青い炎の小動物達が消え去ると、子供達が拍手と歓声で喜びを表す。今アシズが作ったのは低位の燐子に過ぎないが、子供達が楽しそうなのを見てアシズも満足する。
「本当にすごい腕前だな」
そこへツァレンとノゼルが庭に出てきた。
「おはよう二人とも。今日もポーションを持ってきてくれたのか」
「まあ、これが俺達の仕事ですから」
アシズが療養所で働くようになってから、二人とはちょくちょく顔を合わせるため、現在お互いはそれなりに親しくなっていた。
「それにしても、アシズさんはかなり強い魔法詠唱者だと思うんですけど、何位階まで使えるんですか? ギガントバジリスクをたった一人で倒したくらいですし、第四位階くらいはあったりとか?」
ここでツァレンは以前から気になっていたことをアシズに聞く。彼も魔法詠唱者としての力を多少なりとかじっているため、アシズの使う魔法が気になるのだろう。
「位階………」
その質問に、アシズはどう答えるべきかと悩んでしまう。アシズが使っているのは『紅世の徒』の『自在法』であって、この世界で一般的な位階魔法とは根本的に違う。おそらくこの世界の人間の魔法詠唱者とは比べ物にならないだろうが、そんなことを話せば色々とややこしいことになりそうなのは明白だ。かといって下手に隠してもボロが出るかもしれない。『達意の言』でこの世界の言語を調べながら、アシズは二人に上手く説明する方法を模索する。
そして少し考えてから、口を開いて話し出した。
「その………実は私が使うこの魔法は、位階魔法ではなくて『タレント』の一種なのだ」
「「え!?」」
『達位の言』によるとこの世界の一部の人間には『タレント』という、魔法とは異なる異能を持つことが極めて稀にあるとのことだ。どことなく徒の自在法に似ているような気がしたため、ここではそういう体でいくことにする。
「なんと言うべきか、私のタレントは『炎を媒介にあらゆる術を行使できる』というものだ。だから見る者によっては様々な魔法を使っているように見えるのだろう」
アシズの本質は『人智を越えし神力の宝輪』。それを反映してか、彼は優れた自在師として様々な用途の自在法を行使することができる。それに徒は基本的に炎を武器にして戦うので、あながち間違ったことを言ってはいないはず。
「へ~、そんなすごいタレントがあるんだな」
戦士職のノゼルは普通に感嘆するが、 魔法職であるツァレンの反応は違っていた。
「すごい万能なタレントじゃないですか! 研鑽次第では、帝国のパラダイン翁を凌げますよ!」
魔法詠唱者である彼から見れば素晴らしいタレントに写ったのだろう。率直な称賛を述べる。
「ははは………万能、か」
だがその言葉にアシズは困ったように笑ってから、自嘲気味に呟いた。
「「?」」
「確かに、この力は大抵のことはできる。だが私が本当に欲する力だけは、どうしても使えないのだ」
アシズは自身の両手を見て、どこか悲しそうに笑う。とても褒められて喜んだように見えないその横顔に、まさか触れてはいけない部分に触れてしまったかと焦る二人だったが
「ノゼル兄ちゃん遊ぼ~!」
そんな三人の空気を知ってか知らずか、子供達が割り込むように集まってきた。いつもなら鬱陶しいから来るなと嫌がるノゼルだが、今だけはそれがありがたかった。
「うわちょっ、引っ張んなガキ共!」
はしゃぐ子供達に肩や背中にしがみつかれながらも、ノゼルはその場から離れていく。
キャッキャッとはしゃぐ子供達を眺め、アシズは穏やかな笑みを浮かべる。
そんな彼の耳元で、自分と同じ声が囁きかける。
随分と呑気なものだな
オストローデを食い殺したお前が、今さら人間に肩入れするつもりか?
