元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
「あらぁ~?見覚えのない方がいるわね~、どちら様ですか~?」
執務室のドアを破壊して現れたその艦娘は、薙刀を頭上で回転させながら狂気とも見てとれる笑みを見せる。
「龍田!?あんた何してんのよ!?」
「あら~、そこにいる方が毒でも食べさせようとしてるんじゃないかって思っちゃって~、ついついやっちゃったわ~」
「やっちゃったじゃないですよぉ!見て下さい、隼鷹さんを!」
「あちぃぃぃぃぃ!なんであたしばっかりこんな目にあわなきゃいけないんだよぉぉぉぉぉぉ!」
箒からアイアンクローを食らい、気絶した後に拳骨で叩き起こされ、挙げ句の果てには龍田の乱入でお粥やうどんを頭から被る羽目になった隼鷹。運は高めの筈なのに、何故……。
「あら~、ごめんなさいねぇ。ところで五十鈴ちゃん、この方はどちら様~?」
龍田と呼ばれた艦娘は、執務室にぶちまけられたお粥やうどん、お椀の残骸を静かに見つめる箒を指差して聞く。
「新しいここの提督よ。それよりもあんた、五十鈴達の心配よりも自分の心配したらどう?」
「え~?それどういう意味ーー」
「おい」
声を掛けられ龍田が振り向くと、その肩に手を置きながら箒が自身を見ていた。満面な笑みの裏に濃密な殺気を込めて。
「ぴっ!?」
「ここに新しく着任した提督として貴様に命ずる……今すぐ破壊したドアや机、散らかしたお粥やうどんにお椀を片付けろ。貴様一人でな」
「は……はい……」
箒の圧に気圧され、龍田は大人しく床の片付けを始めた。「フン」と息を吐いて箒が辺りを見回すと、五十鈴と阿武隈は同じく殺気に気圧されたのか提督用執務机の後ろに隠れており、隼鷹は怯える響を守る態勢をとっていた(頭にお粥やうどんを被ったままなので格好つかなかったが)。
「あぁすまん、驚かせてしまったみたいだな。食べ物を粗末にする奴が大嫌いなのでな、私は」
「そ、そう……」
「やれやれ……流石に今の空気では食事など出来たものではないな。また明日で良いか?」
「あ、はい……あたし的にはそれでOKです……」
「では皆は部屋に戻ってゆっくり休め。隼鷹はシャワー浴びておくのだぞ。それと龍田だったか……貴様は執務室を綺麗に片付けてから部屋に戻れ、もしサボれば分かってるな?」
「イ、イエスマム!」
綺麗な敬礼で返事し、龍田は掃除を再開する。その後ろを通って五十鈴達は執務室をそそくさと出ていった。
(ごめんね龍田、今回ばかりはフォロー出来ないわ)
(後で死に水すくいに来ますから!)
(……この人には絶対逆らわないようにしよう、うん。艦娘として働けなくなるばかりか、あたしは命すら危なくなる)
(……頑張って下さい)
心の中で龍田の無事を祈りながら。
「ふぅ……たった一日だと言うのに、一週間のように感じたな」
それから約30分後。掃除を終えた龍田に軽い説教をしてから部屋に帰した箒は、ソファに倒れ込むように座った。
「しかしまさか私が提督業務をやる事になるとはな……こういうのは牙也の方が様になるだろうに」
元々指示を出すタイプでなく指示を受けて動くタイプの箒。トップとして部下に命令する立場になんとなく違和感を覚えていた。今までも箒は行動を起こす際、牙也から様々な命令を受けて動いていた。故に何をすれば良いのか、どのような命令をすれば良いのか、分からない事だらけだった。
「はぁ……艦娘達から色々学ばなければな。さぁ、明日から忙しくなるぞ!」
自身に喝を入れ、明日からの毎日に思い馳せる箒であった。
次の日。
「フッ!フッ!」
時刻は午前4時過ぎ。鎮守府にも朝日が当たり始めようとしていた頃、日課の竹刀の素振りを行う箒の姿が鎮守府玄関前にあった。少しのブレもない綺麗な姿勢で行われる素振りは、まさに一つの芸術にも感じられた。
「998……999……1000!」
実に千回の素振りを終え、箒は一息つく。竹刀をその場に置き、首に下げたタオルで汗を拭く。微かに差す朝日に照らされた健康的な肌が、彼女の美しさを際立たせている。
「あら箒さん、おはよう」
その声に振り向くと、運動着に着替えた五十鈴がいた。
「五十鈴か、おはよう。察するに、朝早くのジョギングか?」
「ええ、日課なのよ。箒さんは?」
「私も日課の素振りだ。さっき終わったがな」
「そう……」
そう返す五十鈴の視線は、箒の体の一部分に向けられていた。服の下から、これでもかと激しい主張をしている胸だ。
「気になるか?」
その胸を両手で持ち上げながら箒が聞く。
「ええ、まぁ……五十鈴も自信あるけど、それには勝てないわ」
同じように自身の胸を両手で持ち上げながら五十鈴が答える。
「充分だろう、その大きさで。私が異常なだけだ」
