元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
「……ん」
牙也が目を覚ました時、最初に見えたのは、ゴツゴツとした岩肌だった。体を起こし、牙也は辺りを見回す。そこは波による浸食でできたのであろう天然の洞窟だった。
「起キタノカ」
その声に後ろを向くと、レ級が焚き火の前で焼き魚に齧りついていた。魚は自分で捕ったのだろうか。
「ここは?」
「アタシノ拠点。オ前ハアタシトノ戦闘中二、他ノレ級二横槍入レラレテ気絶シタンダ」
「……そうか。そのレ級は?」
「アタシガ処分シタ。セッカク楽シンデタノニ、横槍入レラレテ激オコダヨ、興醒メシチャッタ」
レ級はそう言って魚に齧りつく。牙也もまた焚き火にあたりに寄っていく。焚き火の周りには数匹の魚が手作りであろう串に刺さって焼かれていた。
「食ベナヨ。オ前ノ分モアルカラ」
「そうかぃ。じゃ遠慮なく」
レ級に奨められ、牙也は魚の串を一本手に取り齧りつく。よく脂の乗った身からは、ほんのりとだが塩味がした。
「……旨い」
「ソリャ良カッタ。苦労シタヨ、右手一本デ全部準備シタンダカラ」
レ級は牙也に斬り落とされた左肩部をペシペシ叩きながら言う。
「修復できねぇのか?」
「オ前ノ腕ヲ取リ込ンダオ陰デ、アタシノ左腕ハ深海棲艦ノソレトハ違ウ異質ナ物ニナッタ。アタシ達ノ技術デモ修復ハ不可能ダ。ソノ証拠トシテ……」
そこまで言って、レ級は左肩に力を込める。と、斬られた箇所から蔦が数本伸びてきた。
「それは……!」
「オ前カラ得タ力ガ、アタシノ体ノ修復ヲ邪魔シテル」
伸びた蔦は、レ級の肩周りをウネウネと動き回る。
「サッキ直ソウトシタラ、コレガ出テキテ邪魔シテキタ。コレノセイデ、アタシハ修復剤ヲ受ケ付ケナクナッテイル」
「なるほど。だとしたら……」
何を思い立ったのか、牙也はレ級に近づきその肩に触れた。
「何ヲーー」
「じっとしてろ。すぐに終わる」
牙也はレ級の肩に向け治癒能力を働かせた。淡い輝きと鈍い輝きが交わり、洞窟内を包み込んでいく。やがてゆっくりと輝きが晴れると、レ級の左腕は元に戻っていた。
「よし、上手くいったな。やはり俺の力なら受け入れてくれるみたいだ」
「……!」
レ級は呆気に取られた表情で左腕を動かしてみる。左腕も指も、問題なく動いていた。治療が上手くいった事に、牙也は満足そうな笑顔を見せる。レ級が腕を一通り動かす様を見ていると、ふとレ級は牙也に問い掛けた。
「……ナンデアタシノ左腕ヲ直シタンダ?」
「なんでって言われてもなぁ……これは俺が直すべきだって思ったから、かなぁ」
「ソレダケ?」
「それだけ」
「本当二?」
「本当に」
本心での牙也の答えに、レ級は更に質問を重ねる。
「アタシハオ前ノ敵ナンダゾ?」
「助けるという行動に、敵味方の区別が必要か?どっちにしても尊い命だ、助けて何が悪い」
「今ココデオ前ヲ襲ウカモシレナインダゾ?」
「その時はまた返り討ちにするだけだ」
「アタシハシツコクオ前二戦イヲ挑ムゾ?」
「何度でも来いよ、相手してやる」
牙也の答えに、レ級は思わず洞窟の壁に寄り掛かるように体を預けた。その目からうっすら涙が零れる。
「ハハハ……道理デアタシジャ勝テナイ訳ダ」
涙を流しながら、レ級はガックリと項垂れる。自身と牙也の実力の差を思い知り、泣かずにはいられなかったのだろう。
「敗北は恥にあらず……積み重ねた敗北の先に、必ず勝利はある、ってな」
「ジャア負ケ続ケテタラ、アタシモイズレハ勝テルノカ!?」
