棺の織手と不死者の王   作:ペペック

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ついに蜥蜴人編開幕です!
私のオバロ推しキャラである蜥蜴人達の勇姿に喝采せよ!


湿地の蜥蜴人

時は、数十年ほど前に遡る。

トブの大森林の沼地に住むとある蜥蜴人の夫婦の間に、一つの卵が産み落とされた。待望の我が子の誕生を喜んだ夫婦は、卵をそれはそれは大事に温めて産声をあげる日を待ちわびた。だがそれから数ヶ月が過ぎ、そろそろ皹が入る時期にも関わらず、卵が孵ることはなかった。産みたての頃はあんなにも温かった卵は、今や氷のように冷えている。内に宿った生命の火は、日の目を見ることなく殻の中で潰えてしまったのだ。

我が子をこの腕に抱くことを夢見ていたメスは、ぬくもりのない卵を抱きしめて嘆き悲しんだ。我が子を肩車する日を心待ちにしていたオスは、こんなこともあるさと愛する番の肩を抱き寄せて慰めた。

この世の空気を吸うことすら叶わなかった赤子。ならばせめてその魂が、偉大なる祖霊の御下へ迎えられることを願い、夫婦は卵を家屋の裏の土に埋めることにした。

時刻は逢魔ヶ刻を過ぎ、夜の帳が辺りを包んでいた。涙を浮かべるメスが卵に頬を寄せ、次に子供が生まれたら貴方の分までたくさんの愛情を注いでみせると誓い、オスが掘った穴に卵を置こうとした瞬間だった。

 

暗くなったその場を真昼のように照らす黝色の流れ星が、夫婦目掛けて飛んできたのだ。オスがメスの手を引き急いでその場から離れると、流れ星はあろうことか穴の中の卵に落下した。その光景に泣き叫ぶメスを引き留めるオスが見たのは、黝色の炎に包まれる命のない卵。炎はまるで卵を火種とするように激しく燃え上がると、その全てが卵へと吸い込まれていった。夫婦は炎が消えてから恐る恐る卵を覗き込むと、卵は炎と同じ色の淡い輝きと熱を帯びている。

そして

 

 

 

………ドクンッ

 

 

 

力強い脈動がその場に広がり、

 

 

 

ピシリッ

 

 

 

卵の表面に皹が入る。

 

 

 

バキッ

 

 

 

まず出てきたのは、小さな蜥蜴人の頭部。夫婦の特徴を受け継いだ顔立ちの、しかし夫婦のどちらのものでもない黝色の鱗が顔を出し、ズルリと身体を殻から引きずり出した。赤子は生まれたてにも関わらず、瞼を開いて夫婦を見ると、ハクハクと口を動かして、

 

 

「ーーーーーーー!!」

 

 

生き物の声では絶対に発することができない『音』を響かせた。

 

そのありえない現象に困惑と恐怖から、夫婦はすぐさま赤子を抱えて族長の屋敷へ向かい、戸を叩いて族長を呼び出し起こったことを包み隠さず話した。

異変を察した族長は集落の上位階級者達を集め、この普通じゃない生まれを成した赤子の処遇についての話し合いがなされた。

 

ある戦士頭は言った、この赤子は化け物の化身に違いない。いずれこの集落に災いをもたらす前に、今ここで殺すべきだと。

ある祭司頭は言った、この赤子は祖霊の御使いに違いない。この子を育むことこそが祖霊が我らに与えた試練に違いないと。

 

長い長い話し合いの末、両親の懇願もあって赤子は監視をつけるという条件で、集落全体で養うことが決まった。

 

 

 

 

 

その赤子の名はーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼過ぎを迎えた頃、蜥蜴人の部族の一つである『朱の瞳(レッドアイ)族』の集落の外れを歩く者がいる。草簑で隠された身体は体格から見るにメスの蜥蜴人のもので、簑の合間から見える鱗は雪のように白かった。

白い蜥蜴人がしばらく沼沿いに歩いていると、青い草原のような植物が見える開けた場所にたどり着く。整備された湿地に植えられた植物、『稲』の前にしゃがみこんでいるのは、祭司の装束を纏ったオスの蜥蜴人だ。彼は草簑の蜥蜴人に背を向けるようにしている。

 

「ここにいたのね、ニーガ兄様」

 

「………クルシュか」

 

背後から声をかける彼女に振り返って名を呼ぶオスは、フードを目深に被って素顔を隠しており、胸には『朱の瞳( レッドアイ)族』族長の印が下がっている。つまり彼こそがこの部族の族長である。

名はニーガ・ルールー。族長の補佐を努める祭司クルシュ・ルールーとは実の兄妹であり、互いに支え合いながら今日まで部族を纏めあげてきた優秀な祭司だ。

クルシュはニーガの隣に歩み寄り、二人の眼前に広がる青々とした水田の稲が、風に揺れているのを眺めた。

 

「今年も豊作になりそうで何よりね」

 

「油断は出来ぬ。カビや冷害、害虫などを常に警戒せねばないないし、水かさや水温を細かく調整しなければいい米にはならない」

 

「兄様は本当にマメね」

 

二人の視界の端では水田に水を注いだり、稲の穂を食べようとする小鳥を追い払う蜥蜴人達の姿が見える。

 

