棺の織手と不死者の王   作:ペペック

43 / 107
クルシュ(兄様、なんか濡れてる……?)


朱の瞳

自己紹介を終えてからクルシュを横に控えさせ、改めてニーガはザリュースと対面した。

 

「しかし………もしクルシュに不敬な態度をするような輩であれば、摘まみ出すつもりだったというのに、予想の斜め上の反応をしてくるとは……」

 

まさか開口一番に求婚の言葉を吐くなどと、誰が予想できただろうか。ニーガがチラリと横目でクルシュを見れば、わずかに頬を染める妹の姿に額に手を当ててため息をつく。そしてザリュースの胸元に刻まれた『旅人』の印を見る。

 

(なるほど、使者に()()を選ぶとは………少なくとも『緑爪』族には聡い者がいるようだな)

 

元来が閉鎖的な種族である蜥蜴人は、よそ者の烙印を押された旅人をあまり歓迎しない傾向がある。使者が旅人だからと追い返すような、話のわからない相手とでは同盟を結ぶことなどできないだろう。交渉を担う相手としては正に適格な采配だ。

 

「それで、一体どういうつもりだ? まさかこの非常時に、求婚しに来たなどと戯れ言を宣うつもりではなかろう」

 

とはいえ様々な理由から懐疑的になっているニーガとしては、ザリュースの行動は全く理解しきれずついジト目になって睨んでしまう。対するザリュースは以前として真っ直ぐな眼差しでハッキリと答えた。

 

「一目惚れというやつだ。俺は今回の戦いで死ぬかもしれない、だから後悔のないようにしたい」

 

「ほう………」

 

その言葉を聞き、ニーガはザリュースの腰に携えられた氷の剣に一瞥する。

 

「かの剣、フロスト・ペインを持つ戦士が死ぬ覚悟をするか」

 

頷くザリュースは話を続ける。

 

「メッセージを持ってきたモンスターを見たか?」

 

「はい……」

 

それに今度はクルシュが答えた。

今でも彼女はあの怪物が現れた時の恐怖を思い出してしまう。あの時は傍らの兄が抱き寄せてくれたおかげで、どうにか不安は和らいだが。

 

「あのモンスターにさえ我々は勝てない。あいつは精神をかきみだす絶叫を放ち、魔法のかかっていない武器での攻撃をほとんど無効化して傷すらつけられない。以前遭遇した時、俺は逃げるしかなかった」

 

目の前の戦士がそこまで腰抜けな性根であるとはニーガには思えない。であれば彼が言うようにあの怪物はかなり強大な存在には違いないだろう。

 

「………我ら『朱の瞳』の森祭司(ドルイド)は、一時的に武器に魔法を付与することは可能だ」

 

「精神への攻撃は防げるのか?」

 

「抵抗力の強化であればほとんどの森祭司にできる。ただし混乱から心を守ることができるのは、この部族では族長である私と族長補佐のクルシュのみだ。それに一度に複数人にかけるのも難しい」

 

ニーガの言葉に、ザリュースは感嘆の息を漏らす。

 

(なるほど………族長にふさわしい実力を持っているということか)

 

少なくとも『緑爪』族の祭司頭よりも有能な祭司が二人もいれば、これ以上心強いことはない。ザリュースはこのチャンスを決して逃さないように、改めて交渉に臨む。

 

「………『朱の瞳』族は何番目と?」

 

「四番目と言っていたな」

 

「そうか……それで、そちらはどうするつもりなのだ?」

 

 

 

 

「………薄々感づいてはいるのではないか?」

 

まるでこちらの考えを見透かしたかのような言い方に、ザリュースは思わず口を閉じる。

 

「これよりは、腹を割って話し合おうか」

 

ニーガの冷徹な響きを含んだ一言に、一瞬部屋の温度が下がった気がしたのは、おそらく気のせいではないだろう。それでもザリュースは気を引き締めて言葉を紡ぐ。

 

「………『朱の瞳』族は奴らから避難したとして、見知らぬ場所で今と同じ生活が可能だと思うか?」

 

「難しいだろうな。避難できる場所も限られる」

 

「では周辺五部族も同じように一ヵ所に避難した場合、どうなると思う?」

 

「食糧も満足に獲れず主食である魚が少なくなれば、今度は五部族で殺し合うことになるだろう」

 

二人のオスの会話を黙って聞いていたクルシュだったが、その内容を理解してハッとなる。

 

「まさか兄様が、勝てるかどうか分からない戦いを選んだのは………!」

 

「他部族も含めた口減らしも考えにいれている。お前も同じ考えなのだろう?」

 

