確認されたという事は、その三ヶ月前に文月に何かがあったと考えるべきだろう。これは泊地に戻り次第早急に調査しなくてはならない。
「取り敢えずお前達の目的は解った。纏めると、艦娘に紛れた姫級深海棲艦をそちらに引き込むのが役目だったのだな」
「マァソンナ感ジ。アワヨクバ泊地一ツ落トセレバラッキーダッタンダケド…デモコウナッタ以上、新タナ姫様ヲ迎エルノハ一旦保留カナァ。オ前ミタイナノガコノ近辺ニイルンジャ迂闊ニ攻メ込メナイシ」
「懸命だな。よし、聴きたい事は聴けたしもう行って良いぞ」
箒の言葉に拍子抜けな表情になるル級達。
「アンタラ私達ヲ倒シニ来タンジャナイノ?」
「まぁそうなんだが…お前達を倒すよりも優先すべき事があるのでな。お前達を仕留めるのは後回しだ」
「…随分生温イネ、アンタ」
「実戦経験の少ないうちの艦娘一人に容易く壊滅させられる奴等の実力などたかが知れてるだろうに」
図星を当てられ言葉に詰まるル級達。と、箒が何かを思い出した表情になる。
「そうだ、帰って良いとは言ったが…その辺の残骸はお前達が責任持って処分しろ」
「チョ、ナンデ!?」
「お前達のお仲間の残骸なんだからお前達が持ち帰るのが当然というものだろう」
「ヤダヨ、オ前達ガ壊シタンダカラオ前達ガ」
「持 っ て 帰 れ」
絶対零度よりも冷たい視線で箒はル級を睨み付ける。その時ル級達ははっきりと感じた。彼女の全身を包む、深海棲艦のそれとは明確に違うドス黒い波動を。深海棲艦の原動力とも言える負の感情とは違う『何か』をル級達は感じ取っていた。
「ではまたな。お互い生きていたらまた会おう」
それだけ言い残し本当に箒は帰ってしまった。海面を跳ねるように帰って行く彼女を、ル級はただ呆然と見ているしか出来なかった。
「…ヲッ?」
「…アァ、大丈夫ダ」
「ヲッヲッヲ?」
「闇討チ!?アイツ相手ニ出来ル訳ナイダロ!?ソモソモ実力カラシテ私達以上ナンダ、闇討チシタ所デ返リ討チサレテ全滅スルノガ関ノ山ダヨ!」
金切り声を上げて反論するル級に若干引くヲ級だが、取り敢えずル級の言い分も最もだと理解したようで、それ以上は意見しなかった。
「ヲッ、ヲヲヲ」
「チッ、ワカッテルヨ。チョット誰カバシー方面ニ走ッテワ級数体借リテキテ。コノ残骸片付ケルノハワ級ノ力ヲ借リナイト無理ダワ」
そう命令してル級は積み上がった残骸の山に凭れ掛かる。空を見上げれば、忌々しい程に晴れ渡った青空。渋い表情をしながらル級は独りごちる。
(…初メテダヨ、人間カラ私達以上ノアンナドス黒イ感覚ヲ感ジ取ルナンテサ。ヤ、本当ニ人間カアレ…?人間ニシテハオカシイ所ガ多々…マァソンナ事今考エテモ仕方ナイカ)
一旦箒の事は忘れーーる訳にもいかず、ル級は今回の失態とその全容をどう報告すべきか頭を悩ませるのだった。
「あら、終わったみたいね」
箒が先に帰った神通達と合流した時、既に後発の五十鈴達とも合流しており、周辺の警戒をしつつ帰還しているところだった。
「お疲れ様でした、提督。用事はお済みになりましたか?」
「あぁ。神通達はともかく五十鈴達はほぼ無傷か」
「えぇ。戦闘といっても逸れを数体倒した程度よ、それくらいなら練度1の彼女達でもなんとかなるわ」
筑摩と若葉は多少傷こそあれど大したものではなく、初戦としては充分な戦果だったようだ。
「筑摩、若葉、初戦闘お疲れ様。どうだった、実際に深海棲艦と戦ってみて」
「そうですね…何と言えば良いのか、不思議な感覚ですね」
筑摩は頬に手を当てて困ったような表情をしながら話す。
「一隻の艦船として戦っていた私達が、人の姿をしてまた戦いに身を投じる事になるとは思いもしませんでした。それもかつての海戦で共に戦った仲間達と共に、あんな怪物と戦うだなんて…正直まだちょっと混乱してます」
