棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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レーベンツァーンの縁

ウルリクムミに担がれて地下から救出されたセバスは、アルラウネから簡単な手当てを受けてから「被害者救出にひと役かってくれた御仁とはいえ事情聴取はすべき」と、自ら対話に臨むクロームと相対していた。

 

クローム・ブルムラシュー。

隠密活動中、その噂は何度も耳にしていた。

王国でも名だたる最高貴族の一人であり、思想が腐敗している王国貴族の中でも数少ない良識派と評判の切れ者。きっとデミウルゴスのような底知れない策略家なのだろうと予想していたセバスだったが、実際に話してみた彼の印象はやや情けないと言えるほど腰が低く、事前に教えられていなければただの臆病な若者と勘違いされそうなほどオーラがなかったのだ。

とはいえ『とむらいの鐘』と行動を共にしている以上、なるべくナザリックに関するボロを出さないように努めながら彼の質問に答えていく。

 

「つまり、貴方はそのローブの人物に案内されて、あの場所に来たのですね?」

 

「はい」

 

誘拐された人物の特徴がツアレであると気づいたところを、何者かに声をかけられ例の隠れ家に案内された。

これは本当だ。

 

 

「しかしいくら思いだそうとしても、その人物の人相を思い出せないのです」

 

 

男だったのは間違いないのだが、どうしても顔の部分に靄がかかったようにぼやけてしまう。

 

「ふむ、なるほど……」

 

セバスの証言を聞いたクロームは顎に手を当てて考えこむ。すると先ほどまでのおどおどした雰囲気が嘘のように真剣な表情になった。

恐らく今回の事件に関して、彼なりに推理しているのだろう。その眼差しは正に賢者のそれだ。

 

 

だと言うのに自分は……

 

 

「………」

 

ふいにクロームは、浮かない表情で俯くセバスに気づく。

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

「いえ、情けないと思いまして……」

 

彼女を助けに来たつもりが、敵の思わぬ攻撃に追い詰められた挙句、結局他者に助けられてしまった。

そんな自分を歯がゆく思うと、セバスは拳を握りしめる。

 

「そんなことはありません」

 

しかしそんなセバスの内心を察してか、クロームはゆるく首を振って微笑んだ。

 

 

「貴方が先んじて彼女達を助けてくださったおかげで、私達は策を弄する時間を稼げました」

 

 

そう告げて、ありがとうございますと深々と頭を下げる。その姿は正に貴族の理想像そのもので、セバスの胸に温かいなにかがじんわりと広がっていくのを感じる

 

 

「それにしても、なぜ貴方は彼女を助けてくださったのですか?」

 

彼がツアレニーニャ嬢と顔見知りというのはすでに聞いているが、それでも危険な地に赴くほどの義理がある間柄とは思えず、クロームはずっと気になっていた。

問いに対しセバスは、少し間を置くように沈黙するとクロームを真っ直ぐに見つめる。

 

 

「誰かが困っていたら、助けるのが当たり前です。ましてや助言をくださった恩人であれば尚更でしょう」

 

 

なんてことのないようなその言葉に、クロームは信じられないものを見たかのように目を見開く。

 

瞬間、脳裏をある光景が過る。

 

 

『窮地の友を助けるのは、当然のことであろう?』

 

 

揺らめく美しい青色が、優しい声で微笑む。

遠い昔の、だけど決して色褪せないそれは…

 

 

 

「………主」

 

 

 

「?」

 

無意識のうちにボソリと呟いた声は、あまりにもか細かったためかセバスには聞き取ることができなかった。

首を傾げる彼にクロームはハッと我に帰る。

 

「あ、いえ……なんでもありません」

 

そこへコンコンとノックされ、クロームが入室を許可すればガチャリと扉が開き、アルラウネが顔を覗かせてきた。

 

「さ……クローム殿?」

 

「は、はい」

 

「彼女が目を覚まされたそうですよ?」

 

「! 本当ですか!?」

 

彼女というのはツアレと一緒に救出された黒い獣人の女性かと、セバスは思い出す。

その報せにクロームは明らかに嬉しそうに声を弾ませるも、セバスがいたことを思い出してか慌てて咳払いする。

 

「………で、では私はこれで」

 

「ええ、ありがとうございました」

 

軽く会釈してから部屋から出ていくクロームに、セバスも穏やかな笑みで返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

勢いに任せて来たはいいが、いざチェルノボーグがいる部屋の前に来ると緊張からかクロームは立ち尽くしてしまう。

 

どうしよう、まずなんて声をかければいい?