「………話が早くて助かる」

 

思いの外スムーズに進む対談に、ザリュースは緊迫した思いながら告げる。

 

「ニーガ・ルールー。『緑爪』は、朱の瞳に同盟を申し込む」

 

「もとより、こちらもそのつもりだ」

 

意外とあっさり答えたことに、ザリュースはつい目を丸くしてしまう。だがニーガの言葉はいまだに冷たさを帯びている。

 

「まあ仮に断った場合、戦わずして逃げた部族を新天地で数的に優位にさせないために、最初に戦いを挑むつもりなのだろう?」

 

「………」

 

「それに同盟を結んでいれば、別の部族ではなく共に戦った仲間という認識に塗り替えることができる。仮に敗北したとしても、新天地で部族間が殺し合う可能性が低くなる。そんな魂胆といったところか?」

 

ザリュースが考えていたことを全て述べるニーガに、彼は沈黙で肯定した。クルシュは不安そうに二人の顔色を見比べている。

 

「食料を奪い合い飢え死にするよりは、共闘したほうが得策だろう」

 

ニーガに自身の考えを全て言い当てられ、ザリュースは驚愕を通り越して戦慄する。自分とほぼ同じ………いやそれ以上の底知れない知略を持つこのオスは、間違いなく有能だ。これは是非とも味方として共闘すべきだと、ザリュースは拳を握りしめる。

だが最後に、どうしても気になっていたことを聞く。

 

 

「ところで、先の戦いに参戦しなかった『朱の瞳』族は、どうやってあの時期を乗り越えたのだ?」

 

「………やはりそこが気になるか」

 

あの時期、と言われて思い浮かべるのは二年前の部族間抗争だ。抗争の当事者であろうザリュースとしては、『朱の瞳』族が食料難をどうやって切り抜けたのかを知りたいことだろう。

 

「聞かせて欲しい。祭司の力か? それとも………もっと別の方法があるのか? もしかしたら、そこに救いが……」

 

ザリュースのやや必死さが滲む言葉を聞き、ニーガは顎に手を触れてやや考えこむようなしぐさをする。

 

「………そうだな。確かに救いはあるかもしれん」

 

肯定的な一言にザリュースの目が輝く。

 

「だが、ただ教えるだけでは不公正ではあるまいか?」

 

「!」

 

しかし再び冷えた響きの声でニーガは問いかけてきた。つまり、相応の見返りがなければただでは教えないと暗に示している。

 

「ザリュース・シャシャ。現在お前の部族では、食料確保にどのような取り組みをしている?」

 

『緑爪』の食料事情に探りを入れてきたのを見るに、ニーガも他部族の技術をあわよくば取り入れる算段のようだ。ここまで来た以上、出し惜しみなどしていられない。ザリュースは包み隠さず話すことにした。

 

「俺の部族では、現在魚の養殖が行われている」

 

「ほう、ちなみに成果はどうだ?」

 

「ほぼ成功といっていい。漁で捕れる魚よりも、美味い魚が育つようになった」

 

「………なるほど」

 

また口を閉ざして考えこむニーガに、ザリュースのみならずクルシュの視線も集まる。しばらくしてから彼はゆっくりと立ち上がった。

 

「理解した。ならばまずついてこい」

 

クルシュには集落に残るよう命じ、ニーガはザリュースを連れて家屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニーガに促されるまま集落を出たザリュースは、先導するように前を歩く彼の後ろをついていく。それからしばらくの間沼沿いに歩いていくと、青い植物が広がる湿地に出た。

 

 

 

「ここは……?」

 

「水田だ。ここでは我ら『朱の瞳』族の主食である『稲』を育てている」

 

「イネ?」

 

ザリュースは初めて聞く植物の名に首を傾げる。

 

「数十年前に、私が見つけた植物を栽培して生まれたものだ」

 

ニーガはキョロキョロと周囲を見渡すと、枝を振り回して稲に集る小鳥を追い払う蜥蜴人達を見つけて彼らに歩み寄っていく。族長の姿に気づいた蜥蜴人達も彼に向き直った。

 

「これは族長!」

 

「農耕頭、客人に振る舞う米をいただいてもかまわないか?」

 

「勿論です!」

 

農耕頭と呼ばれた蜥蜴人は、水田から上がると近くに積まれた石造りの竈に歩み寄る。

 

(………農耕頭?)

