青紫色の火が灯る蝋燭に照らされた薄暗い部屋。その部屋の中央には、豪奢ながらも禍々しい意匠の玉座が備わっていたが、そこに鎮座すべき者の姿はなく、空の玉座を重厚な負のオーラが包み込んでいる。
そんなおぞましい場所の中空に、蜂蜜色の自在式が浮かび上がり、空間に切れ目ができて深淵が現れた。
深淵から飛び出してきたのは飛行服を着た鷹で、翼から羽根とともに火の粉を撒き散らしながら椅子の背もたれの上に止まる。鷹の身から離れた飛行服は燃え上がってローブに変わると、鷹の頭を撫でながらキョロキョロと周囲を見る。
「は~………」
発見した部屋の主である『ズーラーノーンの盟主』は、椅子から少し離れた固い床に白骨死体のごとくうつぶせになっており、憂鬱と言わんばかりにため息をついていた。だがローブは盟主に一瞥するだけで、椅子のそばにあるテーブルの上に置かれた書類を手に取った。
「はあああああああああ……」
なおもわざとらしく大きくため息をつく盟主だが、それを聞き流すようにローブは書類の一枚一枚に目を通すだけだ。
それから数秒の感覚を空けてから、盟主はガバリと上半身を勢いよく起こした。
「………ちょっとは声かけようとか思わない!?」
「………床で寝たら風邪引きますよ」
「そういうことじゃねえから!!」
ローブのあまりにも冷淡な態度に再び床に伏せる盟主だったが、彼はその体勢のまま「あ~」と呻いてズルズルと片手のみで床を這って椅子に向かう。アンデッドの見た目に相応しい動作で椅子の下に到着すると、立つのも億劫そうに玉座に座った。
「………思っていたより
そうこうしているうちに書類を読み終えたローブは、その内容を理解して淡々と答える。
「不幸中の幸いというか、亜人の国をはじめとする他国には一人もいなかった。いるのはナザリックを中心とした、人間の生活圏内だけだ」
「そうですか。しかし………」
ローブは書類の中の一枚、青い結界に包まれた小都市ロイツと、子供達の頭を笑顔で撫でる青い魔法詠唱者の男性の写真が載っている書類を見てため息をついた。
「『棺の織手』ですか………よりにもよって、一番厄介な大物が復活しましたね」
『巌凱』だけでも十分すぎるほどの脅威だというのに、その彼の主君である紅世の王まで現れたとあっては、盟主の気が滅入るのも致し方ないことだろう。
「今のところはロイツから離れる様子はなさそうだけど、これで聖王国の侵略は事実上不可能になっちまったな」
背もたれに体重をかける盟主に、ローブはさらに質問する。
「ちなみに、ナザリックのほうはいかがですか?」
その質問に、彼は一度バツが悪そうに目線を反らしてからローブを見る。
「それがさ~………どうもデミウルゴスのやつが『棺の織手』にちょっかいかけたみたいで、一回死んじまったんだとよ」
「デミウルゴスが? ………ああそういえば彼、聖王国に行ってましたね」
確か『牧場』と称した悪趣味極まりない『遊び場』を作ったそうだが、たまたま通りかかった『棺の織手』に人間を救出され、彼を排除しようとしてものの見事に返り討ちにあったのだという。
「あとで知ったんだけどさ、モモンガさんがあの墓地騒動に参加しなかったのって、『棺の織手』対策会議が長引いたせいで、タイミング悪くエ・ランテルに戻れなかったんだと」
「………」
なるほどそれでかと、ローブは納得すると同時に呆れ果てた。大方『棺の織手』の真価を見誤り、舐めプして殺された。そんなところだろう。
(………主人の言うこと成すこと全てが絶対正しいと、盲目的に肯定してそれ以外を見下し、主人から与えられた自分の力こそが絶対だと自惚れる『人形』は、これだからめんどくさい)
内心で毒づくローブに、今度は盟主が問いかける。
「んで、『本社』の判断は?」
「そのことなのですが……チーフからご連絡が」
チーフという言葉に、盟主の肩がピクリと反応する。
「サトゥラが?」
「はい…………
『
「!」
ローブのその言葉に、盟主は眼窪の火を揺らめかせておおっと感嘆の声を漏らす。
