アインズを指名した薬師の少年、ンフィーレア・バレアレ。彼は薬草採取のためにカルネ村までの警護と手伝いを依頼した。とはいえ彼はすでに漆黒の剣の依頼を受けたばかりであるため、ならば彼らの依頼をすませたあとでアインズが漆黒の剣を雇うという形で協力しようという話になった。
一同は広い草原の岩肌で休憩し、アインズはウルリクムミに話しかける。
「いや~、早速お世話になってすみません」
「案ずることはないいい。遠方から来たばかりの貴公らにはこの辺りの土地勘は疎いはずううう。先達として我らが導くのも必然んんん」
「ウルリクムミさんの言う通りですよ。特にこの辺りはモンスターの討伐依頼が出たばかりで危険ですからね」
ナーベラルに言い寄るルクルットをよそに、談笑しあう一同は様々なことをアインズに教える。カルネ村の周辺に住む『森の賢王』のこと、塩や砂糖を作る生産魔法のこと、アインズにとってはどれも新鮮な話題のようでふむふむと聞き入っている。
ときにルクルットが二人の関係について下世話な質問をし、ついナーベラルがアルベドの名を漏らしてしまうなどのアクシデントがあったものの、ペテルが気を遣ってくれたおかげで余計な詮索はされずにすんだ。
ここでふと、ルクルットのふざけた態度が急に鳴りを潜める。
「早速おいでなすったぜ」
レンジャーとしての彼の聴覚が知らせる。すぐ近くの木々から、群れをなして歩むモンスター達の存在を。
「グオオオオオオ!!」
オーガ数十体、ゴブリン数十体の大群。アインズから見れば雑魚にすぎないそれらだが、平均レベルの低い彼ら人間には荷が重いだろう。
「奴らを容易く屠るところを見て頂きましょう」
冒険者モモンの見せ場を作るにはここしかない。そう判断したアインズは前に出ようとするが、そこへウルリクムミが待ったをかける。
「はやるなモモン殿おおお。一体一体は弱小でもおおお、数が増えれば難敵となるううう」
「お前に指図されるいわれは」
ベシッ!!
またいらんことを言いそうになるナーベナルをひっぱたき、アインズはウルリクムミの話に耳を傾ける。
「ここはいつも通りいいい、俺が奴らの注意を引き付けるううう。皆はその隙に一体ずつ始末するのだあああ」
つまりはウルリクムミ自らがタンクに徹するということなのだろう。ただこれだけの数のモンスターを一手に引き受けるのはさすがに荷が重すぎるのではないだろうかとアインズは思う。
「まあそうなりますよね」
「つうかウルリクムミさんしか適任がいないし」
「うむ、回復は任せるである」
「では、よろしくお願いします」
だがほかの漆黒の剣は慣れた様子で彼の案に頷く。そうこうしているうちにモンスター達は歩き続けており、一同は臨戦態勢になってその場にとどまる。先陣を切ってモンスター達に向かうのはウルリクムミのみだ。
「………」
次いで動いたのはアルラウネで、彼女がおもむろに右手を伸ばすと、拳大の薄桃色の花が手の平から咲いた。アルラウネが唇を尖らせて、その花にふうと優しく息を吹き掛けると、花は沢山の花弁を撒き散らす。散った花弁は舞うように風に乗ってウルリクムミに向かっていき、彼を守るように周囲を囲み始める。彼はそれを合図にしたように立ち止まると、背負ったバトルアックスを構えてモンスター達に向けて仁王立ちになる。
「来いいいいいいい!!」
その雄叫びに釣られるようにモンスター達の視線はウルリクムミに集まっていき、彼の後方に控えるペテル達には目もくれずウルリクムミに攻撃をしかけ始めた。
オーガのこん棒がウルリクムミの身体を鎧ごと潰さんと振り下ろされるが、
ガキンッ!!
