「おはようございます。ウルリクムミさん、アルラウネさん」
とそこへ、『漆黒の剣』のメンバーが声をかけてきた。
「おおお、皆揃っているなあああ」
「そちらはもう終わったのですか?」
「はい。我々が担当していた地区は検問所のすぐ近くでしたから、それほど時間がかからずにすみました」
彼らも別の地区の荷運びを手伝っていたはずだが、すでに終わったらしい。あと荷運びがすんでいないのはこの地区のみなので、こちらの手伝いをしに来たそうだ。
「うむううう、ならば俺達もおおお、いい加減休んでいるわけにはいかんなあああ」
「いや………君達は本当に休んでくれてていいんだよ」
「仲間達が進んで職務をこなしているというのにいいい、我々が怠慢していてはあああ、それこそ『漆黒の剣』の面子に関わるだろうううう」
ガシャンと鎧を鳴らして立ち上がるウルリクムミに、はあとため息をつくアインザックを見て、一同は苦笑を浮かべるのみだ。
だがここで、ペテル達は二人の首にかかるアダマンタイトのプレートに気付いた。
「………お二人とも、アダマンタイトになったんですね。おめでとうございます」
「うむううう、これも一重に皆の支えがあってのものだあああ」
感謝を述べるウルリクムミに笑顔を浮かべている『漆黒の剣』の四人だったが、そのアダマンタイトのプレートを見る目はどこか切なそうな視線を滲ませていた。
「………あの、ウルリクムミさん」
「むうううう?」
「ペテル様?」
ここでペテルが、緊張した面持ちでのほかの三人と互いに目配せしあう。そして決意するように頷きあうと、代表するようにペテルが二人を真っ直ぐに見つめる。
「ウルリクムミさん。もしお二人がアダマンタイトになったら、絶対に言おうと思っていたことがあるんです」
「なんでしょうか?」
アルラウネの問いに僅かに表情を固くさせたが、ペテルは自身を落ち着かせようと深く深呼吸する。
「ウルリクムミさん、アルラウネさん………」
ほんの少しだけ間を開け、ペテルはハッキリと口にした。
「貴方達を………我々『漆黒の剣』から除名します!」
「ぬうううう?」
ザワッと、その言葉にアインザックとミスリルのリーダー達だけでなく、周囲の人々もどよめく。
「ぺ、ペテル君!? 一体何を………!」
『漆黒の剣』の主力にして今回の騒動を解決した英雄、その二人をチームから除名するとはどういうことなのか。動揺するアインザックに、四人はこうなることを予想していたのか一子乱れぬ動きで頭を下げる。
「すみません! 身勝手なことを言っているのはわかっています! 」
「でも………でもウルリクムミさん達の今後を考えるなら、こうするしかないと思って!」
「僕らなんかが、お二人の足を引っ張るわけにはいかないんです!」
「罵詈雑言、暴行を受ける覚悟ならばすでにできているである!」
彼らの言葉、表情、雰囲気に悪感情は見受けられない。むしろ罪悪感と苦渋の末に出した決断と思われる。
ひとまず彼らがその考えに至った原因を知るべく、ウルリクムミが四人をやんわりと宥める。
「落ち着けえええ、まずは理由を説明してほしいいいい」
「はい………」
顔を上げた四人の顔には、見るからに悲哀と罪悪感が滲んでいる。やはり彼らは自身らを排斥するつもりで先の言葉を告げたわけではなさそうだ。
「……ウルリクムミさん、アルラウネさん、俺らが初めて会った時のことを覚えてるか?」
苦笑するルクルットに、アルラウネが微笑み返す。
「忘れるとでも?」
いつもと変わらないエ・ランテルへ、その二人が現れたのは唐突のことだった。
その辺の成人男性より一回りも大きな濃紺の鎧の大男と、道行く人々が思わず振り返ってしまいそうな儚げな雰囲気の美女。一際目立つ二人組は街の住人達の視線を釘付けにしたまま、冒険者の宿へと入っていった。
大男から見てやや低い扉を潜り、宿の主人に宿泊代を出す二人組は明らかに異様な雰囲気を滲ませている。それを見た冒険者達は、なんとなくその二人組に『喧嘩を売ってはいけない』という直感が働いた。
しかしどこにも愚者というものはいるもので、大男が階段に向かう途中の通路へ嫌がらせに足をかけようとするものがいた。男を転ばせるつもりか、仮に転ばなかったとしても、足が折れただのと嘘を言って難癖つけるつもりだろう。
