突然のドラゴンの襲来、急にいなくなったアシズ、連続して起こった異変を前に療養所は騒然としていた。
「うええええん! お父さああああん!!」
アシズを一番慕うシャナが、保護者不在という事態に不安を感じて大泣きしてしまったのだ。
「だ、大丈夫だよシャナちゃん。アシズさんならすぐ戻ってくるから」
「ほら、待ってる間にテーブルゲームで遊んでいよ?」
「ああああああん!!」
キース医師をはじめ、大人達が必死にあやすがシャナは一向に泣き止んでくれない。もともとトラウマが強い彼女は、アシズが傍らにいてくれたおかげで人並みの生活を送れていた。その彼が視界からいなくなってしまえば、泣き出すのも致し方ないことだろう。
「ダメだこりゃ………こうなるとアシズさんが戻ってくるまで泣き止まないぞ」
ため息をつくノゼルはもはやお手上げと言わんばかりに額に手を当て、行き先も告げずに飛び出していった彼を思う。なにやら血相を変えて走っていったが、どこへ行ってしまったのだろうか。
「まさか………さっきのドラゴンを追いかけたりとかしてないよな?」
「いや、さすがにそれは無謀すぎると思うけど……」
心配そうにアシズの身を案じる一同だったが
「あ、アシズ様が戻ってきました!」
門から街道を見ていた患者の一人が、一同に聞こえるように叫んだ。
「!」
その声にいち早く反応したのはシャナで、泣き喚く声を止めてバッと顔をあげる。
少し間を置いてから、療養所の門を通ってアシズが入ってくるのを見れば、彼女は慌てて立ち上がり大人達のあいだをすり抜ける。
「お父さん!!」
矢のように駆け、アシズの胴体にタックルするように抱きつくシャナに、アシズは微動だにせず彼女の頭を優しく撫でた。
「ただいま、シャナ」
その姿を見届けてようやく一同は胸を撫で下ろす。一体どこへ行っていたのかを聞くために歩み寄ろうとするキース医師だったが、アシズの後ろから門をくぐってきた人影を見て足を止めた。
「………誰だあいつ?」
療養所の敷地に足を踏み入れたその人物は、板金鎧に身を包んだ戦士だった。赤い羽根飾りのついた兜に肩に担いだ大金槌という随分と目立つ装いを見たキース医師は、その人物がどことなく
「アシズさん、おかえりなさい」
「ああ、急に飛び出してすまなかったな」
「本当っすよ。いきなりいなくなるからシャナが大泣きして大変だったんすから」
「そうか………」
「ところでアシズさん、そちらの方は?」
ツァレンに指摘され、アシズは少し考えこむように黙ってから口を開いた。
「………私の古い知人だ。先ほど街の外で偶然再会したので連れてきたのだ」
「おう、俺は『髄の楼閣』ガヴィダだ。よろしくな坊主ども」
鎧の人物が発したのはがらっぱちな老人の声だ。どうやら思いのほか高齢な男性らしい。
「坊主って………」
ノゼルは老人の言葉につい苦笑いを浮かべてしまう。確かに自分はまだ若い部類かもしれないが、もう青年なので十分大人だ。子供扱いされるほどではない。
「うわ!?」
とその時、庭の椅子に腰かけていた患者の一人が、木がバキリと折れる音を響かせて尻餅をついた。
「どうされました!?」
それにいち早く反応したのはキース医師で、尻を擦る患者に駆け寄り怪我がないかどうか確認する。
「い、椅子が壊れたみたいで……」
見れば彼が座っていたと思われる椅子が倒れてしまっている。ノゼルが椅子を持ち上げてみれば、四本脚のうちの一本が真ん中から折れていた。
「あ~、これはダメだ。完全にへし折れてる」
「買い直したばかりだったんだけど、やっぱり安物だと長持ちしないな」
キース医師は患者に怪我がないのを確めてから、椅子の脚を見てため息をつく。
「ちょっと見せてみろ」
「え?」
すると鎧の老人ガヴィダが、ノゼルに向けて手を伸ばしてきた。ノゼルが戸惑いながらも椅子を手渡せば、ガヴィダは折れた脚の断面を見て顎に手をやり観察する。
「………なんだよ、安物って割には良い木材を使ってるじゃねえか」
「わかるんですか?」
「おう、趣味の一環で素材の目利きは得意なほうなんだ」
ふむふむと木材を軽く小突いたりするガヴィダにツァレンが問う。
「もしかして、『冒険者』の方なんですか?」
「そんな大それたご身分のものじゃねえよ」
ガヴィダはひらひらと手を振って否定する。だが確かに、冒険者であれば首からプレートを下げているはず。であれば請負人というやつなのだろうか。
「しかしなんだ。こんな良い木をただ捨てるのはもったいねえな」
