平穏な集落を突如襲った異変。禍々しき怪物から告げられたあまりにも理不尽な宣戦布告に、すぐさま『朱の瞳』族の上位階級者達を集めた話し合いが行われた。
先触れに来たアンデッドの言葉を聞き、堅実な祭司頭と頭の固い長老達は避難をすべきであると主張した。一方で血の気が多い戦士頭達は戦うべきだと主張し、慎重派な狩猟頭達は様子見をすべきではないかと意見する。
だが族長のニーガが提唱したのは、『他部族の蜥蜴人との同盟による抗戦』だったのだ。族長のあまりにも突拍子もない考えに、祭司頭達や長老達はおろか、戦士頭や首領頭までもが反対した。
その理由は二年前にこの湿地にて、主食の不漁が続き食料難の危機に陥った部族同士による、食料の奪い合いがあったためだ。幸いにも『朱の瞳』族はニーガがもたらした『稲』と保存食のおかげで食料難の時期を乗り越えられたものの、ほかの部族はそうもいかなかったらしい。そして他部族のうち
だがニーガは『必ず彼らのほうから同盟を要求しに使者が来る』と、どこか確信めいた様子で断言した。
ほかの者達がどれだけ説得してもニーガが意見を曲げることはなく、結局一同は彼に根負けして五部族同盟の準備を進めることに決まったのだった。
そして一夜明けた現在、クルシュは太陽の光が差さない自室に待機していた。
(………落ち着くのよクルシュ。これから来るであろう使者の人となりを通して、同盟を組むに値する部族であるかどうかを見極めないと)
真に恐れるべきは有能な敵よりも無能な味方であると、ニーガは語る。例え敵に優秀な人材が多くとも戦略次第ではまだ勝機を掴めるが、味方が無能であれば互いに足を引っ張りあい自滅してしまう可能性が高い。そこでニーガは他の部族が同盟を結べる優秀な相手であるかどうかを試すべく、ある一計を案じることにした。
まずニーガは自身が族長であることを隠し、使者に『族長は現在留守であるため、ご帰還されるまで族長補佐と話をしてほしい』と伝え、クルシュが控える家屋に案内する。そこでアルビノであるクルシュの容姿を罵倒するような、礼儀知らずを送る部族であれば組むに値しない。せめて多少は動揺しつつも、しかと会話が出来るくらいの良識の持ち主でなければ意味がない。
ニーガの実に合理的な判断に穴は無い。だがそれでも、クルシュとしてはおそらく初めて会うことになるだろう『朱の瞳』族以外の蜥蜴人にどんなことを言われるのか、不安を感じずにはいられない。
「クルシュ、来たぞ」
「!」
すると家屋の外から兄が声をかけてくる。
「使者の人数は一人だが、フロスト・ペインを所持し、巨大な四つ首のヒュドラに騎乗している。手筈通りまず私が応対する」
「わ、わかったわ……」
ついに来た。
蜥蜴人の四至宝の一つであるフロスト・ペインを所有し、魔獣ヒュドラを従えるということは、使者は相当な実力者に違いない。しばらく外で仲間達の足音が近づいてきてから、家屋の前で立ち止まる。
「俺は『緑爪』族のザリュース・シャシャ。部屋に入らせて頂く」
凛々しいオスの声が布一枚の向こうから響く。クルシュは緊張を和らげるように深呼吸をしてから、使者の入室を許可する。
「………どうぞ」
家屋を仕切る布が捲られ、逆光に照らされた一人のオスが姿を現した。
「よくいらっしゃいました」
ザリュースと名乗ったオスはクルシュの姿を見た瞬間、口をあんぐりと開き目を見開いて固まった。その反応を見て、クルシュは小さくため息をつく。どう見ても目の前のオスは、クルシュのアルビノの姿に驚愕している。
(………視界に入れてすぐ罵倒しないだけ、良識はありそうね)
だがここまでは兄の想定内だ。あとは会話を通してこのオスの器が合格点に達せればいい。
「………かの四至宝の一つたるフロスト・ペインを持つ方にも、この身は異形に見えるようですね」
とはいえ、つい自嘲気味に漏らしてしまうクルシュだったが
「っ………!」
ザリュースは呻き声を必死に抑えながら、どこか心ここにあらずといった様子で中に入ってくる。
「え? あ………どうしました?」
ただならぬ様子のザリュースに、それほどまでにアルビノの姿が衝撃的だったのだろうかとクルシュは心配そうに声をかける。
そして彼はゆっくりと床に敷かれたござに座ると
…………クルル、クルルルル!!