「ま、だろうな。だが今後もお前達はあのような怪物と幾度も戦う事になる、すぐにとは言わんが慣れるようにな。艤装の方はどうだった?」
「人と船は明らかに勝手が違いますから艤装の扱いに苦労するかと思っていましたが…実際戦ってみると、船の頃と然程変わらない戦い方が出来るのはありがたいですね。それに人の姿という事で、船の頃は出来なかった事が出来るようになるというのは戦術幅が広がって助かります…このスカートは別ですが」
筑摩のスカートはミニと呼ぶにも短過ぎる物だ。下手すれば下着が見えてしまうのではないかと箒が心配する程には短い。筑摩本人も気になるようで、しきりにスカートを引っ張り下着が見えないように気をつけている。
「安易に改造とか出来ないのが難儀よね…制服の改造を上奏してみる?」
「止めておけ、突き返されるのがオチだ」
そう言って箒は今度は若葉に目を向ける。若葉はしきりに艤装を触ったり両手を閉じたり開いたりしている。
「若葉、どうだった?実際に戦ってみて何か違和感とかは無かったか?」
そう尋ねてみると、若葉はバッと箒に目線を向けてきた。心なしかその瞳は非常に強く輝いて見える。
「凄い…凄いぞ!人を模して作られた体がこんなに素晴らしいとは考えもしなかった!これなら若葉は24時間休み無しで働けるぞ!さぁ司令!若葉に命令をしてくれ!」
「休め馬鹿者。休むのもまた仕事だ」
「しかし私達は艦娘だろう?休むなどと軟弱な…」
「いくら人に近づいたとは言っても、人も機械も休息や整備はどうしても必須になる。逆に言えば、それらをせぬから軟弱になるのだ。働きたいと言うのなら、お前はキチンと体を休める事を覚えろ。その意味を理解しない間は…私はお前を安易に戦地に送り出しはしない」
若葉は不満そうな表情を見せたが、
「…分かった、司令がそう命令するのなら」
提督の命令には逆らえないと考えてか素直に従った。
「さぁ、帰投するぞ。戻ったら報告書の山と格闘だ」
「はい。ですが詳細はいかが致しましょうか?少佐直々にお出になられたなどと書く訳には…」
「私の事は隠して、朧の決死の奮闘で撃破したとでも書いておけ、強ち間違いではないからな。それと朧にも文月と同じ予兆あり、という報告も忘れるなよ」
「あれをお伝えになるのですか!?」
「逆に尋ねるが隠し通せると思うか?」
質問を返され神通は口籠ってしまう。文月の深海棲艦化が問題視されて以降、箒傘下の艦娘は皆同じように深海棲艦化を疑われているのが現状だ。しかも今後は異動により外部からの監視も一層厳しくなるので、隠し通すのにも限界がいずれ来る。それなら文月と同じ措置を取る事で上手く保護してもらおうという魂胆だ。
「しかし益々提督の立場が危ぶまれるのでは…」
「立場を気にして目の前の助けられる命を見捨てるよりはマシだ。さ、早く帰投するぞ」
箒が先頭に立って泊地へと戻っていくのを、神通達は複雑な表情をしながら追い掛けていく。
「あの…提督はいつもあのような調子なのですか?」
神通の真後ろにいる筑摩が神通に尋ねると、神通は困ったような表情で答えた。
「はい。着任してまだ数ヶ月程度ではありますが、常人とは思えない程に達観しています。まるで悟りを開いたかのように…そしてその実力もまた目を見張るものがあります。が…正直に言うと、提督としての土台は今非常に危険な状況です」
「色々やらかしてるのよね…着任時のいざこざとか、文月の件とか…こんなんでよく提督クビにならないわねっていつも思ってるわよ」
「今の提督は文月ちゃんの件のお陰で辛うじて提督の地位に座っていられる状況です。それを分かってない訳ではないでしょうが…」
神通達の話を聴き少々不安になる筑摩。建造され着任した鎮守府の提督がクビ一歩手前ともなれば当然の反応だろう。彼女の反応を察してか周りの空気も悪くなる。
