※たっち・みーさん好きな方はご注意ください。
錆びた銀色
天高く聳えるビル『ルルイエ』に向けて、強酸の雨を浴びながら一羽の鴉が飛ぶ。
青紫色の燐光を散らしながら天辺に降り立った鴉が一息つくように羽繕いし始めると、ビルの隙間から青紫色の無数の砂粒が湧き出てくる。砂粒は一箇所に集まると、大きな手を形成して鴉をわし掴んだ。
「ただいま〜」
対する鴉は突然の襲撃に動じる素振りも見せずにそう一言だけ呟くと、手は力を強めて鴉を握り潰してしまい、その身体は青紫色の砂となって崩れると腕に吸収されてしまった。
「………」
伸びる腕の根元では、“無貌の億粒”ナイアが壁の僅かな隙間に指先を差し込んで天井を見上げていた。
建物の僅かな隙間から自身の身体を伸ばして分体である鴉を吸収した彼は、鴉が持ってきた情報を全て吟味し指を引き抜くと廊下を歩いていく。
しばし歩いていた彼はある扉の前に立ち、壁の認証システムに手をかざすと鉄の扉が自動で開く。
そこには大勢の“徒”達がディスプレイを前に自在法で作業していた。
この場所こそが世界各地に配備された、ユグドラシルのサーバーを管理・不具合を修正するための管制室。いわばアーカムカンパニーの心臓部に当たる。
そしてその中央、夥しい数のディスプレイとタブレットを何千何万の粘体の腕で操作しているのは、『チーフプログラマー』の“叡歠沼”サトゥラだ。
通常の自在師なら30人は動員しなければ操作できないであろう複雑な自在式が、こうして不備なく起動しているのもひとえに社内最高位の自在師たる彼だからこそなせる技である。
「よう、お疲れ」
「んあ………?」
ナイアが声をかければ、サトゥラは眠そうな声で振り返る。
「あ……ナイアさん」
「言われた通り、ハスターをナザリックに置いてきたぞ。どうだい様子は?」
答える前にサトゥラは一つのディスプレイを操作する。
映るのはハスター………もといペロロンチーノのアバターデータだ。
「………今のところ、ナザリックから脱出はしていませんね。自在法による不正アクセスもしていませんし、これで当面は大丈夫かと」
「そうか」
鴉から得られた情報からも確認済みだったため、これはあくまで擦り合わせにすぎない。
「ただ………実はまた妙な不具合が起こってまして」
ため息をつくサトゥラは、別のディスプレイに映るナザリックのNPCデータのある部分を指す。
「セバスのデータが消失しているんです」
名前一覧にセバス・チャンのものだけが載っていなかった。NPCに関してはコキュートスの一件もあったため、プログラマー班総出で入念にチェックしたはずだったが……。
「ああ、それについては原因がわかっている」
「え?」
ナイアは自身の胸の中心にズボッと腕を捩じ込むと、そこから一枚の黄色いハンカチを取り出してサトゥラに差し出し、受け取ったサトゥラはそれをしげしげと観察していく。
「宝具………ですか?」
「ああ、闇の雫の手下が持ってたやつだ」
野良猫の調べによれば、セバスが変異する前後に彼が接触していたと思われる人物は、ツアレニーニャ・ベイロンしかいなかった。その際に彼女がセバスの汚れを拭いた時に使ったのがこのハンカチだった。一目見てこれが宝具であると気付いた野良猫は、また妙な使い方をされないようにと三爪華達の襲撃をダシにツアレから奪っておいたという。
早速サトゥラは自在法で、このハンカチがどういうものなのかを鑑定していく。
「………なるほど」
「どんな効果だ?」
「この宝具は、拭いたものを最も正常な状態にするというものなんですが……」
例えば汚れたものを拭けば瞬く間に綺麗になり、
古い家屋を拭けば新築のように真新しくなり、
怪我人や重病人を拭けば高位の回復魔法を受けたように完治させる。
そして………ユグドラシルのNPCのように、なんらかのシステムと繋がる不安定な存在を拭いた場合は、完全な一つの存在へと変じさせるのだという。
「平たく言えば、転生の自在式と同じ効果ですね」
「だからか……」
つまりこの宝具は、コキュートスを変異させた自在法と同じ効果をもたらす。
それ以外にも回復アイテムや修復アイテムとしても厄介な代物であるようで、早めに回収して正解だったと安堵するが……
ここで管制室に警報が鳴り響いた。
「「あ………」」
途端に全てのディスプレイが砂嵐になってしまい、そこに特徴的なエンブレムが映し出されて回線が重くなる。
『警告! 警告! 『遊戯侵者』からの不正アクセスを確認! プログラマー班は直ちにセキュリティプログラムを修正せよ!! 繰り返す!』
異変を知らせる社内放送を聞いた職員達が慌ただしく駆けずり回る中、サトゥラはしばし呆然としながら中空を眺めていたが……
