元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
牙也とハイリアがゴトランドの案内で取調室へ到着すると、ドアの隙間から中を覗いたハイリアは愕然とした。
「な、何よこれ……!?」
取調室は植物でビッシリと覆われてしまっていた。それは昨日工廠を埋め尽くしたあの植物と同じもので、意志を持っているかのようにワサワサ蠢いている。そして取調室の中央、ちょうど机と椅子が置かれていた場所には、何やら巨大な木が生えていた。思わずドアをそっと閉める。
「昨日のあれと同じ事が……!?ゴトランド、何があったか説明して」
「えぇ……捕縛した職員の取り調べをしようと思ってゴトとグラーフ、それからネルソンの三人で取調室まで連れて来たんだけど、突然苦しみだしたと思ったらあっという間に……」
「グラーフとネルソンは無事!?」
「二人とも咄嗟に逃げたから大丈夫。今は一旦執務室で待機してもらってる」
「そう、良かった……他の娘達に影響とかはない?」
「取調室はゴト達三人しかいなかったし、あれ以降はここには誰も近づかないようにしたから、少なくとも影響は無いんじゃないかしら」
ゴトランド達の迅速な対応にハイリアはホッと一息。しかし取調室のこの有り様は迅速になんとかしなければならない。ハイリアは牙也に眼を向ける。
「これ、なんとかできる?」
「簡単だ。ついでに捕縛した職員も助けてやろう」
牙也はそう言うと頭に乗せたゴトシープをゴトランドに返すと取調室の中へ入っていった。
「おいこら大人しくしやがれ!別に悪い事する訳じゃないからいだだだだ!?だーもー利かん坊だなこいつは!大人しくしねぇなら痛い目見るぞ!覚悟しやがれあだだだだだ!?」
部屋からそんな声と共にドタバタ暴れる音が聞こえる。
「……簡単って何かしら?」
「辞書で調べてきなさい」
「メェ~」
五分後。
「ただいま」
ようやく取調室から牙也が出てきた。あの植物と大乱闘になっていたのか服はボロボロになっており、あちこち傷もできている。ゴトランドがこっそり取調室を覗くと、中はすっかり元通りになっていた。
「お帰りなさい。大変だったみたいね」
「利かん坊の相手は疲れるよ……あとお土産」
そう言って牙也は左手に掴んでいた男をハイリアに差し出した。気を失っているのかぐったりしている。
「取り敢えずヘルヘイムの植物は全部剥がしたから安全だ」
「どうも、じゃあ改めてお預かりするわ。ついでに怪我の治療してきたら?」
「これくらいならなんともねぇよ。ほら」
牙也はそう言うとゆっくりと息を吐く。すると牙也の体は淡い輝きを放ち始めた。そして全身の傷やボロボロになった服が修復されていく。三十秒程で牙也の全身はすっかり元通りになった。
「あら便利ねぇ、その能力」
「艦娘に使う高速修復剤レベルじゃないけどな、あると便利だぜホント」
牙也はそう言って男の首から何かを引きちぎると、男だけをハイリアに手渡した。
「はいお預かりします……っと、今何を取ったの?」
「こいつが付けてたネックレスだ。男には似合わん代物だと思ってたが……これからヘルヘイムの植物と同じ気を感じる。多分これがさっきの植物大量発生の原因だ」
「どういう事?」
牙也はネックレスを見せながら説明を始めた。
「このネックレス、恐らくだがヘルヘイムの森に生えてる樹木と果実を加工して作った物だ。身に付けた奴を任意のタイミングでインベスに変えちまう効果付きの代物だぜ」
「げ……普段から身に付けてたのは覚えてるけど、まさかそんな危ない物を身に付けてたの?」
「普段から、か……なるほど、こりゃこの職員がここに入る頃から監視されてると見た方が良いな」
牙也はそう言ってクラックを開き、中から小箱を取り出してネックレスを入れ、しっかり施錠した。
「これは俺の役目だな。そいつが目ぇ覚ましたら呼んでくれ」
その小箱を持って、牙也は部屋へ戻っていった。その後ろをちゃっかりゴトシープが付いて行く。