「まあな」
「ヨーシ、ヤルゾ!ジャア早速ーー」
「駄目」
「ナンデ!?」
「互いに手負いだろうが。そんな時に戦ってもろくな結果にならんわ」
「グギギ……!」
悔しそうな表情のレ級。しかし牙也は気にする様子もなく、焼き魚を齧る。するとそこへ艦載機が一機飛んできて、レ級の艤装に着艦した。周辺の偵察でもさせていたのだろうか。
「フゥン……近クニ艦娘ノ姿アリ、カ」
「どうするつもりだ?」
「ドーシヨッカナ。コチラカラ出テイクモ良イシ、待チ構エルノモ良イシ……アリャ?」
艦載機が撮った映像を確認していたレ級は、映像の中に違和感を見つけた。
「ナァ、見テミロ。コレッテマサカ……」
「あ?何だよ?」
レ級に見せられた映像を見た牙也は、途端に顔色と表情を変えた。そこに映っていたのは、
「これは……!」
海上を進む何処かの国々の艦娘達が、次々と蔦のようなものに侵食されて異形に姿を変えていく光景だった。しかも侵食は他の艦娘達にも伝播し、次々と異形に変わっていく。
「レ級!この映像撮ったのはどの辺りだ!?」
「ココカラ東ヘ10数キロの海上。アタシ達ハコノ島マデ北上シテキタカラ、オ前ノ力ノ影響トハ考エニクイナ」
「ったく、誰だよ!俺ら以外にヘルヘイムの力を持ち込んだ馬鹿野郎は!?」
牙也は悪態をつくと、焚き火から離して置いてあった武器や荷物を背負い洞窟の海面に降り立った。
「助ケニ行クノカ?」
「悪いが今回の案件は、俺に深く関連する事だ。あんな映像見た後で、ほっとく訳にはいかねぇんだよ」
「オ前ノ言ウ、『助ケル理由ガ無クテ何ガ悪イ』ッテ奴カ?」
「今回ばかりは理由が付く。『あの光景は、出来れば二度と見たくなかった』って奴だ」
牙也はそう言って洞窟を飛び出していく。レ級は「頑張レ」と一言呟いて彼を見送るのだった。
レ級の拠点を飛び出した牙也は、海上を跳ねるように走り抜ける。ただひたすらに、あの光景が起こった場所へ。
(畜生……一体誰なんだ!?俺と箒以外でヘルヘイムの力が使える奴は!?)
道中そんな事を必死に考える牙也だったが、考えても答えは出てこない。何せ自分達以外で他にヘルヘイムの力が使える者が思い浮かばないからだ。
「……とにかく今はあいつらを助ける事、それが先決だ!」
牙也は常人では視認できない程のスピードで海面を走っていく。辺りを彷徨く深海棲艦を悉く無視し、全力で走り抜ける事数分、
「……!あれか!」
やがて牙也は海面をさ迷う異形ーーインベスを発見した。目の前のインベスの見た目は、鮪や鮫、烏賊や鯨等海洋生物を模した見た目のインベスであった。
「数にして十数匹。いずれも俺の知らないインベスだ……待ってろ、すぐ助けてやるからな!」
牙也は右手を漆黒に、左手を黄金に輝かせてインベス達に突貫。一番近くにいた『サメインベス』の肩を右手で掴み、その腹に左手を突き刺した。途端に左手が目映い輝きを放ち、左手を引き抜くとインベスの体から何処かの国の将校の帽子を被った金髪ロングストレートの艦娘が出てきた。牙也はインベスを投げ捨てて艦娘は海面に寝かせ、またすぐ次のインベスに向かっていく。同じように左手を突き刺して引き抜くと、今度は白の水兵帽にプラチナブロンドの艦娘が出てきた。同じようにインベスは投げ捨てて艦娘は海面に寝かせる。
それを繰り返す事また数分。
「よし、これで全員だな。ただこのまま放っておくのもなぁ……」
牙也の目の前には様々な髪型や服装の艦娘が海面に寝かせられていた。その数、12人。
