棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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花が、お好きなんですか?
これを使いたかっただけ


黒猫と蒲公英

自分がどうしようもない愚か者であるという自覚はある。

 

だからこそ、

自分よりも賢い彼の役に立ちたくて、

いつも震える彼を守ってあげたくて、

彼の不安を払拭してあげたくて、

常に己の爪を研ぎ続けていた。

 

なのに自分は、肝心な時に限って彼を守ることができなかった。

喉が枯れるほど泣き叫び、もはや生きる気力は尽きかけたが、主から下された隠密頭としての使命が、ギリギリのところで自死を踏み留まらせてくれた。

 

そうだ。

このまま何も為せぬまま死ぬなど、それこそ九垓天秤の名折れである。

死ぬならせめて、やつらの首を獲ってからでなければ、彼に会わせる顔がない。

 

そしてそこからの行動は自分でも驚くくらい早かった。残存する配下達を可能な限りかき集め、息を潜めて怨敵の息の根を止める好機を待つ。

その際にいまだに主の敵に懸想する仲間への憤りはもちろんあったが、同時に上手くそいつの注意を引き付けてくれと心の中で念じておく。

その甲斐あってか間抜けにも敵と談笑する、憔悴しきった奴の心臓を抉るくらいは雑作もなかった。

 

見たか痩せ牛!

私は過去最高の戦果を上げたぞ!

 

深紅にまみれて倒れ伏す奴にざまあみろと高笑いしたい気分ではあったが、残る一人の息の根を止めるまで気は抜けない。

 

そう、まだだ!

私はまだ戦えるとも!

 

しかしここにきて私は、炎髪灼眼を瀕死に追い込んたことで舞い上がってしまったらしく、最後の最後で致命的な失敗をしてしまった。

 

本当に、私はバカだ。

 

それでも今際の際に彼に会えたならば、

彼に『もういいと』と言って貰えたならば、

もう十分だろう。

 

私は九垓天秤の一角として、

主の敵を屠る暗殺者として、

最後まで戦い抜いたのだ。

 

だから、もう十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………だと言うのに、次に目が覚めれば、自分は知らない場所にいた。

 

満天の夜空の下、どこまでも広がる草原の真ん中に、私は胎児のように丸まって眠っていた。

 

確かに首を斬り落とされた感覚はあった。

あれが幻覚であるはずがない、自分は間違いなく死んだはずなのだ

 

なのに………

 

 

『なぜだ! なぜ私だけがここにいる!?』

 

 

主も、戦友も、砦も、彼もいない。

こんな場所でどう生きろというのだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失意のまま当てもなく草原を彷徨えば、空は黒い雲に覆われ冷たい雨が降り注いでいく。

 

小さな雨粒は徐々に量を増して大粒の豪雨に変わり、爆音を響かせる雷が辺りを目映く照らす。

まるで私から抜き取られた感情が、空模様に溶けて暴れ狂っているようだった。

身体を濡らす雨粒が、痛いほどに身体に打ち付けて体温を奪っていくが、空っぽの心はそれを煩わしいとすら思えない。

 

………いっそこのまま、この身が雨に溶けてなくなってしまえばいいのに。

 

それでも足は自分の意思とは関係なく、何かを探すように進み続ける。

そうやってどれだけ歩き続けただろうか、ふと視界の端に建物を見つけた。豪邸というほどではないが普通の民家よりは大きな家、大方貴族か商人の屋敷だろうか。

 

もう歩くのも億劫になった私は、雨風を凌げる場所を求めてその屋敷に足を向ける。

 

屋敷の馬小屋にたどり着くと屋根の影に潜み、もうなにもかも夢であってほしいと、そんな投げやりな願望を抱きながら膝を抱えて瞼を閉じる。

 

そうしてしばらく、虚無の時間に浸っていた時だった。

 

ガタンガタンと遠くから何かが聞こえてきた。

耳をピクリと動かして瞼を開け、音がする方角へ目を凝らしてみれば、街道から一台の馬車が走ってくるのが見えた。

 

屋敷の主が帰ってきたのだろうかと影から様子を伺っていると、案の定馬車は馬小屋の前で停車する。

降りてきたのは品性の無さそうな中年の男と、黄色い髪の人間の小娘だった。

 

