元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
箒が深海棲艦の群れと戦闘を始めて数時間後ーー
「ハァ……ハァ……皆、急いで!」
箒が戦闘を始めた場所から数キロ離れた海上を、ドラム缶や小型の船のような物を持って急ぐ艦隊があった。
「ハァ、ハァ……あ、阿武隈さん、待って下さい……!他の皆がついてこれてません!」
「あ、あれ?」
阿武隈と呼ばれた女の子が振り向くと、後ろについて来ていた筈の数人が、だいぶ遠くにいた。焦りすぎて置いて行きそうになっていたのだ。
「あ……ご、ごめんなさい!ありがとね、朧ちゃん」
「いえ……とにかく、皆が追い付くまで待ちましょう」
こうして待つ事幾ばくか、残りの艦娘が追い付いた。
「ごめんなさい!皆を置いて行っちゃって……」
「大丈夫ですよ、阿武隈さん。でも必死になると周りが見えなくなるところ、早く直した方が良いですね」
「うぅ……面目ないです」
「まぁまぁ三日月。こういうところあっての阿武隈さんなんだから」
「松風さんは気楽で良いですね。それよりも海風さんと山風さんは?」
「もうすぐ追い付く筈ーーあ、来た来た」
「ほら山風、頑張って」
「うぅ……海風姉、重たいよぉ……」
「鎮守府まであと少しよ、私も少し持ってあげるから頑張って、ね?」
「うん……がんばる……」
「良かった、ちゃんと追い付いて来たね」
「鎮守府まであと少しですよ~、頑張りましょう、山風さん!」
「うぅ……ごめんなさい、ついて来れなくて……」
「最初は皆そうだよ。山風ちゃんは最近来たばかりなんだし、これから頑張れば良いんだよ。多分」
「多分なんだ……あれ?」
ここで阿武隈が海面に何かが浮いているのを見つけた。周囲の安全を確認しながら近づくと、それは何やら真っ黒く硬い鉄板のような物だった。
「これ、まさか深海棲艦の……?」
「そうですね、多分。それにしても……何ですか、この残骸の山は?」
朧が指摘した通り、周辺には深海棲艦の装甲と思われる残骸が山ほど散らばっていた。中には砲のような物や魚雷のような物が残骸に混じっている。
「お姉ちゃんからの通信だと、この辺りで深海棲艦の気配が途切れたって言ってましたけど……」
「一体誰がこんな数の深海棲艦を倒したんだろうね?気にならないかい?」
「何処かの鎮守府から援軍が来てくれたのでしょうか?」
「多分ないよ。このご時世、援軍を出せる余裕なんてどこもない筈だから」
「じゃあ誰が……山風?どうしたの?」
「……」ブルブル
何やら山風の様子がおかしい。何かに怯えているようだ。
「あっち……誰か、いる……怖い、怖いよぉ……」ブルブル
「あっち?」
山風が震えながら指差した先は、一際残骸が多く積もっている場所だった。しかし今いる場所からは誰かがいるようには見えない。
「怖いよぉ……怖いよぉ……」
「だ、大丈夫よ!お姉ちゃんがついてるから!」
「阿武隈さん、どうしますか?」
「うーん……山風ちゃんがこうなっちゃった以上、ここにいるのは危険かも。それより早く鎮守府に戻らなきゃね……あれ、また通信?」
阿武隈が鎮守府への帰還を決めた時、鎮守府から通信が入ってきた。
「もしもし?」
『あ、繋がった繋がった。阿武隈、今どの辺りにいるの?』
「あ、五十鈴姉さん。今なら鎮守府まであと数キロの所だけど……」
『そう。なら一つ頼まれてくれないかしら?』
「良いけど、何をすれば良いの?」
『今阿武隈達がいる辺りに、白髪ポニーテールの女の人がいる筈なのよ。その人を鎮守府まで連れて帰って来てくれない?』
「良いけど……その人誰なの?」
『五十鈴達の恩人よ。五十鈴の名前を出せば大人しくついて来てくれると思うわ』
「わかった、探してみるね」
通信を終え、阿武隈は周囲を見回す。が、五十鈴が言っていた特徴の人の姿はない。
「阿武隈さん、五十鈴さんは何て?」
「うーん、なんか連れて帰って来て欲しい人がこの辺りにいるらしいんだけど……白髪ポニーテールって、誰なんでしょう?」
「思い当たる人がすぐに浮かばないね。取り敢えず探すかい?」
「そうだね。松風ちゃん、朧ちゃん、三日月ちゃんは周辺を探して。それらしき人がいたら連れて来てくれない?あたしは海風ちゃんと山風ちゃんといるから。あ、資材は私達が持っとくから」
「分かりました」
朧達三人は捜索の為思い思いに散らばっていく。残った阿武隈と海風は、未だに怖がって涙目の山風を優しく慰めながら捜索をするのだった。
「それにしてもこんなに沢山の残骸、結構な数の深海棲艦が迫ってきてたと見るべきだね」
多くの残骸が浮かぶ海面を縫うように捜索する松風。軽口を叩きながらも、その目は鋭かった。
「この数を相手して、しかも殲滅……余程歴戦を体験した艦娘なのかな?果たして……おや?」
ふと耳をすませると、山となった残骸の向こう側からジャブジャブと何かを洗う音がする。松風は息を殺し、最低限静かに音のする方へと進んでいく。そして残骸の陰から覗いてみると、そこには下着姿で制服を洗う箒の姿があった。海水で制服をジャブジャブと洗い、深海棲艦の真っ黒い血をできる限り落とす。そして海水を吸った制服をバサバサと上下に振って水切りをする。
(……白髪ポニーテールだね。彼女がそうなのかな)
松風は引き続き観察する。と、箒は空中に小型のクラックを開くと、そこへ洗った制服を上下とも投げ込んだ。そしてクラックに手を突っ込むと、新しい制服を上下取り出して着替えた。着替え終わると、今度は海水で自身の顔を洗い始める。
(え、なんだ今の?裂け目みたいな、穴みたいなのを開いて……誰なんだ、彼女は?)