お前も、やったことはあの悪魔どもと変わらないだろうが
「………お父さん?」
「っ!」
シャナの呼び掛けにアシズはハッとする。
「どうしましたアシズさん? なんだかボーッとしてましたけど……」
心配そうに顔を覗き込むツァレンにアシズは一瞬焦る。どうやら黒い声のせいでやや放心していたようだ。
「ああいや………少し考えごとを……」
彼らを不安にさせないように、なんとか笑顔を取り繕い、その答えにそうですかと引き下がる彼にホッとする。
「………」
だがアシズのその姿を見た者の中でただ一人、キース医師だけは今朝のことを思い出したのか、複雑そうな目で彼を見ていた。
「うわっ! なんだありゃ!?」
とその時、ノゼルが空を指差し叫びだした。
それに反応するように、一同の視線も彼が見つめる方を向けば、
その先には細身で青い鱗のドラゴンが、翼を広げて飛んでいたのだ。
「きゃあああああああ!」
「ど、ドラゴン!?」
突然現れた上位モンスターの姿に、街の人々が騒然となる。子供を連れた親は我が子を近くの建物に避難させ、たまたま街を巡回していた憲兵達は武器を手に仲間達と指示しあう。それを見てアシズも万が一を考慮し、ロイツを覆う結界の防衛能力をすぐ上書きできるよう構えるが、
「……………っ!?」
彼は
ドラゴンの首から下がる、小さなカンテラを。
対するドラゴンは人々の混乱など知らないとばかりに、そのまま都市の上空を通りすぎるとロイツに一番近い森に向かって飛び去ってしまった。ドラゴンの姿が見えなくなったことで、街の人々はようやく安堵の息を吐いた。
「ビックリした~。あれドラゴンだよな?」
「ああ、しかもあの細身で蒼い鱗………アゼルリシア山脈のフロスト・ドラゴンだ」
フロスト・ドラゴンと言えば、アゼルリシア山脈でも一二を争う強大なモンスターの一種だ。だが彼らは普段はドワーフの旧王都を根城にしているはず、なぜ遠く離れた聖王国の領土である、このロイツの近辺にやってきたのだろうか。
「自然金でも探しに来たんですかね? ねえアシズさん………アシズさん?」
キース医師が何気ない気持ちでアシズに聞いてみたが、彼からの応答がない。ふと気になってアシズを見てみると、彼はドラゴンが飛んでいった方角を見つめ、目を見開いて凍りついている。
「あの………どうかしました?」
まるで信じられないものを見るかのように硬直するアシズに、キース医師は困惑げに声をかける。
「っ………すまない、少し離れる!」
「え、ちょっと!?」
しかしアシズはやや慌てたような声をあげ、ダッと驚くほどの速さで駆け出す。その走りに驚く一同をよそに、誰ともぶつかることなく人混みの隙間を縫うように走る彼の後ろ姿は、瞬く間に見えなくなった。
「え………あの人、魔法詠唱者なんだよな?」
「なんだ今の脚力と敏捷性……
ツァレン達はポーション売りの立場上、自分達だけで森に行くのみではなく他の冒険者と行動することもある。そのため魔法詠唱者や修行僧の基本スペックはだいたい把握しているつもりなのだが、アシズの走るスピードは並みの修行僧の速さを越えるもので、あまり体力向けのスペックを持たない魔法詠唱者のものとは思えない。
アシズの底知れない能力に唖然とする二人とは対称的に
「………お父さん?」
いつになく慌てた様子のアシズの姿に、残されたシャナの胸中を心配と不安が渦巻いていた。
検問所で手続きを済ませたアシズは、門を通るや否や彼の本来の姿の一部、六枚の青い翼を背中から出す。それを大きく羽ばたかせてその場から飛び立った。向かうはドラゴンが飛び去った森。上空を飛んできた際に気配は覚えたため、ドラゴンの現在地はだいたいわかる。
動揺から早鐘を打つ鼓動を押さえつつ、アシズは飛ぶスピードをあげる。
(バカな! どうして
アシズは蒼い竜など見ていない。
彼が見たのは竜の首もと、まるで首飾りのように揺れるカンテラに灯っていた、
ロイツから離れた森では、一匹の竜が地に伏せて力尽きていた。
「ぜえ………ぜえ………」
「おうヘジンマール。だいぶ痩せてきたみたいじゃねえか」
地べたに這いつくばって荒く呼吸する青い竜を、目の前に立つ柄の長い大金槌を肩にかけた板金鎧の男が褒めている。
だが鎧男のその姿は人間とは明らかにかけ離れていた。鎧の腕は六本あり、がらっぱちな老境にある男の声は鎧の内部からではなく鎧そのものから発せられている。
