まあワールドアイテムを二つも持っていたギルドだったわけだし、時間停止対策アイテムくらいあるかなと思って……
時は少しだけ遡る。
アインズから『この世界特有のスキルや魔法を調べるために、武技や魔法を収めた人間、ただし消えても問題にならないような犯罪者を捕縛せよ』との命を受けたシャルティアとセバスとソリュシャン。
商人の我儘令嬢に扮するソリュシャンが囮となり、野盗の手引きをしているという御者を餌に彼らを誘きだす予定だったのだが……
「緊急の召集………ですか?」
「そうでありんす。火急の用だから戻ってこいと、アルベドから連絡が来たでありんす」
爪をヤスリで削りながら、シャルティアはやれやれと肩を落とす。
ソリュシャンが『黄金の輝き亭』でわざと目立ち、出立の準備をしていた丁度その頃、馬車で待機していたシャルティアはアルベドから伝言を受けていた。彼女曰く、緊急事態が発生したためにセバスを含めた階層守護者とアインズを大至急ナザリックに呼び戻すとのことだ。セバスはおろか、主君であるアインズまで呼び出すとはただ事ではなさそうだ。
しかしシャルティア達の現状では、出立すると言ってしまった手前、ここで計画を中止することはできない。今回の任務は騒ぎを起こしてはいけないと、アインズから釘を刺されている。もし襲撃した馬車が無人と知られれば怪しまれ、後々自分達に不審な目が向けられる可能性が高くなりそうなのだ。
「ならば仕方がありませんね……ソリュシャン、あとのことは任せてもよろしいでしょうか?」
「かしこまりましたわ」
ソリュシャンのレベルは57、この世界の平均レベルと比較してみても、野盗相手でも十分対応できるだろう。それに万が一強者に出くわしたとしても、盗賊・暗殺系の職業を修得している彼女ならば索敵や探知で逃げきれるはず。
「念のため、私の配下の
「ありがとうございます」
令嬢の装いながらもメイドらしい立ち居振舞いで頭を下げるソリュシャン。シャルティアが
ナザリックに帰還した彼らがデミウルゴスの惨状に驚愕するまで、あと………
現在、漆黒聖典のメンバーはエ・ランテルの近くの森からさらに外れた平原を歩いていた。
スレイン法国が誇る特殊工作部隊、六色聖典の中でも精鋭揃いである彼ら十二人が今回闇夜に紛れて行動している理由は、ある任務の為だ。
きっかけは数日前、陽光聖典に『ガゼフ・ストロノーフ抹殺』の命を下したことからはじまる。土の巫女姫を通して彼らを監視していた時に、帝国兵士に成り済ましてカルネ村を襲撃しようとした矢先、突如襲撃班が謎の植物型モンスターに襲われてしまったのだ。それだけならばさほど珍しいことではない。トブの大森林には『森の賢王』を始めとする強大なモンスターが数多く生息しているため、運悪くモンスターの縄張りに踏み込んでしまったのだろうと、巫女姫と共に監視していた神官達は判断した。
問題はその次に起こったことだ。待機していたニグン率いる陽光聖典にトレントの魔の手が迫り、危機を感じたニグンが最高位天使を召喚しようとした瞬間だった。彼らを監視していた土の巫女姫を中心に突如謎の爆発が発生し、巫女姫が死んでしまったのだ。
法国はこの異常事態に、予言にある
生還した陽光聖典達曰く、『あのトレントは最高位天使を召喚して倒した』と語っている。だがそれだけでは土の巫女姫が死んだことの説明がつかない。神への信仰心の篤い彼らが虚偽の報告をしたとは考えられないが、いずれにせよ本当にトレントが死んだのかの確認はするべきだと、神官長達が話し合いの末に結論づけた。
そして現在、トブの大森林でトレントの生死を確認、もし生存していた場合はケイ・セケ・コゥクでトレントを洗脳するという任務を命じられた漆黒聖典達はエ・ランテルの近くを進んでいた。
とはいえ本国からトブの大森林までの距離はだいぶあるため、隊員達もいい加減歩くのに疲れてきて愚痴を溢し始める。
「ねえ、この任務ってわざわざ私達が出向く必要性あったわけ?」
