漆黒の剣生存。
ンフィー君誘拐阻止完了。
モモンさーんは出ません
薬師バレアレの店に現れた侵入者の話は、ペテル達を通して冒険者組合と憲兵に通達され、現在ンフィーレアは組合に保護されることとなった。
「ンフィーレア! 大丈夫か!?」
「おばあちゃん!」
騒ぎを聞き付けたリィジーが組合の応接室の扉を乱暴に開けると、椅子に座る孫の姿がそこにあった。
「おお儂の孫よ………! 無事で何よりじゃ」
二人はお互いに抱き締めあい、ンフィーレアが元気な姿であることにリィジーは安堵する。
「しかし一体どこのどいつじゃ、 お前さんを浚おうなどとした不届き者は!?」
「それについては、我々が説明します。」
そう言って前に出たのは、ンフィーレアと一緒にいたペテル達だった。
荷下ろしのためにンフィーレアの店の前に到着した一向は、彼が扉を開けようとしたところでアルラウネに肩を掴まれた。そのまま入ってはいけないという彼女になぜなのかと聞くと、店の中に二人ほど何者かが潜んでいるのを察知したからと言った。リィジーとお客ではないかというルクルットに対し、アルラウネは潜む人物からは得体のしれない雰囲気を感じとったらしい。
それを聞いたウルリクムミは、まずアルラウネの幻術でンフィーレア達の偽物を作り、中の様子を確かめてみることにした。案の定、潜んでいたのは明らかに堅気ではない女戦士と年老いた魔法詠唱者で、彼らはアンデッドを大量に召喚する魔法を使うためにンフィーレアのタレントを必要としていたらしい。
「犯人には逃げられてしまいましたが、アルラウネさんが犯人に『印』をつけておいたからすぐに追跡できると言っていました」
印の方角から察するに、彼らは街の共同墓地に逃げたと思われる。
「そんなところに大量のアンデッドが出たら……!」
ニニャが想像して身を震わせる。ただでさえ負のオーラが蔓延している墓地にアンデッドが大量召喚などされれば、より強い負のオーラが生まれて凶悪なアンデッドが生まれてしまう。最悪の場合、エ・ランテルがアンデッドの蔓延る地獄と成り果ててしまう。
「大丈夫である。今ウルリクムミ殿とアインザック組合長達が対策を練っているのである」
ダインが言うように、組合長室ではベテラン冒険者達がアンデッドが発生した場合のプランをいくつかあげている。墓地の見回りをしている憲兵達はすでに門の外に避難するよう根回しをし、魔法詠唱者の冒険者達に墓地の周りを固めてもらい見張っている。今のところアンデッドが大量発生している様子はないそうだが、やはり墓地の負のオーラがいつもより強くなってはいるらしい。
「今回の騒動にアンデッドが絡んでいるってことは、黒幕は『ズーラーノーン』じゃないのか?」
ルクルットの発言に一同が頷く。
『ズーラーノーン』。死を隣人とする過激派カルト集団の彼らならば、確かにこんなことを企てていてもおかしくはない。
とそこへ、扉を開けてアインザックとウルリクムミが入ってきた。
「組合長!」
「ウルリクムミさん!」
「待たせたなあああ」
濃紺の鎧を鳴らし一同と向き合うウルリクムミに、リィジーが頭を下げる。
「儂の孫を助けていただき本当に感謝する! この恩は一生忘れませぬぞウルリクムミ殿!」
「そう改まって言う必要はないいいい。困ったときはお互い様だあああ」
なんと気っ風のいい答えか、リィジーは目頭が熱くなるのを感じ年甲斐もなく涙を流してしまう。そしてアインザックがゴホンと咳払いし、一同の注目を自身に集めた。
「うむ。それでこれから、ともにアンデッド討伐に行く人員と、街を防衛する人員、後方支援に当てる人員を割り振ろうと思うのだが……」
墓地の地下室に逃げ延びたクレマンティーヌは、何度も何度も悪態をついていた。
「ちくしょう! ちくしょうちくしょう! あのデカブツ、次は絶対ぶっ殺してやる!!」
不意打ちだったとはいえ、英雄の領域に至った自身の両腕を奪われた事実に彼女は過去最大の屈辱を抱いている。そんな彼女に呆れるように嫌味をはく者が一人。
「あんな目にあったのに、まだ怨み節を吐けるだけの気力はありますか。なんかもう一週回って感心しますね」
腕組みをして近くの瓦礫に腰かけるのは、ため息をつくバードマンだ。いちいち他人の神経を逆撫でするような言い方に、クレマンティーヌの怒号がさらに強まる。
「うるせえんだよ! いいから『アレ』よこせよ『アレ』!!」
彼女に催促されて鬱陶しそうに眉間にシワを寄せ、ローブの内ポケットからポーションの入った瓶を取り出す。その色は市販されている青色ではなく、モモンが初日にブリタに慰謝料代わりに与えたポーションと同じ赤色だ。
彼はクレマンティーヌに歩み寄りながら瓶の蓋を開けると、高いところから彼女の脳天に向けて中身をドポドポとかける。すると骨ごと斬られたはずの彼女の腕が生えてきてもとに戻った。
