元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) 作:神羅の霊廟
第七話、箒sideになります。
「……であるからして、貴女達提督の仕事は一口に言っても沢山あるのよ」
ホワイトボードに様々な言葉を記入しながら、五十鈴は目の前の生徒ーー箒に提督の何たるかを解説していく。時刻は午後2時半を回っている。昼食に山盛りの唐揚げやサラダを食べた後、五十鈴は龍田に遠征を任せ、提督の仕事についての授業を箒に課した。箒は執務室に用意されたホワイトボードを埋め尽くす程の量の内容を必死になってノートに書き込んでいる。
「と言ったところで、質問はあるかしら?」
「いや、今はない。また必要になったら質問する」
「そう。それじゃ今日はここまでよ」
手に持った教本を閉じ、五十鈴は箒の様子を伺う。詰め込み授業だった故か箒は酷く疲弊しており、机に突っ伏していた。
「どうだった?提督業の大変さ、きちんと理解してくれたかしら?」
「……充分過ぎる程にな。やはり私は指揮するよりも指揮される方が体に合っているようだ」
「大将より一兵卒って事ね。貴女らしいわ……けど、明日もまた詰め込み授業よ、しっかりついて来なさいね?」
「うげ……」
再び机に突っ伏す箒。IS学園に在籍していた頃の成績は悪くはなかったが良くもなく……といった所だった故、授業に置いていかれる事も屡々あった。むしろ体を動かす方が好きだった彼女としては、詰め込み授業は苦手の部類に入るのだろう。
「さて、五十鈴はこれから装備開発に行ってくるわ。今日の書類は全部終わってるから、箒さんは後の時間は自由にしてて良いわよ」
「それは助かる……」
「たた、大変ですぅ!」
その時、執務室のドアを蹴破る勢いで阿武隈が飛び込んできた。顔は蒼白しており、顔面冷や汗だらけだ。
「ちょっと阿武隈、もっと静かに入室しなさいよ」
「あ、ごめんなさい五十鈴姉さん……じゃなくて!大変なんですよぉ!」
阿武隈はいつも以上に慌てており、五十鈴の注意も右から左。とにかく焦っていた。
「落ち着きなさいよ、一体どうしたの?」
「お、お客様です!箒さんにお客様が来てます!」
「私にか?」
阿武隈の報告を聞き、箒は首を傾げた。そもそも箒は別の世界からやって来た存在なのでこの世界に知り合いがいる筈もない。一瞬牙也かと考えたが、もし彼なら正面から堂々と入ってくるなんて真似はまずやらないだろう。長年牙也と共に生きてきて性格を熟知している箒は、その可能性をすぐに消した。
「一体誰が私を訪ねて来たんだ?」
「そ、それが、その……えっと……」
「阿武隈、一旦落ち着いて。ゆっくり深呼吸してから話しなさい」
「ほぇ!?えっと、すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~」
五十鈴に注意され、一旦深呼吸して落ち着く阿武隈。その際無駄に深呼吸の動きが大きかったのは愛嬌という事で。
「で?私への客というのは?」
「げ……元帥、です」
「は?」
「だからぁ!海軍元帥が直々にここに箒さんを訪ねて来たんですよぉ!」
「嘘でしょ!?」
誰もが予想しなかった事態に五十鈴は慌て、阿武隈は狼狽えるばかり。そんな中、箒はいたって冷静であった。
「落ち着け二人とも。取り敢えず阿武隈は元帥を客間にお通ししてくれ。五十鈴は元帥に出すお茶菓子の準備を、大至急だ」
「り、了解!」
「わ、分かったわ!」
「その必要はないよ」
突如執務室に響いた、女性の声。その声に導かれ、三人は一斉にその方向に目を向ける。そこには、齡60くらいだろうか、年季の入った軍服に身を包んだ白髪の女性が悠然と立っていた。その後ろには女性の部下であろう艦娘が少し距離を空けて控えている。
「ヒッヒッヒッ……急な訪問になってすまなかったね、新人提督殿。あたしが今の海軍の元帥、『定藤日和』さね。よろしく頼むよ」
「よ、よろしくお願いします!」
「げ、元帥殿もご機嫌麗しく!」
「何がご機嫌なもんかね。今の海軍の状況を見て、どこにご機嫌になるような要素があるのやら」