「私に何か用でもあるのか?」
「っ!?」
松風が気づいた時、目の前にいつの間にか箒が立っていた。思わず松風は距離を取って砲を構える。
(な……!?あの一瞬で僕に近づいたって言うのかい!?本当に何者なんだ……!?)
「……お前は、艦娘か?」
「……そうだけど、お姉さん何者だい?ただの人間には見えないけど」
「まぁ人間ではないな。かといって、深海棲艦でもないし……」
「ふぅん……あ、そうだ。お姉さん、五十鈴さんを知ってる?」
と、松風は阿武隈が五十鈴としていた会話を思い出して箒にそう聞いた。
「五十鈴?お前は五十鈴と同じ鎮守府の艦娘か?」
「知ってるんだね、それなら話が早いよ。五十鈴さんに貴方を連れて帰って来て欲しいって頼まれたんだ」
「そうか、五十鈴が……分かった、案内頼む」
「任せて……あ、いけない。僕達は海面を走れるけど……」
「心配するな、私も同じ事ができる」
そう言うと箒は自らも海面の上に立って見せた。あり得ない光景に、松風の目は点になる。
「……本当に何者なんだい?」
「ハッハッハ……化け物だ、所詮はな」
そう言うと箒はさっさと歩き出す。松風は少しの間ポカンとしていたが、
「……あ、ちょっと待ってよ!鎮守府の場所分からないのに先に行ったら駄目じゃないか!」
箒が先へ先へ進んでいくのに気づいて慌てて追い掛けていった。
その後二人は同じく箒捜索をしていた朧、三日月と合流した。朧も三日月も、海面を普通に歩く箒の姿に開いた口が塞がらない状態だった。取り敢えず阿武隈達と合流する為、四人は元来たルートを戻っていく。と、四人が進む方向から砲の音が響いてきた。
「砲撃音……まさか阿武隈さん達ですか?」
「接敵してるのかも……急がなきゃ!」
「貴方はここで待っててーーあ、ちょっと!?」
松風が止めるより早く、箒は砲撃音の鳴り響く方向へ走り出していた。置いていかれた三人も慌てて箒を追い掛けていく。
「もぉぉ!生き残りがいるなんて聞いてないんですけどぉ!?」
その阿武隈は、目の前の深海棲艦ーー『戦艦ル級』と呼ばれる個体を相手に一人で戦っていた。海風は未だ怖がって戦えない山風を守っており戦闘に参加出来ず、阿武隈はル級を砲撃で自身に引き付けながら一人で戦わざるを得なかった。
「グゥ……セメテ、オ前ダケデモ……!」
とは言え、ル級は前の戦闘での傷が癒えていないのか、艤装はボロボロで余裕を持って戦える状態ではなかった。それもあってか、阿武隈とル級の戦闘は拮抗していた。
「絶対にやらせないんだから!」
阿武隈の14cm単装砲から次々と砲弾を放ち、更に隙あらば魚雷を投げて当てにいく。一方機動力に差がある為か、はたまた傷が癒えていない状態故か、ル級の砲撃はなかなか命中しない。
「グギギ……軽巡ハ無理カ、ナラバ!」
阿武隈に肉薄するのは不可能と見たのか、ル級は艤装を海風と山風に向けた。
「駆逐艦一体ダケデモ!」
「海風ちゃん!山風ちゃん連れて逃げて!」
「は、はい!山風、こっち!」
「で、でも資材が……!」
助けに行くのは間に合わないと見た阿武隈は海風に逃げるよう叫ぶ。
「また取りに行けば良いわ!早く!」
「う、うん……!」
海風は山風の手を取り急いでその場から離れる。とその時、ル級が主砲を派手に撃ち放った。
「ぴゃっ!?」
「山風!?駄目っ!」
砲撃の音にびっくりしたのか、山風がその場にうずくまってしまった。海風は慌てて山風を庇うように覆い被さる。そこへル級の放った砲弾が雨のように降り注いできた。砲弾が次々と海面に着弾し、爆発が起こる。
「海風ちゃん、山風ちゃん!!くっ、このぉ!」
阿武隈はル級へ主砲と魚雷をありったけ放った。放たれた砲弾と魚雷は次々とル級に命中。
「グゥ……!ダガ一矢、報イタ、ゾ……」
それで力尽きたのか、ル級は爆発しながら沈んでいった。
「海風ちゃん、山風ちゃん!」
阿武隈は急いで着弾地点へ駆け寄った。未だ爆煙の残る中を必死になって二人を探す。と、煙の中で何かにぶつかり阿武隈は思わず尻餅をついてしまった。
