棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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アシズ様は有能な自在師らしいし、大抵のことはできるはず!


青い天使

足の裏が痛むのも構わずに少女は走り続けた。『家畜の運動』と称する悪魔達の残虐極まりない遊びに弄ばれ、足の遅い者から順に生き地獄を味わされて彼らの心は限界に達している。いっそそのまま死ねたのならまだ救いがあったのだろうが、悪魔達にとって自分達は貴重な『素材』でもあるのでおいそれと殺してはくれない。現に背後でなぶられる同族達は、四肢を刻まれ肉を喰いちぎられても絶命には至っておらず、いまだ苦痛の叫びをあげ続けている。

ああ、なぜ自分達がこんな目に会わなければならないのだろうか。つい最近まで平凡な村で穏やかに暮らしていたのが夢のようで、こんな運命を押し付けた神様を呪わずにはいられない。

無駄とわかっていても、少女は少しでも苦痛から遠ざかるべくただただ逃げ続ける。

 

「あ!!」

 

しかし走り続ければ当然疲れるもので、疲労で足はもつれて派手に転ぶ。転倒で痛む身体を必死に起こそうとするも、背後から近づく悪魔達の足跡に少女はついに諦める。

振り向けばニヤニヤケタケタと嘲笑する悪魔達が、わざとらしくゆっくりと歩み寄ってくる。ついに自分の番が来た。もはや希望などない光景に、少女は全身の力が抜け再び地べたに倒れる。後はこのまま奴らに蹂躙されるだけ、ならせめてこのまま死に絶えてしまいたいと願う少女にしかし

 

「すまない。少しいいだろうか?」

 

救いの手が、確かに伸ばされた。

 

 

 

 

 

 

異形達の頭上に浮遊した状態で、アシズは彼らを刺激しないように声をかけた。しかしアシズの存在に気づいた異形達は、彼を見て明らかに動揺している。何人か青ざめて震え、まるで化け物でも見たかのように怯えているようだった。

 

「て、天使………!?」

 

「なんで天使がこんなところに!?」

 

(………天使?)

 

異形達が口々に言う言葉にアシズは首を傾げ、ふと昔を思い出す。そういえば“紅世の徒”としてこの世に顕現して以降は、自分の姿を見た人間達からよくそう呼ばれていた気がする。とはいえそんなことはアシズにとってどうでもいいことで、怯える彼らを宥めるべく穏やかな声色で話す。

 

「その………色々と聞きたいことはあるのだが、ここはブロッケン山で合っているのだろうか?」

 

「ブロッケン山……?」

 

なおもアシズは彼らに質問していく。

ブロッケン山でないならここはどこなのか。

君達は“紅世の徒”なのか。

その人間に何をしていたのか。

異形達はアシズの言葉が聞きなれないのか、互いに顔を見合わせるだけだったが、そのうちのでっぷりとした蛙のような異形が警戒しながら前に出てくる。

 

「………そのブロッケン山だとか“紅世の徒”だとかはまったくわからんが、ここがどこかなら教えてやる。アベリオン丘陵だ」

 

「アベリオン丘陵だと………?」

 

まったく聞いたことがない地名だ。ブロッケン山の付近どころかドイツ中を放浪したさいにもそんな場所の存在を耳にしたことがない。

 

「あとこの人間に何をしていたかだが、見ての通り遊んでいたのさ」

 

「遊ぶ……」

 

「ああ、悪魔は悲鳴と絶望を楽しむのが性分だ。だからこうやって人間を使って遊ぶのさ」

 

足元の少女を見下ろしニヤニヤと嗤う異形に、アシズは意味がわからなかった。彼らが“紅世”のことを知らないのもそうだが、弱者を虐げることを遊びと称するその精神性になんとも言えない不快感を抱く。

見れば倒れる少女は這いつくばった状態で顔を上げ、瞬きせずにアシズを見つめている。一糸纏わぬ裸体は擦り傷と打撲痕で痛々しく、彼らにどのような仕打ちを受けたのかを嫌でも悟る。

その姿が、アシズの脳裏に残る『ある少女』と重なるようで……

 

「………お前達は、彼女を殺すのか?」

 

「ああ? まさか、こいつらは貴重な『素材』でもあるんだ。勝手に殺したら損害になるさ」

 

「だが、彼女をさらに苦しめるのだろう?」

 

「そこは俺達の気分次第だな。今日は天気が良かったから運動するにはいい気分だったよ」

 

「………そうか」

 

