「………」
『街の片隅のネズミ』の目を通してパレードを見届けてから、『ズーラーノーンの盟主』はため息をついて椅子の背もたれに全体重をかける。
いやはやなんとも素晴らしいパレードだった。誰も彼もが街を救った冒険者達に敬意と憧れの視線を向け、歓声を上げる様は正に壮観である。
その先頭を進むのがあの二人でなければ、自身も盛り上がっていたかもしれなかっただろうが、今はむしろ嫌気が沸き上がるのみだ。
ネズミを彼らの泊まる宿に侵入させて、彼らの会話に聞き耳をたてようとしたところ、盗聴防止の自在法を張っていたらしくなかなか聞き取れなかった。だが『彼』から事前に託されていたジャミングの自在式のおかげで、途切れ途切れながらもどうにか話し声を聞くことはできた。そして得られた情報に、彼は心底うんざりする。
「………『巌凱』と『架綻の片』だけじゃなくて、『焚塵の関』もいるのかよ~」
二人が遠話の自在法を用いて誰かと会話していると思って聞いてみると、ウルリクムミがその相手を『ソカル』と呼んでいたのだ。ソカル………自身の記憶が確かならば、巌凱ウルリクムミの知り合いでその通称を持つ者は一人しかいない。
焚塵の関ソカル。巌凱ウルリクムミと同じく『とむらいの鐘』の最高幹部『九垓天秤』の一人にして、傲って当然の戦上手と称された先手大将の一人。『極光の射手』に討滅されるまでは文字通りの負け知らずであったとされ、同じ先手大将のウルリクムミが敵軍の殲滅に長けていた軍神であったのに対し、彼は自軍の防衛に長けていた狡猾なる知将だったらしい。
しかも話の断片から推測するに、どうやら奴はトブの大森林の最恐最悪のモンスターである『ザイトルクワエ』をトーチにして寄生し、今は大森林全体を自身の縄張りにしているとのことだ。
「つまり間接的に『ザイトルクワエ』を倒されちまったってことじゃねえか………。あ~、 のっけから『計画』がご破算になるとか、最悪だ~!」
バタバタと両足を振り乱し、盟主は頭髪のない頭蓋の頭を骨の指でかきむしる。あの魔樹は今後の『計画』のためにどうして必要なものだというのに、よりにもよってかなり面倒な部類の強敵の手中に収まってしまった。これはすぐにでも『計画』の修正を
しかもだ、これだけでも十分に脅威だというのに、『
噂の発端は、ちょうどウルリクムミ達がカルネ村に行った日の、空が茜色に染まる夕方頃に遡る。アゼルリシア山脈の方角からやってきたという、大きめの袋を背負った異様な存在感の一人の男が、エ・ランテルの検問所に現れたのだ。検問を通って街に入ってきた男はまず街の商会に入り、背負った袋から大ぶりの自然金をテーブルいっぱいに出し、「これらを全て通貨に換金してほしい」と言ってきた。当然のことながら商会のバルド・ロフーレを始めとする商人達は男の持つ自然金が盗品ではないかと疑ったが、彼は「ここへ来る途中に会った、細身の蒼い竜から貰った」としか答えない。確かにアゼルリシア山脈にはフロスト・ドラゴンをはじめとするドラゴンは数多くいるし、ドラゴンならば自然金を蓄えていても不思議ではない。しかしドラゴンといえば財宝に貪欲で傲慢な気性のイメージが強い。他者に、ましてや彼らから見て下等生物である人間に宝を譲るなど考えられない。なおも信じてくれない商人達に、男はより正確にどうやって手に入れたのかを語りはじめた。
なんでも彼は人里を目指してアゼルリシア山脈を彷徨っていたところ、一休みしようとして入った洞窟の奥で両腕いっぱいに自然金を抱えたドラゴンと遭遇したという。そのドラゴンは男を見るや否や偉そうな口調で喚き散らしていたが、彼はドラゴンの戯れ言には耳を貸さずに人里の方向を尋ねた。だがドラゴンは文字通りの上から目線で罵倒するだけで会話にすら応じてくれず、面倒に思った男は力ずくでドラゴンをねじ伏せた。敗北したドラゴンは涙目で人里への道を教え、さらには持っていた自然金の全てを男に献上して命乞いをしてきた。ちょうど路銀を欲していた男は自然金の一部を受け取り、遠路からこの街まで来たとのことだ。
男の語る話を聞いた商人達は、最初男が荒唐無稽な法螺話を宣っていると思った。だが言われてから改めて男の佇まいを観察してみると、その出で立ちからは僅かながらも強者の気迫が滲み出ていたのだ。戦士ですらない商人の彼らが、背筋に寒気を覚えるほどに。
もし仮に今の話が本当だとすれば、この男は帝国の
男は換金した通貨を全て受けとると、その日は宿屋に一泊した。
翌日、宿から出た男はまず武器屋に入った。
彼は店の商品を一通り物色すると、店にあった刀剣類をあろうことか全て買い占めた。それも鞘はいらない代わりにいい値で買うという羽振りのよさでだ。
次いでバレアレの店にも現れ、店のポーションの中でも速効性で傷の治りを良くする効能のものを全て買い占め、こちらもかなりの値段を払ったらしい。
そして来た時と同じ茜空に染まる夕方頃、男は街をあとにした。ここまでならば、風変わりな旅人が街にやって来たと思われるだけで終わっていたかもしれない。