「!?」
砕けたのは、オーガのこん棒のほうだった。ウルリクムミのその身体は潰れるどころか、微動だにすることなく攻撃を受けきり鎧にはへこみ一つ見当たらない。
驚愕するオーガの僅かな隙を見逃さず、ウルリクムミがバトルアックスを大きく振ると、眼前のオーガの胴体が真っ二つになる。それを見てほかのモンスター達が負けじとさらに猛攻を繰り出す。オーガの怪力、ゴブリンの剣・槍・弓矢。四方八方からくる攻撃はしかしウルリクムミを後方へ押すことさえできず、彼は以前として不動を維持する。
「さっすがウルリクムミさん!」
「では我々も行きますか」
「強化は私が受け持ちますゆえ、皆様は攻撃に専念してくださいますか?」
『はい!』
アルラウネの言葉に一同が頷くと、彼女の手の平に再び花が咲き誇る。再びアルラウネが吹き散らせば四枚の花弁が散り、一枚一枚がそれぞれ漆黒の剣の頭や胸に装飾品のように付着する。
「はあああああ!!」
まず先にペテルがゴブリンに切りかかる。ウルリクムミへの攻撃に集中していたそのゴブリンは避けることもできず、一刀のもと首を落とされる。
「うりゃ!!」
次いでルクルットが一度に二本の矢を構えて射ると、オーガの眉間・心臓に綺麗に命中して一撃で仕留められる。
「やあ!!」
ニニャの杖から炎の魔法が放たれると全てがモンスターの顔面に当たり、草原を転げるように悶絶する。
(ほう………良いパーティだ。役割もしっかり構成されているし、実力もかなりのものだ)
一歩引いたところからそれらを眺めていたアインズは正直驚きを隠せない。まずオーガ達の攻撃を一身に受けているウルリクムミの頑丈さは固いというレベルの話ではない。さながら鋼のごとき強靭な肉体は紛れもなく強者と呼ぶに相応しい。
そしてペテル達を強化し、彼らの補助に徹するアルラウネの魔法詠唱者としての技量もだ。先ほどからウルリクムミの横でペテル達に攻撃されているモンスター達が、それでもウルリクムミにしか攻撃をしていないのを見るに、ヘイトを味方の一人に集中させる魔法を同時に行っているのは見事としかいいようがない。
(………まぁ、俺のかつての仲間ほどではないがな)
だが、ギルドのみんなならばもっと素晴らしい戦いを見せてくれたはずだ。そう自分に良い聞かせるように心中で呟くアインズは、背中のグレートソードを構えて駆けだす。
ウルリクムミに向かうオーガの群れを、すれ違いざまに真っ二つになぎ払う。
「ライトニング」
続くナーベラルも指先から青白い雷光を放ち、一撃でオーガの息の根を止める。
横からその様子を見ていた漆黒の剣の四人は、目を見開き驚愕する。
「す、すげえ………!」
「あの力……ミスリルどころかオリハルコン……?」
「いや、まさかアダマンタイト!?」
「…………?」
興奮する仲間達に対して、ウルリクムミとアルラウネはアインズの戦い方を見て違和感を覚えた。
(なんだあああ? あの『動き』はあああ?)
2本のグレートソードを持ち、一刀でオーガを倒すアインズは間違いなくとんでもない怪力の持ち主だ。だがそれだけの力を持っているのに対し、彼の動きは戦士としては素人くさかったのだ。
(剣士としての基礎がまるでない? そもそも、あの武器をああ使うことにどんなメリットが?)