「仕方がないだろう。風花聖典は裏切り者の追跡、陽光聖典は竜王国への援軍、ほかも別の任務で手が離せないんだからな」
「だけどこれで『やっぱりトレントは死んでました~』ってことになったら骨折り損のくたびれ儲けよ」
「いや、むしろあれだけ凶悪なモンスターが死んでいてくれていたほうが、人類としては嬉しい限りではあるが」
「確かそのトレントって、名乗ってはいましたよね?」
「なんだっけ? ふんなんちゃらそって言ってたけど」
「フンジンノセキソカルですよ」
「そうそれ!」
呑気に雑談をし始める隊員達に苦笑しながらも、第一席次は気を引き締めている。今回の異変により、巫女姫が死亡したのは法国にとっては手痛い損害だ。およそ100万分の1、それも女性しか適合できない『叡者の額冠』。そのうちの一つは裏切り者の『疾風走破』が強奪し、現在は風花聖典がその行方を追っている。そんな状況での巫女姫の死亡、つまりこれで法国に在籍する巫女姫は二人も欠けてしまったわけだ。万が一、今後も似たような事態になるのを防止すべく、事の発端となった大森林で巫女姫死亡の手がかりを探さなくてはならないだろう。
決意を新たに歩を進める第一席次だったが、突如彼らの足元に茜色の火線で描かれた魔方陣が浮かび上がった。
「!?」
「なんだ!?」
それが合図になったかのように、漆黒聖典達の周囲を陽炎のような壁が包みこむ。
周囲への警戒を怠っていなかったにも関わらず、突如現れた結界。しかし驚愕すべきは魔法を察知できなかったことではなく、その魔法の効果にあった。
「こ、この魔法は………!?」
飛んでいた鳥が、虫が、風に舞い散る木葉が、風景から切り取られたかのように止まっていた。
間違いない。この魔法は法国最強の戦士『絶死絶命』のタレント、『
その事実を前にしながらも、歴戦の戦士である漆黒聖典達はほぼ条件反射のように各々が構える。
「占星千里、敵を探せ!」
「はい!」
「ボーマルシャ、捕縛の準備を!」
「了解!」
「カイレ様、ケイ・セケ・コゥクをいつでも発動できるよう準備を!」
「無論じゃ!」
「セドラン及び、各隊員はカイレ様を守れ!」
『わかった!』
各員に指示を出し、第一席次は槍を構えて周囲を見渡す。
(どこだ………どこから来る!?)
注意深く敵の影を探すが、それらしい気配はいまだ感じない。いつ来るかわからない緊張感。体感時間では長く感じたが、実際はどうだったのかはわからない。
「おい占星千里、まだ見つからないのか!?」
苛立つようにセドランが叫ぶが、ふと第一席次が彼女を見ると様子がおかしいことに気づく。
「………」
眼鏡越しの彼女の目は限界まで見開かれ、口ははくはくと過呼吸するように開閉し、青ざめた顔で頭を抱えてガタガタと身を震わせていた。尋常じゃない様子の彼女は、誰がどう見ても怯えていたのだ。
「占星千里?」
ボーマルシャが戸惑うように声をかけた途端、彼女は喉が張り裂けるほどの大声で叫んだ。
「みんなあ! 今すぐ逃げてええええええええ!!」
逃げろと叫んだ次の瞬間、
茜色の炎が、彼らを中心にして爆発した。
「ガッ………カハッ……!」
全身を攻めさいなむ苦痛に、第一席次の意識が覚醒する。
「何が………起こって……!?」
目覚めたてで混濁する意識を必死に動かし、彼は意識を失う前の光景を思い出していく。
彼らの足元が突然赤く輝いたと思った瞬間、茜色の炎を纏った無数の刀剣が漆黒聖典達に向けて放たれた。それも隙間なく、ありえないほどの量の剣がだ。
対する一同の行動はそれぞれだ。巨大な盾で防ぐ者、鎖で剣を絡めとろうとする者、魔法の壁を発動する者、剣や斧でいなそうとする者などなど。だがそれらは、全て無意味に終わった。巨大な盾も、魔法の壁も、鎖すらも、無数の剣に切り刻まれて破壊された。武器でいなそうとした者も、灼熱の炎に身を焼かれてろくに動くこともできなかった。
そしてなおも溢れる炎の剣は、彼らの身体を無慈悲なまでに切り刻んだのだった。
(そんな………ありえない!!)