「いたた……なんですか、これ?」
やがて爆煙は徐々に晴れてきた。阿武隈が目を凝らして見ると、そこには何やら透明なバリアのような物があり、バリアの向こう側には箒が立っていた。その後ろには、海風と山風が何が起こったのか理解できないといった表情で箒を見ていた。着弾の瞬間に箒が海風と山風の二人を庇い、バリアを張って砲撃を防いだのだ。箒は危険がなくなった事を確認すると、張っていたバリアを消して海風達に手をさしのべる。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
「そうか。後ろの子も大丈夫のようだな、良かった」
「ち、ちょっとぉ!あ、貴女一体何者なんですか!?」
阿武隈は箒を見て慌てて砲を向けて警戒する。
「私の事は後で良いだろう。それより彼女達だ」
「あ、海風ちゃん、山風ちゃん!大丈夫!?」
言われて阿武隈はハッとなり、急いで二人に駆け寄り無事を確認した。無事だった事にホッとした阿武隈は、改めて箒に向き直る。
「貴女が二人を助けてくれたんですね……すみません、砲を向けちゃって」
「いや、構わんさ。警戒して当然だ、お前の行動は正しい」
「でも……あれ?白髪ポニーテール……もしかして貴女が、五十鈴姉さんの言ってた……」
「姉さん?お前は五十鈴の妹なのか?」
「あ、はい!長良型軽巡洋艦の末っ子、6番艦の『阿武隈』と言います!」
「そうか。さっき同じ事を聞いてきた駆逐艦がいたが……おぉ、あれだ」
箒が指差した先には、箒を追いかけてきた松風、朧、三日月の三人がいた。
「松風ちゃん、朧ちゃん、三日月ちゃん!」
「やっと見つけたよ……まったく、勝手に動かないで欲しいなぁ」
「それはすまん事をしたな。だが緊急事態だったのだ、許してくれ」
「はぁ……まぁ良いですが。阿武隈さん、多分五十鈴さんが言ってたのはこの人ですよね?」
「うん、多分そう。すみませんが、阿武隈達が鎮守府まで案内するので一緒に来てくれませんか?」
「あぁ、勿論」
するとふと箒は海風と山風に目を向けた。海風は大丈夫そうだが、山風は箒が怖いのか海風の後ろに隠れて震えていた。時々顔をちょっとだけ出すが、箒と目が合うとすぐに隠れてしまう。
「すみません、この子はとても怖がりで……ほら山風、ちゃんとお礼は言わなきゃ、ね?」
海風が山風にそう優しく諭すと、山風は怯えながらゆっくりと顔を出した。
「あの……えと……あ、ありが、とう……ござ、います……」
「どういたしまして。怪我はしていないか?」
「」コクリ
「そうか。痛かったらすぐに言うのだぞ」
箒は優しくそう言うと、山風の頭を優しく撫でてあげた。撫でられた頭を恥ずかしそうに抑え、山風は再び海風の後ろに隠れる。
「それじゃ、鎮守府までご案内します。ついて来て下さい!」
「あぁ」
無事だった資材を持ち、阿武隈達は一路鎮守府を目指すのだった。
「やれやれ、一時はどうなるかと思ってたけど、良かったわ」
執務室の通信機を切り、五十鈴はホッと息を吐く。鎮守府防衛の為、響と共に近海で待機していた五十鈴だったが、戦闘したのは精々箒が撃ち漏らした潜水艦数体のみ。それも五十鈴の高い対潜能力によって瞬時に発見され、瞬く間に轟沈させられた。これ以上は敵が来ないとみた五十鈴は、近海警備を終わらせた後鎮守府に戻り、遠征から帰還途中の阿武隈に通信を繋ぎ、箒の回収を頼んで今に至る。
「箒さんがいてくれて良かったよ。私達だけだったらどうなっていたか……」
「帰ってきたら沢山お礼してあげなきゃいけないわね。響、手伝ってくれる?」
「да(了解)」
響がロシア語で返事したその時、
「貴様等ぁ!あの女は何処に行った!?」
執務室のドアが勢い良く開け放たれた。そこに立っていたのは、箒にボロクソに叩かれ逃げ出した筈の提督『亜道義治』と、数十人はいるであろう武装した男達であった。
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