それまで穏やかだったアシズの声が、底冷えするように低くなる。片手を目線の高さまで上げるとパチンと指がなる。すると異形達の身体の一部を覆うように、青い宝石のような立方体が浮かび上がる。

 

「!?」

 

「ならば死ね。どのみち聞けることも無さそうだ」

 

突然のことに硬直する異形達を尻目に、アシズが吐き捨てるように呟く。と同時に立方体が光り輝き、飲み込んだ部分が抉りとられるように断裂する。一瞬の出来事に異形達は叫ぶ間もなく絶命し、あとには夥しい血を撒き散らしぶつ切りになった化け物の肉塊が転がるだけだった。

 

つい先ほどまで自身を虐げていた悪魔が、まるで虫けらのように惨殺される光景に少女は唖然とするほかなかった。

そしてそれを行ったであろう青い天使はゆっくりと少女の目の前に舞い降り、片膝をついて少女と目を合わせる。

 

「大丈夫か?」

 

「っ………うあああああああ!!」

 

優しく労るような声と差し伸べられた大きな手に、少女は久しぶりに喉が張り裂けるほど泣き叫んだ。

 

泣きじゃくる少女の頭を優しく撫で、アシズは倒した異形から得た情報を整理していく。まずやはりと言うべきか、今自分がいるのはブロッケンではなかったらしい。一体どうやってこのアベリオン丘陵なる場所に転移したのか、ブロッケンからどのくらい離れているのかが不明である以上、配下達を見つけ出すのは容易ではないだろう。

 

(それにしても、彼らは何者だ?)

 

顔をあげてみれば、先ほどまで少女達をいたぶっていた異形達の亡骸がまだ転がっている。“紅世の徒”が死亡した場合、肉体が炎となって消えるのが普通なのだが、亡骸は消えることもなく血を流しているだけ。“徒”に血液など存在しないので、必然的に彼らが同胞ではないことを確信すると同時に、アシズは彼らの種族がなんであるかを考える。

アシズの経験上、この世に元から生息する生き物で人間とは異なる容姿をし、なおかつ意志疎通をできるだけの知性を有した生物がいるなど聞いたことがない。彼らは自分達を『悪魔』と呼んでいたが、確かそういった言葉は人間達が“徒”に対する畏怖を込めてそう呼んでいた気がする。

 

(それに……)

 

手を握っては閉じてを繰り返し、アシズは己の存在が薄まっていないのを確認する。

“紅世の徒”がこの世に顕現し続けるには“存在の力”が不可欠だ。同じく自在法を発動するのにも必要な力だが、試しに人間を喰らわずに“聖なる棺”を使ってみたが、アシズの内包する“存在の力”は減っているようには見えなかった。

すなわち、今の彼は“存在の力”を消費せずに顕現し、なおかつ自在法が問題なく使える状態にある。

 

(一体、私はどうなってしまったのだ?)

 

考えられる要因としては複数ある。

この世に顕現した際に“紅世”との繋がりを絶ってしまったからか。

『両界の嗣子』を産み出そうとした時に己の存在が中途半端なまま分解されたからか。

天罰神の攻撃を受けて己の存在そのものがなんらかの変質をしてしまったか。

あるいはそれらが複雑に絡まってしまったのか。

 

(………自在法が使えるなら、配下達を探せるだろうか?)

 

“存在の力”の節約の為に使用を控えていたが、消費しないのであれば使っても問題ないのかもしれない。当初の目的だった配下の捜索をすべく、すぐさま探知の自在法を構築しようとしたアシズだったが

 

「っ……! ゲホッゴホッ!!」

 

目の前の少女が急に咳き込んでしまい、思わず手を止めた。

少女は自分の頭を撫でるアシズの手にしがみつき、荒く呼吸を繰り返している。見ればアシズの足元には血痕が垂れており、彼女の容態は思いの外深刻らしい。

 

「………!」

 

そこからのアシズの行動は早かった。まず生きた人間の病傷を癒す自在法を素早く構築して少女の身体に打ち込めば、彼女の身体に刻まれていた古傷が次々に消えていく。次いでアシズは翼を羽ばたかせてその場から飛び立ち、悪魔達が走っていた道を遡るように飛行する。道中で傷つく人間を見つければ次々自在式を打ち込み、人間達は欠損した部位を含めて肉体が健常な状態に戻っていく。最後の一人を治したところで今度は彼らを『清なる棺』に一人一人閉じ込め、棺を浮かせると元来た道を再び飛ぶ。少女のところに戻れば棺を解き、人間達をその場に集めた。