「さ、左様ですか………?」
「がははは! こう改めてみると、お前もアイツらの同族だったんだな」
「それはどういう意味ですか!?」
男からヘジンマールと呼ばれた竜は、ガバリと首のみを上げて咎めるように怒鳴る。
「まあまあ。でもこれでだいぶ力ついてきただろうし、ある程度その体型の動きに慣れたらお前に合う戦い方を模索していこうぜ」
「わかりました………」
少し前までは『デブゴン』などとう不名誉なあだ名をつけられるほど肥満体だったヘジンマールは、男との修行によってだいぶ体型を絞ることができていた。ドラゴンとしての平均スペックになった今ならば、魔法の獲得も可能なはずだと言う鎧男に、ヘジンマールはやや力なく頷く。
正直修行はハードではあるが、おかげで念願のスリムボディを得られたのだ。今更贅沢は言えない。
「それにしても、なぜ今回はこちらまで? ここはすでに山脈からだいぶ離れた場所のはずですが」
ここへ来るまでに何回か野宿までしたが、いまだに鎧男の意図はヘジンマールには理解できないでいる。
「ん~、お前の体力作りの一環っていうのもあるが………」
鎧男は顎に手をやって考えこむ仕草をしてから、ヘジンマールを見る。
「なあ、お前も見ただろ? さっきの都市」
さっきの………と言われてヘジンマールが思い出すのは、巨大な青い結界が張られた人間の都市だ。
「ああ、あの結界ですか……。なんといいますか、人間の世界にもとんでもない魔法があったものですね」
見ただけでわかる。あれは真なる竜王のみが扱える『始源の魔法』に匹敵する高位の魔法だ。おそらく術者は竜王に相当する魔法詠唱者に違いない。だがヘジンマールの言葉に、鎧の男は面覆いから含みのある笑いを漏らす。
「『魔法』ねえ………お前さんにはそう見えたのか」
「え? いやだってあれは………」
ヘジンマールが言葉を紡ごうとした矢先に。
ピクリと、鎧男の肩がハネた。
と次の瞬間、彼の頭上から巨大な青い水晶の塊が降ってきた。鎧男は棒切れを振り回すように六本の腕で素早く大金槌を頭上に振り、落下する水晶を横に弾いた。弾かれた塊は大きな音を立てて近くの木にぶつかると、大金槌がぶつかった部分を中心にその材質は青い水晶から白い大理石へと変わっていく。
「………へえ」
「!? !?!?」
ヘジンマールは何が起こったのかわからないようで、大理石と鎧男を交互に見る。対する男はガシャリと大金槌を肩にかけ、誰かに聞かせるように呟く。
「見覚えのある色と自在法だったから、もしかしたらと思ったが………」
ガサリと、近くの草むらからアシズが姿を見せる。彼は眉間に皺を寄せ、警戒心をむき出しにして鎧男を睨んでいる。
「まさかこんなところで、てめえとの因果が交差するとは思わなかったぜ」
振り向く板金鎧の面覆いは表情などないはずなのに、アシズには笑っているように見えた。そして
「なあ……『冥奥の環』?」
男は、彼がとうの昔に捨てたその名で呼ぶ。
「『髄の楼閣』………ガヴィダ!」
解説(捏造)
宝具『キングブリトン』
ガヴィダの生み出した宝具の一つ。その能力は「殴打したものを大理石に変換すること」。
その原理は『大地の四神』が持つ『存在の力をこの世の物質に転化・還元する能力』とほぼ同じもので、この大金槌に存在の力を込めて対象を攻撃すると、殴られた対象は有機・無機は勿論、紅世の徒・フレイムヘイズ・果ては自在法(物理的実体のあるもの・所有者のキャパシティと同等のもののみに限定)に至るまでが大理石の彫像となってしまう一撃必殺の宝具。
大金槌という形状ゆえに本来であれば敵に当てるのも困難な扱い辛い宝具だが、若かりし頃のガヴィダは六本の腕を駆使した常人には不可能なスピードとコントロールで、この宝具を手足の如く使いこなしていた。
ただし相手が所有者より格上になればなるほど変換に時間がかかるため、大理石化が全身に広がる前に患部を切除すれば無効化は可能。
また『当たらなければどうということはない』能力でもあるため、素早い相手や遠距離攻撃を得意とする相手とは相性が悪い。
まがりなりにも大戦まで生き延びてきた古参の王なわけですし、ガヴィダもかなり強い部類だったんじゃないかなと思ってキングブリトンの能力をかなり捏造してしまいました……
※さすがにバランスブレイカーになってしまうと指摘されましたので、一部追加しました、