「やっと修正されたか~。これでちょっとでも健闘できたらいいけど」
肩の荷が降りたとばかりにう~んと伸びをする盟主に、ローブはさらに続ける。
「とはいえ、今回は『巌凱』と『架綻の片』の戦闘データを参考にした第一修正ですので、『棺の織手』や『壊刃』相手には無理があるかと」
「そりゃあ、あんな文武両道ゴーレムと花びら魔女を仮に倒せたとしても、初見殺し不死身剣士やチート自在法連発天使に勝てるビジョンが湧きゃしねえよ」
片や、察知不能状態から放たれる大規模攻撃と、経過ダメージ効果付きの解呪不可能の自在法『スティグマ』を繰り出す殺し屋。
片や、莫大な存在の力と多種多様な自在法を使い、攻防一体にして決まれば一撃必殺の自在法『聖なる棺』を放つ最強の自在師。
両者と同時に
「なので、不具合が生じるまでは『プランA』を続行し観察。もし現段階の限界値でプランの続行が不可能と判断された場合は、迷わず『プランB』に移行せよとのことです」
「な~るほど」
「そういうわけですから、貴方もそろそろ
「へ~い」
気の抜けた返事をし、盟主は片手で己の頭を掴むと、ボキリと首の骨を折って頭蓋骨を床に投げ捨てた。投げた首無しのスケルトンの身体はだらりと脱力し、床に落ちた頭蓋骨が青紫色の大きな炎となって燃え上がると、人型の姿をとりはじめる。炎が収まるとそこに立っていたのは、青紫色の忍び装束に身を包み、頭から爪先に至るまで肌が一切露出していない忍者であった。
「………よし、そういうことだ『ズーラーノーンの盟主』。お前には今後もここの管理をしてもらうが、これからは『俺』がこっちでの司令塔をやらせてもらうぞ」
「わか………った………」
対する『ズーラーノーンの盟主』の身体は、もげていた頭蓋骨はもちろん、欠けていた片腕も含めて全てがもとに戻っていた。だがその言動と雰囲気には先ほどまでの軽薄さが嘘のようになくなり、静かに頷く姿は外見通りの虚ろなアンデッドそのものだった。
「さ~て………それじゃまず、モモンガさんに『お知らせ』しますか」
(まさかデミウルゴスが飼育していたのが人間だったとは………これはますます報連相の徹底をしたほうがよさそうだな)
アインズとルプスレギナ………もとい冒険者モモンとレギィは、ゴブリン討伐依頼を速攻ですませてから一息つく。
幸い捕らえた人間はデミウルゴスの『支配の呪言』が効いているようで、せいぜい40レベル以下の強さしかないから反逆される危険性はなさそうだ。しかも自力で回復できるタレントを持っているので、たった一人だけでスクロールの安定供給が可能となった。これでスクロールの問題は実質解決できたわけだ。
(しかしどうしようか………『例の件』)
トブの大森林を調査していたアウラからの報告により、森の奥の湿地帯で亜人である
アインズとしてはナザリックの戦力強化のために、人間よりも強靭な肉体を持つ蜥蜴人の肉体で強力なアンデッドを作りたいのだが、平均的な能力値が未知数な蜥蜴人の群れに、安易に戦いを仕掛けていいものかと悩む。
(アシズみたいな強いモンスターがいるかもしれないし、仮にそこまではいかなくても蜥蜴人の『神人』がいる可能性も否めない)
だがコキュートスを初めとする、NPCの意識改革のためには実戦経験は大事だ。しかし、それで我が子同然のNPCに再び危機が降りかかるのも恐ろしい……
(一体どうすれば………)
小さく肩を落として悩むアインズだったが
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ
「………ん? なんの音だ?」
突如鳴り響いた電子音に二人が反応する。
「レギィ、スキルでわかるか?」
「駄目っす。そもそもこれ、周囲から聞こえる音じゃありません」
レギィのフードの下にある耳がピクピクと動き、探知系のスキルを全て使う。アインズも魔法を使うなどしてキョロキョロと周りを警戒するも、音の発生源と思われるものは見当たらない。
もしや異常事態かと思い、アルベドに伝言を繋ごうとするが、
(いや、待てよ………?)