彼らは自分達の身に何が起こったのか理解できないようで、癒えた身体と眼前のアシズを見比べて目を見開いている。それを見届けたアシズはひとまず安堵する。

 

「傷のほうは問題なさそうだな。あとは衣服か………」

 

何せ男女問わず全員が丸裸だ。せっかく身体が癒えても寒さで容態が悪化してはもとも子ない。ついでに言うと、人間は他人に裸体を見られるのを恥じる性質があるらしく、このまま歩かせるのはアシズとしても忍びなかった。

とはいえいくらアシズでも無から有を生み出すのは至難の技だ。これが“探耽求究”であれば物質を好きなように生み出せたかもしれないが。

何かないだろうかとアシズが辺りを見渡していると、近くの草むらを虫が羽ばたいているのが見えた。草むらに近寄ってみると、枝の隙間から白くて丸い繭を見つける。アシズの記憶が確かなら、蚕と呼ばれる虫の繭に違いない。

 

(穴があるということは、丁度羽化したばかりか。これならば)

 

繭が破れないように優しく取ると、アシズは今度は増殖の自在法を構築して繭に打ち込む。すると繭から白い糸がほどけて中空で伸びていくが、増殖していくその糸の量は繭の量から見ても明らかに多くなっている。ある程度糸が増えたのを確認したアシズが指をパチンと鳴らすと、糸が踊るように規則的に絡み合い一枚の白い布に織られていく。完成した布が人間達と同数になると繭の糸が千切れ、アシズは布をすべて抱え人間達に一人ずつ羽織らせていく。

 

「すまない、今はこれぐらいしか作れない。人里を見つけるまでは我慢してくれないか」

 

最後に少女に羽織らせて優しく声をかければ、少女は両手で顔を覆ってまた涙を流す。それが合図になったかのように周囲の人間達も堰をきったように泣き出し、眼前のアシズに感謝を述べる。ありがとう、ありがとうございます優しい天使様。互いに抱きしめあい、生存を喜ぶ彼らを見てアシズはどうにも複雑な気持ちになってしまう。

 

(………もう、人間を守るのは止めたはずなのだがな)

 

それなのに、苦しむ少女の姿を見た途端に考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。理由は明白だろう。彼女が吐き出した鮮血が、あの時を思い出させてしまったのだから。

 

(ティス………)

 

誰よりも、何よりも愛しい娘。“紅世の徒”に苦しめられる人々を救う為に、自らを削って戦いに身を投じた気高き娘。人間を愛しながらも、その人間に恐れられ、裏切られて生涯を閉じた悲しき娘。彼女を奪った人間達を憎み、彼女を必ず取り戻すと決め、道を踏み外しながらも足掻いたアシズはしかし、人間を救ってしまった。

 

(皮肉なものだな………)

 

アシズが今使った癒しの自在法と増殖の自在法は、本来はティスを蘇生させる為の自在法の試作品でしかなかった。それが憎いはずの人間達を救うのに役立つとは、なんという因果なのだろうか。思えば『壮挙』の失敗も自身の甘さが招いた結果ともいえるのだが、それを経てなお他者を救おうとするなどつくづく愚かなことだ。

自嘲気味にため息を吐くアシズだったが

 

「!?」

 

突如、探知の自在法に大きな気配が引っ掛かる。反射的に気配のしたほうを見れば、空間に紫色の穴が浮かんでいた。ここまで接近されるまで気づけなかったということは、転移の自在法を使われたということだろうか。再び怯える人間を見て、いずれにしても警戒すべきとアシズは穴の向こうから出てくる『それ』に身構える。

 

『平伏したまえ』

 

穴の向こうから響いたのは、低くも妖しげな色気のある男の声だった。声が響くと同時に人間達は地面に押し付けられるように倒れ、アシズの身体を重圧が襲う。だがアシズにとっては耐えられないほどのものではなさそうで、身を振りほどいてやり過ごした。

 

「………おや、『支配の呪言』に抗えるのですか」

 

それを見て驚いた声の主は、ついに穴からその身を現した。目元には眼鏡かけて口元は怪しい微笑みを浮かべており、やや色黒い肌と後ろに流した短い黒髪を持つ。細身の体格にピッタリ合った赤い衣服を纏う見た目は人間の成人男性そのものだが、臀部からは甲殻に包まれた尾が伸びており、男が人間でないことを証明している。

 

「さて、私の牧場から窃盗を行ったツケを払っていただきましょうか。羊泥棒さん?」




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