グレートソードは破壊力の高い大振りの剣だが、何も二刀流にして使う必要性はない。むしろ両手を使って一刀のみのほうがより戦技の幅が広がるはずなのだ。
二人が悩んでいるうちに、周囲のモンスター達は一掃されていった。
正に死屍累々。物言わぬ骸と化したモンスターの身体を解体する漆黒の剣を見て、アインズはポツリと呟いた。
「………クリスタル等のアイテムがドロップするわけではないのですね」
「むううう?」
その言葉にガシャンと首を傾げるのはウルリクムミだ。聞き慣れない単語にアルラウネが問いかける。
「ドロップとはなんでしょうか?」
「ああいえ、こちらの話です」
アインズが慌てて誤魔化すのを見て一同は怪訝そうにしながらも、改めてアインズの力に感動する。
「でも凄いですねモモンさん」
「王国のガゼフ戦士長に匹敵する強さですな」
「正直、ウルリクムミさんレベルの戦士なんてそうそういないって思っていたんだけどな~」
「上には上がいると、納得しましたよ」
主人を称える一同にナーベラルが得意げに笑う。だがそんな四人とは裏腹に、ウルリクムミとアルラウネは腑に落ちない面持ちで二人を見ていた。
その後、まだ明るいうちにベースキャンプを作り寝床を確保した一同。竈から装われた野菜スープ等が銘々に配られると、円陣を組むように座る。
「ではいただくかあああ」
ガチャリとウルリクムミがヘルムの止め金を弄って脱げば、ついにその素顔がアインズ達の前に晒される。
濃紺色の固い髪質の短髪、大体三十代後半といった年齢ぐらいの厳めしい顔つきの浅黒い肌は、決して美男子と呼べるほどではない。だが溢れる男臭さと目鼻立ちそのものは整っているためか、『男前』という言葉が似合いそうだ。
そしてスープを食する漆黒の剣のメンバーだったが、アインズとナーベラルは匙に手をかけもせずにじっと固まってしまった。
(さてどうするか………アンデッドだから、飲めばダダ漏れだしな)
チラリと見れば漆黒の剣の不思議そうな視線が集まっており、どう切り抜けるべきか悩んでしまう。
「苦手な食材でもありましたか?」
アルラウネが心配そうに問うが、そうではないと首を振る。
「宗教的な理由でして………命を奪った日は、4人以上で食べてはいけないというものがあるんです」
だから皆様で先に食べててくださいと、咄嗟に嘘を言えば彼らはならば仕方がないと食事を進めていく。
その間は色々と談笑していく。漆黒の剣の名の由来、13英雄の一人である黒騎士と呼ばれる者が持っていた4つの剣のこと、そのうちの一つが王国の最高位の冒険者の手にあることなどなど……。
「………なんだか、懐かしく思えますね。そういう熱意って」
「モモン殿はあああ、ずっとナーベ殿と二人旅かあああ?」
「いえ、最初の頃はたくさんの仲間がいましたよ」
そんな彼らに、アインズはどこか寂しげな声色を漏らした。
かつて、弱くて一人だった自分を救ってくれた純白の聖騎士。彼に案内され、初めて仲間と呼べる者達と出会えた掛け替えのない日々。誇らしげに、けれども切なげに語る姿はありし日を思い出しているのか、ヘルム越しにも関わらず遠くを見ているような気がして、一同は胸が締め付けられるような思いになる。
「モモンさん………いつの日か、またその方々に匹敵する仲間が出来る日が来ますよ」
そんな彼を気をきかせて励まそうとするニニャだったが、
「そんな日は来ませんよ」
アインズは冷たく、バッサリとそれを切り捨てる。
そしてすっくと立ち上がると、彼らに背を向けるようにその場から離れていった。
「………悪いこと言ったみたいですね」
「何かあったのであろうな………」
「全滅………ってとこじゃないかな」
途端に暗い空気になり、落ち込むペテル達。どうやら下手に踏み込んではいけない話題をしてしまったらしく、罪悪感から俯く。
「………」
すると今度はウルリクムミが立ち上がり、アインズの後を追うように歩いていった。
「ウルリクムミさ……」
「行かせてくださいませんか?」
引き留めるペテルを、アルラウネが制するよう。なぜ、という視線を向ける一同に彼女は静かに微笑み返した。
「おそらく………御大将のほうが、モモン様のお気持ちを理解できると思いますよ?」
「モモン殿おおお」
「………ウルリクムミさん」