そして大男の足が接触した瞬間、
ボキリと、男の足が曲がってはいけない方向に折れた
『ぎゃああああ!?』
なんとあろうことか、足をかけようとした冒険者の足の骨が、逆に本当に折れてしまったのだ。苦痛からか足をかけた男は椅子が後ろに倒れて床に転がり落ちた。
『むうううう?』
その物音と冒険者の声に大男が振り返る。どうやら彼は足をかけられたこと自体にも気付かなかったらしい。
『あ、足が! 足があああああ!!』
『いかがなさいました?』
足を押さえてのたうち回る男を見て、美女がしゃがみこんで問う。
『て、てめえにぶつかって折れたんだよ! どうしてくれんだよこれ本当に!』
男は泣きわめいて足を押さえてはいるが、一部始終を見ていた一同は冷ややかな目線で彼を見るだけだ。男の怪我は誰がどう見ても自業自得だ、あの二人を責める道理などまるでない。
『見せてくださいませ?』
だが美女が男の足に手をかざすと、指先から小さな花びらが現れる。薄桃色の花びらが男の足に一枚付着すると、折れた足が光る。
『へっ………!?』
驚いたのは男のほうで、骨折の痛みがなくなったかと思えば骨が元通りになっていたのだ。周りからそれを見ていた冒険者達も、美女の魔法に目を見開く。怪我を治したのを察するに、回復魔法の一種と思われるが、見たことのない魔法だ。
『すまなんだあああ。俺の図体が巨大ゆええええ、足元が見えなかったようだあああ。大事ないかあああ?』
謝る必要などないはずなのに、本当に申し訳なさそうに大男は手を差しのべる。本人にその気はないのだろうが、見下ろす巨体の威圧感が尋常じゃない。
『いえあの………大丈夫です』
青褪める冒険者は蚊の鳴くような小声で縮こまり、大男に支えられながら椅子に座り直した。
それを見届けた二人は階段を上がり、指定された部屋へと向かっていく。
あの二人はただ者じゃない。その場に居合わせた、後に『漆黒の剣』と呼ばれるようになる四人の冒険者達は、そう瞬時に察した。
次に彼らを見かけたのは、冒険者組合で依頼を探そうとした時だった。ちょうどクエストボードの真ん中に立ち尽くし、依頼を探している後ろ姿を見つけた。
クエストボードの前で不動を維持する姿は銅像と見間違えるほどで、やはり何度見ても尋常じゃない威圧感だ。ほかの冒険者達もクエストボードを眺める大男に気付くと、逃げるようにそそくさと遠ざかる。
一体あの巨大な鎧の下にはどんな凶悪な面構えの大男が入っているのかと、戦々恐々としながら遠巻きに見る。
やがて大男はクエストボードに貼ってあった依頼書に手を伸ばすが、彼はあろうことか銅級の依頼を全部選んだのだ。そこそこの厚みの依頼書を手にとり、受付に向かっていく姿は鉄の巨人が迫ってくるかのような緊張感を組合内にもたらす。
『この中でえええ、俺達ができる仕事をおおお、選んでくれえええ』
『あ……あの………』
本来であれば、銅級の依頼を独占するなど注意すべきことだが、対する受付嬢は大男の威圧感に見るからに怯えていて、注意する余裕すらない。
『あ、あー! ちょっと待ってくれよ!』
それを見て、思わずルクルットが二人を引き留めた。
『むうううう?』
『アンタらがそれを全部取っちまうと、俺らの仕事がなくなっちまうんだよ!』
『だからお願いです。少しでいいので残しておいてください!』
ペテルもルクルットに続くように懇願する。
『………』
しばし無言の大男に、ペテル達はやってしまったと青褪める。ヤバい、これ絶対逆ギレされてボッコボコにされると。
しかし男は思いのほか大人しく、恐怖のあまり硬直するペテル達に謝罪してきた。
『それは失礼したあああ、ではこのうちのおおお、怪物退治の仕事を二件だけにしてもらうううう』
『か、かしこまりました……』
震える声でなんとか頷く受付嬢を見て、一同はなんとか乱闘にならずにすんだと安堵する。
大きく、重く、固いが、何もしなければ害の無い存在。
美しいが、道の片隅で静かに咲くような、儚げな存在。
まるで鉄のような男と、花のような女だ。それが彼らがウルリクムミ達に抱いた第一印象だった。