「ゴトシープー!彼の邪魔しないようにねー!」
「メェ~」
最早引き留めようともしないゴトランドは、牙也について行くゴトシープにそう声を掛け、ゴトシープも一声鳴いて応える。果たしてちゃんと理解しているのかは分からないが。
「ゴトはこの人を医務室に寝かせてくるわ。提督はネルソン達の方へ行ってあげて」
「ええ」
「さて、このあたりの筈なのですが……」
一方こちらは牙也達の拠点、ヘルヘイムの森。どれ程の面積があるのか誰も知らないその森の中をさ迷う影が一つあった。見た目はヘルヘイムの森でよく見かけるシカインベス、しかし体色は黒く、枯れ草色の外套を羽織り、腰に剣を差すそのインベス。
「神王様と王妃様を早くに巡り合わせる為にも、急がなければ……」
名を『エフィンム』、牙也と箒に仕える忠臣である。今エフィンムは、牙也に頼まれた任務遂行の為ヘルヘイムの森を探索していた。
「しかし難儀なものですな、神王様や王妃様と連絡を取る為に、二つのクラックを行き来する事になるとは」
エフィンムに与えられた任務、それは『箒の手掛かりを見つける事』そして『連絡を密に出来るようクラックを固定・維持する事』であった。箒の手掛かりは勿論大切なのだが、今回エフィンムはクラックの固定・維持に重きを置いていた。何故ならクラックは常時開いている訳ではないからだ。
いつ、何処に開くかも分からぬクラックも開きっぱなしという事はなく、役目を終えたりクラックそのものを破壊すれば閉じるし、時には勝手に閉じる事もある。一度閉じてしまえば、次にまた繋がるまでそのクラックから行けた場所には行けなくなる為、クラックの維持という任務は別々の場所から連絡を取り合う場合に重要な事なのだ。
そしてそのクラックの維持能力が、エフィンムは牙也と箒以上に優れており(エフィンム→牙也→箒の順で優れている)、よってこの任務を任されたという事だ。
「おお、ありました。ここですな」
やがてエフィンムは特に箒の反応の強い場所を見つけた。そこは牙也達の拠点から遠く離れた所にある小さな川の畔で、インベス達の水飲み場となっていた。
「それでは、これこれこうして……はっ!」
エフィンムはその川の真上に向かって右手を広げて円を描くように動かし、次にそこを腰に差した剣で斬った。すると斬った箇所に大きめのクラックが口を開けた。次いでエフィンムはヘルヘイムの植物を伸ばしてクラックを固定し、更にその植物をあちこちの樹木に接続した。植物はドクン……ドクン……と脈動して、樹木からエネルギーを吸い取りクラックへと次々流し込んでいく。
「よし、これで暫くは保つでしょう。では、試しに向かってみましょうか……はっ!」
クラックの維持エネルギー供給が安定しているのを確認したエフィンムは、箒を探す為そのクラックへと飛び込んでいった。
「うーん……なかなか精密にできてるもんだな」
再び場所を戻して、牙也の泊まる部屋。机の上にさっき回収したネックレスを広げ、いくつもの部品に分解してその仕組みを調べていた。その中身はヘルヘイムの植物で作られた物とは思えない程精密で、牙也も知らないテクニックが内包された、まさに技術の宝庫であった。
「これを応用すれば、俺も何か面白い物が作れそうだな……っと、いかんいかん。今はそれよりもこれの解析だ」
「メェ~」
牙也がひたすらにネックレスの解析を行う中、ついて来ていたゴトシープはと言うと、牙也の頭に乗っかってだらけていた。何ならそのまま寝てしまいそうな雰囲気でもある。
「退屈か?」
「メェ」
「だろうな。解析が済んだら飯でも行こうぜ、それまでゆっくりしてな」
「メェ~」
頭の上でだらけたまま気の抜けた返事をするゴトシープ。最早ここが定位置なんじゃないかと見間違う程だ。乗っかられている本人は特に気にしてないようだが。
「すまない、グラーフ・ツェッペリンだ。いるか?」
