呟かれた言葉とともに、それが発動した。
地面には火線で描かれた円形の自在式が結晶し、そこから沸き上がった蜂蜜色の炎が墓地の周りに陽炎の壁を形成して覆いつくした。
「ぬうううううう!?」
ほんの僅かな瞬間のことだった。
周囲への警戒を怠らずにいたはずのウルリクムミが、敵の奥の手かと思いバッと周囲を見渡す。そして気づいた、周囲の動きが………いや、周囲の時間が止まっていることに。足元で輝くのは見慣れた自在式。間違いない、これはこの世界の魔法ではなく紅世の徒が使う自在法だ。それにこの周囲を燃える蜂蜜色の炎、術者はあの徒に違いない。
(やはり生きていたかあああ!)
ウルリクムミは周囲からの攻撃を警戒しつつ、後方のアルラウネと連絡する。
「アルラウネえええ、無事かあああ!?」
『私は大丈夫ですが?』
遠話で彼女に言葉をかけるが、どうやらアルラウネは大事ないようだ。
「そちらも似た状態かあああ?」
『皆様、まるで彫像のように不動になっているかと?』
それ以外に特に異常性は見受けられないと語る彼女に、引き続き墓地内の探知を続行するよう指示してウルリクムミは『ウベルリ』を構える。いつどこから攻めてくるかわからない緊張感、かつてないほどにウルリクムミは神経を張りつめる。
だがそんな状況にありながら、二人としてはこの自在法の能力をとても看過できなかった。
色や自在式など、微妙な差異こそあるがこれは………
(これはまるでえええ、主の『清なる棺』と同じいいい!?)
彼らの主、最強の自在師である『棺の織手アシズ』が得意としていた自在法によく似ていたのだ。
緊迫しながらも動揺するその僅かな隙を、
「おおおおおお!?」
腕を捥がれたにも関わらず、カジットはいまだ表情すら変えず動かない。
ウルリクムミが慌ててその物体を目で追えば、視線の先にいたのは鳥用の黄色い飛行服を着た鷹だった。
鋭い嘴は蜘蛛の巣を模した装飾品を咥え、力強い鉤爪はカジットの腕を捨てて死の宝珠をしかと握りしめている。羽ばたく鷹の翼から散るのは、蜂蜜色の火の粉だ。
「アルラウネえええ!!」
『御意に!?』
もはや二人の間に明確な言葉はいらない。
アルラウネが持てる存在の力をありったけ出し尽くし、大量の花吹雪が墓地中に吹き荒れる。花びらが鷹を捕らえようとするが、その動きは素早くまるでダンスでもするかのように一枚一枚を躱し続ける。
なおも追いかける花びらを横目に見ながら、鷹がバサリと大きく翼を羽ばたかせると羽根が大量に舞い散る。それらが一枚一枚燃え上がると、すべてが鷹の姿になった。自在法で作られた偽物が四方八方へと逃げていくのを見て、アルラウネは負けじと花びらを操作する。矢のような勢いで数枚の花びらが鷹を貫通すると、羽根に戻って蜂蜜色の火の粉となって消えていく。一羽、二羽と次々に鷹を破壊していけば燃え尽き、残り一羽となった。
「御覚悟を!?」
360度から放たれる花びらが最後の一羽の身体を貫き、さながら蜂の巣になってしまう。しかしそれも一枚の羽根になって消えてしまった。アルラウネは探知圏内の鷹を全て破壊したが、どうやら全て偽物だったらしい。
『申し訳ありません………逃げられたようで?』
「いやあああ、俺も油断したあああ」
落胆するアルラウネを労るようにウルリクムミが答える。
自在師のアルラウネが仕止めそこねたということは、相手もそれだけの手練れだったということなのだろう。物陰から冒険者達の戦いを見て、ウルリクムミの不意を打とうとしたが、ウルリクムミが予想以上に強大な自在法を使えるのを見て撤退を選んだようだ。
(だが貴様の炎の色は覚えたぞおおお。『蜂蜜の鷹』よおおお)
空の向こうを見据え、ウルリクムミは決意を新たにする。あの“徒”はアシズに関して何かを知っているはず。もし次に因果が交差した時は、必ずや捕らえてそれを問いただしてみせると。
しばらくすると、蜂蜜色の結界が解けた。と同時に止まっていた時が再び動き出す。
「ぎゃああああああああああ!?」
自身の片手がいつの間にかもげていたことに、カジットが驚愕と苦痛で叫ぶ。
構わずウルリクムミはカジットに歩みより、なるべく手加減をしながらその顔面をぶん殴った。カジットの身体がふっとび、瓦礫の中にドシャリと落ちる。その顔面は白目を向いて鼻血を垂らし、ピクピクと痙攣しつつも気絶しているだけだ。
カジットがやられたのを見て、弟子達が情けない悲鳴をあげながら背を向けて逃げようとするも、その後ろから冒険者達がのし掛かり、羽交い締めにして捕まえた。