「うわ〜んっ、また残業だー!」
デスクに突っ伏して泣きじゃくってしまった。
それを見たナイアはなんとも言えない表情になり、同僚の背中を無言で優しく擦るしかなかった
その頃、不正アクセスの発生源と目される地域では、異形種達が駆け回っていた。
「おい、そっちはどうだった?」
「くまなく探したが見つからなかったよ」
「チッ、逃げ足だけは早い連中だな」
彼らはユグドラシルのプレイヤーだ。
『アーカムカンパニー』は敵対組織である『遊戯侵者』のことは、『ゲームを不正改造する荒らしである』とプレイヤー達に広めている。
そして彼らを通報・捕縛した者達には運営からの特典を配布すると公表され、それ目当てにプレイヤー達は我先にと『遊戯侵者』達を探している。
……かくいう彼らが探している
「………」
自分達の苦労も知らず、好き勝手に喋るプレイヤー達に舌打ちしたい気持ちを抑えながら、黒ブチ猫の姿をした“徒”……“
チラリと見上げた先にあるのは若竹色の光を帯びた無骨なデザインの電波塔で、『アーカムカンパニー』が所有するユグドラシルのサーバーを維持するための装置だ。
自分達の主な役割はゲリラ戦。
いわばカンパニーに対する嫌がらせである。
今の互いの組織力の差では、直接的な交戦はどうしても太刀打ちできない。だから彼らは絡め手で挑むほかなかった。
今回の自分達の役目はこの電波塔の機能を停止させ、ここら一帯のプレイヤー達を数日間無力化することにある。
いかに優れた自在師を動員しても、電波塔の完全修復までは時間がかかる。だから何も完膚なきまでに破壊できなくていい。小さな問題を蓄積させて、そちらの対応に当たらせるだけで十分なのだ。
しかし目的の電波塔はすぐ目の前だというのに、すぐそばのプレイヤー達が邪魔で先に進めない。
早くどっか行ってくれと念じながら、建物裏から息を殺して追っ手が遠ざかるのを待つと、やがて彼らは雑談をしながら離れていった。
「………行ったよ」
完全に気配がしなくなってから、後ろに控える仲間達にそう告げれば彼らは大きく息を吐く。
今回のチームは三人。
自在師であるバスティと、前衛担当のザトガ、そしてもう一人。
「悪いなウルベルトさん、俺がドジッたばかりに」
「武人さんは悪くないですよ」
ライフルを持ち、戦闘用防護服を身に纏う黒髪の人間……かつてウルベルト・アレイン・オードルと呼ばれた男は首を横に振るのだった。
『遊戯侵者』設立以前からアーコロジーへのテロ活動を行っていた彼は、幼少期からこの辺りに住んでいたために土地勘に優れていることから今回の作戦に選ばれた。
寸でのところでプレイヤーから隠れられたのも、彼の誘導があったからこそだ。
だがこうしている間もまた奴らが戻って来ないとも限らない。この隙に早く作戦を完了させなければ。
バスティが今一度自在法で周辺を調べながら、三人が辺りを警戒しながら踏み出そうとした時だった。
「みーっけた!」
『!?』
突如聞こえた甲高い声に、ビクリと三人の肩がはねる。
ウルベルトが反射的に背後に銃口を向けると、そこに居たのは青紫色の帽子を被る無邪気そうな少年だった。
「ナイア……!」
「ブッブー! 『僕』はネフラ君で~す」
不愉快なものを見たとばかりにガスマスクの下に隠された眉間に深いシワを作るウルベルトは、嫌と言うほど見てきた特徴的な『色』に少年が何者なのかを瞬時に理解する。
この男は強大なる“紅世の王”でありながら、自身の存在を分割・拡散することで並みの“徒”以下の気配に下げることができる。
バスティの自在法ですら探知できないことからもその存在感の希釈率は凄まじく、ことゲリラ戦においては一番厄介な相手だ。
「まあまあウルベルトさん、そんなカリカリしないでよ」
「気安く呼ぶんじゃねえ!」
ニコニコと愛想よく笑うネフラに、忌々しいと言わんばかりにウルベルトは怒鳴る。よりにもよってこの男にその名を呼ばれるのは、ウルベルトにとって甚だ不愉快極まりなかった。
「二人とも下がってろ!」
それを見たザトガは刀を構え、二人を守るようにウルベルトの前に出る。どのみちこの中でまともに戦えるのは彼しかいない。
「あ、武やん! もしかして会いに来てくれたの!?」
対するネフラはザトガの姿を見て嬉しそうにはしゃぐが、当のザトガはウルベルトと同じ……いやもしかしたら彼以上に不愉快な気持ちを隠そうともせず舌打ちする。
「その名前で呼ぶなって言ってんだろ。俺をそう呼んでいいやつは、一人だけって決めているんだ」
「…………」
ザトガからの明白な拒絶にネフラの無邪気な顔から表情が消え、不気味なほど静かになる。
「………なんでそんなこと言うの? あいつだって『俺達』の一部なのに」
