「アシズさんの恋人ぉ!?」
診療所に続く道を歩きながら、アシズから事情を聞いたノゼルは驚きのあまり声を上げてしまう。
「いや……正確には、たった今互いの想いを理解し合ったところなのだが……」
気恥かしそうに頬を掻くアシズだが、その表情には嬉しさが見てとれた。
廃教会を舞台に決して小さくない騒動を起こしてしまったアシズは、居合わせたキース医師とノゼルの質問責めに会い、紅世に関する情報を伏せつつティスと自分の事情を説明した。
設定としては、二人はかつて人助けをしながら世界を旅していたのだが、ティスがとある事件に巻き込まれて生死不明になってしまったというものである
そしてティスが何故この街に訪れたのかというと………
「実は………『棺の織手』という異名を持つ強大な魔法詠唱者の方がこのロイツにいらっしゃると聞いて、何か手がかりになるのではないかと思って道中の行商人の護衛の見返りにこちらまで送っていただいたのです」
でもまさか、アシズ様がいらっしゃったなんて……。などと呟き微笑む彼女にとって、それは嬉しい誤算だったことだろう。
「色々とご迷惑をかけて、申し訳ない」
「本当っすよ〜。まあでも、嬉しいことがあったみたいでよかったっすね」
茶化しつつも二人の再会を祝福するノゼルの態度に、アシズは少しばかり安心する。
そうこうしてるうちに一同は診療所に辿り着いた。
庭に出ていたシャナはしゃがみこんで枝で地面に絵を書いていたが、遠くから足音が聞こえてくると診療所の入り口から顔を覗かせる。
「お父さ〜ん!」
四人の中からアシズの姿を見つけて、シャナは笑顔で手を振る。
「ただいま、シャナ」
アシズも笑顔で歩み寄りシャナの頭を撫でるが……
「え……えっ!?」
一方のティスは診療所から現れた知らない少女に、目を見開いてアシズとシャナを見比べる。彼女からすれば、見知らぬ少女がアシズを父と呼んでいることに戸惑いを隠せないのだろう。
そんなティスの心情を知ってか知らずか、アシズはシャナと手を繋いでティスの前に連れてくると微笑む。
「ティス、紹介する。この子は私が保護して引き取った子供で、名前はシャナだ」
「そ、そうなんですか……」
アシズからの紹介でようやくティスは納得した。
つまり養子か…と、ちょっとだけホッとする。
「シャナ、彼女は私の大切な女性だ」
次にアシズはシャナにティスを紹介する。
「お父さんの……たいせつ?」
意味を理解できていないのかきょとんと首を傾げるシャナに、ティスはしゃがみ込んで目線を合わせる。
「はじめましてシャナちゃん。私はティス、よろしくね」
ティスの笑顔に、シャナは目を見開いてこう呟いた。
「お母さん……?」
「お、お母さん!?」
思いもよらぬ呼び方にティスの顔はみるみる真っ赤になてしまう。
「なるほど……ちょうどいいかもしれませんね」
一方のキース医師はそれを見て、良いことを考えたと言わんばかりに悪戯っぽく笑う。
「その子、保護される以前から両親がいないそうなんです。もしよかったらティスさんが母親代わりになっていただけないでしょうか?」
「わ、私が!?」
まさかの提案に驚くティスは、戸惑いがちにアシズを見るも彼も同じ意見なのか無言で微笑んでいる。
躊躇いがちに目を泳がせるティスだったが、しばし間を置いてからグッと唇を引き結ぶ。
「その……シャナちゃんは、私がお母さんでもいいかしら?」
ティスはおずおずと彼女に最終審判を委ねる。
それに対する彼女の答えは……
「お母さん!」
ニパッと笑顔でティスに抱きつくというものだった。
突然の反応にティスは面食らうも、まんざらでもないのか嬉しそうに彼女を抱きしめ返した。
こうして、診療所に新しい住人が増えたのだった。
「それにしても、まさかアシズさんにあんな美人の彼女がいただなんて……」
「ははは……むしろあれだけ端正な顔立ちで、恋人の一人もいないのが不思議なくらいだったけどね」
診療所で改めてポーションの代金を受け取るノゼルに、キース医師は窓からアシズ達を眺めながら呟く。
ティスはまさに聖女のような笑顔で入院患者達に話しかけたり、子供達にお話を聞かせている。
患者達も急に見ず知らずの女性が新しく住み込みで働くと聞き驚いていたが、彼女がアシズの身内であると聞けば笑顔で歓迎してくれた。
「………キース先生」
貨幣を数えていたノゼルは、ここでふと静かな声でキース医師を呼ぶ。
「ん?」
「先生は……その、気にならないんすか? アシズさん達の素性とか」
どこか躊躇いがちに問うノゼルを、キース医師は真剣な眼差しで見つめる。
ギガントバジリスクの討伐、類稀なタレント、教会を閉じるほどの強固な結界。
ほんの僅かなものしか見たことがないが、アシズの魔法はいずれも強力なものであると相方のツァレンは店で度々喚いていた。
それに最近になって、ロイツの周辺に『何か』があるのを感じてきている。そうなってくると脳筋のノゼルでも、いやでも察せずにはいられない。
アシズは恐らく、ただの人間ではない。
「確かに……なんとなく事情が複雑なんじゃないかってのは、雰囲気でわかるよ」
かくいうキース医師も薄々勘づいてはいた。
恐らくアシズは“逸脱者’’フールーダすら超える魔法詠唱者……あるいはもっと別の強大な『何か』だと。
「でも、それがどうしたって話だよ」
だがキース医師は穏やかな笑みを浮かべてやんわりと首を振る。
今日会ったばかりのティスはともかく、アシズが愛情深く優しい人物であることは今までのやり取りで十分理解しているつもりだ。
「それだけがハッキリしていれば、十分だよ」
だから焦ることはない。
きっと彼らのほうから打ち明けてくれるだろうと真っ直ぐな眼差しを向けるキースに諭され、ノゼルはどこか安心したように微笑むのだった。
「………そっすね」
キース先生は、千草母さん的なポジションにしていきたいですね。
ノゼルくんは徐々に『存在の力』を感知できるようになってきているみたいです。