一瞬親子かと思ったが、にしては二人の身なりがあまりにも違いすぎる。成金染みた装いの男に競べて、小娘の衣服は村娘が着るような粗末なものだ。

さらに言えば小娘は使用人らしき男達に腕を引っ張られてビクビクと震えているのだが、使用人達の彼女への態度は令嬢をエスコートしているというよりは、奴隷を引っ張っているような粗雑なものである。

 

気になった私は影を伝って彼らの後を追い、しばし様子を伺っていると小娘は男の寝室と思われる部屋に連れていかれていく。

ガチャリと外から鍵をかけられ、大きなベッドに放り投げられた小娘は男を見上げ怯えている。

男は全裸になると下卑た笑みで鼻息荒く小娘に迫り、慌てて立ち上がった小娘は部屋から逃げようとするも扉は開かない。

無駄な足掻きをする小娘を嘲笑うように男はゆっくりとした動きで歩み寄れば、小娘はこれから男から受けるであろう仕打ちを想像してか、恐怖から腰を抜かしてしまい部屋の隅に追い込まれる。

 

『いやあ……! 誰かぁ!!』

 

自身に伸びる汚い手を見て恐怖と絶望の悲鳴を上げる小娘が、頭を抱えて縮こまる。

 

 

 

 

 

 

その光景を見た瞬間、気がつけば私の身体は勝手に動いていたのだった。

 

 

 

 

その時なぜ、そんなことをしたのかは………今でもハッキリとはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起こったんだろう?

 

グシャリと何かがつぶれる音と、生温かい液体が髪と服を濡らす感触と、鉄の匂いが鼻につく。

恐る恐る目を開けれてみれば、目の前に立っていた汚い豚のような貴族は直立不動のまま、首から上の部分がなくなっていて、代わりに真っ赤な水が勢いよく吹き出していた。

猟奇的な、だけど突然過ぎる出来事を前に、私の頭は恐怖を通り越して真っ白になってしまう。

次いで邪魔な胴体を何者かの腕が殴り飛ばし、貴族の身体は潰れた果実のように原型を失い壁のシミになり果てた。呆然とする私は貴族の亡骸が飛んでいったのとは逆方向、すなわちそれを為したであろう人物へとゆっくり顔を向けていく。

 

真っ黒な服に、体格と顔立ちからするに女性と思われるその人物は、歪なほど大きな片腕と頭から生える猫のような黒い耳という、明らかに人間ではない姿をしていた。

異形の女性は大きな腕についた血を眺めて汚いものを触ってしまったかのようにしかめっ面になっていたけれど、ふと彼女の視線が私とかち合ってしまい、身体が金縛りにあったように動けなくなってしまった。

 

この人は誰?

どこから入ってきたの?

私を助けてくれた?

なんのために?

 

脳内を様々な疑問がせめぎ合う私と、何を考えているのかわからない仮面のような無表情を保つ彼女。ほんの僅かではあったけれど、二人の間を重苦しい沈黙が包む。

 

先に動いたのは彼女のほうで、用は済んだとばかりにふいと顔を反らして背を向ける。

視線が外されたことでハッと我に帰った私は、思わず血にそまった彼女の巨腕を両手で握ってしまった。

 

『ま……待ってください!』

 

『………なんだ』

 

引き留められたことによる不機嫌さを隠しもしない声にビクリと震えてしまう。

怖い……だけどもう引き返せない。

私は必死に恐怖を圧し殺し、意を決して叫んだ。

 

『お願いです! 私も連れていってください!』

 

『………はあ?』

 

一体なにを言っているんだと、彼女は呆れ顔で震える私を睨みつける。

 

『あ、あの………私、この人に「妻にしてやる」って無理矢理連れて来られて……』

 

たどたどしくも私の経緯を説明していけば、彼女はジト目を向けつつも私の話に耳を傾けてくれている。

 

『それにこの状況……このままだと私が彼を殺したことにされてしまいます……!』

 

平民でしかない私が貴族を殺したとなれば、処刑以外の道はない。

だからどうか、ここから連れ出してください。そう必死にお願いして、私は顔を伏せれば緊張からか肩が震える。

 