アインズはこの独特のリズムと音質に、ふと既知感を覚えた。
(この音は………まさか!?)
聴き覚えのある音に、慌ててユグドラシル時代によくやったコンソールを開く動作をしてみると、アインズの目の前にパネルが現れた。
(開いた!?)
転移してから今まで全く開かなかったGMコール。見ればGM通知メニューの項目にNewのメッセージがついている。
(やっぱり、これは運営からの通知音だ! でもどうして今さら………いや、そもそもなんで異世界に繋がって……!?)
ますます警戒心がはねあがるアインズだったが
『モモンガさん、運営からのお知らせだよ』
「……………?」
次の瞬間、アインズの脳内に蕩けるような甘い男性の声が響いた。その声にアインズの意識がモヤがかかったように止まり、眼窪の輝きが消え、ぼんやりとその場に立ち尽くしてしまった。
「アインズ様?」
しばらくしてからルプスレギナに声をかけれれ、アインズの目窪の赤い輝きが戻り、ハッと意識を取り戻した。
(………ん、あれ? 俺、何してたんだっけ?)
しばし戸惑うが、目の前に開かれたコンソールに気づく。
「ああ、そうか。
未読メッセージを開いて内容を見ると、そこにはかなり長い説明文が書かれていた。
・プレイヤーの上限レベルを100レベルから1000レベルに変更。
・一度の戦闘で取得できる経験値の量を従来の倍に変更。
・プレイヤーが死亡した場合のレベルダウンと装備品ドロップシステムを撤廃。
・いくつかのスキル・魔法を上方修正。
・ギルドホームのトラップ維持、召喚を継続させるさいに必要なユグドラシル金貨を無料に変更。
・NPCの復活に必要なユグドラシル金貨の金額を五億から一億に値下げ。
・時間停止中でも攻撃魔法が可能になるよう変更。
(………え、カンストレベルの上限突破!? しかもユグドラシル金貨の使用量が大幅カット!? そのうえこれからは、時間停止中でも攻撃魔法が使えるようになるのか!?)
なんとも好条件な修正内容に思わず声をあげそうになるも、沈静化が働いたおかげでルプスレギナに醜態を晒すことはなかった。
(すごいや! これで万が一アシズみたいな強敵に出くわしても、なんとか切り抜けそうだ!!)
「モモンさん、どうしたっすか?」
「ん、ああ問題ないぞレギィ。どうやらユグドラシルの魔法の一部が強化されたそうだ」
「本当っすか!?」
パアッと嬉しそうに笑うルプスレギナは、ひゃっほう!と叫びながらその場をピョンピョンと跳び跳ねた。
「これならば可能かもしれないな………。レギィ、冒険者組合への報告は任せる。くれぐれも連絡を怠るな」
「了解っす! モモンさんはどうするっすか?」
「一度、ナザリックに戻る」
それまでの迷いが晴れるように深紅のマントをたなびかせ、アインズは改めてコキュートスの出陣命令を下すべくアルベドに伝言を繋げた。
そんなアインズを見つめるルプスレギナの目は、ぼんやりとした若竹色の目をしていた。
石の小さな隙間から二人を覗いていた、これまた小さな青紫色の蜥蜴が喋る。
「………こちら『平地のカナヘビ』、モモンガさんにしっかり通知が届いたのを確認した」
『ちゃんと暗示は効いているか?』
「ああ、バッチリだ」
なんの疑いもなく上方修正のお知らせに喜ぶ彼の姿を眺め、カナヘビは長い舌をチロチロと揺らして嘲笑う。
「さあて………それじゃまず小手調べとして、蜥蜴人との『戦争』を始めてみますか」
転移でナザリックに帰還したアインズを見届けてから、一人冒険者組合へと向かうルプスレギナの後ろ姿を見送る。
「せいぜい頑張ってね。モモンガさん」
謎の声のイメージCVは、グリリバボイスでお願いいたします