魔神さんが人間界で好き勝手するそうです 作:流しそうめん
この世に転生物の作品は数あれど、私が体験した転生はジャンルとして分類してみれば成り上がり物であった。
魔界と呼ばれる世界に自然発生的に生まれ落ちた数ある下級悪魔の一匹。
法もモラルも存在しない弱肉強食の世界で親や友人といった庇護者や協力者もいない状態で一人きり。
悪魔をぶち殺せばそいつが持っている魔素の一部を吸収できるとはいえ、某バトロワFPSのように一人が戦闘を起こせば漁夫の漁夫の漁夫の漁夫まで来るのが当然だった。
まさに蠱毒。価値観が根本から私とは異なっている彼らは自分の命をまるで小銭のように掛け金として机の上に叩き付けていたのだった。
そのような環境の中で、私が抱いた思いは単純でありきたりなものだった。
死にたくない。
誰かの命を救う代わりに死ぬのならまだいい。親しい人に看取られて死ぬのならば満足もしよう。けれど、前の人生でどうやって死んだのかも分からずにこんな訳もわからない場所で無意味に死ぬのだけは許容出来なかった。
だから私は、人並みに暮らすだけなら不要と判断していた全力を二度目の生にして初めて発揮したのだった。
殺し合いの果てに生き残った悪魔を殺害して効率良く魔素を取り込んだ。罠や奇襲、騙し討ち。取れる手段は全て取った。
魔素と呼ばれるものの基本的な性質を解明した。悪魔としての力を増したことで誰に教えられるでもなく会得していた魔法を効率化させていった。
前世での記憶を利用して魔法による魔力の使用は最小限に、現象を組み合わせ、物理法則を活かして最大限の成果を得られるような魔法を開発した。
そこからはただの繰り返しだった。
魔法を編み出し、殺して取り込み、法則を暴き、殺して、考え、取り込んで、理解し、殺して、悟って、また殺した。
あの頃の私はただ生き残りたいという理由だけで殺していたのではなく、前世では体験出来なかった魔法とそれによって理解できるこの世界の法則に酔いしれていたのだと今になって思う。
恐らく、この頃の私が一番充実していた。
何故ならやることがあって、日々の成長と成果に達成感を感じられることが出来たから。
昨日まで出来なかったことが、強い悪魔を殺すことで出来るようになる。
今まで分からなかったことが、実験と思索を繰り返して理解することが出来た。
成長と理解、その繰り返し。それに夢中になっていた私は気が付かなかったのだ。
自らの身体に起きていた異変に。
魔素を取り込みすぎた体が悪魔たちが跳梁跋扈している魔素満ちる魔界ですら許容出来なくなったことを。
その結果、世界から弾き出されて魔界よりも下の、底の底へと送られてしまうことを。
私の存在が悪魔の枠を超えて魔神と化してしまったことを、深淵と名付けた世界に送り飛ばされてからようやく認識出来たのだった。
◇
「あ~~~~~暇、暇暇。ひっまぁ~……」
「いつも言われていますね、ソラ様は。育成していた悪魔達はどうされたのですか?」
深淵に造った掘っ立て小屋。建物の小ささに似つかわしくない豪奢なベッドに横たわりながら喚くと首輪を付けたメイド服姿の黒髪ボブカットの女性……に見える魔神、レイから指摘を受ける。
「ん~、なんか小康状態に入ってるみたいなんだよねぇ。ある程度力を得ると人間に近い社交能力も芽生えるみたいでさー。漁夫を恐れているのもあるだろうけど、今までせこせこと溜めた力を失うのが怖くて睨み合ってる状態。昔はどの子も、いや一人を除いてか。野心がギラついていたのになぁ」
「はぁ、そういうものですか。
あざといことに小首をこてんと傾げながら、理解出来ないとばかりに話すレイに苦笑する。
この世界、深淵に存在している生き物は3人しかいない。
私こと、銀髪蒼眼の少女体の悪魔として転生してしまった魔神ソラ。目の前のメイドの格好をしている(私がさせた)成人女性体の魔神レイ。そしてもう一人、まともな会話が出来ないから距離を置いている気狂い魔神。
百年ほど前に私がこの世界に来るまでは二人しか存在していなかったらしく、私一人がここに来た所で特に世界が変わることもなかった。
簡単なゲームを作って遊んでみても対戦相手が同じなら数ヶ月もすれば飽きてしまう。だから魔界にちょっかいをかけたりして魔神に至る存在を増やそうとはしていたのだが。
「はぁ~。七大悪魔が殺し合いを始めて生き残った一人が四大魔王と同格の存在になった上で、5人でもっかい殺し合いをしてくれたら、最後に残った一人にここから力を注ぎ込んでギリ魔神送りに出来そうなのにな~」
「ソラ様は魔神を増やされたいのですか?