長い沈黙の間、私自身の心臓の音がうるさく鳴るのを聞いていると……

 

 

『………名前は』

 

『え?』

 

ポツリと呟かれた言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

『貴様の名前はなんだ』

 

その言葉で名前を聞かれているのだと理解し、慌てて答える。

 

『つ……ツアレニーニャ………ツアレニーニャ・ベイロンです』

 

私のフルネームを聞いた彼女が苛立たしげに舌打ちするのを見て、殺されるのかと思い肩が震えてしまう。だけど彼女は小さい方の腕で私の手を握ると、軽く引っ張って立ち上がるように促してきた。

 

 

『長ったらしい、お前などタンポポで十分だ』

 

 

慌てて立ち上がる私をそのまま引っ張って、彼女はゆっくりと扉を開けて部屋の外を伺う。

その時に廊下から声が聞こえてくる、屋敷の使用人だろうかと身を強張らせる私を余所に、彼女の姿は溶けるように部屋の影へと消えてしまった。

 

呆然としていると声の主と思われる人物が扉に近づいてくるのを気配で感じ、私は慌てて部屋の隅に隠れる。

ガチャリとその人物が扉を開けて中に入った瞬間、背後の影から黒い腕が伸び、先ほどの貴族と同じように首がなくなってしまった。

悲鳴を上げる暇を与えずに一撃で殺された首はゴロリと床に転がり、続けて身体が糸の切れた人形のようにガクリと崩れ落ちる。倒れ伏す亡骸がメイド服を着ていたことから、殺されたのは女性だったらしい。

先ほどは突然のことだったために理解が追い付かなかったけれど、改めて首と胴体が別れた死体を目の当たりにした私は口元を両手で抑え、込み上げてくる吐き気を必死で堪えている。

 

すると影からまた彼女が現れ、大きな爪でメイドの

衣服を破り捨てて丸裸にし、貴族の死体の傍らに投げ捨てた。

何をしているのだろうと戸惑う私を余所に、彼女の掌からは枯草色の火の玉が燃え、それを部屋の中央に向けて投げ捨てた。

 

「っ……!」

 

炎は瞬く間に部屋一面に広がっていき、私は小さく悲鳴を上げてしまうも、彼女に手を引かれて部屋から出た。私達は廊下を駆け出して屋敷の裏手から逃げおおせたのだった。

 

 

 

 

しばらく走っていき小高い丘の上にたどり着くと、私達はだいぶ小さくなってしまった屋敷を遠くから眺める。一室が枯草色の炎に包まれ煙を上げ、屋敷の周囲では外仕事に出ていたであろう使用人達が、異変に気づいて消火活動に当たっているところだ。

 

 

きっともう片方の死体が私だと思われるだろう。

手を離して先に進む彼女の後を追い、私は草原を歩いていく。

 

 

来る時には土砂降りだった雨はもう上がっていて、透き通るような美しい青空が彼方まで広がっていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以来、私は彼女……チェル様の従者となり、共に各地を放浪することとなった。どうやら彼女は凄腕の暗殺者のようであり、行く先々で人殺しの依頼を受けながら日銭を稼いでいった。私の主な役割はチェル様のお仕事の補佐だ。といっても依頼主の方と報酬について話し合ったり、血痕を消すなどの雑用のようなものだったけれど。

最初の頃こそ眉一つ動かさずに人を殺せる彼女が怖くてしかたなかった。だけど月日を重ねるごとに感覚が麻痺していったのか、いつしか私の恐怖心は薄れていった。

そして彼女を観察していくうちにわかったことがある。彼女は思いの外ひねくれ者で、不器用で、それでいて寂しがり屋な人だったのだということが。

 

 

 

 

いつだっただろうか、あれは確か次の町を目指して森を彷徨っていた日。

長旅用の荷物を背負いながら薄暗い森を抜けると、目の前に色鮮やかな花畑が広がっていた。

網膜を焦がすほどの色彩を前に、それまでの疲れが吹き飛んだ私は影に潜むチェル様に「少し休憩しましょう」とダメ元で提案してみると、彼女は好きにしろと素っ気なく答えてくれた。