爬虫類特有の甲高い声で鳴いた。
「えっ………? あっ………えっ………?」
それは蜥蜴人の求愛の声で、クルシュは思わず顔が真っ赤に頭が真っ白になってしまう。
「………あ、いや! 違うっ………違うというか……その………これは失礼した!」
ザリュースも自身の無意識の行動に我に返るが、動揺が尻尾に現れ床をバシバシと叩いている。
「お、落ち着いてください………!」
ひとまず尻尾の動きを止め、二人はまず互いに向き合う。
「お初にお目にかかる。『緑爪』族が旅人、ザリュース・シャシャと申す」
「『朱の瞳』族の族長補佐を務めております。クルシュ・ルールーです」
互いに名乗りあい、二人は会釈する。
「よろしく………」
だがザリュースは完全に緊張しているのか動きが固く、拳を握りしめ、尻尾にいたっては真っ直ぐにそそり立っている。
「しゃちほこばって話すことも無いでしょう? 楽にしてください」
言われるがまま、ザリュースは深呼吸を繰り返して自身を落ち着かせる。
「では早速ですが、こちらに来られた理由をお尋ねしても?」
「ああ………」
「まあ、察しはついておりますが……」
ここからが自身の対話力を最大限発揮しなければならないところだ。会話を通して、ザリュースを使者として送り出した『緑爪』族が優秀か否かを判断せねば。
「先日現れた謎のアンデッドのことで「結婚してくれ」……………は?」
しかしクルシュの言葉に割り込むように告げられた一言に、再び彼女の脳内が真っ白になる。クルシュが瞬きをしてから、しばしの間を空けたのち
「はあああああああああああ!!!?」
外にまで響くのではないかという大声があげられた。
「け………結婚………!?」
混乱する頭を反映するようにバシバシと尻尾で床が叩かれる。そしてそれはザリュースも同じだった。
「こ、ここに来た目的は違う! 本来であればそちらの話を優先すべきで、話の順序がおかしいのは承知している。だが、自分の気持ちに嘘はつけん」
「えっ………ええ……!?」
「あ、いや、この非常事態にすまん! 返事は後日聞かせてもらえれば構わない!」
(な………何をこのオスは……!)
もはや状況が全くわからない。あまりの事態にクルシュの視界がグルグル回ってしまう。
(確かに見た目は悪くないけど………って、私は何を考えて!)
今自分がすべきことを思い出せと、尻尾で一際大きく床を叩き、どうにか冷静さを取り戻す。
「あ、アルビノの私をからかっているのですか!? この白き身体を恐れないのは………さすがと言うべきでしょうけども……」
「アルビノ?」
「『朱の瞳』では時折、私のようなアルビノが生まれてきます。その者は長じて何らかの才………私の場合は祭司の才に秀でています。そのために族長に次ぐ権力を持つことになるのですが」
アルビノの説明をしだしたことで、クルシュの心中にようやく余裕が生まれてきた。このまま本題に繋げようと次の言葉を出そうとするが、
「………かの山脈に掛かる雪のようだな」
「へぇ!?」
「綺麗な色だ」
そんな彼女の気遣いを知ってか知らずか、ザリュースは今度はクルシュの肌を褒めだした。日の光に弱い自分の白い肌を美しいと褒められたことなど、それこそ家族ぐらいしかいなかったというのに。
(な………なにをこのおすはいっているのよーーーーー!!)
さらに混乱するクルシュに、ザリュースはどこか熱っぽい視線を向けたまま手を伸ばす。彼の手がクルシュの首筋に伸ばされる寸前……
「お前は一体何をしに来た!!?」
ゴンッ!!
「うっ!?」
ニーガの怒声とともに、ザリュースの脳天に鉄拳が落とされた。
「あ、兄様!」
「にいさま………?」
見知った肉親の姿を見て安堵するクルシュに対し、ザリュースは自身を殴ったであろう人物に振り返る。
「お前は………先ほどの祭司頭か?」
「………試すような真似をしてすまなかったな。改めて名乗らせて貰おう」
懐に忍ばせていた族長の印を出し、ニーガはそれを首に下げた。
「私はニーガ・ルールー。『朱の瞳』族の現族長を務める者だ」
家屋の外の蜥蜴人達
狩猟頭「族長、何も盗み聞きしなくてもよろしいのでは……;」
ニーガ「盗み聞きとは心外な。あくまであの使者がまともな男かどうかを確かめるだけだ」
祭司頭「だからってそんな壁に張り付かなくても………;」
ニーガ「クルシュに暴言を吐いた場合、その回数に応じて殴らなくてはならん」
戦士頭(本当にこのオスは、クルシュ様が絡むと甘いな………;)
ザリュース「結婚してくれ」
ニーガ「」バシャーン!!
狩猟頭「族長がすっ転んだぞお!!;」
長老「バカな! 冷静沈着を絵に描いたような族長が、足を滑らせて沼に落ちただと!?;」
ニーガ「」犬神家状態
戦士頭「あ、あのニーガ族長がこんなまっ逆さまに落ちるほど動揺するなんて………一体あの使者は何を言ったんだ!?;」
祭司頭「いいからまず族長を引っ張り上げんかー!!;」
なお、中の二人も同じくらい取り乱していて、外の騒ぎに気がつかなかった模様。