「…神通さん、提督がクビにならない方法って何か無いかな」
松風が恐る恐る尋ねると、神通は顎に手を当て少し思考を巡らしてから答えた。
「…強いて言うなら、戦果を上げる事でしょうか。それも周りからの文句を真正面から黙らせる程の…たとえ素行が悪くても、戦果を充分に上げていれば多少は本営に黙認されますからね。横須賀鎮守府の艦娘の皆さんが良い例です」
「でもうちの泊地は亜道やその前のあいつのせいで弱小泊地扱いされてるのよ?練度も充分じゃないし、そんな簡単に戦果稼ぎなんて…」
その場の全員が唸って考え込む。
「おーい、どうした?足が止まってるぞ」
箒の呼び掛けで皆我に返り、慌てて箒を追い掛けていく。
「とにかくこの件は私の方から提督に相談してみます。皆さんはいつも通りにお願いしますね?」
神通はそう言って話を締めたが、その後も思考は止まらない。
(定藤元帥に彼女の事を頼まれた手前、彼女をクビにさせる訳にはいきませんが…正直今回は私でも荷が重く感じます。ですが元帥に助力を願う事も出来ず…はぁ、弱りましたね。幸い近い内に大規模作戦が控えていますが、その時に少しでも戦果を稼げればあるいは…いえ、弱小泊地にお呼びが掛かるとは思えません。手詰まりか…地道に稼ぐしか無さそうですね)
この時の神通はーーいや、その場にいる艦娘全員は何故か気づく事が出来なかった。手っ取り早く戦果を稼ぐ為の手段…その答えが、既に目と鼻の先にあった事を。
「皆、揃ったね」
場所を変えて大本営、定藤の執務室。椅子に腰掛ける定藤の前には数人の艦娘が整列していた。
「さて、先日お前さん達から転属願を受け取ったけど…まさか全員が全員、篠ノ之少佐の所を希望するなんてね。このままここにいたら本営の精鋭部隊配属になったかもしれないのにさ」
整然と並ぶ艦娘を見渡しながら定藤は「ほっほ」と笑う。
「なーに言ってんのさ。こーなるのなんて必然みたいなもんでしょ、あたし達みーんなあの人にお世話になったんだからさ」
頭を掻きながらそうぼやくのは望月。箒が蛭間に演習という名の喧嘩を売られた際旗艦として演習に参加した彼女は、今回の会議が終わって暫く経った時、定藤に転属願を提出した。勿論行き先は箒のいる宿毛湾泊地だ。そしてタイミングを同じくして、同じ演習に参加したメンバーも宿毛湾泊地への転属願を出した。
「そりゃあ確かに精鋭部隊配属は魅力的さ。でもねぇ、あたし達はみーんな、あの人に恩があるのさ。それを返さずにここでのんべんだらりとしてるのは、あたし達のプライドが許さないよ」
「…あの人は、私達に可能性を示してくれた。なら、その可能性を、あの人の下で実現させたい」
「う、潮、頑張ります!」
「ほっほ、やる気があるのは良い事さね。しかし…」
そこで一旦言葉を区切り、定藤は隣に目を向ける。目線の先には三人の潜水母艦がいる。
「あんた達はそれで良いのかい?あそこはまだ潜水艦は在籍してないよ、それでも行くのかい?」
「はい。肩身の狭い思いをしながらここで無為に日常を過ごすのもちょっと限界で…それにあの方なら私達に良い仕事を与えてくれそうですので」
「迅鯨さんたら、あの演習の後で凄い熱弁してましたもんね。そんなに少佐の所へ行きたかったんですか?」
「それはもう、ね。だって他の提督は私達の体を目的に近寄ってばかり。いい加減飽き飽きしてたのよ…あの人の所ならそんな事気にせずに働けるわ」
「姉さんが一番他の提督から声掛けられてたもんね…確かにあっちの方が安全かなぁ」
「刃傷沙汰になるよりはマシなんじゃない?」
「望月ちゃん?何か言いましたか?」
「いーや、なーんにも」
「ほっほ、懐かしいねぇ。あんたにセクハラし続けたどっかの提督に辟易した結果、次にセクハラされた時にキレて隠してた包丁持って襲い掛かってーー」