淡々とした声色にはしかし、ザトガの答えに対する不快感が滲んでいるのが明白だ。
「バカ言うな、俺のダチはアイツだけだ」
だからお前など絶対に認めない。そうハッキリと告げられたネフラは顔を俯かせてふううぅぅ、と深呼吸する。
「んなこといったってさ……
だって、
その言葉にザトガの歯からギリリと音が鳴り、大太刀を握る手に力がこもる。
「ザトガ! 挑発に乗るんじゃないよ!」
「わかってる……!」
バスティの叱責に答えるザトガの声は明らかに怒り震えていて、本当にわかっているのだろうかと不安になってしまう。
「ふえ〜ん、怖いよ〜」
一方のネフラは自分で煽っておいて、わざとらしく涙目で縮こまっていた。
「このままじゃやられちゃう…………助けてっ、
呼びかけるように誰かに向けて叫んだ途端、両者の間に向けて頭上から
新手の出現に三人はすかさず身構える。周辺への警戒は怠らなかったはずだが、ナイアの分体だろうか。
モウモウと上がる土煙を一陣の風が吹き消し、乱入者の姿が顕になる。片膝をついた姿勢から、突き刺した剣を支えに立ち上がる……目映い銀色の鎧と、たなびく深紅のマント。
「っ!?」
見覚えがあり過ぎるその色に、特にウルベルトは愕然とする。
「正義降臨!!」
自信満々な決めポーズと決め台詞は、見紛うはずがなかった。
「たっちさん……!」
純銀の聖騎士。
ワールドチャンピオン。
かつてAOG最強の名を欲しいままにした男が、今三人の前に立ちはだかっていた。
バスティは一番恐れていた事態に、ガチガチと歯をならして震えている。それが意味する事実に、ザトガは文字通り鬼の形相で叫ぶ。
「ナイアッ……貴様ああああああ!!」
彼の感情に呼応するように、足元から朱色の炎が燃え盛る。
「たっちさ〜ん! 来てくれるって信じてたよ〜!」
オーバーなリアクションでヒシッと腰に抱きつくネフラの頭を、たっち・みーは優しく撫でる。
「ええ、もう大丈夫ですよネフラさん。危ないから下がっててくださいね」
「わっかりました〜! みんな〜、これからたっちさんが悪者をやっつけるよ〜!!」
ネフラの掛け声に呼応するかのように、いつの間にか辺りから他のプレイヤー達が湧いて出てきたのを見て、まだこんなに隠れていたのかとバスティは舌打ちしたくなる。
「たっちさん! あんた……自分が何やってるのかわかっているのか!?」
ウルベルトは無駄とわかりつつも、たっち・みーに呼びかける。
「それはこっちのセリフですよ、ウルベルトさん。ルールを破ってみんなが楽しく遊ぶゲームを邪魔するのは、まごうことなき悪です」
まるで悪戯っ子を諭すような優しい声色は、間違いなく彼のものだ。言葉の内容はウルベルトからすれば、支離滅裂などというものじゃないが。
「ゲームだあ……!? ふざけんじゃねえ!! あんたの憧れた正義は、少なくともこんな醜いものじゃなかっただろうが!!」
思考がだいぶ侵食されている様を見て、もはや正しい判断も出来ていないことだろう彼にウルベルトはなおも噛みつく。
「仕方ありません、少々お灸を据える必要がありますね」
たっち・みーはウルベルトの頑なな態度にため息をつくと、地面を軽く蹴って距離を詰め、剣を振り被る。
「っ!!」
すかさずザトガが剣を抜いて迎え撃ち、常人では目で追うのも困難な剣撃と鍔迫り合いが繰り広げられる。
たっち・みーの動きは特撮ヒーローのアクションを参考にしていると以前言っていたからか、その動きはどの角度から見ても凛々しく勇ましく見る者を魅了する美しさがある。
「やっちまえー!」
「ぶっ殺せー!」
一方の他のプレイヤー達は、たっち・みーに加勢するでもなくやいやいと騒ぎ立てている。
中でも元々AOGに好意的な感情を持たないプレイヤー達は、かつて仲間だった者達が殺し合う姿を見て愉悦に浸っているようだった。野次馬に徹してげひた笑いを上げるそのさまは、ヒーローショーのように立ち振る舞う聖騎士に対し酷くいびつだ。
それら全てがたっち・みーという男の尊厳を踏み躙っていることに、ザトガとウルベルトは胸糞悪くて仕方がない。
バスティは周囲のプレイヤー達が手を出してこないことを忌々しく思いつつも、大多数で押し切られないだけまだマシと自身に言い聞かせる。
両者の剣の打ち合いは一見互角に見えるが、純粋なプレイヤースキルのみでナザリック最強の地位を維持していた彼は、ユグドラシルの加護に守られていることで“紅世の王”にも並ぶ強さを獲得している。
現に明らかにザトガのほうが押されはじめ、このままでは負けてしまう。
ふいにたっち・みーがザトガから距離をとり、虚をつかれたザトガは思わず動きを止めてしまう。
(何かくる………!?)