海軍元帥ーー定藤日和は不気味な笑みを浮かべながらそう言う。五十鈴と阿武隈はガチガチに固まったまま敬礼している。まぁ目の前に自分達が仕えている海軍のトップがいるのだから当然だろうが、定藤の後ろに控えている艦娘が未だに一言も発さずに目を閉じたまま立っているのもあるのだろう。
「……」
そんなやり取りをしている間も、当事者の箒はいつも通り冷静であった。とは言え自身の上司にあたる方ゆえ、五十鈴達の見よう見まねで敬礼はしている。
「……随分と肝の座った娘だね。大抵の新人ならあたしが目の前にいるだけでこんな風にガチガチになるもんなのにさ」
「よく言われます」
「そうかぃ。さて……」
定藤は箒の返答にそう頷くと、おもむろに箒の顔を覗き込んできた。箒の顔のパーツ一つ一つを、まるで何かを確かめるような目付きで観察している。箒は相変わらず冷静な表情を崩さない。一方五十鈴と阿武隈は何が起こるのかと端の方で戦々恐々していた。やがて定藤は観察を止めてふぅとため息一つ。そして後ろに控えている艦娘に目を向けた。
「決まりだね。神通や、こちらにおいで」
「はい」
定藤が名前を呼ぶと、その艦娘ーー定藤に神通と呼ばれていたーーはようやく目を開いて返事をし、定藤の横に立った。
「篠ノ之少佐だったね。突然の頼みで悪いんだけどね、この神通をここで預かってはくれないかぃ?」
定藤は神通の肩に手を置きながらそう頼んできた。突然の事に五十鈴と阿武隈は驚いた表情で定藤を見ていた。隣に立つ神通も予想外だったのか、同じく驚いた表情で定藤に目を向けた。
「なぁに、この娘はあたしが手塩にかけて育てた自慢の艦娘さ。ここみたいな小さな鎮守府なら、充分な戦力にはなるさね」
「元帥!?何故そのようなーー」
「神通」
神通の言葉を遮り、定藤は神通の両肩に手を置いてその目をじっと見つめてきた。五十鈴と阿武隈は何が何だか分からず困惑するばかり。一方神通は定藤の表情から、彼女の決意のようなものを感じ取っていた。
「……頼んだよ、神通。ここが立派な鎮守府になる為には、お前さんの力が必要なんだよ」
「元帥……」
定藤は優しい笑みを見せると、神通の頭をポンポンと撫でてやる。その時の神通の表情は、何よりも悲しそうであった。定藤はまた「ヒッヒッ」と笑うと、再び箒に目を向けた。
「……何故、私に彼女を?」
「突然の事ですまないね、篠ノ之少佐。けど、あたしゃこれでもお前さんに期待してんだ。これからの海軍には、お前さんみたいな人材が一人でも多く必要なのさね。あたしみたいな老骨はいずれ、お前さんみたいな人材に全てを託さなにゃならん……お前さんは、あたしの認めた逸材さ、誇って良いさね」
「そうですか……それが貴女の決意ならば、私はそれに従いましょう」
「ヒッヒッヒッ。それじゃ早速今日から頼んだよ。必要な書類は明日送るからね」
「はっ」
箒の綺麗な敬礼に定藤は満足そうに笑みを見せる。そして神通に向けフリフリ手を振ると、鼻歌を響かせながら執務室を去っていった。その後ろ姿に箒と神通は深く礼をして彼女を見送った。顔を上げてふと見ると、五十鈴と阿武隈は未だにポカンとした表情で、定藤が出ていった執務室のドアを見ていた。
「……五十鈴、阿武隈」
「ひゃいっ!?」
「な、何かしら!?」
「五十鈴は当初の予定通り開発を頼む。阿武隈は暇している娘を捕まえて部屋の準備をするんだ。私は彼女を連れて鎮守府の案内をする。時間がないから素早く頼むぞ。はいダッシュ!」
『り、了解!』
二人は慌ててバタバタと執務室を飛び出していく。それを見送り、箒は神通に目を向けた。
「では私が鎮守府を案内する。ついて来てくれ」
「はい」
それから二人は、鎮守府内の施設をぐるりと見て回った。最初に居た執務室や雲龍のいる資料室、工廠、修理ドック、食堂等。元々小さな鎮守府故に施設は少ないが、どこも充実した設備を兼ね備えていた。
「なるほど。小さな鎮守府と聞いていたので、まだ設備が揃っていないと思っていましたが……意外と充実していますね」
「あぁ。前任の提督が金にものを言わせて色々やってくれたらしいからな、私としてはタダでこんな充実した設備が使えてラッキーだ」