「でも、椅子としてはもう使えませんよ?」
「いんや、何も家具に拘ることはないさ」
ガヴィダは腰に下げていた雑嚢を開け、キョロキョロと周囲を見てからキース医師に問う。
「ちょっくらここの庭、借りてもいいかい?」
「え? まあ………構いませんけど」
それはまさに、神業としか言い様がなかった。
ガヴィダは雑嚢から細工用の工具を何種類か取り出すと、分解した椅子の木材を丁寧にかつ素早く彫っていく。彼の手作業の一つ一つには一切の無駄がなく、まるで複数の腕で行っているかのようだった
無言で作業に没頭する彼に、見守る一同も言葉を失う。ガヴィダが彫刻を完成させるまでの時間はあまり経たなかったと思われる。
「よし、完成だ!」
木彫りの雀の小さな置物を生みだし、それをコトリとテーブルに乗せる。
「うわ~!」
「こ、これは………!」
完成した雀を見て、子供達が目を輝かせ、大人達は息を飲む。
手のひら大の小ささにも関わらず、木彫りの雀は目や翼や模様に至るまで繊細で美しい。まるで今にも動き出しそうな躍動感のある姿は、生きているかのようだった。
「も、もしや貴方は名高い名工の方なのですか!?」
患者の一人が興奮するように問う。
これだけの細工技術を持つなど、よほど名の知れた生産職としか考えられない。
「別にそんな有名でもないぜ? ただ石削りと芸術が趣味なだけの爺だ」
「………」
カラカラと笑って否定するガヴィダに、アシズは何か言いたげな視線を向けるのみだ。
「すご~い!」
「鎧のおじちゃん! 次は狼作って~!」
「私はお花!」
「ドラゴン作ってよドラゴン!」
「がはははっ、椅子一個で足りるかこれ?」
集まる子供達の要望のまま、ガヴィダは木材を余すことなく使い、次々と置物を作っていった。
「いや~、お前がまた『都食らい』を企ててたらどうしようかと心配してたが、杞憂だったみたいでよかったわ」
そろそろ太陽が真上に差し掛かろうとする時間、二人は大通りの近くにある橋の上に並んで立っていた。
ガヴィダは諸事情あって、今日たまたまロイツの近くを通ろうとしていたのだが、遠目からアシズの自在法と思しき結界を発見した。彼がこの世界でも『壮挙』を諦めていないのではと訝しんだガヴィダは、鎌をかけるためにわざわざロイツの上空を飛行し、案の定人化した懐かしき元英雄の姿と合間見えたのだ。
もう自身は『壮挙』も『都食らい』も行うつもりはないと主張するアシズの言葉が真実であるのを確認すべく、ヘジンマールを森に残し、わずかに開かれた結界からロイツの中に招かれた。そこでは病床の患者達に慕われる彼の姿があり、それを見届けてガヴィダはようやく安堵したのだった。
「………」
対するアシズは暗い表情で橋の下の川を見つめている。波紋で揺れる水面に映る己の顔は情けないほど覇気がなく、かつて『最強の自在師』と呼ばれた紅世の王の面影は見られない。いまだ過去の過ちに囚われる惨めな一人の男がそこにいた。
そんな彼を見て、ガヴィダはバツが悪そうに面覆いを指でかく。
「まあなんだ………俺も『壮挙』を台無しにした一人なわけだし、八つ当たりを受けるくらいはしてやるよ」
大戦の最終決戦において、マティルダとヴィルヘルミナは彼の宝具『天道宮』によってブロッケン要塞に飛び込むことができた。なのである意味ではガヴィダもアシズ敗北の原因ともいえるので、甘んじて彼に殴られる覚悟はあった。
しかしアシズはそんなことはできない。
少なくとも、あんな悪夢を見たあとではガヴィダのことを非難する気にはなれなかった。
「………一つ、聞いてもいいか?」
ただどうしても知りたいことがあり、ポツリと小さく呟くように彼に問う。
「あん?」
「お前は………知っていたのか? 『炎髪灼眼』が、神威召喚をするのを」
自身の懐までたどり着いた彼女は最初からそれを念頭に入れていたように見えた。ガヴィダは果たしてそれを聞いていたのだろうか。
「まあな。『最悪それを使うかもしれないから覚悟しな』って言われてたよ。その前に『闇の雫』に殺られちまったようだがな」
肯定するガヴィダにアシズはギチリと歯を食い縛る。
「なぜっ………!」
なぜあの二人は、死別の道を選んだのだ。
それがどれほどの苦痛なのか、理解できたはずなのに。
「んなの決まっているだろ」
やり場のない怒りを押さえるアシズに、ため息をついてガヴィダは簡潔に答えた。
「それがあの二人の愛の形ってことさ」
「自ら愛する者を殺して、何が愛だというのだ!?」