「ふんっ………せっかくの『神の血』をそんなことに無駄使いしよって」
「ご心配なく。入手の目処はあるので」
それを見てぼやくカジットにバードマンは淡々と返す。とはいえ儀式を成功させるためには、英雄級の力を持つクレマンティーヌの力はどうしても必要だ。カジットにとっても背に腹は変えられない。
(そういう意味では、この鳥男が我らに協力してくれたのは僥倖であろうな………)
およそ二週間ほど前、なんの前触れもなく共同墓地の隠れ家に現れたこのバードマンは「『死の螺旋』を行いたいから手伝ってやる」とのたまってきた。当然ながら、見るからに怪しい輩を信用できなかったカジット達は彼を殺害しようとしたが、まるで赤子と戯れるようにあしらわれて完全に敗北した。一度戦ったからこそカジット達は瞬時に理解した、おそらくズーラーノーンの高弟が束になってかかったところで、この異形種には絶対に勝てないだろうと。
彼はどうやらズーラーノーンの盟主とは知己の間柄らしく、『死の螺旋』をより効率的に行うための的確なアドバイスをするよう頼まれてここへ来たらしい。
カジットとしては渡りに船とも言える好条件、あくまで利害の一致からの共闘ではあるものの、そうして彼らは現在行動をともにしている。といってもズーラーノーンの正規のメンバーではなく、あくまで食客という扱いだ。
そして盟主が指名したという触れ込み通り、彼は魔法詠唱者としてのずば抜けた知識と技量を持っていた。クレマンティーヌが『叡者の額冠』を強奪し、それを扱える人間の存在を知り、カジットの計画は滞りなく成功するはずだった。
あの白金の冒険者、ウルリクムミとアルラウネが現れなければ。
(あの二人が邪魔をしなければ、今頃は小僧を使って大量のアンデッドを召喚し、『死の螺旋』を起こせたはず………!)
ギリッと奥歯を食い縛り、片手に握る死の宝珠を見る。
(鳥男は『なんとかなる』などと悠長に構えておるが、はたして今墓地を覆う負のオーラのみで強力なアンデッドが自然発生するか……?)
そんなカジットの心配を後押しするように、偵察に行っていた弟子の一人が転がるように降りてくる。
「カジット様! 墓地の周りを憲兵と冒険者どもが囲っています!」
「なんじゃと!?」
ガバリと立ち上がるカジットに続くように、バードマンがパチンと指を鳴らした。
すると彼らの眼前に蜂蜜色の魔法陣が浮かび上がり、その中央から同色の炎が燃えあがる。炎に浮かぶのは墓地とエ・ランテルを仕切る鉄の門の映像で、その向こうにはミスリル・オリハルコン・白金のプレートを下げた冒険者達と憲兵達が隙間がないほどに並んでいる。しかもその集団の先頭には、あの濃紺の鎧の冒険者が仁王立ちしているのが見えた。
「ばかな! もうここを嗅ぎ付けたのか!?」
アンデッドといえば墓地という先入観のせいだろうか、だとしても到着時間と人員集めが予想以上に早すぎる。
「………」
それを見たバードマンが顎に鉤爪を当てて考えこむ仕草をしてから、隣のクレマンティーヌをチラリと見る。
「?」
何事かと思った彼女が眼をパチクリさせていると、バードマンは突然片手でクレマンティーヌの胸元のアーマーを引きちぎった。
「ぎゃあああ!? 何しやがんだよ変態!」
慌てて両手で胸元を隠す彼女に、彼は冷めた目線でポツリと呟いた。
「そんな恥ずかしがるほどのモノでもないくせに……」
その失礼極まりない呟きはちゃんと彼女の耳にも入ったらしい。ああん!? 結構サイズあるほうだわ! などと喚く彼女を無視して、バードマンは引きちぎった胸部アーマーに飾られたハンティングトロフィーを一枚一枚剥ぎとっていく。十枚目を剥がしたあたりで指をとめると、その下で淡く光る薄桃色の花びらを手に取る。
「………追跡用か。さすがは鋼の軍神を支える妖花の自在師、抜け目がない」
バードマンは称賛するように目を細め、片手で花びらを握りつぶす。
しかしカジットにとってはもはやどうでもいいことだった。現在も墓地ではアンデッドが自然発生しているのだろうが、ミスリルやオリハルコン相手では足止めになるかもわからない。そのまま彼らにアンデッドを全て狩られてしまえば強力なアンデッドは生まれず『死の螺旋』には至らない。仮に冒険者達を全滅させたとしても、王都から援軍を寄越され、最悪あのガゼフ・ストロノーフが介入すれば、全員捕らえられてしまう。
「クソッ、クソクソクソ!! 『不死の軍勢』を使えないこの現状では時間が足りん!」
まさに万事休す。一体どうすれば……頭を抱えるカジットにバードマンが淡々と答える。
「だから大丈夫ですって」
先ほどと同じ何の問題もないという態度で断言するバードマンに、いい加減カジットが怒鳴り散らす。
