事件から二日後、『とむらいの鐘』の二人はクロームを伴い、改めてチェルノボーグの元に訪れていた。元々宿泊していた部屋は使える状態ではないので、クロームの口添えで別の宿をとっていた。
二人のいる部屋の扉を叩けば、『は〜い』と明るい声が返る。
「あ、いらっしゃいませ」
扉を開き、訪問客が誰かを確認したツアレは嬉しそうに笑う。
「チェル様ー! クローム公と『とむらいの鐘』のお二人がいらっしゃいましたよ」
ツアレがやや上に視線を向けて声をかければ、彼女の影からチェルノボーグが現れた。
彼女はいつもの無表情のまま、ただただ無言で二人を見つめる。
「…………ウルリクムミ」
やがてウルリクムミを見つめてから、小さく彼の名を呟く。
「久しいなあああ、チェルノボーグよおおお」
それに対し、ウルリクムミは兜を取って笑みを見せた。
「………アルラウネ」
次にアルラウネを見つめ、彼女の名を小さく呟く。
「息災でしょうか、チェルノボーグ殿?」
アルラウネも胸に手を当て、優しく微笑んだ。
姿こそ変われど在りし日と変わらない二人の雰囲気に、フッとチェルノボーグの口元に笑みが綻ぶ。
「あの……チェルノボーグ殿、お身体はもう大丈夫なのでしょうか?」
しかしここでクロームがおずおずと会話に入ってきたため、チェルノボーグの空気が明らかに緊張しだす。
彼女は敢えて意図的に彼の顔を見ないようにしていたが、そんなことも知らないクロームは純粋な心配性から労ってきている。
「問題はない」
「し、しかし……先日あれほど取り乱しておられていましたし、もしまだ敵の呪術が及んでいたらと思うとフギャッ!?」
言い終わらないうちにバシンと頭を引っ叩かれ、クロームは涙目で頭を押える。
「ええい、黙れ痩せ牛!」
顔を真っ赤にしているチェルノボーグを止めるべきかどうか悩むツアレをよそに、懐かしいやり取りを前に『とむらいの鐘』の二人は微笑ましく眺めるのだった。
一旦ツアレを出払い、テーブルを囲むように椅子に座る四人はこれまでのことを話し合った。
「そうかあああ。まさか炎髪灼眼めえええ、そのような力技で来るとはあああ」
モレクのかつての敗因を聞いたウルリクムミは拳を握り、アルラウネは息を呑んで慄く。さすが悪名高き天罰神の傀儡。気狂いとしか思えない一手を平然と行えるものだ。
「気がかりだったのが、あの後の大戦がどうなったかですが……」
そしてモレクが一番気にするのは、やはりそこだった。
大戦の規模を鑑みれば自分一人の戦死など大したものではない。重要なのは、主の壮挙が無事に成されたか否かだ。
恐らく想定通りの質問に、ウルリクムミは口を引き結んで身体が強張ってしまう。ここで下手な誤魔化しをしたところで、聡いモレクではすぐ気付かれるかもしれない。
アルラウネもどう答えるべきか悩んでいたが………
しかし二人が答えるより先に、なんとチェルノボーグが切り出した。
「何を案じる。私は確かにこの手で炎髪灼眼の心臓を抉ってやったのだ。ゆえに我が主の勝利は確定した」
自らの巨腕を眺め、得意げにニヤリと笑う暗殺者の思いもよらぬ証言に、三人の視線が集まる。
「ほ、本当ですか!?」
「その後戦技無双にしてやられたが、あのざまならば主とジャリだけでも十分なはずだ」
その言葉にモレクは、長年の蟠りが解けたと言わんばかりに「ああよかった」と涙を流して安堵する。
だがアルラウネは気まずそうに俯き、ピクリとウルリクムミの指先が震える。
「………そうかあああ、それでかあああ」
幸か不幸か、ボソリと呟く言葉はチェルノボーグには聞こえなかった。
「…………?」
だがモレクの耳には入ってしまっていたようで、彼は横目でウルリクムミを見て様子がおかしいことに気付く。
これは、勝利を確信した者の反応ではない。
(ウルリクムミ殿……?)