それからも、組合で二人の姿をちょくちょく見かけることはあった。そして二人は驚くほどの速さで、難易度の高い依頼を次々とこなしていったのだった。
偶然彼らの戦い目撃した冒険者達曰く、あれは下手をすればアダマンタイト級に匹敵する強さを持っているのではないかとか、実は彼の正体は鎧を来たオーガではないかと噂がたったほど、彼らは強かったらしい。
だがその時点の『漆黒の剣』は、彼らに深く関わろうと思うほどの思い入れはなかった。実際に彼らの戦いを見たわけではない四人にとって、とてもではないが噂を鵜呑みにできなかったのだ。というのも、それだけの噂がたつほどの強さがあるならば、二人の階級はとっくに銅級からミスリルくらいには上がっていてもおかしくないはず。なのに彼らの階級はいまだ銅級。だからその頃は、噂を広めた冒険者が無駄に話を盛っただけだろうと四人は思っていた。
彼らがカッツェ平野で初めて一緒に依頼を受けたあの日、彼らの力の片鱗を見るまでは。
あまりにも
無事にエ・ランテルへ戻った四人は、共に一部始終を目撃した銀級冒険者達とともに冒険者組合へ急ぎ、平野で起こったことをこと細かく話した。彼らは強い、とても銅級に収まるような新参冒険者などではない。間違いなくアダマンタイトの称号を得るに相応しい傑物であると一同は熱く語った。アインザックはその言葉を聞くのを予測していたらしく、驚く素振りもなく黙って頷くのみだ。
そして迎えた翌日、銀級を含めた一同はワクワクしながら組合のテーブルに集まっていた。自身らの窮地を救った英雄は、今日をもって間違いなくアダマンタイト級に昇格しているはず。その瞬間に立ち会える奇跡を、彼らは少なからず嬉しく思っていたのだ。
そして定時通りに現れた二人の姿に気付き、その胸元に輝いているであろうアダマンタイトのプレートを見ようとして………
銀のプレートを、見た。
そしてその日の午前中、一同は関係者の制止を振り切り組合長室へ半ば強引に殴り込んだ。理由は当然ながら、あの二人の階級についてをアインザックに直談判するためだ。一体どういうことだ、なぜあの二人の階級が銀にしか上がっていないと、特に銀級冒険者チームのリーダーはアインザックへの怒りを隠そうともせず机を叩く。対するアインザックはこうなることを予想していたのか、深くため息をついて理由を話した。
端的に言うと、当の本人達が昇格を辞退してしまったのだ。実はアインザックは以前から二人の実力のほどは冒険者達の報告から聞いていたため、かなり前から昇格を薦めていたのだという。しかし彼らは『銅級の自身らが先達を差し置いて上位になれば、必ず他者と軋轢を生んでしまう』と何度も昇格を断っていたというのだ。昨夜もアインザックは、今回の報告を受けてせめてミスリルくらいになってほしいと頭を下げたそうだが、二人は頑として首を縦に振らなかった。ならば白金、せめて金、とまるで値引き交渉のような話し合いの末に、ややげんなりした様子の二人は銀級昇格を受け入れたのだった。
それを聞いて一同は驚く。
二人が昇格を断ったのは単に遠慮したからというだけではなく、そのあとに起こるだろう面倒事を考慮したがゆえのものだったのだ。
強く、それでいて聡明、彼らはまさに英雄と呼ぶに足る存在だったのだ。その姿に、『漆黒の剣』が憧れないはずがなかった。
それ以来、『漆黒の剣』は二人に声をかける機会が多くなり、話してみると二人とも慎み深く、気兼ねなく接することのできる人物であったと理解できた。ペテルが同じ戦士職としての指導をウルリクムミに請えば、嫌がりもせず戦士としての的確な戦い方を教えてくれた。ニニャもアルラウネに魔法の指導を頼んだことがあったが、彼女の使う魔法は一般的に使われる位階魔法とは根本的に違うらしい。教えられなくて申し訳ないと落ち込む彼女に、逆にニニャが謝るという珍事があったりもした。
そうやって、ある意味では組合の誰よりも交流を深めていった彼らだったが、対する二人のほうがこちらに声をかけることはなかった。なんというか、二人は表面上こそ人当たりがいいのだが、ほんの少しだけよそよそしい。その雰囲気にペテル達は、自分たちが内心で彼らに鬱陶しがられているのではないかと、不安に思うことがあった。