「確かに設備がしっかりしている事は、艦隊運営にも少なからず影響を及ぼしますからね」
そんな話をしながら、二人は施設内をあちこち回っていく。すると、二人の耳に何やら掛け声が聞こえてきた。はて、と思いその声のする方へ向かっていくと、そこは食堂の近くに建てられた木造平屋の建物があり、その中から掛け声が聞こえてきた。よく見ると、建物の出入口に『道場』と達筆で書かれた看板があった。
「ほぅ、こんなものもあったのか。これは知らなかったな」
「ご存知なかったのですか?」
「私は昨日ここに来たばかりなのでな」
箒は苦笑いを浮かべながら道場へと入っていき、神通も追い掛けて中へ入る。道場内部はそれなりに広さがあり、年季の入った汚れが壁や床にある。かなり長く使われていたのだろうか。そして道場の中央には、一心不乱に薙刀を振るう艦娘の姿があった。その艦娘は箒達に気づくと、一旦薙刀を振るうのを止めて二人に向き直った。
「あら~、提督じゃないですか~。五十鈴ちゃんの授業は終わったの~?」
「掛け声は龍田だったか。授業は終わって、今彼女を案内していたところだが……そちらこそ遠征は無事に終わったのか?」
「あら~、そう言えば報告書がまだでしたね~。夜には提出しま~す」
「分かった」
ふわふわと掴み所のない話し方をする龍田に対し、箒はいつもの口調で答える。と、龍田が箒の後ろに控えていた神通に気づいた。そして彼女を見るなり、
「うふふ……うふふ……うふふふふふ!!」
狂ったような笑みを浮かべた。そして持っていた薙刀を神通に向けた。
「あら~、神通ちゃんじゃない~。会うのは二年ぶりかしら~?」
「正確には二年と四ヶ月ですね。龍田さんもお変わりないようで……」
神通もまたどこから引っ張り出したのか、打刀を腰に差して居合の態勢を取る。
「それじゃ~久しぶりの再会に~?」
「久しぶりの再会に」
互いに殺気全開で戦闘態勢となる二人。二人がしっかりと地に足付けている為にギシギシと軋む木の床。そしてその軋む音が二つ重なった時、凄まじい斬撃の応酬が
「止めんか馬鹿共」
始まらなかった。二人の間に箒が乱入して仲裁したからだ。龍田の薙刀と神通の打刀、それぞれの武器の刃の部分を両手の人差し指と中指で挟むように受け止めた箒は、涼しい表情で二人を宥める。これには二人も驚いたのか、ポカンとしたまま硬直していた。
「再会を喜ぶのは良い事だが、すまないがそれは後にしろ。まだ神通に関する要件が終わってないからな」
箒は指で挟んだまま二人の武器を取り上げると、一旦その武器を普通に持ち直してから二人に返した。まだ二人は呆然としており、半ば無意識に各々の武器を受け取った。
「龍田は早急に報告書を書いて提出。神通は……」
「あー!こんな所に居たんですね、てーとく!」
と、そこへ阿武隈が現れた。急いで走ってきたのか少し息が上がっている。
「阿武隈か。部屋の準備は終わったのか?」
「はい、瑞鳳さん捕まえて一緒に。もういつでも使えますよ」
「ありがとう、阿武隈。夕飯楽しみにしていてくれ、奮発するからな。神通は取り敢えず荷物を部屋に置いて来なさい」
「は、はぁ……承知しました」
「えへへ、どういたしまして!あ、それと瑞鳳さんが今度卵焼きの作り方教えてほしいって!」
「分かった、夕飯の後にでも教えるからと伝えておいてくれ」
阿武隈は「夕飯楽しみにしてまーす!」と言って笑顔で道場を出ていき、神通も彼女を追い掛けていった。二人を見送り、箒は龍田に目を向ける。相変わらず龍田は呆然としていた。そこで箒が目の前で両手をパンッと鳴らすと、ようやく龍田は我に返った。
「報告書。夕飯終わってからで良いから必ず提出するのだぞ、龍田」
「あ……は~い。ところで提督?」
道場を出ていこうとする箒を、龍田が呼び止める。箒が振り向くと、
「提督……貴女、本当に何者なのかしら~?」
怪しみの目で龍田はそう問い掛ける。箒はその質問に一瞬キョトンとするも、すぐに笑顔を見せてこう言った。
「人間さ……元、だがな」
そう答えて箒はさっさと道場を出ていく。龍田は彼女の回答の意味を分かりかねているのか、こちらもキョトンとしていた。