 

花畑の真ん中に座り込む私の傍らに姿を現し、周囲を警戒しているチェル様を横目に、私は手慰みに花輪を作ってみる。

 

そういえば子供の頃、妹とこうやって遊んでいたなと、ふと思い出す。

あの娘は今、何をしているんだろうか。

会いたい気持ちにため息をついて、何気なくチェル様に視線を向けてみると、彼女は一輪の花を眺めていた。

 

黄色い花弁と枯草色の葉のタンポポ。

その眼差しはいつもより穏やかだけれど、どこか悲しそうに見えた。

そういえば彼女は私のことを名前ではなくタンポポと呼ぶ。私の黄色い髪がタンポポみたいだかららしい。

 

 

『花が、お好きなんですか?』

 

 

私の何気ない問いに対し、僅かに目を見開いた彼女は何か悩む素振りをしてから視線を反らした。

 

『………色のある花が好きなだけだ』

 

………大抵の花は色がついているのでは?

そう私は思ったけれど、言葉にしたらまた怒られるかもしれないと思い、胸にしまっておいた。

 

 

そうこうしているうちに花冠が完成して我ながら見事な出来栄えに満足するも、ふいに湧いた悪戯心からチェル様の頭にそれを乗せてみた。こちらに意識を向けてなかったせいか、珍しく呆気に取られたような顔をする彼女を見て、思わずしてやったりと笑う。

チェル様は怒るかと思ったけれどムスッとした顔でそっぽを向くだけで、花冠を取ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達の素性と事情を話すことを条件にクローム達に助けられたツアレは、彼らの指示のもとチェルノボーグを近隣の建物に運び込み、彼女の身体に負担がかからないように薄桃色の花弁を敷き詰めその上に寝かせている。

 

「………チェル様」

 

未だに眠るチェルノボーグの傍らに寄り添うツアレは、心配そうに彼女の寝顔を見つめる。

薄桃色の女性に命に別状はないと言われてはいたが、それでもあれだけ衰弱していた彼女を見ていたがゆえ不安は残る。

 

どうか、どうかチェル様を助けてください。

 

必死に手を組んで神に祈り続ければ、それが天に届いたのかどうかは定かではないが……。

 

 

 

「っ……」

 

 

 

「!?」

 

小さな唸り声が聞こえて見てみれば、チェルノボーグの眉間にシワが寄ってゆっくりと瞼が開き、彼女の視線がツアレを捉えた。

 

「チェル様!!」

 

「………たん、ぽぽ?」

 

辿々しくも自身の名を呼ぶ声に、緊張の糸が切れたツアレは涙を流して彼女の手を握る。

 

「お前……怪我は…」

 

「私なら大丈夫です! よかった……っ……チェル様が無事で!」

 

対するチェルノボーグも意識がハッキリしていけば直前のことを思い出したらしく、慌てて上体を起こす。

 

「あのクズ共は……!?」

 

「さ…三爪華のうちの二人は、憲兵の方が捕まえてくださったそうです」

 

一人は逃げられてしまったらしいが、精鋭揃いだというクローム公の私兵の包囲網を安々と抜け出せはしないだろう。

 

あと……と少し気まずそうにツアレは一度俯く。

 

「申し訳ありません。彼らに捕まってしまった際に、チェル様から頂いたハンカチを盗られてしまって……」

 

「ハンカチなどどうでもいいだろうが!!」

 

「!」

 

チェルノボーグに大声で叱り飛ばされ、ツアレの肩が思わず震える。

ツアレがドジを仕出かした時に彼女から不機嫌そうに責められることは何度かあったけれど、ここまで大声を上げて怒鳴ることは滅多になかった。

 

「っ……!」

 

と、次の瞬間チェルノボーグはツアレの命を確認するように彼女を強く抱きしめる。

普段の彼女からすれば信じられない行動にツアレは驚愕するも、密着する身体が微かに震えていることに気づいた。顔は見えないが、きっと涙を押し殺しているのだろう。

 

「………ご心配をおかけして、すみません」

 

先ほどよりも一層罪悪感が募ったツアレは、恐る恐るとチェルノボーグの背中を優しく抱き締め返すのだった。

    

 




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