 

「………兄様、本当にありがとう」

 

ふいに静かな声で改まったように感謝を述べるクルシュに、ニーガは彼女を見上げる。

 

「何がだ?」

 

「兄様がこの『稲』を見つけてくれなければ、私達は食糧難の危機に陥っていたと思うわ」

 

ニーガが稲を発見したのは、彼がまだ八歳の頃。お目付け役とともにたまたま森の中を歩いていた時に、一房の植物を見つけたのが始まりだった。

彼は何を思ったのかその植物の穂を採取し、湿地の一部に植えてそれらを栽培しはじめた。集落の大人達は最初は子供特有の物珍しさからくる気まぐれと思い、どうせすぐ飽きるだろうと放置された。しかしそれから二年の月日がたった頃、ニーガはある程度増えた植物から採取した穂を手製の鍋に入れ、水につけて火で蒸して完成したそれを両親に振る舞ったのだ。息子が生まれて初めて作ったその『手料理』は、白く温かく粘りけがあって味こそないものの、魚や肉よりも腹にたまる食材だった。しかもそれは味がない分、魚や香草で好きな味にすることができるという利点があり、両親は息子からの『手料理』の美味さに思わず舌鼓をうったという。

蜥蜴人は主食こそ魚だが、基本は雑食性だ。ニーガが発見し『稲』と名付けたこの植物は瞬く間に集落中に広まり始め、特に漁で魚がとれない日には集落で大変重宝されたのだ。

 

 

 

「稲だけじゃないわ。兄様は塩や砂糖を使った保存食の作り方も見いだしてくれた」

 

いつだったか、集落に人間の魔法詠唱者が訪れたことがあった。ニーガはその人物に砂糖と塩を作る魔法を教わり、捕った魚や肉を生み出した塩に浸けたり、森で採った果実を砂糖で煮詰めて保存食にする技術を確立させたのだ。これによって魚が不漁になった時も、部族は安定した食料を確保できるようになった。

それらの功績を称えられ、彼は前族長の推薦のもと、新しい族長となったのだった。

 

 

「兄様ほどの知恵者なら、番になりたいと名乗り出るメスも大勢いたと思うけど……」

 

「それは無理な話だ。私には生まれつき子種がない」

 

緩く首を横に振るニーガに、クルシュは俯く。

 

「ええ………それはわかっているわ」

 

ニーガは生まれが特殊なせいか、二次性徴を向かえても生殖能力が備わることはなかった。本来であれば次代の血筋を残せない者は食い扶持を減らすために旅人として部族から追い出されるのが普通だが、ニーガは優れた知恵のおかげで族長として今も集落にいられる。

 

「私自身、婚姻願望や子作りの願望があるわけではないから問題はない。ただ………父母に孫の顔を見せてやれないのは、少々申し訳なく思う」

 

物心ついた時から『悪魔の子』と影で囁かれていた自身に、親としての深い愛情を注いでくれた両親に、最低限の親孝行をしてやれない自分を悔やむことはある。それでも両親は『お前が生きて、村のために尽力してくれている。これが親孝行以外のなんだというのだ』と励ましてくれていた。

 

「兄様の代わりに、私が子を成せればよかったのだけれど………」

 

「何を言っている。むしろ気立てがよくて芯のあるお前のほうが、引く手あまたであろうが」

 

妹であるクルシュには子を孕む機能はしっかり備わっている。祭司の才に恵まれ、男を支える良妻賢母になれる気質を持った彼女は、間違いなく優良物件に違いない。しかしクルシュには、ニーガとは違った方向性で問題があった。

 

「それは私が普通だったらの話よ」

 

自嘲気味に笑い、クルシュは自身の白い鱗を見る。日の光に当たるだけで痛み、外を自由に駆け回れないこの身体が恨めしい。

 

「お前の肌の色など今更だろう」

 

「この部族ではそうね。………だけど、はたして他の部族はどうかしら」

 

アルビノのことをよく知らない他部族から見て、異様なまでに白いこの鱗はどう映ることだろう。きっと気味の悪いものを見るような目で見てくるに違いないと、クルシュは確信している。

 

「お前の容姿をとやかく抜かすような男など、こちらから願い下げだ」

 

だがその後ろ向きな発言に、ニーガはふんと忌々しげに鼻を鳴らす。

 

「ふふふ、そう言ってくれるのは兄様だけよ」

 

兄の言葉につい笑みが溢れ、クルシュは立ち上がる。

 

「じゃあ、私は今日の分のジャム作りをしにいくから」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

水田を後にして、クルシュは来た道とは逆に歩き集落に戻っていく。

さすがに今日は長く外にいすぎた。太陽光のせいで少し肌がヒリヒリするし眼も痛い。だがこの程度ならば自身の祭司の力で十分治せる。

 

兄と他愛ないおしゃべりをして、米が今年も無事に収穫されるよう祖霊に祈りを捧げる。自身は死ぬまで独り身のまま終わるだろうと、半ば諦めの気持ちを抱きつつも、

 

こんな当たり前の日常がいつまでも続くだろうと、クルシュはこの日、この瞬間まで、何の疑いもなく信じていた。

 




朱の瞳族の名産

・おにぎり
・米酒
・森のフルーツのジャム
・魚の塩漬け
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