人間達に特に変化がないのを改めて確認してから、ウベルリを高く掲げてウルリクムミは叫ぶ。
「敵将おおお、討ち取ったりいいい! 我らの勝利だあああ!!」
『うおおおおおおおおおお!!!!』
墓地の向こう、空が白み始めた。
長い長い夜が、ようやく明けた。
エ・ランテルから離れた小高い丘の上、
ちょうどいいサイズ感の岩に腰かけて、白み始めた空を眺める黒いローブの人物がいた。呑気に鼻歌を口ずさみながら片足を揺らしていたその人物は、ふと鼻歌を止めると首を日の出から反らし、街の方角を見た。視界の端から飛んできたのは、蜂蜜色の火の粉を散らしながら羽ばたく一羽の鷹だ。鷹が滑空しながら自身の前に舞い降りてくるのを確認し、ローブの人物は片手をヒラヒラと振って声をかけた。
「お疲れさ~ん」
随分と陽気な口調と声を出すその顔と、ヒラヒラと振るその腕には、人間の筋肉はおろか肌すらない。カシャカシャと音を立てる腕のみならず、フードから覗くのは青紫色の人骨。見た目だけならばスケルトンと瓜二つだが、その身から滲み出る負のエネルギーはスケルトンの比ではない。それはアンデッドの上位種である
鷹がエルダーリッチの眼前でホバリングするように羽ばたくと、その身を包む飛行服が離れていった。小さな飛行服は蜂蜜色の炎となって燃えあがり、人間が着るサイズの黄色いフード付きのローブに変わり、ローブはまるで透明人間が纏ったかのようにその場に浮遊しはじめる。風にはためくローブの肩に鷹が止まるが、その目は常に瞬いて忙しなく首を振っている。普通の鳥と変わらない挙動には、先ほどまでの手練れの自在師の面影はなかった。
「全く、『ズーラーノーンの盟主』がこんなところにわざわざ出向く必要がありますか?」
声を発したのはローブだ。しかもその声は、クレマンティーヌ達と行動をともにしていたバードマンと同じ声質である。
「細かいことは気にすんなって」
カタカタと顎を鳴らして笑う盟主に、ローブは気にくわないように無い鼻を鳴らす。右の袖で左の袖を探り、取り出した死の宝珠とサークレットを盟主に手渡した。受けとった二つのうち、死の宝珠の中身をジッと見つめていると、盟主はあることに気づく。
「………あれ、なんか全然溜まってなくね?」
死の宝珠に溜まっていたはずの、負のエネルギーがすっからかんになっていたのだ。今回の『儀式』の規模を考えると、むしろ増えてもいいようなものだが、どうしたことだろうと首をひねる。
毒舌混じりに答えたのはローブだ。
「あのハゲが追い詰められた挙げ句、無駄使いしたんですよ」
「な~んだ、残念」
あてが外れたことにガッカリするように、盟主は岩に両手をついて天を仰いだ。
対するローブは右の袖から十字形の蜂蜜色の結晶を取り出す。それを鷹に差し出せば、まるで砂糖菓子のように嘴で砕きながら啄んで食べはじめる。
「まあいっか、それなりの収穫はあったみたいだしな」
両足を軽く揺らし、盟主はサークレットを指先で広げた。日の出の光に反射してキラキラ輝く装飾品を眺める彼は、筋肉のない骸骨のはずの顔がニヤリと笑ったように見えた。
「そんなガラクタ、何に使うつもりですか?」
「まあまあ、ちょっとしたリサイクルってやつだよ」
パチンと骨でできているはずの指を鳴らすと盟主の眼前に黒い穴が開く。サークレットをその中に放り投げてから、改めて二人は互いを見合った。
「それで、結果はどうだった?」
「クレマンティーヌを含めたズーラーノーンのメンバーは全員生存しましたが、全て捕まったようです」
「そっか~、カジッちゃん結構
「私の『燐子』は魔法発動後に自動的に破壊されるように仕掛けを施しましたので、後で冒険者達が地下室を調べても証拠は残らないかと」
「まあ、そっちはそれで十分だろうけどさ~」
死の宝珠を昇る太陽に透かしてみるが、宝珠からは日の光が全く見えない。それから盟主は『本題』に入った。
「んで、どうだったわけ? 例の白金級の冒険者さん達は」
「薄桃色と濃紺………それにあの他に類を見ない破壊力の自在法と、優れた自在師の力………間違いないかと」
「………やっぱりか」
濃紺の炎と薄桃色の炎の『徒』など、それぞれ一人しか考えられない。
巌凱ウルリクムミ、架綻の片アルラウネ。
かつて中世最大の大戦でフレイムヘイズ達を苦戦させた、紅世の徒最大の組織『
「でも確かその二人って、大戦で『震威の結い手』に討滅されたんだろ? なんで生きてんの?」
「さあ?