「そうなんでしょうけど……その胸+モデル顔負けのスタイルの良さってズルくない?」
「スタイルに関しては『運動してたから』としか言えんな。胸は……察してくれ」
「苦労してるのね、貴女も……」
辺りを静寂が包む。
「……よし!この話はもう終わり、もう止め!」
「そうね、これ以上は不毛だわ。それじゃ一時間ほど走ってくるわ」
「気をつけてな」
ジョギングを始めた五十鈴を見送り、箒はシャワーを浴びる為部屋に戻っていった。
部屋まで後少しと言ったところで、箒は部屋のドアの前に誰かが立っているのに気づいた。
「あれは……確か松風だったか?それともう一人……」
「松風ちゃぁん……本当に大丈夫なのぉ?」
「大丈夫だよ、ふみちゃん。前の人に比べたら良い人だからね、それに僕もついてるから」
松風ともう一人、膝まである茶髪をポニーテールにまとめ、黒セーラーを着た艦娘がいた。黒セーラーの艦娘は松風の後ろにしがみつくように隠れており、少し怯えているようにも見えた。
「僕が先に入るから、ふみちゃんは僕について入ってね」
「う、うん……分かったよぉ」
「よしよし……さて、箒さん起きてるかい?」コンコン
「こっちだ、松風」
少し遠くから箒が声を掛けると、松風が気づいてこちらに来た。その後ろを黒セーラーの艦娘がひょこひょことついてくる。
「なんだ、もう起きてたのかい?起こしに来たんだけど、必要なかったみたいだね」
「さっきまで日課の素振りをしていたのでな。わざわざ起こしに来てくれてすまないな」
「気にしないでほしいな、僕達の仕事でもあるからね」
「そうか。ところでお前の後ろに隠れてる娘は?」
気になったのか、箒は松風の後ろにいる黒セーラーの艦娘について聞いてみた。
「あぁ、この娘はふみちゃん。僕の大事な友達さ」
「えぇっと……む、睦月型駆逐艦、七番艦の『文月』です……よ、よろしくお願いします」
「文月か、良い名ではないか。私は篠ノ之箒という、よろしく頼むぞ」
軽く自己紹介すると、箒は怯えている文月の頭を優しく撫でてあげた。
「ふぁ……気持ちいいよぉ……」
撫で方が上手いせいか、文月は酔いしれたような表情になる。その表情に、箒も松風も表情が綻んだ。そして箒がその手を離そうとすると、
「も、もう少しだけ……もう少しだけ……!」
「ははは、分かった分かった」
小さな両手で箒の腕を掴み、撫でるのを止めさせない。しばらくの間、箒は文月が満足するまでその頭を優しく撫で続ける事となった。
「箒お姉ちゃん、またねぇ~」
「すまないね、時間潰してしまって」
「良いんだ、私も楽しめたしな。友達、大事にするんだぞ」
一頻り撫でられ満足したのか、文月は松風を引っ張って戻っていった。別れる際手をブンブン大きく振っていたあたり、まだまだ幼さが垣間見えた。
「おっと、早くシャワーを浴びて朝食の準備をしなければな」
ここで本来の目的をようやく思い出した箒は、急ぎシャワーを浴びると、用意された軍服に着替えて地図に示されていた食堂へ向かった。
箒が食堂に到着した時、中から話し声が聞こえてきた。覗いてみると、響と龍田が食堂の掃除をしながら何か話しているようだった。
「龍田さん、昨日は大丈夫だったのかい?」
「え、えぇ……でも生きた心地がしなかったわ~、あの人掃除終わるまでずっと私の事見てたんだもの~……殺気全開で」
「それはもう……御愁傷様としか言えないね」
「終わってから必死に謝ったけど~……あの時ほど自分を責めた時は無いわ~」
「龍田さんにも怖いものがあったんだね」
「そうねぇ~、あの人の顔以上に怖いものは無いわ~」
「誰の顔が怖いと?」
その声に二人がビクッとしながら見ると、食堂の出入り口から箒が顔を出していた。
「おはよう、二人とも。朝早くからご苦労様だな」
「おはよう、箒さん。昨日はよく眠れたかい?」
「まぁな。龍田もおはよう」
「お、おはようございます~……あの、昨日はごめんなさい」
「反省しているなら良いんだ。が、後で隼鷹にも謝っておけよ、一番の被害者なんだからな」
「は、はい!」
箒の忠告に龍田は綺麗な敬礼で答える。最早トラウマなのだろうか、顔面蒼白であった。対して箒はそんな龍田の頭を優しく撫でて言った。
「あまり気負うな。お前は仲間達が危険だと判断してあの行動をした。結果的にああなったが、『仲間を守る』という点では正しい行動だ、誇れば良い」
「ですけど~……」
「私はもう気にしていない、だからお前ももう気にするな。それで終わりだ」
「は、はぁ……」
無理やり話を終わらせ、箒は厨房へと入っていく。
「朝食を作るのかい?」
「ああ。良ければ手伝ってくれないか?」
「それは構わないけど……食材はあるのかい?ここの食堂は機能してなかったから、何もない筈だけど」