全てを思い出し、第一席次は身震いする。英雄の領域に至った者が揃う漆黒聖典が、なんの抵抗もできないままたった一撃の魔法に倒れた。こんなことができる存在など、始原の魔法を扱える真なる竜王ぐらいしか考えられない。
だがなぜ? 評議国の竜王が王国にやってきたという情報はなかったはず。痛みに遠退きそうな意識をなんとかとどめようとする第一席次だったが、前方から現れた気配がその思考に待ったをかける。
「ひっ………!?」
第一席次は一瞬、自身の身体の上に重い物が乗せられたのだと思った。しかしそれは、砂利を踏みしめる音を鳴らしながら近づいてくる何かの存在によって、錯覚であると
現れたのは背の高い一人の男だった。暗い色合いのマントと硬い長髪が炎の起こす風に揺れ、マントの下から覗く身体は厚手の皮つなぎとプロテクターで覆われている。顔は幾重にも巻いたマフラー状の布で隠れているが、その僅かな隙間から見える顔は人間のものではなかった。まるで闇を人の形に固めたような真っ黒い顔と、茜色に光る二つの目。片手には周囲の茜色とは異なる色をした小さな火を灯すランプを持っている。
第一席次はその男の圧倒的な存在感を前に、その正体がなんなのか、一つしか考えられなかった。
(まさか………まさか本当に、『
脳裏を過った最悪の可能性に、第一席次は己の死を直感した。だってそうだろう? たった一撃でこの有り様ならば、今この場で漆黒聖典達が抗ったところで、全滅は避けられまい。
(し、死ぬ………殺される……!)
魔法の仮面の下の素顔の目からは絶望の涙が流れる。嫌だ、死にたくない、誰か助けて。胸中でのみ叫ぶ言葉には漆黒聖典隊長の誇りも使命感もなく、ただの幼い少年の恐怖心しかない。
そんな彼の心中を知ってか知らずか、男は拍子抜けしたように呟いた。
「………なんだ。『封絶』の中でも動いているものだから紅世の徒かと思えば、ただの人間ではないか」
深みのある低い声で、男はなおも呟く。
「フレイムヘイズ………というわけでもなさそうだな。人間でありながら『封絶』内部でも動けるということは、何かしらの宝具を所持しているということか? となると紅世と全く無関係ではないということか………」
ブツブツと独り言のように呟く男は、第一席次の周囲の漆黒聖典達を見渡す。第一席次もどうにか首を動かして仲間の状態を確認すると、ある意味では予想通りの光景が広がっていた。
最年長のカイレはヒュウヒュウとか細く呼吸している。一番傷が深そうで、ケイ・セケ・コゥクを発動させるだけの余裕がない。ほかのメンバーも似たような状態で、意識があるのは自分以外にはいない。むしろこれでまだ生きているほうが不思議なくらいだ。
「………『魔法』とやらを使うどころの話ではないな。ここはハズレか」
肩を落とすように茜色の眼光が伏せる。男の言っている意味は理解できない。確かなのは、このままだと自分達が彼に皆殺しにされるという予感だ。怯える目で男を見上げる第一席次に、男が何を思ったのかは漆黒の表情だけでは伺えない。
すると男は第一席次の目の前まで歩み寄り、彼の目線に合わせるように片膝をついてから手にしていたランプを地に置いた。片手でマントの内側を探り、青色のポーションの瓶を取り出すと、いまだ地に伏せる第一席次に手を伸ばしてくる。
「う、うわあああああああ!! 来るな! 近寄るな! 殺さ………ゴホッ!!」
伸ばされた手に恐怖した第一席次は錯乱するも、口から鮮血を吐き出し咳き込んでしまう。