「ふざけるなあ! 確かに貴様のみならば、あんな冒険者どもを一掃するくらい雑作もないだろうが、また儀式を一からやり直さねばならんのだぞ!?」
ここまで膨大な時間と下準備を重ねてきたカジット達としては、今までの労苦が水の泡になるのはなんとしても避けたい。それに儀式を中止したからといって、冒険者が周囲を囲うこの状態では、ここから無事に逃亡できるかどうかもわからないのだ。
「そんな必要はありませんよ」
しかしバードマンは変わらず淡々とした声で答え、再び指を鳴らす。
すると彼の足元に蜂蜜色に輝く魔法陣が浮かび上がり、溢れる同色の炎が彼の身を包む。揺らめく炎はやがて動きを止め、丸い卵の形に固まる。そこから数秒のち、沈黙したその場に響き渡るように炎の卵に皹が入り、まるで孵化するようにバードマンが再び現れた。
その姿は先ほどと変わらない。変わらないはずなのに、何かが違う。雰囲気とか、魔力の強さとか、そういう問題ではなく『その者の性質そのもの』が変異したように、彼らには見えた。
「な、何をしたんじゃ……?」
恐る恐る問いかけるカジットに、バードマンは変わらない冷たい眼差しを向けて嘴を開く。
「………その叡者の額冠というのは、適合できる人材がつけて初めて意味をなすわけですよね?」
「? ああ、そうじゃが……」
「だから、この身体を叡者の額冠に適合できるよう改良しました」
「………はあ!?」
こいつは一体何を言い出すのだと、今日何度目になるかもわからない驚愕の声をクレマンティーヌ達は出す。
身体を適合できるように改良? そんな魔法があるなんて話聞いたことがない。だいたいそんな抜け道がアリだとするならば、神器を擁する法国がとっくに研究して試しているはずだ。
「いいからほら、貸してください」
バードマンは呆然とするカジットから引ったくるように『叡者の額冠』を手にすると、身につけていた装備を全て外して巫女の力を補助する為の透明な薄絹に着替える。
「正気か貴様!? それは一度つけたら自我を失い………!」
「わ、私が無理矢理外した巫女は完全に狂ったんだぞ!? あんたそれわかって………!」
慌てるカジット達に目もくれず、バードマンは何の躊躇もなくサークレットを頭部に飾る。と、彼の両腕がだらりと下がり、ガクンと膝から崩れ落ちた。
「………」
息つく暇もなく変わる状況に、一同は固唾を飲んでバードマンを凝視する。やがてカジットが確かめるように彼の眼前に近づき、叡者の額冠を見た。
「………本当に、適合したじゃと?」
叡者の額冠に嵌め込まれた宝石は輝き、膨大な魔力が込もっている。間違いなく装着者と適合したことを示していた。バードマンの目は虚ろで何も見ておらず、叡者の額冠の副作用で完全に自我を失っているようだ。
その姿に唖然とするのもほんの僅かの間、カジットは肩を震わせて笑いを溢しはじめる。
「く、くくく……わははははははは!! いいぞ鳥男! 最後まで我らのためによくぞ働いてくれた!」
正直なところ、カジット達のあいだではこのバードマンが裏で何かを企み、漁夫の利を狙おうとしているのだろうとずっと疑っていた。だがこの自身の犠牲すら厭わずに儀式に尽くしてくれたその姿を見て、逆に疑心の謝罪と感謝の念すら湧いてきた。
「ではすぐに儀式を執り行う! すぐに準備せよ!」
「は!」
これで最後のピースは揃った。弟子達に鼓舞するように指示を出し、カジットはその場を去っていった。
残るクレマンティーヌはいつも通りのニンマリ顔を浮かべ、しゃがみこむバードマンの横に片膝をつき、猫なで声で耳元に囁きかける。
「アンタのこと大ッ嫌いだったけどさ~、正直今だけは見直したよ」
もはや毒舌を吐くこともない、魔法を行使するだけの人形となってしまった異形を嘲笑し、彼女もその場をあとにするのだった。
バードマン以外無人となったその場から、彼が脱ぎ散らかした黄色いローブがズルリズルリと這うように動いて、階段を上っていくのを見たものはいなかった。
その頃のナーベさん
ナベ「なんだか外のガガンボどもが騒がしいけれど、アインズ様から『こちらから連絡を寄越すまで待機しろ』と命じられている以上、動くべきではないわね」部屋の真ん中で直立不動。
ニニャ「モモンさんナーベさんいますか!? 墓地のほうで大変なことが起こっているんです! どうか力を貸してください!」ドンドンッ
ナベ「…………」ガン無視
ダイン「どうやら不在のようであるな……仕方がない、ほかをあたるである!」
ニニャ「はい!」
バタバタバタバタバタバタッ
ナベ「………本当に、さっきからなんなのかしら?」
ちなみにその頃のアインズ様は、色々と気疲れしたせいでナーベへの連絡をすっかり忘れてベッドで横になっていた。
漆黒の英雄誕生ならず!