「いや、そうじゃなくてさ。何か変化が欲しいんだよ。毎日毎日代わり映えのない生活でつまんないじゃん。軽い干渉は出来ても、ここから魔界まで私の本体が移動出来る訳もないし。だから戯れに悪魔に力を与えて殺し合いをさせるし、それを見て楽しんでいるのさ」
またもや理解出来なさそうな顔をしているレイであるが、これは仕方ないとも言える。
ありとあらゆる娯楽で気を引こうとしている世界から生まれ変わった私と違って彼女は元からこの世界すら知らないのだ。
飲まず食わずな上に寝なくても全く問題がないレイにとってはこうしてぼーっと突っ立っているだけの毎日が普通で、娯楽を求めてあーだこーだしている私のほうが変わって見えるのだろう。
「それにしても」
と言いながら、私は知覚を飛ばして魔界全体を俯瞰する。
ユーラシア大陸と同じくらいの大きさの魔界ではあるが、今の私であれば魔界中で起こったことを同時に察知出来るくらいの能力はあるのだ。
あちらこちらから感じ取れるのは召喚式の魔法陣。それと同時に消える悪魔の反応。
ん~、やっぱりこれって、あれだよね。
「最近は悪魔を召喚しているのが増えてるね。下級ならともかく中級や上級まで引っ張られてるし。何か人間達の方であったのかな」
「ニンゲンの世界ですか。その召喚であればソラ様もここから抜け出せるのでしょうか?」
「そうだといいけどね」
と言いながらも期待はしないでおいている。確かに世界の大きさも魔素の許容量も余裕がある人間界ではあるが、魔界とは違って深淵は世界の位階が違う上に深度も深くなっているのだ。
素潜りをしてプールの底の石を拾うことが出来ても、深海に潜む魚を捉えることが出来ないように。
そこら辺の怪しい魔術師がチンケな生贄を用意してごにょごにょと唱えているだけでは一生かかってもここまで召喚の座標を持ってくることは不可能だ。
私のところまで召喚の門を開くには世界最高峰のスパコンを利用した超高速演算による詠唱処理と魔法陣の組み換え、国家予算規模のエネルギーを媒介にした上に宝くじで一等賞を10連続で当てるレベルの幸運がなければ呼ぶ、ことなん……て。
「は?」
「おお」
間の抜けた声をあげたのは私で、関心したような声を上げたのはレイだった。
開いていたのだ。
私の目の前に、人間界にまで繋がる召喚の門が。
いやいや、流石に無いって。
何かの間違いじゃないかな。
召喚の門に時間凍結の魔法をかけた上で解析に解析を重ねて、数えるのも億劫な数の並列思考をぶん回す。
もしこれが本物ならば人間界では国家レベルの存在が予算の多くを注ぎ込んで悪魔召喚を行っていることになってしまうからだ。
いくらなんでもそんなオカルト国家が乱立しているほど狂ってはいないはず。
そして数瞬の後に、幾重にも思考を重ねた末に出た結論は。
「いや、これ。人間界に繋がる門ですね……」
あまりの異常事態に変な敬語が出てしまう。
触れるか触れざるべきか。事前に考える猶予があれば即答で触れるべきと答える私ではあるが、咄嗟のことに考え込んでしまう。
と、その時。
どん――
背中に衝撃が走り、門の中へと身体が吸い込まれていく。
「へ?」
光に飲まれる刹那、振り返ると私の目に映ったのは、両手で私を召喚の門へと突き飛ばすレイの姿で。
スカートを摘みながら、えいと言いつつ私の後に飛び込んできたのだった。
◇
事態は国家の衰退に繋がるところにまで及んでしまったのだと理解し、悪魔対策本部部長である伊藤の口からため息が漏れる。
第二次大戦後、先進国の間では大規模な国家間の戦争はしばらくの間起きていない。
その理由は幾つかある。経済の成長期に入り、戦争をする必要がなくなった。民主主義国家において、国民が戦争を望まなければ国として動くことが出来ない。