「もう、元帥閣下まで止めて下さい!」
過去に迅鯨の起こしたやらかしを挙げてギャーギャー騒ぐ定藤と迅鯨達。それを片や穏やかな表情で見つめる艦娘、片や複雑な表情で見つめる艦娘がいる。
「宿毛湾泊地に行ったらー…ライブしてー、ダンスしてー、泊地全体を盛り上げてー、みーんな那珂ちゃんのファンになってほしーなー!篠ノ之少佐さんも喜んで歓迎するって言ってくれたし、あー楽しみー!!」
軽巡洋艦『那珂』。神通の妹である彼女は大本営で建造された艦娘だが、様々な事情で彼女が必要とされる鎮守府や泊地が今まで無く今日まで無為な日々を過ごしていた。たまたま彼女を見かけた箒にスカウトされようやく自分が必要とされる事に喜んだ彼女は早速自らを宿毛湾泊地の艦娘や箒に売り出そうと色々思案している。まだ顔合わせすら出来ていないので時期尚早とは言え、CD作ってーグッズとか作ってーと具体案を次々頭に思い浮かべては惚気た笑みを浮かべている。
(呑気なものだな…これから行く先は茨の道だろうに。理解しているのか、それとも…)
そんな彼女と対照的に、望月達を冷たい目で見つめるのは重巡洋艦『那智』。彼女は柱島泊地の艦娘だが、演習中の事故で左腕を失い本営で治療中だった艦娘だ。那智もまた箒にスカウトされた艦娘だが、後に宿毛湾泊地の現状を風の噂で耳にした彼女は一抹の不安を覚えていた。海軍のバランスを乱しかねない提督と、深海棲艦化が危ぶまれる艦娘がいる泊地。そんな危険極まりない泊地へ誰が進んで転属しようと考えるのかーー
(…だが、今の私にはこれしかない。賭けるしかないんだ…また前線に立つ為には、彼女に賭けるしかない)
失った左腕を抑えながら那智は唇を噛み締める。スカウトの際、箒は失った左腕を牙也作の義手で補う事を提案してきた。那智にとっては半信半疑の提案だったが、実際に見せられた義手、そして箒の顔から感じた本気具合を鑑みて暫し考え、これを受ける事にした。那智が所属する柱島の提督は、彼女が大本営で療養に入ってから一度も見舞いに来ず、心配の手紙の一つすら寄越さなかった。元々実力主義の風潮が強かったので彼女の復帰は絶望的だと結論付けて切り捨てたのだろう。
勿論那智本人も長年提督の下で戦い続けてきたのでそれは理解していた。理解していたからこそ、このまま艦娘として戦えなくなる事が、姉妹と共に戦えなくなる事が悔しかった。故に那智は選んだ、自ら茨の道へ飛び込む事を。選ぶしかなかった。再び立ち上がる為にも、そうするしかなかったのだ。
「そんな硬くなりなさんな」
定藤が見かねて声を掛ける。
「確かにお前さんが想像するように、彼女の下へ行くのは茨の道さね。けどねぇ、あの娘はあぁ見えて芯の強い娘さ。必ずお前さんの行く末を良い方向に導いてくれるよ」
「…本当にそうでしょうか」
不安そうな表情の那智に一人の妖精がふよふよ近付き彼女の肩に乗っかった。作業服を着たその妖精は那智に小さな顔を向けてニッコリ笑顔。
「だいじょうぶ、あのひとならしんぱいないよ。きっとあなたにさいこーのけっかをもたらしてくれるから」
「その妖精の言う通りさ。それに那智…あんたも彼女を信じようって決めたから転属願を出したんだろう?だったらあんたが一番あの娘を信じなきゃ駄目じゃないか」
そう定藤に諭され那智の表情が引き締まる。その肩に優しく手を置き定藤が続ける。
「…見返してやんなよ。左腕失ったあんたをこれでもかと馬鹿にした奴等を、皆まとめてさ」
「…はい!」
「あんた達もだよ。今日まで散々辛酸を舐め続けてきたんだ。どんな不格好な形でも良いから、馬鹿にした奴等を目玉飛び出るくらい見返してやんな!」
『はい!』
全員揃って敬礼するのを定藤が「ほっほ」と笑って応える。辛酸を舐め続けてきた弱者達の這い上がりが、ここから始まろうとしていた。