天罰神とほぼ同じことを言うガヴィダに、アシズは納得ができないと怒鳴る。
アシズにとっての『愛』とは、想い人と添い遂げることであり、愛するものを自らの手で失うなど狂っているとしか思えない。
「………あのなぁ、『冥奥の環』」
アシズのその言葉を予想しながらも、ガヴィダは呆れたように肩を竦める。
「一口に『愛』って言っても、その形がみんな同じとは限らないんだよ」
「お前に、何がわかる!?」
「わかるさ。俺もいろんな『愛の形』を見てきたし、経験したからな」
「っ………!?」
続いた言葉にアシズは思わず目を見開く。
「……んだよその顔は。俺が石削りしか興味のない
紅世の徒はもちろん、人間やフレイムヘイズとかいろいろとな。
アシズは一瞬驚いたものの、よくよく考えてみれば確かにそうだ。自身よりも古くから『この世』で過ごしていたガヴィダならば、恋愛ぐらいいくらでもしたことがあっただろう。遠くを見る彼の横顔が、炎髪灼眼の生き様を誇っていた天罰神と重なる。そこにはかつて愛し合っていただろう者達との万感の想いが込められていて、嘘を言っているのではないのだと悟らざるをえなかった。
「………そうだな、確かにあの二人は昔のお前らに似ているよ。だが決定的に違う部分が一つある。あの二人は、お互いが別れる前から相手の思いを理解し合えていた」
だからあらかじめ、気持ちに覚悟ができてたのだろう。理解しあえたがゆえに、互いにとっての最上の最期を飾れたのだろうと語るガヴィダの言葉に、アシズは戸惑いながらも耳を傾ける。
「対するお前は『棺の織手』が死んでから自覚しちまったせいで、覚悟も何もする余裕がなかったわけだ」
自覚した矢先の喪失。
愛する女の死を受け入れられず、縋るように彼女の蘇生を望んだ。そうしなければ、アシズの心はへし折れてしまっていただろう。
「お前もよ、本当はわかってたんだろ? 『棺の織手』があんなことを望んでいなかったことぐらいさ」
「………」
指摘され、何も言い返せなかった。
確かにティスはあんなことをしてまで子を望んでいなかったかもしれない。だが仮にわかっていたとしても、アシズは止まれなかっただろう。止まってしまえば、自分の心が瞬く間に死んでしまいそうだったから。
「だがその時点で、お前は引き返せない場所まで来ちまっていた。ならあとはもう、突き進むしかないんだろうな」
もしも彼がティスへの想いをもっと早くに自覚していれば、もしも彼女を殺したのが人間でなければ………二人の最期はまた違った未来になっていたかもしれない。
ガヴィダの言葉にアシズは項垂れる。
「………私は、これからどうすればいいのだろうか?」
ティスの亡骸も、自在式も、戦友達も、紅世に帰還する術さえも失ってしまった。もはやなんのために生きているのかすら、アシズにはわからなくなってしまった。
「………あいにく、俺は『大擁炉』みたいに的確なアドバイスをしてやれるほど賢くはねえ」
ガヴィダはおもむろに腰の雑嚢から何かを探る。
「ただまあなんだ、愚痴を聞いてやるのは昔から得意だからよ。なんか吐き出したいことがあったらこれを使え」
そう言うとアシズの眼前に手のひら大の白い金属の板を差し出す。
「………これは?」
「俺が今世話になっている、ドワーフの国の技術『ルーン文字』で作った宝具だ。『口だけの賢者』っていう亜人が考えた遠話道具を、参考にして作ってみた」
俺は夜は基本暇だし気軽に話しかけてみなと、アシズの手をとって板を握らせる。よく見ると金属板の表面にはガヴィダの趣味を反映した決め細やかな美しい紋様が刻まれ、中央には見たことのない文字がある。おそらくこれがルーン文字なのだろう
「『髄の楼閣』………」
「おっと、そろそろ帰らねえとゴンド達にドヤされちまうな」
真上を過ぎた太陽を見て、ガヴィダはアシズに背を向けて橋を渡っていく。
「………ああそれと、お前さっきどうすればいいかって悩んでたけどよ」
しかし数歩目で一度立ち止まり、首だけでアシズに振り返る。
「取り敢えずは、さっきのシャナって嬢ちゃんのことを大事にしてやれよ」
「っ………!」
お前には何もなくても、あの少女にはお前しかいないのだから。その言葉にアシズがハッとしたのを見届け、ガヴィダは今度こそ満足そうに歩きだした。
「じゃあな『冥奥の環』。因果の交差路でまた会おうや」
後ろ手に手を振る鎧の背中が、雑踏の中に消えるまでアシズは見続けた。
その頃のヘジンマール
ヘジン「なんだったのあの青い化け物………」(´;д;`)))ガクブル