「複数の国の艦娘が合同で出撃したのか?国際色豊かだなぁ。さて、こいつらはこうするか」
牙也は左手から蔦を伸ばすと、それを器用に操り編み上げて、一艘の船を作り上げた。それを海面に浮かべ、先ほどまで海面に寝かせていた艦娘達を順番に並べていく。全員並べ終わると、今度はその船に自らの力をほんの少しだけ注入した。
「これで良し。俺の力が、こいつらを守ってくれるだろ。さて、後はこのインベス達だが」
一安心したところで、牙也は残ったインベス達に目を向ける。インベス達は相変わらずわちゃわちゃしており、鳴き声を上げたり喧嘩したり自由気ままである。
(……少し干渉してみるか)
牙也は右手の指先から細い紐のようなものを何本も伸ばし、インベスの頭部に接続した。そして精神を集中させ、インベスの精神に自身の精神をダイブさせたーー。
「ほいさっさ」
インベス達の精神世界にダイブし、精神のみの姿となった牙也は、海上に降り立った。
「さて、問題の艦娘達は何処にいる?」
辺りを見回して艦娘を探す牙也。するとそこへ海面を滑るように複数の艦娘が牙也の方へ進んできた。その中には牙也がインベスから分離したあの金髪ロングストレートの艦娘やプラチナブロンドの艦娘の姿もあった。
「あいつらだな。さて、この後何が起きる……?」
艦娘達は精神体の牙也に気づく事なく、色々会話をしながら彼の隣を通り過ぎる。すると、
「……!……!?」
先頭を進んでいた金髪ロングストレートの艦娘が突如苦しみだした。他の艦娘達はその様子に驚きその艦娘に色々呼び掛けるが、その艦娘は反応すら出来ない程の苦しみ様だった。そして次の瞬間、彼女の艤装から突然蔦が伸びてきて、彼女の全身を覆い尽くしてしまった。そして蔦が弾け飛ぶと、そこには先ほど見たあのサメインベスがいた。途端に恐慌状態になる艦娘達。そしてサメインベスは背中から大量の蔦を伸ばして艦娘達に絡ませてきた。逃げようとする艦娘だが、蔦は次々と艦娘を捕らえ包み込んでいき、その姿をインベスに変えていく。
「これは……!」
唖然とした表情でその様子を見つめる牙也。やがて牙也は突然精神世界から弾き出されたーー。
我に返り、牙也は目の前のインベス達に目を向ける。インベス達は牙也を恐れる様子も襲い掛かる様子もなく、ただジッと牙也を見つめていた。
「取り敢えずこいつらはエフィン厶に預けるか」
「お呼びでしょうか!?」
そんな事を考えていると、突如牙也の目の前にクラックが開き、腹心のインベス『エフィン厶』が顔を出した。
「呼ぶ前に来るあたり流石だな、エフィンム」
「身に余る光栄です!それでこのインベス達を預かれば良いのですね?」
「あぁ、頼む。教育はお前に任せるからな」
「お任せ下さい!ところで神王様、王妃様はご一緒の筈では?」
「この世界に来た時、別々の場所に飛ばされたみたいでな。エフィンム、今箒が何処にいるか探せるか?」
「はっ、やってみましょう」
「じゃあ頼む。俺はこれからヨーロッパに向かう」
「ヨーロッパに?何ゆえ?」
「……調べものだ。気になる事があるんでな」
「……分かりました、お気をつけて」
エフィンムはそう言って頭を下げると、インベス達をヘルヘイムの森に導き、クラックを閉じた。
「……気になる事は数多ある。確実に解決していかなきゃな」
牙也はそう決めて、蔦の船を引っ張りながらヨーロッパへ向かう。
レ級の事をすっかり忘れた状態で。
「アー、早ク帰ッテ来ナイカナァ?」
そのレ級は、牙也の心中など知る筈もなく、拠点で牙也の帰りを待ち続けるのだった。