だがその夜のこと、街道の野盗から捕虜を保護した冒険者達が『ある剣士が塒の野盗達をねじ伏せ、捕虜を救出してくれた』と組合に報告したことで、さらに話に尾ひれがついた。彼らが話す剣士の特徴から察するに、それは夕方この街を立ったあの男に違いなかった。しかも男がねじ伏せたという野盗達は、『死を撒く剣団』という幾多の戦争を潜り抜けてきた傭兵団だったというのだから、商会の予想通りあの男はかなりの手練れだったらしい。
そして全ての人間達に、一枚の紙とランプを見せてこう問いかけた。
『この娘か、この炎の色を、どこかで見たことがないか』と。
紙には角の生えた金髪の亜人。ランプの火の色は朱鷺色。加えて男は、最後にこう言っていたという。
『壊刃サブラクが、お前を探している』と。
「おまけに『壊刃』までいるとか………なんで
それもどいつもこいつも、とっくの昔に死んだはずの『化け物』ばかりだ。
『壊刃』の生存に関してはまだわかる。
やつが死んだ場所は両界の狭間。あの『探耽求究』が今もなお生き延びているという噂がチラホラとあった場所である。ならば奴も狭間に落ちながらも、死に損なってこの世界にやってきたと考えれば一応納得はできる。
問題は『巌凱』と『架綻の片』、そして『焚塵の関』だ。
彼らは大戦で『震威の結い手』と『極光の射手』に間違いなく討滅されたところを、多くのフレイムヘイズや徒が見届けている。倒されたのが身代わりの燐子だった………という線も薄い。でなければ『棺の織手』の壮挙が阻止されているはずがないのだから。
「………まさかこれ、まだ俺達が把握してないだけで、もっといるなんてことないよな?」
可能性は……なくはないだろう。
そもそも発見された内の三人が『
「………仕方ない、もっと『目』を増やすか」
ため息をつく盟主は、小指の欠けた左腕を掴み、今度は肘からへし折った。折れた左腕を目の前に投げ捨てると、骨の手は青紫色に燃え上がり、六つの火に別れた。炎はそれぞれ、青紫色の毛並みの猫、青紫色のヤドクガエルに似た模様のウシガエル、青紫色のマフラーを巻いた柄の悪そうな男、青紫色の翅のカイコガ、青紫色の体毛の土竜の亜人、青紫色の毛並みの山羊の亜人へと姿を変えた。
「………『王都の野良猫』」
「おう!」
「『大森林の蛙』」
「あいよ」
「『帝都の請負人』」
「ん」
「『法国の蛾』」
「へへへ」
「『アゼルリシアの
「………」
「『アベリオンの
「ククッ」
「お前達はそれぞれ、王都・帝都・法国・トブの大森林、アゼルリシア山脈、聖王国に行って紅世の徒がいるかどうかを調べてこい。特に『大森林の蛙』、お前は焚塵の関の捜索と………可能であれば動向の監視を頼んだぞ」
「「「「「「まかせろ!」」」」」」
そう言うや否や、彼らはそれぞれが向かうべき方角へと文字通り飛んでいった。六つの『目』を見送りつつ、盟主は左腕のなくなった骨を見る。できればもっと『目』増やせばいいのだろうが、さすがにこれ以上『身体』を撒くと両腕どころか四肢全てを失いかねない。そうなると色々と不便だ。
何はともあれ、今は可能な範囲での情報収集を先決だ。『架綻の片』に封絶を見られてしまったのは痛いが、まあこのくらいの損害は比較的許容範囲だろう。だがもしこれらのうちのいずれかと直接敵対した場合、ただですむ保証はない。
「………こういう時、かの『逆理の裁者』なら『全くこの世は儘ならぬ』って言って笑うんだっけか?」
冗談じゃない、こんな想定外に笑えるものか。
足を組んで背もたれに体重をかけ、盟主は気だるそうに天井を仰いだ。
「あ~、やだやだ。さっさと仕事終わらせて、『蘭火』に会いたいよ~」
第一部だけですごく長かった……
皆さんいつもコメントくださってありがとうございます!コメントくださると励みになります
では次は第二部にて、因果の交差路でまた会いましょう( ゚∀゚)ノシ
誰の今後が気になる?
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ナザリックの今後
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アシズ様のロイツ生活
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新生とむらいの鐘の武勇伝
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ソカルとネムのほのぼのライフ
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サブラクとブレインの二人旅
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謎のオリ徒一派の動向
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ほかの九垓天秤マダー?