「………」
ローブは素っ気ない態度で答えて、肩の『燐子』の頭を撫でるように袖を被せる。その姿を見たエルダーリッチは少し考えてから、手のひらに青紫色の炎を灯し、死の宝珠に自身の『力』を込めはじめた。
空っぽだった宝珠の内部に最低限の『力』が溜まると、宝珠がドクンと脈動する。
『おお………
「よう『トラペゾヘドロン』。元気だったか?」
まるで久しぶりに会う我が子を愛でるように優しく声をかける盟主に、トラペゾヘドロンと呼ばれた宝珠は申し訳なさそうな声色を発する。
『まことに口惜しく………此度は父上のご期待に応えられませんでした!』
「あー、いいっていいって。それなりの収穫はあったからさ」
我が子の頭をヨシヨシと撫でる盟主に、ローブは呆れたようにため息をついて声をかける。
「それで、あの二人はどうする?」
「できれば監視が望ましいでしょうが……あまり存在の力を強くすると感づかれる可能性が高いですね」
「ふ~ん、じゃあトーチくらいの小ささでいいか」
そう言うと盟主は自身の左手の小指を掴み、何の躊躇もなく小指の先をへし折った。折られた小指を目の前に放り投げると、小指は青紫色の小さな火となって燃え上がる。燃える火は揺らめきがなくなると、青紫色のネズミの姿に変わる。ネズミはぷるぷると身体を震わせると、目の前の盟主を見上げて喋りはじめた
「よう『ズーラーノーンの盟主』。『この俺』は何をすればいいんだ?」
「よう『街の片隅のネズミ』。お前にやってもらうのは巌凱ウルリクムミと架綻の片アルラウネの監視だ。あの二人に何か動きがあったら即座に目を繋げてくれ」
「おうよ!」
頷いたネズミは四本の脚で地を駆けて街の方角へと消えていった。その後ろ姿を見送るローブは、ふうと息をつく。
「では私は、今回の結果を『本社』に報告しなければならないので、一度向こうに帰還しますね」
「了解」
盟主が岩から立ち上がり、宙に青紫色の火線で描いた自在式を構築する。すると自在式の部分の空間が裂け、そこから黒い深淵が覗けた。
それを見届けたローブは蜂蜜色の炎となり、再び小さな飛行服になり鷹に纏う。着せられた鷹はただの鳥だった挙動が失せ、再び明確な自我を持ち鋭い視線を深淵に向ける。飛び立とうと身構える鷹に、最後にもう一つと盟主は問いかける。
「そういえばさ~、例の新入り冒険者はいなかったのか?」
「なんか『急用がある』と言って、騒動には参戦しなかったみたいですよ?」
「え~、せっかくお膳立てしてあげたのにな~」
その言葉を最後に、鷹は今度こそ翼を羽ばたかせて深淵に向かって飛んでいった。盟主はそれを見送りつつ、腕を組んで小首を傾げる。
「どこ行っちゃったんだろ? モモンガさん」
その頃のモモンガさんin自室
アインズ「はあ~………なんども沈静化したせいか、ようやく落ち着いてきたな。あのアシズって天使の使う結界はユグドラシルにはなかったらしいけど、となるとタレントの一種なんだろうか? 時間停止も効かなかったらしいし、どう対処すればいいんだろ………」
アインズ「…………あれ? そういえば何か忘れているような………」
ポクポクポクポク………チーン!
アインズ「ああああああああ!! ナーベラルに連絡するの忘れてたああああああああ!!」Σ(゜Д゜;)
ナーちゃんin宿屋
ナーベ「御方のご指示はまだかしら…………?」( ・`ω・´)