歩いていけばモモンが草原にしゃがみこんでいる姿を見つけ、ウルリクムミは声をかける。
「………先ほどはすまなんだあああ。彼らも悪気はないゆええええ、許してやってくれえええ」
「いえ、私のほうこそちょっと言い過ぎました。すみません」
ガシャンガシャンと鎧の音を鳴らし、ウルリクムミがモモンの隣に立ち止まる。
「隣にいいかあああ?」
「どうぞ」
許可をもらって彼の隣にあぐらをかいて座り込むウルリクムミ。二人は頭上で煌めく星空をしばし無言で眺めた。
「………少しいいい、昔話をしよおおお」
「?」
静寂を破るように、最初に言葉を発したのはウルリクムミだった。
「俺にもおおお、かつて勒を並べた戦友がいたあああ。九垓を平らぐ天秤分銅おおお、唯一無二の誇れる仲間達があああ」
陰険悪辣で見栄っ張りな先手大将、公正に拘る謹厳実直な中軍首将、戦いにしか興味のない遊軍首将、奇怪な言葉ばかり喚き散らす大斥候、ひねくれ者の隠密頭、頭脳明晰なくせに臆病な宰相、場を宥めてくれた穏やかな長老、傲慢だが自分の想いに真っ直ぐな騎士。
どれもこれも灰汁の強い連中ばかり。先手大将と中軍首将は犬猿の仲で、宰相を慕う隠密頭は素直になれずに悪態ばかりついてしまっていた。
「そしてえええ、そんな一癖も二癖もある戦友達があああ、心からの忠義を誓った主がいたあああ」
誰よりも強く、誰よりも優しい、敬愛してやまない御方。自身らの醜悪さすら優しく包み込むような、慈しみの炎を纏いし者。
「皆が皆あああ、主の理想のために戦い抜いたあああ。一人いいい、また一人と散りいいい、その命を主に捧げたあああ」
命を救われたその日から、この身命を主に捧ぐと誓ったウルリクムミは、文字通りこの身が砕けるほどに戦い続けた。主の儚くも尊い願いを叶える、ただそれだけのために。
「だがあああ、理想は潰えてしまったあああ。我が主は死にいいい、俺は遠くからその様を眺めるしかできなかったあああ」
忘れはしない、忘れるものか。主の悲願を理不尽なまでに踏みにじった、あの忌々しい紅蓮の炎を。それをただ見ていることしかできなかった、無能な己自身を。
「ならば最期まで主に殉じようと願ったがあああ、見ての通り俺達は死に損なってしまったあああ」
副官ともども紫電に貫かれ、この命も終わったかに思われた。だが気がついてみれば、自分達は見知らぬ土地で無傷のまま生き残ってしまった。彼女が傍らにいなければ、ウルリクムミは絶望に気が狂い、自らその命を絶っていたかもしれない。
「恩義にも報いられずううう、誇りある死すら許されずううう、全てを失ったかに見えたあああ」
だが彼らは得た。ぽっかりと空いたその胸に、再び生きる意味を与えてくれた、漆黒の剣という新しい絆を。
「彼らと出会いいいい、共に過ごせた日々はあああ、主との時間とは比べるまでもなかろうがあああ、俺の胸の空白を僅かでも埋めてくれたあああ」
取るに足りない麦の穂。そんな認識でしかなかったはずの彼らとの日々、そしてエ・ランテルの人々との暮らした三年の日々は、いつしかウルリクムミにとって掛け替えのないものになっていった。
「過去を捨てるなとは言わんんん。だが過去に囚われたままではあああ、未来を手にすることはできぬと思ええええ」
言いたいことを言いきったのか、ウルリクムミは再び立ち上がり漆黒の剣のもとへと戻っていく。その後ろ姿を見送り、モモンは………いやアインズはギチリと拳を強く握る。
(………わかった風なことを)
ウルリクムミが自分に共感し、そのうえでアドバイスしてくれたのはわかる。彼が経験した喪失と絶望、そこから再起するまでの軌跡が、尊ぶべきものだということも理解できる。だが、だが
(アンタは、最後までみんなといられたわけじゃないか)
仲間と同じ志を抱いたまま、最後まで戦い抜いたウルリクムミ。
サービス終了まで、結局誰も残ってくれなかったギルドメンバー。
喪失という意味では同じかもしれないが、二人のそれは全く性質が異なっているのだ。
(羨ましい…………!)
自分達の絆も、彼の仲間達のように固いものだったら、どれだけよかったことだろうか。
アインズのジリジリと焦がすような妬みは、沈静化ともに消え失せたのだった。
このパートで書きたかったシーンやっと書けた