 

ザリュースが聞いたことのない階級に疑問符を浮かべたのを察してか、ニーガは説明するように話し始める。

 

「農耕班は、稲を栽培し始めるにあたり私が新しく作った班だ。おそらくこの『朱の瞳』族にしかないだろう」

 

焚き火が上がる竈の上に、石でできた大きな鍋がかけられている。

そばの丸太に座るよう促されたザリュースはしばらくその様子を眺めていたが、やがて鍋を覆う蓋の隙間から蒸気が漏れ、タイミングを見計らった農耕班の一人が鍋の蓋を開けた。見れば鍋の中には白い湯気を上げる、真っ白な食べ物とおぼしき物がギッシリと詰まっていたのだ。白い食べ物の上には切り身にした魚が乗せられており、農耕班の一人は丸みのある大きな匙を手にするとそれで魚を崩して白い食べ物とかき混ぜていく。ニーガはある程度混ざったそれを掬い、木を削って作ったであろう器に盛ってザリュースに差し出す。

 

「食べてみろ。塩漬けの魚と混ぜると美味い」

 

受け取った器は温かく、湯気に乗って魚の旨味が匂いとなって立ち上る。ザリュースが匙で掬い、恐る恐るそれを口に運び味わってみる。

 

「………! これは美味い!」

 

淡白な白い食べ物は、魚の塩味と旨味との相性が非常に良く、ザリュースにとっては初めて食べる美味なるものだった。ニーガも農耕頭から器を受け取ると、ザリュースの隣に座ってきた。

 

「せっかくだ、好きなだけ食うがいい」

 

「………いいのか?」

 

貴重な食料を余所者にそんな簡単に与えて大丈夫なのだろうかと心配そうに問うザリュースだったが、もともと他部族の使者に振る舞うつもりで用意したものだから構わないと農耕班達は笑う。

 

「お前が育てているという養殖魚と合わせれば、さぞ美味い食料ができることだろうな」

 

確かに、この『稲』なる食べ物と養殖魚を共に食べれば、最高の食材になることは間違いないだろう。そのまま一同はともに鍋を囲み、笑顔で稲を食べ進めていく。ザリュースもせっかくの厚意を無下にするわけにはいかないだろうと思い直して食べていく。最終的には三杯ほどおかわりを頼んだ。

 

 

 

 

 

 

しばらくしてから鍋は空になり、ザリュースは久しぶりの満腹感に一息つく。

 

「どうだ? 我が部族の主食は」

 

「ああ、実に美味かった。これならば食料事情はある程度解決できそうだ」

 

心からの称賛を述べるザリュースにどこか誇らしげなニーガだったが、改めて彼に『同盟』に関する問いをかけてきた。

 

 

「ちなみに伺うが、どの程度を避難民として逃がすつもりだ?」

 

しばし間を空けてから、ザリュースは真剣に見つめ返して答える。

 

「戦士階級十、狩猟二十、祭司三、雄七十、雌百、子供若干名だ」

 

「………それ以外は、場合によっては切り捨てるわけか」

 

どこかせつなげに空を見上げるニーガに、ザリュースはハッキリとした口調で最後に述べる。

 

「1つだけ言わせてほしい。俺たちは死ぬために戦うわけではない、勝つために戦うんだ。勝てば全ての問題が解決するんだからな」

 

真っ直ぐな眼差しで答えるザリュースを見たニーガは、一瞬だけ目を見開いた。顔はフードで隠されているはずなのに、なぜだかザリュースにはそう思えたのだ。しかしふっと口元に笑みを浮かべたのを見て、それが肯定の意思表示だとザリュースはなんとなく察した。

 

するとニーガはおもむろに顔を隠すフードを取り、初めて晒されたその顔を見たザリュースは思わず息を呑んだ。それは彼の素顔が、あまりにも()()()()()からだ。だがそれは生物的な美しさではない。どちらかというとそれは武器特有の機能美的なもので、まるで初めてフロスト・ペインを見た時と同じ感動を、ザリュースはニーガに抱いたのだ。

 

「ザリュース・シャシャ。朱の瞳族を代表し、改めて同盟を結ぶことを誓おう」

 

手を差しのべるニーガは、美しい顔で穏やかな笑みを浮かべる。

 

「最も多くの朱の瞳族の者が………最大多数の同胞が生き残れるように、共に戦おう」

 

「………感謝する」

 

 

その手を強く握り返したザリュースは、手の平を通して伝わる彼の自身のよりも低いはずの体温に、炎のような熱い思いを感じたのだった。




ニーガ(なぜだろう………この男を見ていると、クルシュのように世話を焼きたくなる)

ザリュース(なぜだろう………幼少期の兄者との思い出が、脳裏を過ってくる)




ヒント:それぞれ兄属性と弟属性。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。