そして、国同士が戦争をしたのであれば、両者ともに甚大な被害が出るから。
ボタン一つで都市が吹き飛ぶような戦争を気軽に行えないのは道理だ。
しかし愚かなことに人は争いを求める。
いや、正確に言えば争いによって得られる利益を貪ろうとする。
だから彼らは現代の重火器に代わる新たな暴力の手段を求めて――
異世界の存在、悪魔召喚へと手を出したのだ。
彼らにとって都合が良かったのは2つ。
悪魔に対して通常の兵器の効果が薄いこと。そして、悪魔が起こしうる攻撃の規模が大型兵器と比べて小さいこと。
悪魔には悪魔をぶつけるしか無い。悪魔の存在を知っていないものは抵抗すらまともに出来ない。
そして、現代の法律では科学的に認められる証拠がなければ、裁判で裁くことは出来ない。
そうなってしまえば、契約さえ結ぶことが出来れば気軽に他人を殺すことも、奪うことも出来る悪魔は便利なものとして扱われていった。
魔界の存在が水面下で知れ渡り、そのような考えが広まるにつれて悪魔召喚に力を注ぐ国が増えていった。
最初は半信半疑で、効果が実証されれば私財を投じて。結果が伴えば人を集めて資金をかき集めて。
他の国が強力な悪魔を召喚すれば、それより更に強い悪魔を呼び出すために試行錯誤を繰り返す。
彼らは気付かなかった。いや、気付くのが遅れたと言うべきか。
今まで存在を認知することが出来なかった魔法という存在に惹かれてか、悪魔の魔力に当てられてか。
魔法一つで人を殺せる悪魔には指先一つで村を焼ける悪魔を。それに対抗するには呪文を唱えるだけで都市を破壊出来る悪魔を。
当初の目的を忘れて、強さのみを求めてしまった。
そしてその結果、一般市民には気付かれないままに、先進国の多くは悪魔の手中に落ちてしまったのだ。
各国から圧力はかけられているが、悪魔の手に落ちてはいない。
新しいものに適応できない、日本の上層部の対応の遅さが今回は良い目に出たのだと伊藤は思っている。
率先して開発と召喚を繰り返した大国は、上級悪魔より強力な存在を呼び出してしまったようだ。
交渉や簡易的な契約、捧げ物によって機嫌を取りながらなんとかしているみたいだが、それも悪魔の気分次第だろう。
だから我が国は、これ以上の他国からの干渉を受ける前になんとしても手に入れなければならない。
完全な制御下における大悪魔。上級悪魔を倒しうる存在を。
「状況はどうだ」
「スパコンによる魔法陣の構築、機械音声による魔法の詠唱。問題なく動いています。今日この日の為に、医療施設等を除いた東京都のほぼ全ての電力を停電にして集めていますからね、失敗は出来ませんよ」
「そうか」
ふー、とため息を落としてから強化ガラス越しに中の様子を伺う。
部屋の中央には目まぐるしく入れ替わる幾何学模様の魔法陣に、光る門のような存在。
それを取り囲むは数十体にも及ぶ中級悪魔に、同盟国である米国から借り受けた三体の上級悪魔。そして殺害用ではなく足止め用として準備されている銀の弾丸を装填したタレットの数々。
そして、召喚した悪魔に捧げる生贄として死刑判決を受けた死刑囚を三名。
どう見てもこれは正気の沙汰じゃない。
基本的人権の尊重を無視している。
しかし事態は、ばれないのであれば多少の非道を無視しても強引に推し進められてしまうところまで来てしまっていた。
「召喚反応確認、何者かが門に接触しました!」
「よし、各悪魔は待機。間違ってもこちらから仕掛けるな。可能であれば会話で引き込みたい」
光の門が輝きを強くし、中から何者かが現れる。
見上げるほどの大男か、それとも異形の怪物か。
少したりとも油断は出来ない。
固唾を呑んで見守った先に出てきたのは。
「いったぁ~……何するの、レイ」