「食材なら今から用意すれば良い」
「今から?」
響と龍田がキョトンとしている間に、箒はクラックを開いて中から大量の食材を引っ張り出した。米や野菜、肉に魚、調味料等々。山盛りになった食材を目の前に、箒は「さて、何を作るか……」と一人考え始めた。
「えっと……それ、今どこから出したのかしら~?」
「ん?それはまぁ、こうやってクラックの中からゴソッと」
箒は再びクラックを開いて同じ動作をして見せた。
「とまぁこんな感じだ」
「」
(そうだった、箒さん自分で言ってたっけ、人間じゃないって)
龍田は信じられない光景に呆然とし、響は最初に会った時を思い出していた。
「よし、決めた。昨日の事もあるし、簡単な和食にするか。龍田は野菜のカットを、響はご飯を頼む」
「あの……私達やり方知らないのだけど」
「あ、すまんすまん。教えるからその通りにしてくれ」
色々グダグダしながらも、箒は二人とともに朝食の準備に追われるのであった。
こうして朝食作りに追われる事一時間弱ーー
「よし、全部完成したな」
食堂の大机にずらりと並ぶのは、大小様々な皿とバイキング形式で大皿に置かれた料理。焼き魚や野菜サラダ、煮物に漬物、卵焼きに味噌汁。種類は少ないが、どれもそれなりな量があり、良い匂いを食堂内から食堂外へと届けていく。
「つ、疲れた……」
「朝からもうヘトヘトよ~……」
「だらしないぞ、お前達。艦娘なのだから、相応には体力はある筈だろう」
「仕方ないわよぉ~、経験ないから余計に疲れるのよ~?」
「まったく……」
机に突っ伏す二人に箒が呆れていると、
「あら、随分良い匂いじゃない!」
「わ、食堂が凄いことに!?というか何ですかこの料理の数々は!?」
匂いにつられたのか、五十鈴と阿武隈が食堂に入ってきた。二人とも机に並べられた料理に目を輝かせている。
「五十鈴と……阿武隈だったな。昨日言った通り、簡単な料理を作った、好きなのを皿に取って食べるといい」
「分かったわ。ところでなんで龍田と響は机に突っ伏してるのよ?」
「提督のお手伝いよぉ~……」
「一時間ぶっ通しで朝食作りさ……」
「お、お疲れ様です……」
突っ伏す二人に労りの声を掛け、阿武隈は先に料理を取り始めていた五十鈴についていった。
その後も、
「うわぁ~良い匂い~!」
「そうだねふみちゃん。僕もお腹が……」クゥー
「す、凄い……!どれも美味しそうです!」
「朧、見ただけで分かります。どれも美味しい物です……多分」
「うは~、こりゃたまらないねぇ!」
「早く食べた~い!」
「……!」キラキラ
「あらあら、山風ったら……でも本当に美味しそう……」
芳しい香りにつられ、艦娘が次々と食堂に集まってきた。それぞれが思い思いに料理を取り分けて着席し、大人しく待っている。そして最後に箒が自分の食べる料理を取り分けて着席すると、五十鈴がマイクを持って前に進み出てきた。
「はい注目ー!知ってる娘もいると思うけど、今日から提督が変わります!こちらの篠ノ之箒さん!階級は少佐だったかしら?」
「あぁ、手紙にはそう書いてあった」
「はいはい、それじゃ箒さん、何か一言貰えるかしら?」
「分かった」
箒は五十鈴からマイクを受け取ると、彼女に代わって前に進み出た。
「えー、ご紹介に与った篠ノ之箒だ。階級はさっき言った通り少佐だ。あまりこういう指揮系統は経験がないし、そもそも一般からの就任ゆえ、お前達の事はほとんど分からん。いわば私は提督業について何も知らぬペーペーだ、だからこそ、お前達の協力は必要不可欠……どうか未熟者な私に、お前達の力を貸してほしい。よろしく頼む」
箒がそう締めて一礼すると、艦娘達から次々拍手が起こった。箒は一言「ありがとう」と言うと、五十鈴にマイクを返して席に戻った。
「はい、それじゃ箒さんの挨拶も済んだし、早速食べ始めましょ!箒さん、号令をお願い」
「分かった。今皆の前に用意されたのは、私、そして手伝ってくれた響と龍田で作った料理だ。皆、響と龍田に拍手を」
箒がそう言うと、二人に向けて再び拍手が起こった。響も龍田も、照れ臭そうに顔を伏せている。
「で、事前に料理を食べるのが初めてだという娘もいると聞いたので、ひとまず簡単な物をいくつか用意した。おかわりもあるから、気に入ってくれたらおかわりしてくれると嬉しい」
そこまで言って箒が周りを見ると、一部の艦娘は話を聞いていないのか、目の前の料理に釘付けになっている。
「……早く食べたい者もいるようだな。これ以上お預けも酷だろうし、早速食べ始めようか。では皆、手を合わせて」
皆が箒のように手を合わせる。
「では……いただきます」
『いただきまーす!!』
こうして、提督となった箒の一日目がスタートした。