嫌な予感がしたバスティがすぐさま防衛用の自在式を準備すると同時に、独特の構えを取るたっち・みーの銀の鎧が光を纏いだす。
元AOG所属の二人は、ユグドラシル時代何度も見たであろうその構えに背筋が凍りつく。
「ワールドブレイク!!」
凛々しい叫びとともに、三人に向けて光の刃が振り下ろされる。
「ラグナロクシステム・レジスト!」
ギリギリのところでバスティの自在式が起動し、三人をビリジアン色の淡い膜が包む。
「うああああああああああ!!」
ウルベルトの絶叫が響きと同時に衝撃波によって砂埃が舞い上がり、しばしの静寂ののちに砂埃は晴れていく。
「武人さん!」
「はあっ……はあ………やっぱきついな、これ……」
直撃こそ避けたが余波の衝撃による痛みから身動きが取れないうえに、地面は三人が立っていた場所を避けるように前方と後方の地面が真っ二つに裂けていて、もし直撃していたらどうなっていたことかと、ウルベルトはゾッとする。
「またチートですか? 見損ないましたよウルベルトさん」
「てめえ、どの口が……!」
ズキズキとした痛みがあまり軽減できていないことから、また修正されているのがわかる。
この自在式ももう次からは使えないだろう。
どうする?
どうする?
どうやってこの場を切り抜ける!?
絶望的としか言い様のない状況に三人が必死に考えを巡らせていると、
ブツンと、ブレーカーが落ちるような音が辺りに響いた。
「………え?」
驚愕するネフラの姿がテレビの砂嵐のように乱れたかと思えば、その場から掻き消えてしまう。なにが起こったのかと、全員の視線が音の発生源であろう電波塔に集まると………金属部分に帯びていた若竹色の灯りが消えていくではないか。
「間に合ったか…!」
それを見たバスティは安堵する。
プレイヤー達はバスティ達が電波塔に直接侵入し、システムをクラッシュさせるだろうと予測していたのだろうが、実際の彼らの役目は陽動に過ぎない。本命の部隊はすでに内部に侵入して機能停止に追いやっていたのである。
これでこのあたり一帯のプレイヤー達はしばらく使い物にならないだろう。
「もうここに用はない、ずらかるぞ!」
目的が果たされたことを確認したバスティがすかさず転移の自在式を起動させ、バスティに続きザトガが自在式に飛び込む。
プレイヤー達は逃げる彼らに気づいていないのか、あるいは眼中にすらないのか、電波塔を凝視し立ち尽くすだけで追いかけようともしない。
入る直前にウルベルトは一瞬だけたっち・みーを見るが、歯を食いしばりながら転移の自在式に入っていった。
電波塔の光が消えるその様をプレイヤー達はしばし呆然と眺めていたが、ふとピキリと何かが砕けるような音に反応して自身の右腕を見れば、そこには大きな皹が入りパラリと破片が剥がれている。
罅の下から見えるのは、人間の腕の皮膚。
「あ……ああ……」
若竹色に輝いていた目はたっち・みー自身の目に戻っていたが、彼は己の地肌を見てカタカタと震え出す。
「ああああああああああああ!!!!」
それまでの楽しそうな挙動が一転してこの世の終わりを見たかのように錯乱しだした彼は、汚染された土ごと破片を掴んで必死に腕に擦り付ける。まるで剥がれたメッキをもう一度張り直そうとするかのように。
他のプレイヤー達も似たような状態だ。
ある者は顔をかきむしり、ある者はナイフで足を切り付けて、露出した肌を削ぎ落とそうとしている。
それはさながら、自分の素顔から必死に目を背けるようだった。
言い訳タイム
違うんだっ、私はたっちさんのことは大好きなんだ!
ただ愛し方が普通と違うだけなんだ!
なんというか……たっちさんみたいに『世の中の本当の理不尽を知らなさそうな、理想に燃えるキャラ』の、ちょっと曇った姿からしか取れない栄養に飢えているだけなんだ!