そんなある時、ある冒険者チームがミスリルに昇格したのを祝う宴が組合で行われることになった。宴には『漆黒の剣』のみならずあの二人もいたが、彼らは人ごみを避けるように組合の端のテーブルに座り、チビチビと酒とご馳走を軽くつまんでいる。
しかし冒険者達はその姿を遠巻きに眺めて気づいた。ウルリクムミが、組合に来てから初めて人前で兜を取っていたことに。
よかった、ちゃんとした人間だ。などと若干失礼な呟きが聞こえたが、その眼差しには光がなく虚ろだ。とても宴を楽しんでいる雰囲気ではない。
『ウルリクムミさん、大丈夫ですか?』
『むうううう?』
なんとなく、その姿が痛ましく見えて、ペテルが思わず声をかけてしまった。さらに鬱陶しがられるかもしれないとは思うものの、それ以上に放っておけなかったのだ。
『あのさ………具合悪いなら無理に参加しなくても大丈夫っすよ?』
ルクルットも心配そうに声をかけるが、彼は首を振って否定する。
『案ずるなあああ、体調に不備はないいいい』
『そ、そうですか………えっと、僕達も隣に座っていいですか?』
『どうぞ?』
二人はニニャ達が座るスペースをわざわざ作ってくれた。
『そ、そういえばさ! ウルリクムミさんとアルラウネさんはなんで冒険者になったんだ?』
ここでルクルットが話題作りに入る。酒が入ったこの場であれば、以前から気になっていたことをさりげなく聞けるかもしれない。その質問に対し、ウルリクムミは普段よりも小さな声で呟く。
『…………特にいいい、理由はないいいい……』
『え?』
『ただあああ………何かをしていないとおおお………気が紛れなかったからだあああ………』
そう言うと、それまでチビチビ飲んでいた酒をグイッと一気に飲み干す。空になったジョッキをゴトリとテーブルに置き、酒瓶に手を伸ばす。
『………俺にはあああ………目指すべきものがあああ………あったあああ………』
トクトクと、ジョッキに並々に注がれた酒を、再び一気に煽る。
『………だがあああ………それが目の前でえええ………踏みにじられたあああ………この身をおおお………盾にすることもおおお………できずううう………』
ゴトリと、先ほどよりもやや乱暴に、ジョッキをテーブルに置く。
『………なぜえええ………俺だけがあああ………』
ウルリクムミの表情は先ほどから変わらない。変わらないのだが、その虚ろな相貌からは涙が止めどなく溢れてきていた。
『こんなあああ………役立たずの鉄屑があああ………なぜえええ………』
なおもジョッキに酒を注ごうとする彼の手を、傍らのアルラウネが掴んだ。
『御大将?』
『………』
『それ以上は、飲み過ぎになるかと?』
『うむううう………すまないいいい………』
そう言うと、彼はテーブルに突っ伏して意識を手放した。
『………皆様?』
シンと静まりかえってしまった組合の冒険者達に向けて、アルラウネがいつも通りの態度で言う。
『申し訳ありません………御大将は酔い潰れてしまったようで?』
『そ、そうかね……』
アインザックがひきつった笑みで返すが、場の空気は明らかに暗くなっている。
『真に勝手ながら、先に帰らせていただいてもよろしいでしょうか?』
『あ、ああ………もちろんだとも。飲み過ぎには注意するんだよ』
『そうお伝えいたしますゆえ?』
そう言って微笑む彼女がウルリクムミの身体を起こそうしたのを見て、慌てて『漆黒の剣』のメンバーが立ち上がる。
『あ、アルラウネさん一人だと大変でしょ!? 俺達も手伝いますよ!』
『では私が先導しますゆえ、御大将に肩を貸してくださいませんか?』
『も、もちろんです!!』
触れてはいけない部分に触れてしまった責任感からか、ルクルットが率先して右肩を支え、ペテルが左肩を支える。
ウルリクムミのその姿を見て、最初に気づいたのはニニャだった。彼も自分と同じなのだと。しかも、まだどこかで生きているかもしれないという僅かばかりの希望がある自分とは違い、彼のそれはもはや取り戻すことさえできないのだとも……。
彼らが去った後の組合
ミスリル冒険者「…………;」
アインザック「…………;」
白金冒険者「…………取り敢えず、続けます?;」
ミスリルリーダー「こんな葬式みてえな空気でできるかあ!!」