スレイン法国の聖域である五柱の神の装備が置かれた場所の前で、『絶死絶命』と呼ばれる少女はいつも通りルビクキューを弄って暇をもて余していた。
六大神の秘宝の守護という極めて重要な使命を帯びているものの、そこへ至る強敵が存在しなければ退屈なことこの上ない。今日もルビクキューの二面目を揃えることを目指してガチャガチャと縦に横にと動かしていたが、ふと遠くから聞こえる足音に、指を止めて目線をそちらに向けた。
「………?」
見れば何人かの神官達がバタバタと慌ただしく走り回っている。それはもう尋常じゃないほどの慌てぶりだ。気になった彼女は聖域の前を離れると、そのうちの一人に音もなく近づき声をかける。
「………何かあったの?」
「ひ!?」
突然現れた彼女の姿に声をかけられた神官はビクリと肩を震わせるが、相手が『絶死絶命』と気づくとすぐさま姿勢を正して頭を下げる。
「い、いえ………『絶死絶命』殿のお耳に入れるほどのことではございませんので……」
その声はなぜか震えてはいるが、漆黒聖典の一員でもある彼女に伝えないということは、それほど重要な案件ではないらしい。
「ふ~ん………」
彼らがそう言うのならばそうなのだろう。
彼女はその言葉に興味なさげに答え、また音もなくその場から消える。再び聖域の前に戻った彼女は、ルビクキューの二面目制覇を成すべく弄り始める。
「では、『叡者の額冠』の行方はいまだわからんのだな?」
鋭い眼差しで周囲を見渡し、水の神官長ジネディーヌは問いかけた。
「残念ながら………風花聖典の報告によると、強奪した『疾風走破』からはそれ以上の情報は聞き出せなかったそうだ」
彼の問いに答えるように、風の神官長ドミニクは暗い表情で首を振る。
裏切り者の『疾風走破』が、王国の領域であるエ・ランテルの牢に投獄されてしまった以上、法国の構成員である彼らが不用意に彼女を捕らえることはできなくなってしまった。そのため追跡していた風花聖典達は見張りの目を盗み、獄中の彼女と密かに対話することでどうにか情報を得られるだけ得た。
四肢を失い恐怖に震える彼女曰く、『叡者の額冠』はズーラーノーンの協力者であるバードマンに装備させたらしい。彼は共同墓地の地下に隠したズーラーノーンの塒に放置したきりだと語っていたが、調べにいった隊員曰く地下室にはそのバードマンと思しき存在はいなかったとのことだ。
『疾風走破』が嘘を言っている可能性もなくはないが、何者かに法国の秘宝が奪われてしまったという線は間違いないだろう。犯人として有力なのは、おそらくズーラーノーンの構成員。もしそうならば、急ぎズーラーノーンの行方を追わねばならないだろう。
「では、次の議題に移ろうか」
そう言って挙手したのは、光の神官長イヴォン。彼の言葉を合図にしたように、ほかの神官長達の視線が土の神官長レイモンに集まる。
「『占星千里』は、相変わらず黙秘を?」
心配そうに顔を曇らせる火の神官長ベレニスに、レイモンはゆっくりと頷く。
「うむ、いまだ部屋からも出ない有り様だ」
数日前に陽光聖典が相対した、『フンジンノセキソカル』なる強大なトレントの生死の確認。それが当初、漆黒聖典に与えられた任務だった。しかし彼らはトブの大森林に向かっていた道中、エ・ランテル近郊の森で『始原の魔法』と思われる大規模な魔法を受け負傷、本国への帰還を余儀なくされた。彼らの証言によれば、敵は『絶死絶命』のタレントである『黒白』に似た魔法を使用し、茜色の炎を纏った無数の刀剣で精鋭揃いの隊員達を抵抗する暇すら与えずに切り刻んだとのことだ。報告を聞くだけでも、神官長達の間では間違いなくそれが『破滅の竜王』の仕業であると断定された。ただ奇妙なことに、漆黒聖典達が意識を失う前に垣間見た攻撃の規模に反して、彼らの傷は思いの外浅かった。
第一席次は攻撃を受けただけで敵の姿は見なかったと語り、ほかの隊員達も第一席次に起こされるまでは意識を失っていてほとんど何も覚えていない。
唯一敵の正体に迫ったのは『占星千里』のみのようだが、彼女は帰国して早々青ざめた顔で怯え、自室に引きこもってしまった。そして神官長達に、アレと関わってはいけないと何度も泣きじゃくりながら訴えている。
「………いずれにせよ、漆黒聖典の件は『番外席次』には伝えぬほうがいいな」
『ああ………』
闇の神官長マクシミリアンの案に、一同は反対することなく頷く。
スレイン法国の数少ない『神人』の一人である第一席次の敗北。もしその事実を法国最強の彼女が知れば、彼女はその人物を探すために法国を去るかもしれない。
自身が子を孕むに相応しい強者かどうかを確かめるために………。
それだけは、なんとしても回避しなければならない。ただでさえ今年は『百年の揺り返し』の時期に近い、もし次に現れる『ぷれいやー』が八欲王のような化け物であった場合、彼女を失えば人類は今度こそ滅んでしまう。
人類の救済のためにも、彼らは最良の『選択』をせざるを得ないのだった。
時を同じくして、第一席次は自室のベッドに横たわり天井を眺めていた。
(………やってしまった)
神官長達に犯人の特徴を聞かれたさいに、思わず『敵の姿は見なかった』と虚偽の報告をしてしまった。茜色の炎を従え、強大な力を溢れさせた、あの悪夢を具現化させたような男の姿を忘れるはずがないというのに。
後でバレれば厳罰は避けられないだろうが、幸か不幸か他の隊員達は気を失っていたおかげで男の姿は見ていない。自分以外に男の姿に気づいているのは占星千里だけのようだが、彼女は怯えて自室にこもり、その全てを一切語らない。そんな彼女の姿を見て、彼は内心でホッとしてしまっていた。
(………
なんとなく、第一席次はそう直感した。アレは『ぷれいやー』とも違う、この世の理からも外れた規格外の怪物。もし法国がアレの存在を知り、真っ先に排除に挑もうものならば、間違いなく法国は成す術なく滅んでしまうだろう。
(唯一の救いは、アレには意志疎通できるだけの知性と、弱者に寄り添うことのできる良識があることだ………)
別れ際に、第一席次を労るような発言をしていた男の姿を思い出す。少なくとも、アレはこちらから仕掛けて来ない限りは、害をなすことはないだろう。根拠があるかもわからないのに、第一席次は小さく息をつく。
彼のこの『選択』が、人類にとって最良であるかどうかは、まだ誰にもわからない。
その頃のサブちゃん
サブラク「ハブシュッ!!」
ブレイン「なんだ風邪か?」
サブラク「………我々『紅世の徒』は病になどかからん」
ブレイン「だからさ、その『グゼノトモガラ』ってなんなんだよ?」