そもそも自分だと気づいて貰えるだろうか?

それ以前に我々のことを覚えていない可能性だってある。

もし開口一番に『誰だ?』なんて言われたら……正直へこむ自身がある。

 

ああするべきかこうするべきかとグルグルと思考を回転させるも、こういう時に限って自身の頭脳は適切な答えを出してはくれない。落ち着きなく1人百面相しながら扉の前を行ったり来たりするも、クロームは一度立ち止まってから深呼吸する。

 

(………いえ、もう深く考えないほうがいいかもしれませんね)

 

どうせ何を言ったところで、きっと彼女は厳しい口調で引っ叩くだろう。かつてのように。むしろそのほうが安心する。

意を決して両手で頬を叩き、今一度活を入れてからキリリと表情を引き締め、クロームは背筋を伸ばして扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

ツアレの声が入室を許可したのを確認し、ゆっくりと扉を開けて中に入る。

アルラウネが急ごしらえで用意した花びらのベッドの上に寝かされていた彼女は、すでに目を覚ましていたらしくツアレ嬢に抱きついていた。

驚くツアレの反応を見たチェルノボーグは、クロームが入ってきたことに気づきツアレの肩口にうずめていた顔をゆっくりと上げて彼に視線を向ける。

その際見知らぬ男が入ってきたと思ったのか最初は訝しげな目つきで睨んでいたが、やがて彼女は何かに気づいたように目を見開いて硬直しだす。

 

「…………っ」

 

トーチに寄生した状態でも、男が何者なのかがわかったのだろう。

彼女は視線を決して逸らさずツアレをそっと自身から離すと、花びらのベッドから勢いよく立ち上がってクロームに駆け寄る。

必死の形相で壊れ物を扱うように、小さな右手でクロームの顔をペタペタ触る。

 

 

 

 

「………痩せ、牛?」

 

 

 

 

なんとか絞りだした彼女の声は、あまりにも掠れていた。

 

「その……お久しぶりです。チェルノボーグ殿」

 

対するクローム………否、モレクは気まずそうに俯くのだった。

 

今だけは骨ではない自身の身体が恨めしい。

きっとひどく怯える表情が、分かりやすく出ているだろうから。

 

(しかしまさか……彼女までこちらにおられたとは)

 

正直言って複雑な心境だ。

モレク個人としては、彼女には生きていてほしかった。

 

ありし日のモレクは勝てると慢心してしまったばかりに炎髪灼眼にしてやられた。きっと彼女はそんな自分の失態を不甲斐ないと怒っているのだろう。

ならばせめてかつてのように説教を受けるべきと、殴られることを覚悟して歯を食いしばる。

 

 

………だが、彼女からの反応は一向になく、いつもの叱責すらない。

 

異変に気づいたモレクが恐る恐る瞼を開くと……

 

「………え?」

 

眼前の彼女は、眉尻を下げはらはらと涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

「ええええええええ!?」

 

 

それは彼女の不機嫌そうな顔しか見たことがなかったモレクにとって衝撃的な光景であり、思わず絶叫してしまう。

 

「チェル様!?」

 

衝撃を受けたのはツアレも同じだ。

涙を流す主の姿に何か気に病むことがあったのだろうかと慌てて駆け寄る。宥めるために背中をさすったりしてみても、彼女は啜り泣くだけで何も話さない。

ツアレもモレクも、長い付き合いから彼女とどう接すればいいのかは熟知したつもりだった。

しかし、泣きじゃくるチェルノボーグという未知の案件に対し、二人はただただ、おろおろと狼狽えるほかなかったのだった。

 

 




ようやく……この二人を再会してあげられた…
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