彼がその違和感の理由に気付くまで、あと…………
一方のツアレは宿の入り口の前で壁に寄りかかって待っていた。長年の付き合いであるチェルノボーグが、自分以外の人物に明らかに親しくしていた姿に思いを馳せる。ツアレとしては彼らがどういった関係なのか気にならないわけではないが、せっかくの談笑に聞き耳を立てていいものかどうか悩んでしまう。
「ツアレさん」
「え?」
ぼんやりと空を眺めていると、ふいに聞き覚えのある声が横からかけられて思わず振り向く。
「あ、セバスさん!」
案の定、セバスが歩み寄ってきていた。
事情聴取と手当てのためにクロームのもとに滞在していたセバスは、ようやく開放されたところだったという。
「お身体はもう大丈夫ですか?」
「私はもう完治しましたけど、セバスさんこそ大丈夫ですか?」
治療に当たった魔法詠唱者曰く、彼は鼓膜が破れるほどの重傷を負っていたそうだ。ツアレは多少の打撲や擦り傷程度なので、セバスに比べて大したことはない。
「はい、おかげでさまで」
しかし彼はそんな重傷などなかったかのように元気な様子で、むしろその目はどこか憑き物が取れたように晴れやかだった。
「では私はこれで、いろいろとお世話になりました」
セバスは礼儀正しくお辞儀し、ツアレに背を向けて歩き出そうとする。
行ってしまう……。
せっかく、また会えたのに。
「………あの、セバスさん」
去りゆく背中に未練が芽生え、ツアレは思わず引きとめてしまった。
「なんでしょう?」
「えっと、その………」
彼女は少し躊躇いがちに一度目を逸らし、しばし言い淀んでいたが……意を決してセバスの目を見る。
「また、会えるでしょうか?」
どこか懇願にも似た彼女の眼差しにセバスは目を見開くも……ふっ、と柔らかく微笑む。
「そうですね、御縁があればまた会えるかもしれません」
その言葉は確固たる約束とは言えるほどのものではなかったが、それだけでもツアレの気持ちが軽くなった。
「あ、だったら」
「?」
何かを思い出したように手を叩き、ツアレは胸の前で手を組んで目を伏せて祈り始める。
「『因果の交差路で、また会いましょう』」
唐突に出た聞き慣れないフレーズにセバスは首を傾げる。
「それは……?」
「私の主から教わったおまじないです」
「ほう、とても素敵なおまじないですね」
主………というと例の獣人の女性のことだろうか。
なんでも、またどこかで相まみえることを祈る、彼女の故郷では定番の別れの挨拶らしい。
「では……『因果の交差路で、またお会いましょう』」
セバスも真似して胸に手を当て、目を伏せてお辞儀する。
「はい!」
最後にお互いの笑顔を見て、改めてセバスはその場から去るのだった。
しばらく歩いてから、セバスは一目のつかない路地裏に入る。
『…………』
ある程度奥まで進むと、彼は立ち止まって前を見据えた。するとセバスの目の前に黒い影が現れ、それは赤黒い転移門となる。
「………やあセバス、ちょっと来てくれないか?」
門の向こう側から青紫色の眼光が妖しくゆらめいている。口調こそ穏やかだが、その裏には真意を読み取れない得体のしれない不気味さが滲み出る。
そこに行けばどうなってしまうのか、わからない彼ではない。しかしそれでも、向き合うと決めたのだ。
一度静かに目を伏せてから、ツアレやクライムやクローム等の………この町で出会った恩人達の顔を思い浮かべる。
次に見開いた時の目は決意に満ち溢れ、セバスは力強い足取りで穴に入るのだった。
例えるなら、広い空を前にしても臆することもなく突き進むように。
ふわりふわりと、『それ』は漂い続ける。
別の場所では蒼の薔薇のメンバーが、テーブルを囲んで談笑していた。話題はウルリクムミから受け取った手紙についてだ。
「へえ、蜥蜴人の弟子ねえ」
ウルリクムミからニーガは無論息災であると告げられ、彼から預かった手紙を開くイビルアイ。
ガガーランが彼女の横からのぞき込めば、葉っぱにはエランテルの公用語が書かれている。
「葉っぱの手紙とはなかなか小洒落てるじゃねえか」
「あいつの集落には、文字を書くという習慣がなかったからな」
イビルアイによれば読み書きに関しては軽く教えただけとのことだが、文法と筆跡の綺麗さから見てもなかなか飲み込みが早い。彼女の弟子というのは相当地頭がいい人物なのだろう。
「どれどれ……」
まずイビルアイが無言で読み上げていくが……
「………!?」
一章終わらせるのにどんだけ時間かかるんだか……;
次回は短めの幕間リアル編になります!