するとドアがノックされ、外からそんな声が聞こえた。牙也が「いるぞ、入ってきな」とドアに向かってそう声を掛けると、グラーフともう一人、薄い白金色のセミロング髪に首から下を覆う黒のウェットスーツの娘が部屋に入ってきた。
「グラーフと……見ない顔だな」
「ああ、この娘は『U-511』。ドイツの誇る『Uボート』と言う種の潜水艦娘だ。ユー、お客さんに挨拶しなさい」
「えっと……潜水艦の『U-511』です。その……よろしくお願い、します」
「よろしく。で、用件は?」
牙也が聞くと、グラーフはおもむろに牙也の頭を指差してきた。
「それだ」
「これか」
グラーフが指差した先にはゴトシープがだらけており、気づいた牙也はゴトシープを掴むとユーに差し出した。急に掴まれてジタバタもがくゴトシープだったが、ユーを見るとそれを止めて大人しくなった。ユーはゴトシープを受け取り大事そうに抱き締めると、小さく「……Danke」と言ってそのまま部屋を出ていった。
「ゴトシープは暫く預けておくか。さて、続きをーー」
机に向き直ろうとして、牙也はまだグラーフが部屋に残っていて、壁に寄りかかりながらこちらに視線を向けてくるのに気づいた。
「……見張りか?」
「いや、単に貴様を観察しているだけだ」
「そうかぃ。体の調子はどうだ?ヘルヘイムの植物の奇襲もあったんだ、体に不調とか出てないよな?」
「問題ない、あの程度の事でへたる柔な体ではない」
グラーフは自らの腕をポンと叩きながら言う。「そうか」と返し、牙也はネックレスの解析を再開する。暫しの間、カチャカチャと牙也がネックレスを弄る音だけが部屋に響く。
「……貴様は」
「?」
と、おもむろにグラーフが口を開いた。牙也は手を止めて目線だけをグラーフに向ける。
「貴様は何故、初対面の私達の為にその体を張れる?何故利が無いと分かっていながらも助けようとする?」
グラーフの問い掛けに、少し考えてから牙也は言った。
「俺はな、グラーフ。誰かを助けるという行為に『利』の有無があってはならないと思ってる。もしそれに『利』を求めた時、人は助けるか否かの判断を常に『利』の有無で判断してしまう。結果、助けられたにも関わらず助けなかった事で恨みを買ったり、何かを失ったりする」
「『利』の有無……」
「だから俺は、常に直感で助ける助けないを判断してる。そして今回俺は直感で助けるべきだと判断した。それだけだ」
「なるほど。だがそれが常に正しいとは言えまい?『何故助けた』と文句を言われる時もあるのではないか?」
「まぁな。助けるって行為は所詮『善意の押し付け』と何ら変わりないしな、時には怒られたり恨まれたりもするさ。けど助けなかったから怒られるよりも、助けて怒られる方が俺は良いと思うな」
そう言いながら牙也は再び手を動かし始める。
「どんな行為も、正誤なんてやってみないと分かりゃしない。しかも常に答えが変わるから尚更だ」
「だから直感で行動に移す、と」
グラーフの問い掛けに牙也は手を動かしながら頷く。
「どんな行動も、最終的には直感が全て決める。どんなに悩んでも、どんなに努力しても、最後は結局直感に落ち着くのさ。一番悪いのは、その直感による失敗を恐れて何もしない事だと俺は思うよ……よし、解析完了!」
喋りながらも解析を進めていた牙也は、話し終えると同時に解析を終え、そのネックレスを再び小箱に仕舞ってしっかり施錠し、クラックに放り込んだ。時計を見ると、既に午後に入っていた。
「……正午過ぎたか、結構早く終わったな。俺は飯にするが、グラーフはどうする?」
「……私も行こう。お前には、まだ色々話を聞きたいからな」
「そうか。じゃあ飯食べながら色々議論しようぜ」
「ああ」
二人は揃って部屋を出ると、牙也が鍵を閉めて先に向かう。それを追い掛けながら、グラーフは先程の牙也の話を反芻していた。
(どんな行動も最後は直感、か……)
牙也の話に何かを見出だしたのか、その表情はいつもより鋭くなっていた。
後に『蒼穹の支配者』の異名を持つ事になる彼女の、新たな一歩が今、踏み出された。