「落ち着け。『スティグマ』を使っていないとはいえ、それ以上暴れたら傷が広がるぞ」
男は第一席次の顎をしっかりと掴み、少しだけ口を開かせてポーションの飲み口を当てる。瓶を少しだけ傾け、気管にむせらないよう注意しながらポーションを第一席次の口腔に注いでいく。飲まされている当の本人も、逆らったら何をされるのかわからない恐怖でポーションを少しずつ飲んでいく。
そうやって第一席次が一瓶飲みきったのを確認すると、男は立ち上がり第一席次の後ろで倒れる仲間達に歩み寄っていく。
カイレ、セドラン、ボーマルシェ、その他漆黒聖典の面々の身体を支え、ポーションを一瓶ずつ飲ませていけば、瀕死だった彼らの呼吸が規則正しい間隔に変わっていく。どうやらポーションの効果で一命を取り留めたらしい。
それを見届けた第一席次は信じられないものを見るかのように仮面の下の目を見開く。てっきりトドメをさされると思っていたのに対し、男はわざわざポーションを飲ませて一同の傷を癒したのだ。見れば自身の身体も、全快とはいかなくとも痛みが引く程度に回復している。神人の持つ自己治癒力がようやく働き始めたらしい。
「お………お前は……一体……!?」
「………一つ、貴様に聞きたいことがある」
そう言うと、男は懐から一枚の紙切れを取り出した。
「この女に、見覚えがないか?」
男はいまだ起き上がれない第一席次に見えるように身を屈める。紙には後頭部から一対の羊の角を生やした金髪の少女の絵が描かれていた。しかしそれは絵と呼ぶにはあまりにも写実的で、現実の風景をそのまま切り取ったかのようなリアルさだ。
「もしくは、この色の炎を見たことがないか?」
男が再び手に取ったランプに灯るのは、小さな朱鷺色の火だ。今にも消え入りそうな儚い灯が揺らめいているが、どちらも第一席次の記憶にはない。
「し………知らない……!」
「本当か?」
「ほ………本当に、知らない!」
「そうか………」
必死に答える第一席次を見て、ふうとため息をつきどこか落胆した様子の男は、再び立ち上がる。
「迷惑をかけてすまなかったな。封絶内で動けなければ修復できたのだが、動ける以上は無理そうだ」
その言葉に、第一席次の胸にようやく希望が芽生え始める。どうやら男は自分達を殺さず、このまま見逃してくれるらしい。
「それとその………なんだ」
だが男はまだ何か言いたいらしく、再び第一席次の身体が強ばる。だがそれに対して、男は彼の頭をポンと優しく撫でる。
「怖がらせて、悪かったな」
「へ………?」
まるで申し訳なさそうな、バツの悪そうな声色でそう言うと、男は漆黒聖典達に背を向ける。
「もしもこの女を見かけた時は、『壊刃サブラクがお前を探している』と伝えてくれ」
そして、ランプを片手に男は燃え盛る炎に向けて歩きだす。
「ではな、因果の交差路でまた会おう」
炎風にたなびく男の後ろ姿は、茜色の炎の中に溶け込むように消えていった。
第一席次は男の後ろ姿が消えたあとも、陽炎の壁が消える時まで、茜色の炎の向こうを見続けていた。彼が最初の時に男に感じていた恐怖心は、いつの間にか消え去っていた。
Q占星千里は何を見たの?
千里「フールーダ・パラダインの魔力の100倍近くはありそうな膨大な力を持つ、都市一つを覆えるほどの大きさの巨人が私達の足の下で横たわっているのが見えました。ちなみに私達が立っていたのは巨人のちょうどお腹の上でした」(白目)