「悩んでいたようですので、下僕としてこうした方が良いかと」
際どい格好をした中学生くらいの銀髪蒼眼の女の子と、メイド服に首輪と付けた黒髪ボブカットの女性の姿だった。
◇
光の先にあったのは、悪魔たちの群れとこちらを向く銃口でした。
昔だったら泣いて怯えていたかもしれない光景でも、今の私からしたらふーん、といった感じだ。
何も怖くない。一斉に襲いかかられたとしても秒もかからずに制圧できる。
隣にいるレイも悪魔たちよりコンクリートで打ち付けられた部屋の内装が珍しくてきょろきょろしているくらいだ。
「ねえ、そこの人。ガラス越しの君だよ。私達を呼んだのって君だよね。何か用があって呼び出したんじゃないの?」
壁の上部にあるガラス。スモーク加工がされているみたいだけれどぶっちゃけそういうのは効果がないので無視して話しかける。
この交渉がうまくいけばこれだけの科学技術が進んでいる世界で美味しいご飯を食べたりゲームをして遊べるかもしれない。
数百年ぶりの郷愁にかられてわくわくしながら返事を待っていると。
「俺を無視するとはいい度胸じゃねぇか、小物が」
うじゃうじゃいる悪魔達の中で少しだけ強い……強いか? 多分強い。そんな奴が馬鹿にしたように見下しながら声をかけてきた。
あー、うん。気持ちは分かる。この悪魔は私の事を下級悪魔くらいだと勘違いしているのだ。
とても簡単な理由で私は魔力をめちゃくちゃ落としているし、レイの魔力が漏れないように抑え込んでいるから。
なぜそんなことをするかというと、一定以上の強さを持つ悪魔は魔力自体に特殊な性質を帯びるようになるからだ。
垂れ流しにされている魔力に触れるだけで罪の属性を持つ七大悪魔はそれぞれの属性に応じた衝動に駆られるし、死の属性を持つ四大魔王であれば属性に準じた死に方をする。
そして、三魔神である私達の魔力に触れたらとんでもないことになってしまう。
だから長い間格下に会うことが無かった私は今もこうして、脳内で術式を駆動させながら魔力の調整をしているわけで。
「ああ、うん。よし。ねえ、ちょっと」
腕を伸ばしてガンを飛ばしてきた奴にほんの少しだけ魔力を浴びせる。ちょっとしたテストというわけだ。それに、絡んできた奴に何か不具合が合っても大丈夫でしょ。いや、私に限って失敗とかするわけないし。
「何か問題はない?」
「は? ッ、ひ……ッ!」
ほら、魔力を受けてもなんとも……あれ、なんか震えてるな。マジ? 失敗? 周りの悪魔達も距離を置くか平服してるし。
ん~、でも心が壊れているわけでも塵になってる訳でもない……? 平服? これってもしかして。
「あ、ごめんね。強すぎた? 例えるなら掌で砂粒を一つだけ掬うのって難しいからさ、調節ミスったかも」
魔力を抑えると荒くなった息を整えながら顔色がマシになっていく。
やはり魔力が大きすぎたのだろう。久しぶりに悪魔と対面すると加減が効かなくて困ってしまう。
これなら下級悪魔に見られるとしても、やっぱり周囲に影響を及ぼさないようにするには普段から大幅に魔力を抑えておいた方がいいと自制する。
そしてもう一度さっきの人に話しかけようとして、壁越しに話すのが面倒くさくなってレイごと座標を
驚愕に目を見開く人たちを警戒させないようににっこりと笑って、私はもう一度話しかけた。
「初めましてこんにちは。私はソラ。魔神ソラって言います。呼んでくれたお礼に、少しくらいなら願いを叶えてあげるけど、何の用で呼び出したのかな?」
自慢ではないが私の顔の造形は美少女だ。だから有効的に接すれば初対面の人との対人関係でもパーフェクトコミュニケーションを取ることも出来る。
そう思っていたのだが……。
「ひっ、ゆる、許して……許してくれ……」
なんかめっちゃビビられてた。
あっれぇ~~~?